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  各論
§19  医療および公衆衛生
II  今日における医療および公衆衛生展開の背景
1.  人口問題



(1) 平均寿命の延長

医学の進歩は社会情勢の発展と相まつて,過去60年間に日本人の平均寿命をいちじるしく延長した。すなわち,男は43歳から65歳に,女は45歳から70歳へと,22年から25年にも及ぶ延長がみられた。しかし,国際的にみた場合には欧米諸国なみの水準にはなお隔りがあるといえる。( 図19-1参照 )
(2) 将来の人口とくに年令構成の変化

昭和35年6月に厚生省人口問題研究所が行なつた推計によると,わが国における人口は,昭和43年には1億人をこえ,さらに,70年まで増加がつづき,その最高は1億1,306万人に達するとみられている。

図19-1 死亡率および平均寿命の推移

ところで,問題となるのは,この人口増加の推移における年令構成の変化である。上記の推計にもとづく年令3階級別平均人口移動の推移をみると,年少人口(0〜14歳)の減少,生産年令人口(15〜59歳)の急増,老令人口(60歳以上)の増加という3つの傾向が示されている。すなわち,戦前の昭和5〜10年では,増加人口の約4割が年少人口,約5割が生産年令人口で占められ,老令人口はわずか1割に過ぎなかつたものが,本推計によると,年少人口は減少をつづける一方,老令人口は毎年漸増を示し,昭和45〜50年にかけては,増加人口の3割強におよぶ27万人(年平均)の増加がみられ,実数では,昭和5〜10年の3.6倍に達するといわれている。一方,年少人口は数においても,比率においても,逐年低下をつづけるのである( 図19-2 , 図19-3参照 )。

このうち,老令人口の増大は年少人口の減少傾向と相殺されるから,被扶養人口の総体はあまり変化を示さず,したがつて,生産年令人口に雇傭の機会さえ十分に与えれば老令人口の増大そのものはそれ程問題でないといえるかもしれない。しかし,現代の社会思潮が,次第に「子による完全扶養」という個人的な方式に変化を及ぼす傾向にあることもまた否定しえない事実であろう。国民年金制度の実施もまたこのこととは無縁ではない。

図19-2 年令構成の推移

しかし,増大する老令人口に対して,このような社会保障を通じて,所得再分配をはかるだけにとどまらないでこれらの老令人口を新しい労働の場で活用するということも決して不可能ではないであろう。医学的にいつて,老年者の精神機能は,肉体の運動機能と異なり,簡単に衰えるものでない。企画力,判断力,統制力などの精神機能は,その最頂点である50歳を越えても急速に衰えることはなく,70〜80歳になつてもなおその活動能力を十分に保持している。したがつて,精神的労作を主とする作業においては,老人はなお実力のある年代ともいえるから,適当な雇傭対策をとり,その労働力に期待すべきであるとも考えられる。このような観点に立つたとき,老人の健康の維持は老人の労働力維持のためにひいては扶養者である生産年令人口の負担を少なくするためにも大きな意味を持つといえる。

図19-3 年令区分別人口の推移

つぎに問題となるのは,年少人口の減少傾向であろう。年少人口の減少によるいわゆる人口の老化現象は,民族的立場からいつてあまり好ましいことではないが,経済計画上でも,次の時代を背負うべき人口の減少ということは重大な問題である。したがつて,今後の高度経済成長のためにも,この限られた人口の素質および能力の向上がその前提となるから,乳幼児のときから就業年令に達するまで一人の脱落者もなく,これを健康にそだてることが必要であつて,この点で幼少年に対する医療,公衆衛生の重要性が認識されるべきである。さらに生産年令人口については,疾病は自己の労働力を喪失させることはもちろん,家族の健康が冒された場合には,心理的にも経済的にも本人の負担をまし,労働力保全の障害となるであろう。
(3) 疾病パターンの変化

今後における医療および公衆衛生の分野における科学技術の振興をはかる場合に,その背景の一つとして考慮しなくてはならないのは疾病パターンの変化である。

表19-1 死因群による死亡数割合の推移

一般に衛生状態が改善され,医療技術が進歩するとともに,細菌感染による疾患いわゆる伝染病死亡の総死亡に対する割合は減少し,これに反して成人病死亡の割合が増加する傾向が現われてくる。このような死因群別死亡数割合の現在までの推移を 表19-1 でみると,細菌感染による疾患にもとづく死亡は,昭和10年の42.7%から36年には14.1%と激減している。この点からすれば,わが国の衛生状態は近年いちじるしく改善されてきたといえる。しかし,現在,欧米諸国におけるそれはおおむね10%以下であるから,なお改善の余地は少なしとしない。

つぎに成人病については細菌感染群とはまつたく逆の傾向を示し,昭和10年の24.6%から36年には57.6%と激増している(欧米のそれは60%以上)。以上の2点からみると,わが国の死因別構成は欧米先進国の型にかなり近づいてきており,とくに成人病については,さきにのべた人口の老令化現象を考えると今後ますます増加することは明白であろう。さらに妊娠,分べん,産じよくの疾患と乳幼児の疾患については,ほぼ欧米の水準に達したが,そのうち妊産婦と乳児の死亡率はなお相当たかい。

表19-2 昭和36年の死因順位

最後に外因死(不慮の事故,自殺,他殺)の死亡の割合は国際的にみてもきわめて高く,しかも近年著増傾向にあることは注目に価しよう。

なお,国際的にみて,わが国の特色といいえるものは結核と赤痢の死亡率の高いことである。前者は予防ワクチンのBCG普及とストレプトマイシンをはじめとする化学療法の登場によつて,昭和36年には22年の死亡率の5分の1となり,国民死亡順位の7位にまで転落したが,なお欧米諸国に比すればきわめて高率である。また赤痢についても同様な傾向にある。

以上,死因群別死亡率から,疾病パターンの変化を考察したが,つぎに,疾病のり病の状況からその動向をうかがつてみよう。り病状況については実態調査が行なわれている結核等をのぞき統計数値による結論は下し得ないにしても,たとえば,日本内科学会における最近の講演内容の傾向からみると,循環器疾患,肝臓疾患,新陳代謝疾患,内分泌疾患,がんなどに関するテーマが増加し,これに反して呼吸器,結核,伝染病関係のそれは,いずれも減少しており,疾病パターンの変遷過程の一端を知ることができる。


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