ここからサイトの主なメニューです
前(節)へ  次(節)へ
第3部   部門別に見た技術の動向
第1章  農林水産業
2.  生産技術
  農業



概況

わが国の資本主義体制は,低賃金労働給源としての農業部門を常に前近代的なものにして,明治以来発達してきた。資本構成も経営規模も劣弱なまま,地主制のもとで,農家は,その生産の重点を水田穀作において自給の強化につとめ,わが国の農政は,穀作,とくに米を中心にして保護と指導を手厚くしてきた。したがって,畑作と畜産についての研究も技術も,進歩発達がみられなかった。

第1次大戦後の好況期には,全国的に,わが国の農業は畑作商品作物に進展していった。やがて,昭和初頭の農業恐慌期には,台湾朝鮮の産米増殖が成功し,米価が低落すると,政府は内地産米の減反運動をはじめたが,農家は経営の重点を水田作に向け,進展をみていた畑作商品作物は縮少し,一部に特産地帯を残して崩壊していった。このことは,農家は不況期には水田作に,好況期には畑作商品部門に,力点を移行することを示している。わが国の農業は,ほとんど常時,不況にさらされ,戦争が一時的に好況を呼んだにすぎない。したがって,農家の要求はつねに水田技術の進歩発達にあったのである。

最近,ようやく畑作振興,畜産振興が叫ばれ,その技術と研究が本格化しはじめたばかりである。とくに畜産については,今後の人口増大と,国民栄養向上の必要性と,し好性の変化とを考えれば,その資源の増産が期待され,また後述するように,農家の生産力向上の基盤を作るための地力維持増大のキーポイントとしてもその伸展が必要であり,畜産に関する研究と技術の進展には,多大の期待がよせられている。

農家の要求はどうであろうか。農家の現金収入源としての畑作部門への期待は大きい。米については,不況期には必ず価格維持対策が強力に講じられてきたが,畑作商品作物については,まったく顧みられなかったといっても過言ではない。それだけに,そさい,果実,肉,乳,卵等の流通機構については問題が多く,今後の研究,調査にまたねばならない部分が残されているが,農林省では,最近,これらの価格安定対策,流通機構対策を講じようとしている。しかし,農林省の施策が,かつての更生運動のようなことでは,農家の経営の力点は,やはり水田作にむけられるであろう。畑作,畜産部門の市場の拡張と,価格の安定対策がたてられ,生産費低下の技術研究が進められて,はじめて,農家の技術的要求もたかまってくるであろう。
(2) 畑作

畑地は,全耕地面積の約半分をしめている。しかも,水田偏重の結果,現在の畑地は地力の劣悪なところに多い。それでいて,畑作物の反収増加は,水田作のそれにくらべてむしろまさっている。水田作は,水稲裏作の3麦を,畑作は陸稲,畑作の3麦・あわ・ひえ・きび・とうもろこし・そば・だいず・あづき・さつまいも・じゃがいもをとって,その収穫高をカロリに換算してみると,明治34〜38年から,昭和26〜29年までの間に,水田作は4割増であるのに畑作は6割増となっている。

しかしながら,水稲は相対的に価格が安定し,かつ,高いために,その反当収益あるいは労働当り収益は,特別のものを除くといちじるしく高い。

しかも,畑作物は年々の価格変動の巾が大きく,収量は不安定であり,最近では,だいずに代表的にみられるように反収も停滞しつつある。もちろん,一部のそさい,果樹のように,収益がはなはだしく水田作の米にまさっているものもある。しかし,これらは一部特定の地域に限定され,広く畑作一般についていえることではない。

収益のまさっている一部のそさい,果樹についても,一般消費大衆の所得の増大をまたねば,今後の伸びは,必ずしも期待できない。一般的な畑作物としての,麦,だいず等については,世界的な過剰生産と価格の低落傾向にもとずき,外国農産物の圧迫を受け,生産費の低下をはからない限り,伸びることは困難である。しかるに,わが国の農業は,つねに反当収量の増加を中心に技術の発展をみ,労働節約的技術はあまり発達していない。たかだか脱こく調整機,果樹園のケーブル架線等,農作物収穫後の作業過程が,能率化されているにすぎない。作物の成育過程における農作業の労働能率化のための技術は,耕地の分散と,傾斜地の階段耕地等の条件に阻害されて,ほとんど伸びていない。劣悪な土地条件,経営耕地の狭小さのなかで,輪栽形式も連作の傾向を帯び,しかも地力は,土壤流亡,風蝕等の害を受けて,ますます劣悪化しつつある。

