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  各論
§19  医療および公衆衛生
III  疾病対策
6.  医薬品

最近における合成化学の分野における研究の発展は次々と新しい医薬品創出の可能性を生んだ。なかでも,化学療法剤,抗生物質,抗腫瘍剤,循環剤,代謝薬,ホルモン剤,精神安定剤の発展はとくにいちじるしい。しかし,治療医学の発展の上からみて,なお検討しなければならない問題点もまだ少なくない。

まず,過去20年にわたつて抗生物質界の王者の地位を保つているペニシリンは,その臨床的応用が広範になるにつれて,新たに2つの問題点を生むにいたつた。第1は,ペニシリン・アレルギーまたはペニシリン・ショックの問題であり,第2は化膿性疾息の原因菌としてもつとも多いブドウ状球菌のペニシリン耐性化の問題である。

第2の問題に対しては,経口ペニシリンの研究,ペニシリナーゼ耐性ペニシリンの研究がつづけられており,フエネチシリン,メチシリンなどの出現をみた。しかしペニシリンに対しブドウ状球菌が耐性化するにつれて,この耐性ブドウ状球菌惑染症が臨床上重要な問題となつてきた。ことに,いわゆる院内感染の問題については現在抜本的な解決方策が見出されていないことは重大な問題である。

疫学的,免疫学的対策や薬剤の使用制限も考慮されてはいるが,耐性菌の少ない薬剤の開発が急がれなければならない。

グラム陰性桿菌に主として用いられている薬剤のなかでは,クロラムフエニコールは腸チフスに対する唯一の特効薬として依然として広く利用されているが,造血器障害というその副作用はまだに解決されていない。抗結核剤についても,ストレプトマイシン,INAH・PASがその主流であり,その効果も十分認識されてはいるものの,副作用の点は依然として残された問題である。また真菌感染症の研究の進歩につれて,この種疾患の増加が注目されているが,全身感染を来した場合における治療については,なお満足すべき薬剤は出現していない。

サルフア剤については,近年持続性サルフア剤の研究がさかんに行なわれた結果,血中濃度維持時間の延長が可能となり,その結果として少量投与,投与間隔の延長がはかられるようになつたことはいちじるしい進歩であるが,抗菌スペクトル,抗菌力自体についての進歩はみられていない。また,サルフア耐性菌による感染症には無効である。今後は,血中抗菌力の強さに焦点をあて,蛋白結合による不活性化の程度が再検討されなければならない。

細菌感染症における化学療法の進歩にくらべて,ウイルス感染症に対する化学療法の開発は停頓した状態にある。いわゆる大型ウイルス群に対する薬剤以外には臨床効果が認められたものはない。抗腫瘍剤についても,その研究は活発であるが,画期的な発展はみられていない。現在,行なわれているがんの薬剤療法は,アルキル化剤としてナイトロジエン・マスタードおよびその誘導体,エチレイミン系諸剤,細胞毒物質,代謝拮抗物質,抗生物質,ホルモン剤などで,多くは放射性同位元素やレントゲンなどの放射線療法とともに用いられているが,その効果はなお限られており,またさけがたい副作用がある。たとえばナイトロジエン・マスタードについてみても,本剤は腫瘍組織に特異的に作用するものではなく,当然正常組織細胞にも影響を与えるものであるから,今後はがん細胞への選択性を増強させるための研究を進める必要がある。以上,いくつかの医薬品についてのべたが,最近における医薬品の進歩は,病態生理学的研究の結果から導びかれたものよりも,偶然の所産であるものが多い。したがつて,十分な薬理作用や作用機序の明らかでないものが少なくない。しかし,生化学的研究や病態生理学的研究の裏付によつて,はじめてその作用機序が明らかにされるのであるから,この面からの研究がより活発に行なわれることが必要であろう。


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