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  総論
第I部  わが国における科学技術の一般動向
第1章  科学と技術の結び付きの強化
I  最近の科学と技術との結び付き

最近の科学や技術の発展の特徴は,いろいろな面から考えられるが,その相互の結び付きという面から見て最も目立つことは,科学と技術のそれぞれの発展に相互の協力がますます密接になつて来ていること,および産業や国民生活のあらゆる面において科学と技術が結び付けられて,研究開発され,利用されて行ぐ発展の速度が非常に速くなつたということであろう。

そして以下に述べるように,第1に科学と技術のそれぞれの発展における協力の点では,特に科学と技術の深化によつて両者の研究の対象や方法に共通性が増したこと,科学の研究の大規模化により技術への依存性がたかまつたこと,技術の総合化によつて大規模な自然現象と取り組む新局面が開かれたこと,などが注目される。また第2に科学と技術の発展にともなつて,その結び付けが意識的に計画されプロジエクト化され,またそれが非常に多角的になつて来ていることを最近の動向として挙げることができよう。
1. 科学と技術の動向と相互の協力

科学と技術の協力ということは何も今はじまつたことではない。しかし科学と技術の協力を大まかに戦前のそれぞれと比べてみると,かなりきわだつた特徴を見出すことができる。

たとえば真空管とトランジスタを比べてみると,真空管は20世紀の初めから第1次世界大戦頃までに基本的な開発が行なわれ,その後無線通信とともに大いに発展させられたものであるが,このとき,電子の概念や,電場の中の電子の流れの行動,回路の理論といつた科学の知識が役立つていることは事実である。しかし,それらは電流とか電圧というマクロの量の関係を規定する理論であつて,管球の構造,フイラメントの材料,およびその加工法,安定な高真空を得る方法など,こうした技術的な問題には当時の科学は直接にはあまり役立つていない。それは技術的な創意工夫と積み重ねられた技術的知識によつて,改良発展させられてきたのである。

ところがトランジスタの場合には,その増巾作用もゲルマニウム単結晶という素材のミクロの構造と,その中における電子の行動自身によるのであつて,その作用と構造と素材の特性が,いずれも半導体の物性理論によつて解明され,単結晶の成長,加工という生産技術の問題にまで物性論の知識が助言と指針を与えながら発展,開発されてきたのである。

もう少し一般的にいうならば,戦前の理工学においては技術の基礎であつた科学は,剛体,弾性体,流体の力学,熱力学,波動および幾何光学,電磁気学,化学反応速度論などであつて,これらの科学は物質の具体的な特性を,弾性率,熱伝導率,比熱,屈折率等の与えられた常数で表わし,対象のミクロ的構造と無関係に普遍的な剛体,流体,熱,波などに抽象して扱い,その一般ルールを与えるものであつた。従つてこのような抽象化した統計平均量によるマクロ的なルールからは,いかにしてよい材料を見出すか,いかにしてよい加工プロセスを工夫するかという技術に助言することはきわめて困難であつた。しかし昭和初年(1925年)以来量子力学が展開され,原子,分子に関する基本法則が明らかになり,また分子原子に関する量を直接明らかにするようなスペクトルその他の測定技術の進歩によつて化学結合や物質の凝集状態,電磁気的および光学的性質など材料の特性を具体的に分子の構造から解明することができるようになつた。そのために,それらの特性を人工的に変換する技術的過程も,原子や分子の立場から解明することが可能になつた。

この傾向は戦前から戦時中にかけて次第に発展し,重合・分解などの化学反応における分子構造や化学結合の理論,冶金・製錬における結晶論,塑性加工・切削・研削・潤滑・破壊などにおける格子欠陥や界面科学の理論,磁性,電導性・誘電性など電気材料に関する固体電子論などが発展,充実して,これらの分子論的物理化学や物性論なしには,技術の発展は考えられないまでになつて来ている。

次に述べる物性物理とモレクトロニクス,合成化学と高分子の関係はこうした動向の最近のいちじるしい例である。
(1) 物性物理とモレクトロニクス

物性論は分子,原子の凝集状態と,これに関与する電子の集合や作用に関する理論である。この理論を基礎とし,分子を極端にいえば一つ一つ並べたり,組立てたりするといわれる程精密に加工し,また分子やその集団の中で行動する電子を制御したりするミクロの技術が,モレクトロニクスと呼ばれるものである。

