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  総論
第I部  わが国における科学技術の一般動向
第3章  国際協力の拡大
II  わが国の現状

上述したように,科学技術に関する国際協力はますます世界的に拡大強化される気運にあるが,わが国の国際協力も経済力の充実と科学技術の進展によつて最近次第に本格的なものとなり,世界各国からも期待され,その責任も大きくなつてきている。

すなわち,わが国は昭和35年にアメリカ,イギリスなど大西洋先進9ヵ国とともに低開発国を援助する開発援助グループ(DAG)の会議に加入し,また昭和36年には国際開発臨会(IDA)には第1部国(工業国)として加盟し,また従来アメリカが東南アジアに対して行なつた研修計画についても昭和35年から日本とアメリカが合同して援助を行なうことになり,日米合同第3国研修計画に切りかえられた。

このようなわが国の国際的地位の向上を背景として,科学技術における国際協力も,研究連絡や人材の交流はもちろん,国際共同事業への参加や日米科学委員会の設置など積極的な活動が目立つてきている。しかしこれらの活動を推進する体制は必ずしも十分整備されているとはいえない。
1. 国際共同事業への寄与

わが国は地理的に欧米先進国から隔離された位置にあり,また言語のちがいなどのため,国際協力については何かと不利であつたが,最近地球の全体にまたがる協力の体制が進展して来たので,わが国がその特色を生かして国際協力に大きな役割を果す部面が開かれてきた。

その第1は地球物理学の分野である。わが国は欧米から離れた極東の一角にあつて,しかも近代化した観測網と世界でも高い水準にある研究陣を有するので,地球物理学の国際協力にきわめて重要な責任を負うことが期待されている。

第2は,原子力,宇宙空間なとどの国にとつてもまつたく新しく,各国とも国際協力を必要とするような分野が登場し,わが国が積極的に協力できる部門が開かれてきたことである。

第3はアジア,極東その他の低開発地域に対する協力である。わが国は歴史的,地理的にこれ等の地域に対して独特の地位にあつて欧米先進国と異なる貴重な貢献をなすことが期待されている。特に東南アジア開発の中心であるメコン河総合開発許画には日本は相当の寄与を行なつている。
(1) 地球物理分野の国際協力
(a) 国際地球観測年

昭和32年に行なわれた国際地球観測年(IGY)には,わが国は東経140°線の責任国として欧米とならんで重要な役割をはたした。すなわち,郵政省の電波研究所が,ワシントン,パリとともに東京における世界の中央警報本部に選ばれ,また西半球地域電波警報本部をも担当した。また電離層,地磁気,夜光,宇宙線,放射能に関して,郵政省電波研究所,京都大学,東京天文台,原子核研究所,気象庁がそれぞれ世界のデータ・センターに選ばれた。

さらにIGYの一環として,当時すでに地上80kmに達するカツパーロケツトの開発を含めてIGYの全12種目にわたる強力な観測体制を整えた。さらにアメリカ,ソ連等11ヵ国とともに南極観測事業に参加し,CSAGIの勧告に従つて従来最も空白であつたプリンス・ハラルド附近を担当した。そして全体の規模ではアメリカ,ソ連にくらべ小規模ながら科学面では第1級の能力をもつ昭和基地を建設し,他の基地と気象その他のデータを交換するなど国際協力に努力して来た。
(b) 海洋開発調査

わが国は,ユネスコに加盟した最初の総会で早くも海洋開発をユネスコの重要項目とすることを提案し,国際海洋学諮問委員会の重要な一員として海洋資源開発調査を推進した。また昭和30年には東京で海洋物理学に関するシンポジウムを行なつた。
(c) 地震

昭和36年から,ユネスコが最も破壊的な自然現象としてとり上げた地震についても,わが国は地震の研究と研究者の養成に関しては指導的役割を期待された。そして東アジア地区の国際調査団を組織し,その調査にもとづいて地震学および地震工学セミナーを東京で開催した。また国連特別基金の援助で地震工学研修センターを設置し,海外の留学生を迎えている。このほか地震については史上最大といわれたチリ地震の直後に,チリ政府の要望によつてわが国から調査団が派遣された。これはわが国の地震学の水準が高く評価されたためである。
(d) その他の国際共同業務

