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第4章 人権教育・啓発の推進方策
 人権教育・啓発に関しては,国連10年国内行動計画や人権擁護推進審議会の人権教育・啓発に関する答申を踏まえて,関係各府省庁において様々な取組が実施されているところである。それらの取組は,国内外の諸情勢の動向等も踏まえながら,今後とも,積極的かつ着実に推進されるべきものであることは言うまでもない。
 そこで,ここでは,第3章に記述した人権教育・啓発の基本的な在り方を踏まえつつ,国連10年国内行動計画に基づく取組の強化及び人権擁護推進審議会の答申で提言された人権教育・啓発の総合的かつ効果的な推進のための諸方策の実施が重要であるとの認識に立って,人権一般の普遍的な視点からの取組,各人権課題に対する取組及び人権にかかわりの深い特定の職業に従事する者に対する研修等の問題に関して推進すべき施策の方向性を提示するとともに,人権教育・啓発の効果的な推進を図るための体制等について述べることとする。

1 人権一般の普遍的な視点からの取組

(1)  人権教育
   人権教育は,生涯学習の視点に立って,幼児期からの発達段階を踏まえ,地域の実情等に応じて,学校教育と社会教育とが相互に連携を図りつつ,これを実施する必要がある。
   学校教育
   学校教育においては,それぞれの学校種の教育目的や目標の実現を目指した教育活動が展開される中で,幼児児童生徒,学生が,社会生活を営む上で必要な知識・技能,態度などを確実に身に付けることを通じて,人権尊重の精神の涵養が図られるようにしていく必要がある。
 初等中等教育については,新しい学習指導要領等に基づき,自ら学び,自ら考える力や豊かな人間性等の「生きる力」をはぐくんでいく。さらに,高等教育については,こうした「生きる力」を基盤として,知的,道徳的及び応用的能力を展開させていく。
 こうした基本的な認識に立って,以下のような施策を推進していく。
 第一に,学校における指導方法の改善を図るため,効果的な教育実践や学習教材などについて情報収集や調査研究を行い,その成果を学校等に提供していく。また,心に響く道徳教育を推進するため,地域の人材の配置,指導資料の作成などの支援策を講じていく。
 第二に,社会教育との連携を図りつつ,社会性や豊かな人間性をはぐくむため多様な体験活動の機会の充実を図っていく。学校教育法の改正の趣旨等を踏まえ,ボランティア活動など社会奉仕体験活動,自然体験活動を始め,勤労生産活動,職業体験活動,芸術文化体験活動,高齢者や障害者等との交流などを積極的に推進するため,モデルとなる地域や学校を設け,その先駆的な取組を全国のすべての学校に普及・展開していく。
 第三に,子どもたちに人権尊重の精神を涵養していくためにも,各学校が,人権に配慮した教育指導や学校運営に努める。特に,校内暴力やいじめなどが憂慮すべき状況にある中,規範意識を培い,こうした行為が許されないという指導を徹底するなど子どもたちが安心して楽しく学ぶことのできる環境を確保する。
 第四に,高等教育については,大学等の主体的判断により,法学教育など様々な分野において,人権教育に関する取組に一層配慮がなされるよう促していく。
 第五に,養成・採用・研修を通じて学校教育の担い手である教職員の資質向上を図り,人権尊重の理念について十分な認識を持ち,子どもへの愛情や教育への使命感,教科等の実践的な指導力を持った人材を確保していく。その際,教職員自身が様々な体験を通じて視野を広げるような機会の充実を図っていく。また,教職員自身が学校の場等において子どもの人権を侵害するような行為を行うことは断じてあってはならず,そのような行為が行われることのないよう厳しい指導・対応を行っていく。さらに,個に応じたきめ細かな指導が一層可能となるよう,教職員配置の改善を進めていく。