半導体が整流作用をもつことは昔から知られていたが,従来の温度とか圧力とか化学組成とかマクロ的平均によつて規制された素材ではミクロ的にはさまざまな現象が偶然的に雑然と混入していて現象の再現性や規則性がなく,その作用を解明することは不可能であつた。しかしよく知られているようにゲルマニウム単結晶を99.99999999%(テン,ナイン)の高純度にすることができて,ミクロ的に純粋とすることによつてはじめて理論的に解明され増巾作用の発見となつて,トランジスタ開発の出発点となつたのである。

人工衛星に利用されている太陽電池も,太陽の光によつてたたき出された結晶中の電子や正孔(電子の空席)が不純物などに邪魔されずに電極まで達しうるようなきわめて純粋なシリコン単結晶をつくることによつてはじめて成功したのである。

シリコンも今日では1cm2 に転位線(結晶内の線状の格子不整)が一つもないもの(千兆以上の原子がきつちり並んでいる)がつくられている。これはまさに分子を一つ一つ並べるような技術である。

最近は結晶を高純度にするだけでなくそれらを組合わせる技術も分子の集団を組立てるといえるほどの精度に進んでいる。トランジスタは正孔が電気を運ぶP型半導体の結晶と,電子が電気を運ぶN型半導体の結晶と,さらに金属の電極とを接合して組立てられるが,真空蒸着法や結晶表面の処理方法によつて,わずか数100個の分子に相当する厚さの薄膜状の分子層を次々に積み重ねてトランジスタを一挙に作つてしまう手法が開発されつつある。

またやはり電子計算機の新しい素子として利用されるクライオトロンは,絶対0度近くの極低温で,磁場を変化させることにより,それぞれの場合の電子の流れ(常伝導と超伝導)の差を利用してスイツチとするもので,結晶の格子の熱運動自身を真空管のグリツド格子にしたようなものである。そしてこれを用いた電子計算機回路を作るのにも,超伝導金属と絶縁体を穴のあいたマスクを通して交互に蒸着し,プリント配線の要領で一つの固体の分子配列の中に,一挙に配線までやつてしまう試みが進んでいる。実際すでに非常に簡単な部分についではそうしたものを含むクライオトロン計算機がアメリカで試作されている。このほか分子構造の中の電子の行動,つまり量子準位間の遷移を利用して増巾や発振を行なわせるいわゆる量子エレクトロニクスも開発されている。すなわち,1億年に数秒の誤差という原子時計に利用するアンモニアメーザー(分子増巾器)や光通信などに利用する太陽より明かるい人工ルビーレーザー(光増巾器)などの実験が成功している。光通信が実用化すれば今のミリ波の開発を越えて一挙にミクロン波へ進み,鋭い指向性をあわせれば,無線通信チャンネルの不足を何万倍も緩和する可能性がある。

このように分子構造や分子の集団の構造あるいはその中の電子の順位や運動の物性理論と,その基礎の上に目的に合うように分子構造や分子の集団の構造をつくり出し制御する技術とが,相互に相補つて非常な勢でこの分野の進歩が行なわれている。
(2) 合成化学と高分子

量子力学を中心とした原子や分子の構造や結合の理論を基礎として,技術が分子や原子のミクロの現象を制御するように深化して来たことは,化学についても物性物理の場合と同様である。化学は元来分子の結合の変換を対象としたものであつたが,従来の技術の基礎となつた理論は化学方程式で表わされる質量の比例関係,温度,圧力,反応速度など,分子の統計平均値を扱うマクロの関係を中心としたものであつた。

しかし最近では触媒や,放射線の利用が進んで統計平均的にではなく,一つ一つ分子に直接作用して分子を組立てたり切断したり,継ぎ合わせたりするともいえるような段階に進んできている。

戦時中粗悪品の代名詞であつたスフから,戦後強くなつたものの代表にあげられる化繊に飛躍したのは,前者が分子の立場で見るならば単に鎖状炭素原子を切断して乱雑に束ねたものであるのに対し,後者は重合によつて一つ一つの原子が紡がれたものだからであつた。ところが夢の繊維とわが国でもさわがれて現在開発中のポリプロピレンの場合には,人工的にはじめて立体規則性をもつ高分子がつくり出されたのである。つまり炭素原子のまわりに他の原子が右手系をなして結合するものと左手系をなすものとが,統計的に混合せずに選択的に重合されているのである。ポリプロピレンが特に注目されるのは原料がガソリン製造やエチレン製造の副産物から得られて安価であるということのほかに,このように分子が高度に揃つて結晶性が高く,そのために種々のすぐれた特性が期待できるからである。この点では従来の重合はまだ乱雑であつたといえよう。そして立体規則性の重合ができることによつてはじめて分子を組立てて新物質をつくり出すということが誇張でなくなつたと考えられる。また,この立体規則的に揃つた分子のブロツクと揃わないブロツクをさらにつないで,揃つたブロックが結晶化することを利用してその結晶点を結び目にして分子の網を編んだものがステレオゴムである。天然ゴムをはじめ,ある面では天然ゴムにまさる特性の弾性体もできている。