世界で唯一つ60年間連続観測を続け,Z項の発見で有名な水沢の緯度観測所が昭和37年から極運動の国際中央局を担当するのをはじめとして電波研究所,気象庁,天文台,海上保安庁水路部,地質調査所などが国際ネツトワークの一環としての科学技術業務の分担や,国際共同観測,共同調査を行なつている。

以上のようにこの分野での国際協力はきわめて活発であり,世界からの期待も大きいが,各省庁と大学,民間などを総合した大きな組織によつて国際的な事業を行なう場合には,その中心となる機関がないので国際協力の事業の完遂に困難を感ずることが多い。

すなわち,5次にわたつて行なわれた南極観測が,船および航空機の輸送手段の不備と当初から臨時的体制であつたことなど種々の理由のため,せつかく南極条約の主要な原加盟国でありながら遂に昭和37年2月で一時休止せざるを得なくなつたこと,およびインド洋国際調査の実施については,その準備が参加各国におくれていることなどはその例である。

今後ますます増大すると予想される国際協力において主要な一翼をにない,世界の要望に答えるためには,さらに,国際協力事業を一体として推進できるような対策が要望されている。
(2) 放射線影響

国際連合の原子放射線影響に関する科学委員会におけるわが国の活動については,昭和30年に当時はまだ国際連合加盟を認められていなかつたのにもかかわらず,特に総会の決議によつてわが国の科学者の参加が要請された。国連科学委員会に提出した資料や論文の質と量において,また委員会の活動に示した指導的役割においても,わが国はアメリカ,ソ連など核保有国にくらべてもいささかも遜色なく,特殊な立場を生かした活動を行なつて高く評価された。

しかし,放射線影響の問題は非常に広範にわたり,かつ調査研究が継続的組織的に行なわなければその影響の全体をとらえることはできないものである。従来のわが国においては,個々の研究報告では,非常にすぐれたものはあるが,放射性降下物の降下状況,蓄積状況などの評価から,国民全体に及ぼす影響,さらにその対策にいたるまでの一貫した体制がないので,その全ぼうを解明する上の障害となつていた。そこで昭和36年秋内閣に「放射能対策本部」が設置され放射能対策の一翼として積極的に一貫した計画のもとにさらに研究調査が推進されることになつた。
(3) メコン河総合開発

カンボジヤ,ラオス,タイ,ヴエトナムと4カ国をうるおすメコン河の開発は,全東南アジアの経済的発展の土台である。国際連合はエカフエ(ECAFE)の勧告によりその重要性を認め,低開発国援助のモデルケースとして採り上げて,昭和31年(1950年)以来調査を行なつている。わが国もアメリカ,イギリス,フランスなど11ヵ国とともにその開発計画に参加し,昭和34年以来3回にわたつて主流および主要支流の一般踏査を行なつた。その経費は昭和35年までに1億1,400万円に達した。そしてこの報告にもとづく今後の実施計画に対して国連特別基金が支出されることになつた。このため,現在開発工事の予備計画の作成とそれに必要な本流および支流の流量の測定,水位,地質の定量的本格的調査の準備が進められている。現在4ヵ所の計画が予定されており,2ヵ所を日本が行なうことになつている。

こうしたわが国の努力は昭和37年東京で開かれたエカフエの総会において,メコン河開発計画をいちじるしく促進し実施段階に移る準備を整えたものとして高く評価された。

なおこのエカフエ総会では成立を見なかつたが,東南アジアの経済協力を欧州の経済協力のように共同市場の方向へ一歩進めることが論議された。将来は欧州におけるように科学技術の分野でも東南アジアの国際協力がさらに拡大して行くことを期待したい。
2. 研究連絡と人材交流

昭和23年(1948年)基礎物理学の最も重要な国際会議の一つであるソルバー会議が,中間子論をテーマに開かれたとき,中間子論のパイオニアであり,中間子論の研究でノーベル賞をうけた湯川秀樹博士は,当時日本人の海外渡航がまつたく許されなかつたため参加でぎなかつた。しかしその直後からようやく科学技術の連絡と交流が再開された。現在,日本学術会議がわが国の研究者を代表して国際学術団体に加入している状況は 表I-3-3 のとおりである。