図3.8主要畑作物の収入比較

図3.9主要畑作物反収の推移

したがって,畑作における問題は,作業過程の機械化促進と,そのための耕地の集団化と,そして能う限り連作を回避して輪栽形式をとり,あるいは田畑輪換を行い,畜産との結びつきを強めて,地力の維持培養と土壤保全をはかることであり,これらの問題を解決するための一連の行政と,技術の研究が望ましい。これらの研究も,農家がその経営のなかにもちこんで,はじめて技術としての本来の価値を発揮するのであるから,つねに,農家の技術に対する評価を考慮しながら進める必要がある。そのためには,基礎研究も大切であるが,農家が,すでに経営のなかで実践している技能的技術体系のなかから研究の課題をとりあげることに,とくに意を用いるべきであろう。

畑作に代表される畑作かんがいについては,その研究は欧米先進国の研究の翻訳消化に急であって,幼稚なものではあれ農民が長い間の努力のなかでうみだしてきた,在来の畑作かんがい技術については,ようやく,実態調査が行われだしたにすぎない。農民の経験の集積がうみだした畑作かんがい技術を刻明に分析,研究して,わが国のような多雨地帯における畑作かんがいの科学技術を確立しようとする努力は,微々たるものではあってもはじめられており,この芽を正しく伸ばすことが必要であろう。
(3) 畜産

明治以前の畜産は,東北,西南僻地において,軍用のために成立していたが,明治以来,用畜のための畜産として伸びてきている。

経営耕地の狭小な農家で,用畜としての畜産が伸びるためには,粗飼料は,耕種部門の土地利用の限界地からの生産と,経営内部における残渣とでまかな,い,濃厚飼料の大部分は,経営外からもちこむという飼料構造をとらざるをえなくなってくる。しかも,経営外からもちこむ濃厚飼料は,濃厚飼料総供給量の20%(重量)を輸移入にあおいでいたのであり,輸移入飼料への依存は,とくに乳牛,鶏にいちじるしかった。

図3.10 農業総粗生産額に占める畜産の比率

このような飼料構造をもつわが国の畜産は,日華事変,太平洋戦争と進むとともに,外国からの飼料輸入がとだえて,一時はなはだしく凋落し,わずかに軍馬としての馬が余命を保っていたにすぎない。しかし戦後,この衰退を一挙にもりかえし,馬を除いて戦前をはるかにしのぐほどの伸びをみせている。

最近畑作への関心がたかまり,家畜飼養を増大することは,ますます,重要さをましており,農家の家畜飼養技術,衛生管理技術の研究を進めることが要請されている。

わが国では,農家の用畜としての家畜飼養の経験がきわめて浅かったこともあって,かつてのわが国の畜産に関する科学技術は,大学をはじめ,各級教育研究機関とも,改良繁殖と獣医学を中心に,欧米畜産学の消化と追試験に追われ,わが国の社会経済条件と,自然条件に適合した畜産学は未確立のままである。それでもわが国の畜産の技術は進み,生産を高めている。

乳牛の1頭当り年生産乳量は,戦前,14〜15石であったものが,最近では22〜23石にまで伸展してきている。この生産力の伸展は,明治以来の乳牛の改良繁殖と飼養方法についての研究が,軽少な予算に苦しみながら,国の研究機関で進められてきたことがあづかって力のあったことは否定できない。しかし,国の研究機関で進められてきたものは,いつも外国優良種牡牛の輸入による改良繁殖であり,国の行う改良繁殖のための,国,公立の種畜場における家畜飼育の研究1であって,農家で飼われる家畜の飼育方法についての研究は,必ずしも十分ではなかった。乳牛のみではない,肉牛の肥育についても,その技術は,農民の経験の集積による,いわゆるカンに頼った技術(?)が優位をしめている。畜産の場合においても,今後の技術発展のためには,農家の草地改良や飼育方法の実態のなかから,研究の課題を選択し,日本の畜産技術確立に努力すべきである。研究が進めば,農家の用畜飼育の歴史の浅ささからして,新しい畜産の技術は,怒濤の勢いで普及し,畜産の生産力は飛躍的に増大し,その研究投資は予期以上の成果となって現われよう。

図3.11 乳牛の1頭当り年生産乳量の推移


(4) 水稲生産力の発展と機械化

わが国の経済構造からくる必然性と国家要請から,手厚い保護と指導が加えられてきた穀作,とくに米作については,同じ産業構造からくる,農業の零細性と地主制という農業構造のなかでは,その生産力の発展も遅々たるものであった。しかし,生産者たる農民の血みどろの努力と品種の改良,栽培技術とくに施肥技術の進歩によって,米の反収は,明治11年頃1石1,2斗であったものが,最近では2石2,3斗に達し,約2倍に増加している。