天然ゴムのように自然の生命が合成するものではしばしばこのような立体規則性をもつものがある。最近非常にめざましい発展をしている分子生物学あるいは生物物理の研究によつて,自然界において生物の遺伝子の何万という分子の立体構造が正確に複製されるメカニズムや,数百個のアミノ酸の複雑な立体規則構造を持つたん白質の分子が酵素のはたらきによつて正確に組立てられて行くすじ道が解明されつつある。そして人工の技術も分子の物理的理論や観測法の進歩を基礎として,ようやくプロピレンのような炭素原子3つからなる一番簡単な立体的分子を規則的に組立てることができるところまで来たのであるある。

ある分子を袋のような構造の分子で一つ一つ包んだり,サンドイツチのようにはさんだりしてその性質を変えさせる包接化合物や,芯となる分子にある性質の分子を接ぎ木するように重合して新しい物質をつくることも急速に発展しつつある分野であり,薬学や医学など生物関係にも利用されている。
2. 技術の進歩による科学研究の発展

純粋科学における成果は,日常生活の中に新製品として目に見える型であらわれては来ない。しかし純粋科学の主要な目標である宇宙の構造とその進化,物質の窮極の素粒子,生命の本質・起源・進化など人類の永年の問題に関する最近の進歩もまた目を見はらせるものがある。

ここではふれないが今や自然科学の宇宙観,素粒子観,生命観はいずれもかなり大巾に書き替えられつつあるということは非常に重大なことである。同時に,それらの多くが技術の進歩によつてはじめてもたらされたということも注意せねばならない。

ここ十年間にそれまで全く予想もされなかつた多くの素粒子が続々と見つかつて来たが,その多くは,高速でイオン化能の弱い粒子の軌跡も精密にとらえる原子核乾板とその乳剤処理の技術のたまものであつた。また陽子,中性子など素粒子の内部構造や,新粒子の性質の研究は直径100メートルを越すドーナツの真空中を何百回も粒子を走らせ,しかも精密に焦点へ収斂させる驚くほどの加速器技術の進歩によるものである。また10億分の1秒の差を区別するエレクトロニクスによる時間分析技術がこれら加速器による実験の測定に大きな効果を発揮したし,電子計算機やデータの自記記録装置の技術が科学の実験全般にどれほど多くの貢献をしたかははかり知れないものがある。

マイクロウエーブ技術が電波天文学という全く新しい天文分野をひらき,いままでの光学望遠鏡では吸収のために見られない遠くの天体や,太陽の活動などを把え,反世界(陽電子,反陽子,反中性子など通常の物質の反対の反物質によつてつくられている星雲)との衝突を予想させるような新しい現象なども見出されている。

ロケット技術は月の裏面をはじめて明らかにし,月に強い磁場がないという予想を実証し,またバンアレン帯など大気圏外の全く新しい知識を与え,その結果太陽は地球にとつてかなたにある単なる熱源でなく,その外縁はある意味で連続的に地球のすぐ外側まで及んでいて,そのダイナミツクな活動が地球にさまざまな変化を与えつつある状況が明らかにされ,新しい宇宙観を基礎づけつつある。

物性や化学に対しては「分子の指紋を見わける」といわれる程の核磁気共鳴(核磁気により分子の結合状態を知る),常磁性共鳴(常磁性塩や遊離基などの電子状況を知る),X線分析(結晶構造の解析),赤外分光(分子の振動および回転のエネルギー準位の観測),電子ビームによるマイクロ分析(元素の空間分布)など各種の分析手段の精密化,分子の熱運動を止めて調べることを可能にした極低温技術(液体ヘリウム温度―絶対温度1°〜4°―を実験に利用することはさして困難でなくなつた),結晶の素顔に接することを可能にした超高真空(10-10 〜10-12 mmHg)技術,放電,爆発な2瞬間現象を直接見せてくれる超高速カメラ(数十万駒/秒)の開発などが大きな土台となつている。

地学においても,同位元素の精密な存在比の測定を可能にする質量分析の進歩によつて,地質年代の絶対測定が広範囲に行なわれるようになり,また高温高圧が実験室でつくれるようになつて人工岩石,たとえばダイヤモンドの合成にも成功し,数千度数万気圧の地殻における岩石の生成条件はほばすべて人工的に実現できるようになつた。この結果,岩石学や鉱物学も観察科学から実験科学になつたことなども最近数年間に現われた科学に対する技術のいちじるしい寄与である。

