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第2部   科学技術発展の基盤
第5章  標準化
2  わが国標準化事業の沿革


わが国の標準化に対する動きは,標準化の進んでいる諸外国とくらべても割合古くから行われていた方である。標準化の本格的な形態が整えられたのは,大正10年に標準化のために政府の諮問機関として「工業品規格統一調査会」が設置され,その活動が開始されて以来であるが,さらにさかのぼって明治35年以降,陸軍,つづいて海軍その他政府各機関が購買する物質についての規格を関係官庁で定めるようになったのも,全国的な標準化のはじまりといえる。また団体規格のあるものは工業品規格統一調査会の設置される前から活動を開始していた。

工業品規格統一調査会の活動は,年々その活発さを増し,わが国の近代工業化の進展とともに順調に進められ,この調査会が政府に答申した案がつぎつぎと日本標準規格(JES)として制定してきたのであうる。しかし,その後昭和14年となり,国際間に大規模な戦争の危機が生ずるような形勢となるにおよんで,工業水準の向上のため比較的高度な水準に目標を置いて慎重な審議をしている時間がなくなり,わが国で得られる資源を有効に利用して,軍需品を重点的に増産するために急速に多数の規格を必要とするようになったので,工業標準化の方向が変更され,ここに戦争規格としての臨時日本標準規格(臨JES)がうまれ,一方とくに航空機の生産のために,別に日本航空規格の制定が開始され,これらの活動が第2次世界大戦の終結期までつづいたのである。

戦後,工業品規格統一調査会は,昭和21年に解散され,そのかわりに工業標準調査会が設置されることになり,工業の再建,輸出の振興および民生安定をねらいとした標準化活動が再開され,日本規格の制定がはじめられた。

ところがその頃から徐々に,戦時中わが国では知ることのできなかった英国,米国の工業の発展の状況を知るようになったが,標準化についても非常に徹底して推し進められており,また新しい生産管理技術の発展と結びついて驚くほど生産の合理化が行われていることを知った。そこで資源に乏しく,戦争の傷手を担っているわが国にとって,国民の生活水準を向上してゆくためには最も能率的な形で生産力を急速に回復し,生産,消費の合理化をはかりまた技術水準を高めるためには,もっと強力な形で,標準化を有効に進めなければならないことが一般に痛感され,ここに「工業標準化法」の成立をみるにいたったのである。

「工業標準化法」の成立にともない,日本規格を審議していた工業標準調査会は発展的解散が行われ,新らたに昭和24年工業技術庁(現在の工業技術院)に日本工業標準調査会が設置され,日本工業規格(JIS)の制定が始められ,今日にいたっている。

昭和32年10月末までに4,628規格が制定されている。これらの規格のうち,戦前の520の日本標準規格や931の臨時日本標準規準規格から,今後も必要とされるようなものは,十分な検討の上,現在の技術水準とにらみ合せ修正を加え編入したものもある程度はあったのであるが,これらの旧規格の数と現在の日本工業規格の総数からみても,昭和24年から9年間かかっていかに活発に標準化が進められているかがわかるであろう。

また工業標準化法によって進められている日本工業規格表示制度(JISマーク表示制度)も632品目が制定され,その許可工場も延5,580工場となり,表示商品も広く市場に行きわたるようになってきている。とくにこれらの表示許可工場は社内において標準化を進め,近代的生産管理技術を高めるように努めており,統計的品質管理を進めた効果がいちじるしくあがっている。これらの許可工場が母体となり,最近では規模の大小を問わず,広く一般に各工場の社内標準化が進められるようになり,わが国工業全体として日本工業規格を中核とする標準化が根深く,地道に発展しつつある。

工業標準化とならんで,農林水産業の標準化も進められている。農林水産業の標準化は戦争中の統制物資の個々の格づけから端を発したが,戦後はまず「指定農林物資検査法」によって進められ,昭和25年に農林物資規格法が制定され,農林省の附属機関として農林物資規格調査会が設置され,JAS規格として,本格的標準化が行われるようになった。現在規格の定められた品種は,農産品54種,林産品29種,畜産品8種,水産品23種で,合計114種類である。

しかし,農林物資のうち,米,麦,雑穀,いも類など,主要食糧農産物は,「農産物資検査法」によって検査規格が定められ,肥料,農薬については「肥料取締法」「農薬取締法」によって,公定規格が定められている。

また,医療品の標準化は人命に関係するという特別の性格から,「薬事法」にもとずく日本薬局方として行われている。

また,わが国は昭和2年に国際的な標準化を行う万国規格統一調査会(いわゆるISO)に参加したが,第2次世界大戦中その活動はとまり,戦後にいたって再びはじめられた国際標準化機構(いわゆるISO)には昭和27年に加入し,国際電気標準会議(いわゆるIEC)には昭和28年に戦前に引きつづき再加入した。

国際間の標準化活動は近年活発に行われ,とくに昭和32年1月より,わが国は国際標準化機構(ISO)において理事国に選出され,国際的標準化の仕事に対する責任の一端を担うことになり,多くの国際規格原案に対する意見を述べる機会が増大しつつある。また,これにともなって加盟各国からわが国の工業技術の向上を刺戟する資料も入手され,今後は国際標準化事業への協力も重要な仕事となりつつある。


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