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  各論
§19  医療および公衆衛生
III  疾病対策
1.  がん

なにががんをつくるのか,どのようにしてがんはできるのか,がんはそもそもなにものなのか,というがん本態解明の問題は,日に日に進歩しつつある現代医学の分野においても依然として謎である。しかし,がんの診断,治療,とくにその予防については,がんの本態が解明された時こそ,はじめて効力のある手段方法が創出されるのであつて,この意味において「がん発生の本態」についての研究は対がん科学技術の基底をなすものといえる。最近における本態究明の大勢をみると従来の基本的な研究態度であつた形態学的な掌握の上に,さらに生化学的な研究が重要視されてきたことが指摘できる。もちろん,がんの生化学的研究はまだその緒についたばかりであり,前途にはなお多くの困難が予想されるが,たとえば「分子単位の研究」などは今後ますます発展させなければならない研究分野であろう。さらに「宿主との関連性」の問題も重要な研究課題の一つとなつている。ガンを生休とは別個の存在として認識しないで,宿主である生体とのつながり,すなわち宿主と腫瘍との関連の場において,これを有機的にみるようになつてきたことが特徴である。

がんの治療技術の開発についても,現在着実な歩みがつづけられているものの,依然として画期的な成果をうるに至つていない。

今日,のがん治療法の主導権をにぎつているものは外科療法である。手術方法の進歩や化学療法剤の発達などによつて,たとえば胃がんの手術などは,手術時の危険が1割以下になつたし,手術後5年以上の生存者も7割というように手術成績も以前にくらべいちじるしく向上している。

しかし,外科療法はがんの病巣そのものをとりのぞいてしまう有利さがある反面,それが局処的,形態学的な処理にとどまるためにがん細胞が比較的早期に血液やリンパ管中に入つて,全身性疾患の様相を呈する場合,すなわち転移あるいは再発を生ずる可能性がある。このかぎりにおいて外科療法も完全無欠な療法とはいえない。また外科療法についで多く行なわれている放射線療法は,ラジウムやラジオアイソトープがその主役をつとめており,子宮がん,甲状腺がんなどのように,放射線療法による単独療法が相当の治療効果をあげているものもあるが,本療法にもまた局処療法であるというが弱点ある。このようにして,外科療法も放射線療法も今日ではその効果に限界が感ぜられている。今後は,放射線療法においては,さらに注射や飲用などの方法によつて全身的な攻撃を加えうるための技術的改良をはかるとともに,外科療法と放射線療法またはつぎにのべる化学療法との併用療法について一層の検討がなされる必要がある。

がんの化学療法は,外科療法や放射線療法と異なり,全身的にがんを攻撃するものであるから,今後10年間にがん治療の主導的な役割を演ずるものになることが予想される。わが国でも,マイトマイシンやクロモマイシンなどの注目すべき制がん剤が発見されており,現在,すでに知られている数種の制がん剤について,最大の効果をあげうる使用法の検討がつづけられている。そして,作用機序の異なる数種の制がん剤の併用価値があらためて認識されたほか,薬剤投与方法や副作用の防止についてもいくつかの進歩がみられたが,薬剤スクリーニングの技術基準をはじめ,なお解決されない問題が少なくない,さらに骨髄移植,体外循環法の利用なども興味ある着想ではあるが,その成果は今後の検討に委ねられている。また制がん剤の作用機序にいての研究も前述したがんの本態究明の一つのカギとなるであろう。

さて,現在の対がん科学技術は治療がその中心となつている感があるが,抜本的ながん対策としては,早期発見法の開発が第1である。がん発症の初期に,これを探知することができるならば,結核の初感染者に対する化学療法制の内服による発病の阻止のような手段も講じうるかもしれないが,残念ながら現在まだがんの早期診断法は確立されていない。従来,がんの診断方法の主流を占めてきたものは,エツクス線,胃カメラ,胃鏡などの内視鏡による診断,ラジオアイソトープによる診断,細胞学的診断などであるが,これらはいずれも,形態学的掌握にほかならない。

このようながんの早期診断についての難局を打開するためには,やはり生化学的な研究が必要であろう。しかし,今日,この方面の技術はなお未確立である。すなわち,一時,期待をもつてむかえられた血中のマリグノピリンの証明法も,がんだけに特異的なものではないようである。さらに近来広く用いられている細胞学的診断法についても,光学的または細胞化学的手法の開発がさらにすすめられなければならない。

さらに,がんの集団検診も結核のそれと同様に,がんの早期予防のためには必要欠くべからざる手段である。最近,胃がんを中心として間接撮影や胃カメラなどによる集団検診が行なわれており,手軽で,短い時間に多数の診断が可能であるが,安価で,しかも確実という集団検診の理想を実現するにはなお程遠い実情である。


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