生物学関係にもX線,電子顕微鏡,顕微鏡映画あるいは遠心分離器をはじめ以上に述べて来たようなさまざまな分析,計測技術が寄与している。特にアイソトープトレーサー技術の役割は大きく,最近はバツクグラウンド(外部からの自然放射線の影響)の低い精密なベータ線の測定技術が確立し,生体自身をつくる炭素や水素の放射性同位元素,炭素(C14 )や水素(H3 )(いずれもベータ崩壊)をトレーサーに利用できるようになつて生物の生理が直接追求されるようになつた。このほか放射性炭素C14 による歴史年代の絶対測定による人類学への寄与,各種学術探険用装備の飛躍的進歩など,単に物理や化学など比較的技術と関係の深い科学ぱかりでなく,あらゆる科学にさまざまな技術がきわめて重要な寄与をはたしていることは忘れられてはならない。
3. 科学の進歩による総合技術の成立

今日の技術は「総合化傾向の発展」の章で述べるように,単に,一つの工程における加工や一つの堤防の強度といつた個々の技術を越えて,山を崩して運河や用水路をつくり,海岸を埋め立てて工業コンビナートを創設し,海底油田を開発し,極地を越えて成層圏の定期航空を運航するなど,大規模で総合的な技術となつて,従来は与えられた条件と考えられた自然地理的対象をあるいは変換したり,あるいは技術の一環をなす基本的なデータとして組込むようになつて来ている。

たとえば定期航空については飛行場の微気象,成層圏各高度の高層気象,電波の伝ぱん状況等のしつかりしたデータと予報がされねばならないし,干たく,埋立では,その基底の地質,土壌の性質はもちろん,地盤沈下や地震,台風,高潮,津波との関連が明らかにされねばならない。技術が進み産業や文明が高度化すれぱする程ますますこうした自然災害の問題は重大であり,計画の基礎にはつきりしたその科学的知識がなくてはならない。多目的ダムの建設や運用についても,土質や水の総合的な調査や豪雨の予報技術はぜひ必要である。また,従来は山の幸・海の幸として天然の偶然に左右されることの多かつた農林漁業も農業気象,海洋調査,生物の生理学,生態学などの精密化によつて管理された近代生産技術に変容しようとしている。

たとえぱ植物の光合成の研究が基礎になつて作物の最適播種期が決められ,魚の生活史や生態学の知識を基礎に,かき,車えびその他水産増養殖が実用化している。こうして科学や技術が前述したようにミクロ現象の解明へ深化する方向とは逆に,従来人工や人為の範囲外と考えられていたような大規模な自然現象と取り組むことによつて,単なる経験的工夫を越え,また試行錯誤を許さない自然の総合的現象の科学的,統一的な知識を不可欠とする局面が開かれてきているのである。これもまた最近の科学と技術の協力の一つの重要な部面である。
4. 科学と技術の意識的な結び付け

以上に述べて来たような,科学と技術それぞれの発展における協力とやや異なるが,特定の実用上の目的を達成するために,必ずしも特に科学の発見や成果から出発したものでなくても科学の知識や理論をはじめとし,あらゆる既存の知識や技術を利用し,さらに意識的に科学的手段すなわち,科学の理論的解析や測定その他の科学的観測や計測手段などを駆使して,その目的に必要なデータをあつめ,技術を改善して,意識的,計画的に研究開発を行なうことの有効性は最近ますます実証されつつある。

高速で物体を発射すれば人工衛星ができることはニュートンの時代(270年前)から科学の理論としては判つていたことであるが,最近になつて科学や技術の全般的進歩の上に立つて非常に広い科学的手段や技術を動員し計画的にロケツトの研究開発を行なうことによつてその実現を達成することができた。今日でも純技術的着想の妙ということは技術開発上非常に重要なことであるが,それが今日では科学的知識や手段と組合わされて意識的,計画的に研究開発が行なわれるところに特色がある。