このほか自然科学系の学・協会はそのほとんどが関係のある国際的学会にそれぞれ加盟している。

表I-3-3 日本学術会議が加盟している国際学術団体


表I-3-4 日本で行なわれた主な国際学術会議

またわが国で開催された主な学術的国際会議は 表I-3-4 の通りであり,年々その希望も増加している。

これらの国際会議はその直接の意義のほか,わが国の若い研究者と外国の研究者との接触の機会をつくる意味でも非常に有益である。わが国は,地理的または生活習慣的条件のため,欧米等の研究者を招くにはどうしても大がかりな事業となり経費もかかるけれども,欧米の活発な研究者の相互交流におけるように,さらに,比較的小規模な専門的実質的な研究的会合も随時活発に行なわれることが望まれている。

また国際的学術会議へのわが国の研究者の派遣状況をみると,日本学術会議が連絡にあたつているものだけでも年150件程あり,約300名の代表を派遣しているが,日本学術会議から旅費を支給しているのはその3分の1程度に過ぎない状況である。

在外研究も国費によるものは 表I-3-5 , 表I-3-6 の通りで,毎年若干づつ増加している。

このほか科学技術者の相互交換を促進する主旨で,昭和34年来日したオーストラリアのケーシー外相との話し合いにもとづいて,日濠科学技術交流計画が実施され,昭和34年から毎年2名の科学技術者が派遣され,オーストラリアから1名を受けいれている。これは昭和37年からフランス,オランダ,西ドイツに拡大され,各1名の科学技術者の交換が進められている。

表I-3-5 科学技術振興費による在外研究員の推移

表I-3-6 文部省在外研究員の推移

科学技術の進歩のためには学術の連絡や交流がきわめて有益である。情報による連絡や交流だけでなく人的交流を行なうことは頭脳と頭脳が直接に共同作業を行なうことができるため特に重要であるので,この面の一層の強化が望まれている。人的交流を行なう場合には言語的,地理的にかなりの不利はあるが,より多くの人材を交流しさらに海外にいる科学技術者の相互間の連絡を密にし,かつ在外機関を活用することが要望されている。
3. 日米科学委員会,その他の協定

国際協力には国連関係機関の活動のような多数国間の協力のほかに2国間の政府の協定にもとづく協力がある。

なかでも次に述べる日米科学委員会は日米両国が行なう科学協力の具体的内容を取り決めて行くものであつて,従来の協定より積極的な推進をはかるものである。
(1) 日米科学委員会

昭和36年6月に,池田首相とケネデイー大統領は日米協力に関する共同声明を発表したが,これにもとづいて,「科学協力に関する日米委員会」が設置されることになつた。

これは日本とアメリカとの科学協力を一段と強力に進めようとするもので画期的なものである。

従来の日本,アメリカ両国間の科学技術に関する協力の状況を,国立大学,国立試験研究機関等について調査したところによれば,研究施設の相互利用,情報と資料の交換,共同研究計画の実施,研究者の交流および財政援助等について,それぞれ 表I-3-7 , 表I-3-8 , 表I-3-9 , 表I-3-10 のようになり,両国の間には従来から相当の協力が行なわれている,

しかし,この協力は,研究者個人や学会,研究所によつて,個々に行なわれているものがほとんどである。

表I-3-7 国立大学における分野別の日米共同研究

表I-3-8 日米研究者の交流

表I-3-9 わが国の研究に対する米国の補助

表I-3-10 日米間における情報資料の交換状況

日米科学委員会は第1回会合を昭和36年12月東京で開催し,日米科学協力の推進のために研究者の交流を一層促進すること,科学情報,資料の交換をさらに盛んにすること,および特定の科学分野における共同研究計画を奨励し推進することを重点事項として採択した。引続き昭和37年5月ワシントンで行なわれた第2回会合において,次の3項目を採択し,両国政府に勧告した。

1)科学技術者の交流については現在の諸計画を検討し,日米両国にそれぞれ情報センターを設立し,研究のため相手国に行く研究者に各種の情報を供与し,また,米国の青年研究者に日本語研究を促進すること。

