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第3部   部門別に見た技術の動向
第8章  化学工業
  化学工業
1  わが国化学工業技術の性格と総体的傾向

New products,newprocedures.(新製品と新生産方式)で表現される合成化学を軸とする化業工業の発展が,近時の技術革新の一大推進力であることは識者のひとしく認めるところである。戦後のわが国化学工業は,肥料,ソーダ等の無機基礎部門の復興に力を注いだが,朝鮮動乱以降は,有機合成部門が顕著に伸びてきており,その伸展ぶりは,直接国民生活につながっている面をみただけでも,過去の歴史に類のないものであることをうかがい知ることができる。合成樹脂,合成繊維,染料,医薬品,化粧品,肥料,農薬,塗料等の身近なものから各種工業薬品にいたるまで,新製品の登場,品質,性能の向上,コストの低下は急速度で行われている。いま,昭和25年を100とした生産指数でみると 図3.33 の通りである。これでみても分るとおり,終戦時までは有機部門の伸びは無機部門のそれを上廻っていたが,戦後は化学肥料を中軸とする無機部門の復興に力が注がれたため,無機部門の伸びが有機部門を凌駕した。しかし,25年以降は再転して,有機合成化学を中心とする有機部門が顕著に伸びてきている。そして,この有機部門の伸びは,それ自体の伸展にとどまらず,石油化学による硫安,カーボンブラックの製造にみられるごとく,有機部門と無機部門の結合が緊密化し,ようやく総合化学工業に発展するきざしをみせてきている。

図3.33 化学工業製品生産指数の変化

一方,輸出面でみると,化学製品の輸出は戦後次第に伸びてきており,輸出産業的性格をおびつつあるが,全輸出額に占める比率はいまだ4%程度であり品目別では硫安が主体で,総体的には,化学肥料,医薬の伸びが顕著である。 (図3.34)

朝鮮動乱以降の有機合成を中心とする進展期に際して多くの新製品の登場,新生産方法の開発が行われたが,この時期にあたって,国内市場の行きづまり打開,海外市場の開拓のために多くの新技術が必要とされたにもかかわらず,わが国の化学工業は適用すべき技術を持ちあわせなかった。このため,各国内企業は,合理化,近代化のための新技術,新製品製造技術を競って先進国から導入した。もちろん,たとえば尿素,塩安,ホルマリン等にみられるごとく,いくつかの国産技術をも生んでいるが,その数はりょうりょうたるものである。

このように,戦後,技術導入が活発に行われてきたが,これを件数でみると昭和31年末で甲種133件 * (全産業619件の22%)に達し,機械,電機についで第3位を占めている。これをまた年次別にみると,昭和25〜29年の期間は毎年10件以下であったのに比し,30年16件,31年30件と最近飛躍的にふえている。31年に導入されたものを業種別にみると石油化学が8件でもっとも多く,ついで,アンモニヤ系肥料,合成樹脂の順となっている。

図3.34 化学工業製品の輸出割合


* 化学繊維を含み,石油製品業を含まない。


(1) わが国化学工業技術の性格

わが国の化学工業では,戦前,戦後を通じてかなり広範に研究活動が行わを通じてかなり広範に研究活動が行われていたとみられるが,それにもかかわらず,戦後の化学工業の発展は,先進国からの技術導入によって推進されてきている。これは一概にいわゆる″移植性″だけで説明しきれる問題ではなく,われわれはこの間の事情を,より詳細に調べてみる必要がある。以下に述べる各事情も,その1つ1つが決定的要因とは考えられず,これらがいくつか重なり合って技術の後進性を性格づけているものといえる。

その第1は,わが国の化学工業が,工業塩,燐鉱石,油脂等主要原料の多くを輸入に依存していることに起因する問題である。これからくるコストの割高,外貨事情からする制約等から脱却するため,研究活動の面において原料を国内の未利用資源にもとめる努力が戦後ことになされてきている。この面における努力そのものはもちろん意義あることであるが,急速度で向上する先進国の技術水準においつくための役目を直接的には果さなかったのである。この間の事情は,工業塩自給のための各種製塩法の研究,魚油,米糠油等国産油脂資源の高度利用,各種廃液,廃ガスの活用,硫化鉱その他でみられる低品位原料の利用等に関する研究が,戦後とくに活発に行われた事実によって裏づけられる。

第2は,研究活動の追従性の問題である。わが国の近代化学工業は,ほとんど先進国からの技術導入によって成立しており,多くの部門は最近まで模倣習熟期にあったものとみられ,現在なおこの状態から脱しきれていない部門も数多く存在する。この事情を反映して,本来独創性を要件とする研究活動までが,先進諸国に対する追従性をもっているということがわが国の場合指摘しうる。いわゆる,トレース的研究といわれるものがこれであり,また導入技術消化のためにも多くの研究努力をさいてきている。このことは,わが国の科学技術全般を通ずる欠陥であるが,化学工業の場合とくにこの傾向が顕著であり,支配的であるといえよう。

