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第3部   部門別に見た技術の動向
第1章  農林水産業
3.  生産者
(1)  その背景


日本の社会構造,経済構造の底辺に,農林漁民の多数は,社会的にも経済的にも恵まれないままでいる。日本の農林水産業を,零細,手労働の段階にとどめておくことによって,日本経済は高度に発達してきたが,いまや,このような日本の農業構造は,日本経済全体の発展のために,かえって重荷となってきている。

手労働中心の農業に従事する人々は,近代的農業の適格な労働者たることが困難である

かっては近代産業の豊富な給源であった農村労力も,低い資本の有機的構成のなかに育ったのでは,ますます近代化してゆく産業の適格な労働力として,直ちに転用することが困難となり,農村の労力は中小企業に流出しつゝある。

そして,この農村労力の,日本労働市場の下層との結びつきの強まりは,日本諸産業の発達の負担となりつゝある。

農林水産業の後進性は,必然的に,農山漁村社会を近代以前のまゝにしておき,農林漁民は,封建制の残渣のなかで生活と生産をいとなみ,人間そのものをも封建的にしている。

零細な手労働中心の日本農林水産業も,農地解放,漁業制度改革によって,徐々にではあるが近代化への萠芽が育まれつつあり,今後の生産力増大に,科学技術が期待されるところは,ますます多くなってきている。科学技術を高めてゆくためには,研究の発展のみでなく,発展する農林水産技術を駆使して,生産を高めてゆく農林漁民が存在しなければならない。農林漁民の科学技術的資質が向上してゆくことは,その生産力を増大せしめるのみでなく,近代産業における労働者としての適格性を確保することにもなり,わが国の科学技術の最高峯を築きあげる広い裾野を形成することにもなる。しかしながら高度の技術を駆使できるような,農林漁民の形成についての努力は,従来,ほとんどみられない。―維新以来,わが国の教育は,国定教科書を中心に,上から授けてゆくという考え方であり,農業に関する教育や,指導も同じであった。明治中期にいたるまで,生産力上昇を支えた技術-耕地整理なり,馬耕による深耕なり,優良水稲品種の普及なりは,すべて豪農の指導によるものであった。明治後期にいたって,地主制が確立する頃からは,技術は地主から一般農民へと浸透していった。この頃に各地に設立をみた試験場,ややおくれて結成をみた農会も,これら地主の要求を中心にして技術の浸透を試みたからである。昭和期に入って,国・公立の試験研究機関が,品種と,肥料と,農薬と,土木技術を中心に農会の技術員を通じて指導につとめてきたが,この指導は,つねに試験研究機関からの上意不達というルートで行われた。農民の創意と工夫を生かし,農家の問題としていることを,試験場がとりあげ,これが再び農家に戻るという循環のコースはあまりみられなかった。このようななかでは,農民の科学技術的資質が伸びていくことは期待がもてない。

代化した諸産業の労力源としての適格性を欠き,みずからの生産活動のなかで発達を続ける技術を駆使することは容易でない。生産者が科学技術を駆使してはじめて,生産力は上昇してゆく。生産力上昇のプロモーターは,明治以来つねに農林漁民であった。今後も,おそらく科学技術を駆使して生産力上昇のプロモーターとなるのは,生産者たる農林漁民であろう。


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