この発展のあとを,しさいに検討すると,大正末期から,昭和初期に反収が2石に達してからは,停滞の傾向にあることがわかる。

明治から大正にかけての反収の増加はいちじるしいが,大正末期から昭和初期には伸びが少い。大正期までのいちじるしい増加は,明治中期以降の土地改良,馬耕による深耕々転作業,優良品種等,一連の技術が普及したことによるものといえる。

反収が停滞する大正,昭和期には,播種から収穫までの作業時間には大差がなく,収穫後の加工,調整が約6割に減少している。収穫までの作業が揚水機,畜力機によって軽減されたことを中心に,一連の技術が進歩して,大正期までの反収の増加をもたらしたのであり,大正初期以降は,収穫作業以後の加工調整段階の労働時間の軽減がみられたにすぎないことが,停滞という結果をもたらしたものであろう。この停滞も,敗戦後ようやく打開のきざしがみえはじめた。農地解放という農村社会経済構造の変化を基調にして,いちじるしい機械化の進展がみられ,新農薬をはじめ,多年の研究成果が結実して,反収の上昇発展の幕が切っておとされたからである。昭和24〜27年と,29〜32年の各4ヵ年の平均総収穫高を比較してみると539万石の増収となっている。この両年度に広く普及した新技術を増収の要因と考え,これう新技術による増収量を試算すると490万石となり,最近の増収量が新技術によってもたらされたとしても,あやまりではないだろう。

図3.12 技術要因別増収高

米の反収の変遷を,もう一度,今度は,地域別に検討してみよう。明治16年から昭和16年までの59年間の反収の変遷すう勢をみると,東日本における初期反収の低さは,年々の技術進歩によって高まり,約60年間に,西日本との間にほとんど差がみられなくなってきている。戦後には,この位置はついに逆転する。昭和23〜27年の5ヵ年平均反収は東日本では,2.240石,西日本では1.953石である。戦前反収の高かった佐賀県,奈良県,大阪府も,戦後は停滞というよりはむしろ減少しており,逆に東日本の諸県,長野,山梨,山形,群馬,新潟等がめざましく伸びて,西日本の諸府県を凌駕している。

表3.2 水稲反収の発展すう勢を表わす諸指標

図3.13 北海道および主要県における水稲反収の推移

これは,いろいろな事情によるものだろうが,昭和21年から29年までで133万町歩にのぼる土地改良事業が行われ,それが東日本に多かったことが,東日本と,西日本の反収の高さを逆転させる起動力となったといえよう。

土地改良によって,乾田化が進み,寒地ではおくれていた有機物の分解が急速にはじまり,潜在的な地力が顕在化し,同時に耕地は区画整理され,農道も整備されて,役畜としての馬にかわって,自動耕耘機の導入が急速に進み,田植時期がくりあげられた。戦後創出された各種新農薬の普及も,背負式あるいは動力の撒粉機の出現によっていちじるしく伸び,,田植時期のくりあげによる新しい病害虫の発生に対しても,十分対処することができたのである。しかも,長期にわたるイネの生理に関する基礎研究の成果である,藤坂5号に代表される耐冷性品種の出現,保温折衷苗代の採用などの一連の栽培技術によって,遂に西日本を追いこすにいたったものであろう。

これらの反収躍進の基本となった一連の技術は,労働節約的な機能を果したというよりは,土地利用集約化の実現によって,土地生産力を高めているのであって,労働節約の機能は,その量的節約というよりは,労働の質的軽減の機能を果している。したがって,わが国の耕耘機,撒粉機等に代表される労働節約的技術は,労働節約による生産力増強への意図というよりは,土地の集約利用による生産力の向上と,労働の質的軽減を意図して採用されているといえよう。経営の零細性という決定的要因に支配されて,自動耕耘機の発展も,小型耕耘機から,6〜7馬力,最も大きいものでも12馬力程度の耕耘機にまで大型(?)化したにとどまり,さらに大型化して,より労働節約的に伸展していない。

土地の集約的利用による生産力増強の目的を達するためには,大型化の必要性がないので,メーリ・テーラ型の模倣によって,多目的な2〜3馬力の汎用小型トラクタに転化しているのである。しかしながら,自動耕耘機の耕耘にともなう品種,施肥,病虫害防除等の一連の技術は,畜力耕を基本にする一連の栽培技術と異るはずであるにもかかわらず,研究成果はあまりみられず,農民の経験と英和の集積に待っている現況で,機械化にともなう新しい技術体系の確立が望まれる。理想としては,生産の協同化による協同体の経営耕地面積を拡大し,単一目的の大型機械による作業体系の展開によって,労働能率の向上をはかり,生産力を向上することが考えられ,この方向への推進を農協に期待したい。