第3に,基礎研究に対する努力の不足と開発研究過程における化学工学的検討の不徹底を指摘する。この2つを同時に述べるゆえんは,ここでは,研究から技術にいたるまでの過程を1つの流れとしてとらえ,この流れをはばむ隘路を指摘しているからである。近代化学工業の成立が基礎研究活動と密接につながっており,基礎研究の成果にもとずいて画期的な技術が生れるケースの多いことは,化学工業技術のもつ1つの特色である。わが国では,この基礎研究面での努力が諸先進国との比較の上で総体的にたらず,とくに民間企業がこの面に力を注ぐ余裕を持たなかったことが,後進性を裏づける1つの要素となっている。事情はいくらか異るが,米国でも近年この基礎研究の重要性を認識してその拡充に努力している *(1)


*(1)基礎研究面での努力は,一般に英,独を中心とする欧州において顕著である。

前者にます大きな欠陥は後者である。研究室で得られたすぐれた研究成果が企業化されない場合が多いということは,いずれの部門においても,またいずれの国においても多かれ少かれ見受けられることであるが,部門別には化学工業においてこの傾向が強く,国別には,わが国の特徴といえる *(2) 。これは,化学工業では,中間原料がガスまたは液体の場合が多いため,得られた研究成果を企業化するには,パイロット・プラントの段階で十分な化学工学的な検討を必要とするにもかかわらず,化学工学自体の遅れと努力の不足から徹底しないままで,次の段階である企業化を試みることが多いこと,およびわが国では部門間の技術上の間隙が大きく,これがこの場合化学機械装置における設計技術,材料面にあらわれてきていることに起因している。


*(2)この事情を物語る事実として,戦後わが国工業技術面の欠陥として”工業化試験の不足”ということが言われてきているが,この工業化試験という言葉は化学工業から出た言葉で,機械工業等では使用されない言葉である。なお,これと似た事情は,英国にも存在し,英国はこの欠陥の是正に異常な努力を傾注している。

第4は,資本力と研究費支出め問題である。内外における民間企業の研究支出額ないし研究費使用額を正確に知ることは困難であるが,伝えられるdupont,I.C.Iの研究費使用額額がそれぞれ年間7,700万ドル(277億円)1,200万ポンド(120億円)であるのに対し,わが国の一流化学企業では,研究機関基本統計調査から推定して,年間10億円以上を支出している企業はないものとみられる。また,化学工業では,一般に新製品の登場と生産方式の改善が頻繁に行われ,さらに,使用される原材料副原料には強酸,強アルカリ性のものが多く,しかも高温,高圧下の反応を必要とする工程が多いため,設備の陳腐化腐食損耗はとくにはげしく,化学企業では近代化のための投資が高度に要求される。

このような研究費支出および設備近代化のための投資を可能にするものはすなわち資本力であり,前述の先進国の諸化学企業の発展はぼう大な資本力によって支えられているが,これに反し,わが国の化学企業は小資本のものが多く近代化および研究に対して多くの投資を行う余裕をもっていない。なお,研究支出については,米国等の経営者と日本の経営者との間には,考え方にいくらか相違があり,わが国の経営者が,"研究投資は引きあう″という概念に徹しきれないという点にも問題がある。
(2) 最近の総体的技術動向

冒頭に述べた″New procedures″なる言葉は,最近の技術動向を説明するにあたって,最初にでてくる事項と関連している。すなわち,既存部門でつくられていた旧製品を,新方法により低コストで生産しようとする動向が,顕著で,これを代表するものが石油化学であり,レッペ化学である。このため,旧方法と新方法の競合が切実な問題となりく旧産業(たとえばカーバイド工業,タール工業,発酵工業等)は合理化を要求されている。

第2は,技術的合理性追求の結果からくる原料,エネルギ等生産力的な方面における多角化,(コンビナート)が活発化してくることである。ある企業のコークス炉で副産されるコールタールが近くにある別な企業の工場に供給され,そこで各種の有機゛化学薬品がつくられているという実例は,そのもつとも簡単な形の例である。コンビナートには,原材料の連続的加工にもとづくもの,副産物や製品の相互利用にもとづくもの,および両者を統合した形態のものがあるが,共通点は,電気,石炭,石油等の基本的原料と結びついていることである。このコンビナートは,化学工業工程における連続化の必然性,わが国の原料条件等を背景として,わが国では企業経営的に妙味を発揮するばかりでなく,急速な化学工業技術の進歩に即応して機動性を発揮しうるという有利性をもっている。

第3に,個々の技術を総合的にみた場合,化学工学と分析法の進歩が注目されるが,これは一面,この分野における遅れが顕著であったことを意味しており,なお,いっそうの努力の余地ある分野である。

さいごに,最近の研究面における注目すべき動向として,放射線化学の進歩と超音波の利用をあげる。,前者については,たとえば,米国では放射線の触媒的作用を利用して,ポリエチレンなどの高分子化合物の重合度をあげ,その性質を改善することにかなりの成功をおさめているが,将来は高温,高圧を必要とした化学反応が,放射線の作用で低温,低圧で行いうるケースが数多く出てくるものと期待されるほか,合成樹脂,合成繊維の性質の改善面での寄与も大きいとみられ,わが国でも研究が進められている。後者は,日本,米国,ソ連でほとんど同時に発見さ゜れたチタン酸バリウムが,超音波の発振体として水晶にかわって工業的に利用できるようになってから活発化してきた分野で,わが国で応用した著名な例として,炭鉱廃水中の微粉炭の回収があるが,超音波のもつ分散乳化,微粒子凝集,脱泡抜気,酸化,反応促進,殺菌等の諸作用は数年後には広範に化学工業で利用されるようになるであろう。


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