2)情報資料の交換については,研究論文,およびその抄録の交換を促進させるための会合を開き,また相手国から送られる科学的資料に関するクリアリング・ハウスを設けること。

3)共同研究については

(イ)太平洋上の雲の観測,火山の地球物理学的研究,海における地震探査,海上重力計および磁力計の比較,地球物理学資料の交換,高潮および津波,ならびに西太平洋の海上上層の表面および表面下の熱構造に関する研究を実施すること。
(ロ)太平洋地域の動植物地理学および生態学について,種および集団の分離および害虫の天敵の研究,太平洋中部のその他の動植物特にさんご礁の生物的防除の研究,ならびにいもち病の系統に関する研究を実施すること。
(ハ)がんの研究については,効果が期待される治療剤の選別および実験法の標準化を行なうため日本は中央実験所を設置すること。アメリカは技術上の助言等の援助を提供し,実験動物の各種系統,しゆよう系統,組織培養用系統ならびに標準薬品を交換し,さらにその他合意される標準試験を設定維持するために必要な役務と器材を供与する。これ等の実験を選定し操作し,かつ調整する専門技術者を指定し,また日米両国民の間のがんの発生とその原因に関する比較研究を推進すること。

また以上のほか科学教育の研究とハリケーン・台風の研究について分科会を設置することがきめられた。
(2) 協定による科学技術協力

日米科学委員会の活動のほかわが国は 表I-3-11 のような科学技術に関する2国間協定を結んでいる。しかし従来は,文化協定などによる科学技術協力については,わが国は受け身のものが多く,賠償をのぞいてはあまり活発な動きはみられない。たとえば日印文化協定は,日米科学委員会と同様に,両国の混合委員会を設けているが,必ずしも十分な成果を見るにいたつていない。文化交流はもちろん相互の文化向上と友好を深めるのが直接の目的であるが,科学技術協力や経済協力への基盤となるので今後はさらに重視して,積極的に国際協力を拡大するように努力を示さねばならないように思われる。

表1-3-11 科学技術,文化関係協定


4. 低開発国への技術協力

以上に述べて来たような,国家相互間の科学技術の発展のための協力とは多少おもむきが異なるが,低開発国に対して,対価の支払いを伴わずに,コンサルタントなどの形で技術を提供したり,研修などによつて技術者を育成したりする技術援助的な協力について以下みてみよう。
(1) 技術訓練

わが国は低開発国への技術協力としておおむね 図I-3-1 のような技術訓練を行なつている。

訓練指導協力の目標の一つは,低開発国の中小企業技術の向上と普及である。これには,留学生や研修生を日本に受け入れて訓練するものと,現地に指導員を派遣するかまたは現地にセンターを設置して指導訓練する場合がある。特に中小企業を対象とする場合には言語をはじめ生活習慣などに伴う困難があるのでできれば現地センターが有効である。

図I-3-1 技術訓練協力

図I-3-2 開発計画協力

技術協力については昭和37年アジア協会を発展させて特殊法人の海外技術協力事業団を設立した。この機関は技術協力に必要な人材の養成,確保外国人の研修宿泊施設の設置,国の委託による技術研修,技術協力のための人員の海外派遣,海外技術訓練センターの設置運営の指導を行なうことになつている。

表I-3-12 海外技術訓練センター


(2) 開発計画協力にともなうコンサルタント

わが国が行なつている開発計画協力には 図I-3-2 のようなものがある。

開発計画協力の技術業務には,事業の立案,見積資料の作成,事業実施のための計画,設計,仕様の作成,工事の施行,監理などがあるが,これらの業務にはコンサンタントを欠くことはできない。特に最近は投資前の資料作製に必要な調査をするためのコンサルタントの重要性が注目されている。開発計画協力に伴うコンサルタント業務については,日本プラント協会や民間なども種々行なつているが日本政府が委託して行なつているものはメコン河総合開発のほか 表I-3-13 に示すとおりである。しかし,コンサルタントについては国内でも十分その体制が整つていないし,外国に比べてその歴史も浅いので現段階では必ずしも十分な活動とはいえない。

表I-3-13 国際調査委託費によるコンサルタント業務


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