自動耕耘機による耕耘作業


(5) 水稲生産の停滞と地力

東日本の反収の躍進とはまったく対比的に,西日本においては,反収の停滞ないしは転落がみられるのは,兼業,零細化がはげしくなっていること,そして,相つぐ災害を受けていることが,その要因の主たるものであろう。しかしこれらの要因のほかに,明治以来発達した一連の地力発現技術が,すでに地力収奪の段階に達して,反収の転落をみていることも見のがしてはならない。

図3.14 地域別水稲反収の推移

がんらい,温暖,多雨な西日本にあっては,有機質の分解は早い。しかも,入会山林の私有化,国有化と,開拓の進捗によって,有機質給源は激減し,有機質の補給がつづかなくなり,土壤の物理的化学的性質が劣悪となり,地力は減耗の傾向をたどっている。西日本に広汎に存在する秋落地帯 * も,この一つのあらわれである。これに対応して,含鉄資材,粘土等を補給して,土壌の物理化学的性質を改良したり,秋落に強い品種を創出したり,肥料を分施したりするなど各種の栽培技術の改善がみられ,有機質不足により劣悪化した土壊条件に応ずる栽培技術確立への努力は続けられつつあるし,施肥改善事業,耕土培養事業等の施策も進められている。しかし概して明治以来発展してきた技術は,いかにして潜在する力をじようずに発現させるかということを中心にしたいわば地力発現のための一連の技術であって,土壤の物理的化学的性質をより健全にし,地力の回復培養のための技術体系樹立への努力はこれと平行して行われなかったといえよう。西日本において災害回避を目的として,常習災害地秋落地帯にいちじるしく普及している早期栽培は注目されてよい。早期栽培はその反収の高さのゆえに,常習災害地,秋落地帯以外にも伸びつつあるが根強い水利慣行の存在がその伸びを阻害していることも事実である。

研究機関においては,水田地力維持のための合理的な作付体系の栽培方式として,早期栽培跡に,秋作じやがいも,そさい類など,有利な商品作物の導入,とくに飼料作物の導入によって,有畜化を進めようという方向が打出され,研究がはじめられている。また,これが基盤を作るため,水利の調整,土地改良事業等の一連の施策も考えられている。しかしながら,土地改良事業の施行によって,かえって受益地帯の生産力が転落しつつある事例も少しとしない。したがって,土地改良事業を進めるためには,具体的な地域における具体的な土地改良技術の研究と,前述したような土地利用区分設定を基礎にして,事業を施行することをあわせ進めねばなるまい。同時に,地力培養技術の1つとして期待される家畜飼育,また堆肥材料等としての草資源が,かたよった林地所有と,それにともなう採草慣行の存在によって,一部の農家にしか利用できないでいる現況であり,その再検討が望まれる。


* 秋口になって,土壤中の肥料成分が切れ,イネの成育が,それまでに比し急に落ちること。


(6) 今後の課題

畑作,水田作を通じての一連の地力培養技術を体系化するための耕種技術,栽培作物の組合せ,耕地の集約利用のための機械化,草地改良,導入せらるべき用畜の飼料基礎確立のための研究等,一連の研究を各級研究機関,および普及組織が,その任務に応じて進める必要があろう。

そのためには,農林省において,研究管理機能のいっそうの充実をはかるべきであろう。たゞ地力培養のための一連の技術体系を考えるにあたって,タバコについての問題を忘れてはなるまい。

今後,ますます農業生産力を拡大してゆくためには,日本農業のための新しい畜産学を基礎にした畜産技術の向上発展と,可能な領域からの生産協同化の推進による機械を進め,地力培養のための耕種技術を確立することであるが,これらの成果を享受するのは農業生産者たる農民である。これらの研究のいかんによっては,単なる研究機関の研究成果にとどまり,実際に農家の経営のなかで,研究成果が,成果として生かされないおそれがある。したがって,研究管理を実施するにあたっては,生産者たる農民の生産活動のなかから,研究管理の方針をうちだすべきである。

また,地力増強なり,新しい畜産研究なり,機械なりの一連の研究を実施するにあたって忘れてはならないことは,普及員とともに農民自身の発意で行う実験研究活動の成果を生かして研究を進めるということである。そうでないかぎり,研究が進めば進むほど,「農学さかえて農業さかえず」という事態を生じよう。


前(節)へ  次(節)へ

ページの先頭へ   文部科学省ホームページのトップへ