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第2部   科学技術発展の基盤
第1章  研究活動
1  戦後の研究体制の推移


戦後の研究活動は,生産活動の低下,社会不安のため数年にわたり不振を余儀なくされた。戦力増強のための科学技術行政の中枢機関であった技術院は廃止され,戦前および戦時中有力な研究機関であった軍および財閥関係の研究所の多くは解体,閉鎖された。

昭和22,23年ごろより占領軍の政策等もあり,科学技術の新たな体制が組織化されはじめた。

昭和22年8月に全国の科学者の総意を反映した学術体制刷新委員会が成立され,政府より新学術体制の調査立案の委託をうけ答申した。この結果,昭和24年1月に日本学術会議および科学技術行政協議会が発足した。日本学術会議の主な職務は,政府の制約をうけることなく,1)科学に関する重要事項を審議しその実現をはかり,2)科学に関する研究の連絡をはかりその能率を向上させることである。

国立,公立試験研究機関についても検討され,新設,統合,改組等による再編成が行われ,大きな変革を示した。すなわち,商工省においては昭和23年に所管の鉱工業技術行政を統一的に行う機関として,12の鉱工業研究機関をその傘下におさめ,鉱工業の科学技術に関する試験研究等の業務を強力かつ総合的に遂行し,生産技術の向上とその成果の普及をはかり,もって経済の興隆に寄与するために,工業技術庁(現在は通産省の工業技術院となる)が設けられた。

農林水産業関係の国立,公立研究機関においても,改組,再編成が行われた。

たとえば農業関係では昭和25年より,全国的に農事,園芸,茶業,畜産,開拓等の各分野を統合整備し,合理的な研究体制を樹立した。その大要は,1)公立農業試験場は原則として,1都道府県につき1場長のもとに統轄される総合農業試験場とし,2)国立農業試験場は全国を8地区とし,各1場長のもとに統轄される総合的地域農業試験場に再編した。公衆衛生関係においても昭和23年に地方の研究機関を統合整備し,地方公衆衛生の研究検査の技術センターとして,地方衛生研究所を各都道府県と4大市(大阪,京都,名古屋,神戸)にそれぞれ1機関ずつ設置した。このほか国立,公立試験研究機関の多くが再編された。

大学関係の研究についても大きな変革があった。昭和24年には新教育制度にもとづき,従前の高等学校・専門学校・師範学校・大学などが再編され,多数の4年制の大学が発足した。主として新制度実施以前からある大学には新制の大学院が設けられ,修士課程,博士課程が制度化された。とくに新制大学の発足により,研究のみに専念し得る国立大学付置研究所は,大学の研究組織のうちでも重要な使命を担うこととなった。

このように戦後の新事態に対処し,各組織にわたり研究所の統合を行う一方,学術の新分野の開拓,あるいは産業技術や国民生活の向上のために必要な研究所が新設された。

研究者の海外渡航は,10年近く杜絶していたが,昭和24年頃から再び可能となり,諸外国の最新の科学技術研究に接することができるようになった。

同時に昭和25年の外資法制定以来,各産業分野の民間企業においては,海外技術の導入によって国際水準への接近を企図するようになり,導入件数も年とともに増加の傾向を示している。

民間研究に対する国の助成策としては,研究補助金および特別税法措置がある。戦後は,文部省の学術研究のための補助金に限られていたが,昭和25年度には農林,通産,26年度には,厚生,運輸,労働,建設等の各省に科学技術の補助金が計上され,民間の重要研究に対する助成が開始された。また,昭和27年に企業合理化促進法,租税特別措置法により,試験研究に対して税法上の優遇措置が講ぜられた。

民間企業における研究活動も,経済回復および外国技術の導入とともに,しだいに活発になり,国立,公立試験研究機関および大学の研究費増加状況にくらべていちじるしい上昇を示し,ひきつづき増加の傾向にある。

一方,原子力利用の研究については,昭和29年度には原子力平和的利用に関する調査補助金が通産省予算にはじめて計上され,昭和30年1月には原子力委員会,原子力局が設置され,昭和31年6月に特殊法人として日本原子力研究所が設立せられるにいたった。

昭和31年5月19日には,科学技術に関する行政を総合的に推進することをおもな目的とする機関として,科学技術行政協議会事務局,原子力局,資源調査会事務局を吸収して総理府に科学技術庁が新たに設立された。ほぼ同じ時の昭和31年6月に農林省に関係研究機関の効率的な運用をはかることを目的とし,それらの研究の総合調整,拡充強化を行う農林水産技術会議が設けられた。


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