このような意味での科学と技術の結び付き,すなわち,いわゆる「科学技術」の研究開発の計画化は,第2次世界大戦中のジエツト・エンジン,レーダー等の実用化経験によつてその有効性が実証せられ,今日ではあらゆる方面に一般化し,また社会的経済的にもその強力な促進,援助が行なわれている。この背後には,すでに科学も技術もそれぞれ十分その内容が豊富になり,それぞれの手段が強力になつて,以前のように,この領域は科学的にはつきり解明されているが,いかにして実現するかは技術的に全く見当もつかないとか,あるいは逆にこの領域は技術的には非常に発達しているが,その科学的解明はあまりに複雑で手におえないというようなことが非常に狭められ,大筋においては前節までに述べて来たように分子的現象から地域的規模の現象にいたるまで,われわれが直接交渉をもつあらゆる物的世界の現象の全体を科学も技術も扱いうる所まで来ているということがあつて,それが今日の科学と技術の意識的計画的な結び付けの土台になつていると考えられる。

月に人を送るというようなことはつい7〜8年前までは,かぐや姫の時代と同様の全くの夢であつた。しかし今日では,その実現はまだ不明な困難な問題を多く含んではいるが,このようなものさえ計画として遂行して行くことは可能なのである。アメリカの人間衛星のマーキユリー計画,月探査レーンジャー計画などは一般にもよく知られている。核融合制御も,砂漠の緑地化も,ガンの征服も,夢というよりも今日ではプロジエクトに近い状況である。

もつと現実的な問題になれば,科学と技術の上記のような意味の結び付けの計画化は一層明らかである。各企業はそれぞれ目的に適合する科学的研究や技術の開発を一連の研究開発プロジエクトの中に組織し,かなりはつきりした時間スケジユールのもとに遂行し,開発の促進をはかつている。今日では研究開発部門は生産部門,営業部門とならんで企業の重要な要素となつている。

科学の研究によつて一つの新しい現象,新しい物質が見出され,あるいは新しい技術的着想があれば,ただちにそれをいろいろな実用的目的のために利用する試みが積極的に探求される。そして有望な見通しのあるものについては各企業のはげしい競争のもとに一刻を争つて開発が進められる。その結果,科学と技術の結び付きの速度も従来よりいちじるしく急速に推進されている。
5. 科学と技術の結び付きの多角化

科学や技術が,個々のものとしてではなく,ある特定の目的の実験のための科学技術の研究開発として,一と組づつのプロジエクトに計画的に結び付けられるようになつたが,同時にそれは決して,ある一つの研究が一つのプロジエクトだけに所属させられるというようなことではなくて,非常に多角的な結び付きであり,それらの多元的な諸計画の全体はとうてい簡単な関連図に書き表わせないように立体的にからみ合つている。

目的を特定のものに固定するならば,一と組の研究開発の計画的体系が考えられるが,逆に一つの研究をとつて見れば,それは非常に多くの科学や技術に関係している。バネの研究は自動車の技術にとつて基礎研究であると同時にバネや鋼材メーカーの実用上の改良の研究であり,格子欠陥の物性の研究でもある。

ある科学の知識はある技術の基礎であると同時に非常に多くの他の科学や技術にも利用される。一つの技術はある科学の知識の応用であると同時に非常に広く多くの科学や技術にも利用される。アイソトープに関する知識や技術とか,マイクロウエーブの知識や技術などがどれ程多くの科学や技術に関連しているか想像もできない程である。最も実用と遠いと思われる位置天文学も,位置と時間の標準の設定に欠くことのできない基礎になつているし,光学レンズや精密機械技術の発達に非常に大きな刺激となつて来たのである。

今日,科学の成果が技術開発に応用されるということはよく知られている通りであるが,同時に科学が未知の領域の新知識を目ざして,現在までの技術の範囲を越える新しい手段の開発を要請し,それが後に別の目的を達する技術となつて実用に結び付くという関係も忘れてはならない。

たとえば,宇宙科学の研究はロケツト燃料,耐熱材料,誘導技術,,その他直接,間接きわめて多くの関連技術を開発している。それほど大がかりなものでなくても,真空技術,計測技術,自動制御技術など科学の研究からその発展を促進されたものも多く,特に最近のように世界の各国が競つて純粋科学の研究にも多くの経費をかけるようになると,その研究費の多くが新しい大規模な実験設備の試作に向けられ,これが関連技術開発費としての役割を果す効果も無視できない。純粋な数学の研究課題に出された研究費が支出の内容としては実はそこで購入される新しい電子計算機の試作開発費であり,純粋な地質上の地球深部に関する研究課題に対する研究費が,その支出の内容は実はボーリング技術の開発に役立つているというような関係も,科学と技術の現実の結び付きを考えるときの忘れられない側面である。

そして,このような多角的相互関係は科学や技術の進歩とともに,その組合わせに従つて幾何級数的に増大し,相互にたすけ合つて進歩発展しているのである。


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