平成19年4月3日
9時29分〜9時45分
文部科学省記者会見室
大臣)
本日の閣議は、署名案件もほとんどございません。ご報告することも特にございません。
記者)
先週金曜日に教科書検定の内容が明らかになりまして、その中で沖縄戦の集団自決をめぐる記述について修正意見がつきました。それに対して、沖縄の方から多少反発の声もあるようなんですけれども、大臣のご所見を頂ければと思います。
大臣)
私は、教科書検定に議院内閣制のもとでの大臣が価値観をもって発言をするような教科書の検定の仕組みであってはならないのではないかと思います。教科書は、国定教科書ではなく、また、検閲制度でもないわけで、第三者の審議会を作り、そこでその内容が正しいのか、あるいは両説あるようなものについては、どちらかの意見に偏って記述をしてないかということを、公正な第三者の審議会がお決めになるわけです。もちろん決定権者というのは最終的に大臣になってることは私も知っていますが、決定権者であるからといって、私の価値観とか主観で第三者の審議会の意見に口をはさむということがあってはならないでしょう。特に我が国は議院内閣制で動いておりますから、今は自民党と公明党の政権であり、私が文部科学大臣である限りは、自分の価値観に関わることについては極めて抑制的に対応しているつもりです。例えば、あるイズムを持っている政党が将来政権についたときに、その政党のイズムで公正な第三者の記述についてコメントをするということがあっては、私はおかしいと思います。沖縄の方が戦争に巻き込まれ、その後、日米安全保障条約を維持していくためのご負担が沖縄にずっと偏っている中で、辛い思いをしながらきておられることや、戦争中の不幸な事柄について大変な思いになっていることは、私はよく知っております。しかし、このお話と、第三者の審議会が諸説あることについて様々な意見を付けられたことについては、自分のコメントを申し上げるのではなく、そのまま受け入れるというのが大臣の立場であって、私が意見を言って、自分の価値観を入れていくということは、私が大臣をやっている限りは抑制的にやりたいと思います。今回のことについては、私は一言の意見もコメントも申し上げておりませんし、安倍総理もまた、私に意見をおっしゃったことはありません。これが事実関係です。報道各社も社としての考え方、報道ぶりがあることは、紙面を見れば分かります。それに関して色々な批判があったり意見があることは、言論の自由だから当然のことですが、自分のイズム、自分の考え方が正しいからといって、正しいことに全ての事実を収斂させようという姿勢は、お互いに慎んでやっていくということではないかと思います。
記者)
その検定の件ですが、確かに第三者の審議会が選んでいることを、決めているということですが、沖縄戦の集団自決で日本軍による強制がなかったということについて、意見がついたことによって、沖縄戦の実態が誤解される恐れがあるということで、意見がついたことに対して、審議会で特に議論が出なかったというお話を教科書課から説明いただきましたが、これだけ是も非も含めて、議論が沸き起こっていることに対して、何の議論も出ないというのは、審議会委員を選ぶ時点での何らかの偏りがあるのではないかという指摘もあるのですけれども。
大臣)
これは学者の人たちの意見ですから、そういうことは無いと思います。そして、教科書の記述を正確に読むと、日本軍の関与がなかったとは言っていませんし、あったとも言っていません。色々な説があるので、一方だけを断定することは難しいという記述になっていると思います。今のご質問でも、かなり誤解を受ける言い方になっていると思います。色々な説があるときは、一方の説を断定したり、一方の説をまったく放棄したと断定したりするということを慎重であるべきだと私は言っているわけです。
記者)
それに関連してなんですけれども、検定作業に色々な圧力がかかることを、避けるということで、しばり(制限)がかかっていると思いますが、例えば委員を選ぶところを中央教育審議会のように名簿を配れとまでは言いませんが、ある程度オープンにするのは不可能なのでしょうか。
大臣)
これは、その方にどういう社会的なプレッシャーがかかるとか、報道各社の取材に自己抑制が効いているとか、色々なことがあるかと思います。少なくとも、ある偏向をもって選んでいるというあなたの判断は結構ですけれど、人間社会ですから、違う価値観を持っている人もいるということを、認めなければいけません。この分野の事は、一方の価値観だけで報道をしたり発言をすることは、責任のある立場の者は抑制的にやるべきだと思います。特に近代の歴史については、その人の主観、あるいは政党のイズムによって、ずいぶん見方が違うわけです。少なくとも私は、政治家として自分のイズムを持っているだけに、発言はやるべきじゃないという考えでやってきてます。
記者)
同じく教科書検定の質問ですが、発展的な記述が結局平均3パーセントに終わっており、文部科学省は当初2割くらいまでと想定していたようですが、なかなかそこに至らない。色々と学力の格差が言われている中で、その点はどのように受け止められていますか。
大臣)
発展的記述が多ければ学力が上がるということに、直に結びつくわけでもないです。学力の格差については、教師の教え方の問題、学習指導要領に則って教室でどう対応するかに大きな問題があるわけで、発展的記述の内容について、文部科学省としてはある程度は希望はありますが、そういうことを強制してないから、このような結果なわけです。つまり、イズムをもって、文部科学省の思いを一方的に押し付ける教科書検定は、自民党が政権を持っているときであれ、反対党が政権を持っているときであれ、抑制的にやるべきだと思います。
記者)
先程からの沖縄戦の話の関連ですが、諸説あるものについて公正に対応するというのが基本であるというお考えは非常に当然のことだと思いますが、今回のこの沖縄戦について言えば、諸説あるから、そうなったということなのかもしれませんが場合によっては両論併記など、色々な見方があるんだということを明記するようなやり方でも良かったのではないでしょうか。
大臣)
やり方は色々あるかも分かりませんが、両論とも確認が取れないものは記述はできません。悲惨なことが起こったということは事実です。集団自決をされたという大変悲しい出来事があったということも事実です。しかし、それがどういう原因で起こったかは、確認が取れない限りは一方的なことは書くべきじゃないと審議会が判断されたのではないんですか。両論書くべきだと私が言うほうがおかしいと思います。
記者)
独立行政法人緑資源機構の官製談合疑惑が問題になっていることについて、この独立行政法人の理事長や理事が公務員からの天下りだったということのようで、それ故にこのずさんな予算管理が見逃されて、官製談合につながったのではないかという指摘がされています。そのような中で、財務省や国土交通省の事務方が、天下りの規制対象から独法を外すべきと主張していますが、大臣は閣僚として、どうお感じになっておられますか。
大臣)
天下りの規制という「新人材バンク」というものの具体像を法律に書くのであれば、その内容を明示しなければいけません。事前の各省折衝や与党折衝、あるいは内閣法制局審査においても、当然のことです。その内容が今は全く分からず、第三者的な有識者会議を開いて検討するという段階ですから、今の時点ではコメントがしようがありません。海のものとも山のものとも分からないような状態で、一方で作業が進んでいるときに、既存のことについてコメントをすることは、避けておきたいと思います。
(了)
(大臣官房総務課広報室)
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