   社会教育
   社会教育においては,すべての人々の人権が真に尊重される社会の実現を目指し,人権を現代的課題の一つとして取り上げた生涯学習審議会の答申や,家庭教育支援のための機能の充実や,多様な体験活動の促進等について提言した様々な審議会の答申等を踏まえ,生涯学習の振興のための各種施策を通じて,人権に関する学習の一層の充実を図っていく必要がある。その際,人権に関する学習においては,単に人権問題を知識として学ぶだけではなく,日常生活において態度や行動に現れるような人権感覚の涵養が求められる。
 第一に,幼児期から豊かな情操や思いやり,生命を大切にする心,善悪の判断など人間形成の基礎をはぐくむ上で重要な役割を果たし,すべての教育の出発点である家庭教育の充実を図る。特に,親自身が偏見を持たず差別をしないことなどを日常生活を通じて自らの姿をもって子どもに示していくことが重要であることから,親子共に人権感覚が身に付くような家庭教育に関する親の学習機会の充実や情報の提供を図るとともに,父親の家庭教育参加の促進,子育てに不安や悩みを抱える親等への相談体制の整備等を図る。
 第二に,公民館等の社会教育施設を中心として,地域の実情に応じた人権に関する多様な学習機会の充実を図っていく。そのため,広く人々の人権問題についての理解の促進を図るため,人権に関する学習機会の提供や交流事業の実施,教材の作成等の取組を促進する。また,学校教育との連携を図りつつ,青少年の社会性や思いやりの心など豊かな人間性をはぐくむため,ボランティア活動など社会奉仕体験活動・自然体験活動を始めとする多様な体験活動や高齢者,障害者等との交流の機会の充実を図る。さらに,初等中等教育を修了した青年や成人のボランティア活動など社会奉仕活動を充実するための環境の整備を図っていく。
 第三に,学習意欲を高めるような参加体験型の学習プログラムの開発を図るとともに,広く関係機関にその成果を普及し,特に,日常生活の中で人権上問題のあるような出来事に接した際に,直感的にその出来事がおかしいと思う感性や,日常生活の中で人権尊重を基本においた行動が無意識のうちにその態度や行動に現れるような人権感覚を育成する学習プログラムを,市町村における実践的な人権に関する学習活動の成果を踏まえながら開発し提供していくことが重要である。そのために,身近な課題を取り上げたり,様々な人とのふれあい体験を通して自然に人権感覚が身に付くような活動を仕組んだり,学習意欲を高める手法を創意工夫するなど指導方法に関する研究開発を行い,その成果を全国に普及していく。
 第四に,地域社会において人権教育を先頭に立って推進していく指導者の養成及び,その資質の向上を図り,社会教育における指導体制の充実を図っていく。そのために指導者研修会の内容,方法について,体験的・実践的手法を取り入れるなどの創意工夫を図る。

(2)  人権啓発
   人権啓発は,その内容はもとより実施の方法においても,国民から幅広く理解と共感が得られるものであることが肝要であり,人権一般にかかわる取組に関して検討する場合にも,その視点からの配慮が欠かせない。
   内容
   啓発の内容に関して言えば,国民の理解と共感を得るという視点から,人権をめぐる今日の社会情勢を踏まえた啓発が重要であり,そのような啓発として,特に以下のものを挙げることができる。
    1 人権に関する基本的な知識の習得
 総理府(現内閣府)の世論調査(平成9年実施)の結果によれば,基本的人権が侵すことのできない永久の権利として憲法で保障されていることについての周知度が低下傾向にあるが,この点にも象徴されるように,国民の人権に関する基本的な知識の習得が十分でないことが窺われる。そこで,憲法を始めとした人権にかかわる国内法令や国際条約の周知など,人権に関する基本的な知識の習得を目的とした啓発を推進する必要がある。
2  生命の尊さ
 近年,小学生などの弱者を被害者とする残忍な事件が頻発し,社会的耳目を集めているが,これらに限らず,いじめや児童虐待,ストーカー行為,電車等の交通機関内におけるトラブルや近隣関係をめぐるトラブルに起因する事件等々,日常生活のあらゆる場面において,ささいなことから簡単に人が殺傷される事件が後を絶たない。その背景として,人の生命を尊重する意識が薄れてきていることが指摘されており,改めて生命の尊さ・大切さや,自己がかけがえのない存在であると同時に他人もかけがえのない存在であること,他人との共生・共感の大切さを真に実感できるような啓発を推進する必要がある。
3  個性の尊重
 世間体や他人の思惑を過度に気にする一般的な風潮や我が国社会における根強い横並び意識の存在等が,安易な事なかれ主義に流れたり,人々の目を真の問題点から背けさせる要因となっており,そのことにより,各種差別の解消が妨げられている側面がある。そこで,これらの風潮や意識の是正を図ることが重要であるが,そのためには,互いの人権を尊重し合うということの意味が,各人の異なる個性を前提とする価値基準であることを国民に訴えかける啓発を推進する必要がある。

   方法
   啓発の方法に関し,国民の理解と共感を得るという視点から留意すべき主な点としては,以下のものを挙げることができる。
    1  対象者の発達段階に応じた啓発
 一般的に言えば,対象者の理解度に合わせて適切な人権啓発を行うことが肝要であり,そのためには,対象者の発達段階に応じて,その対象者の家庭,学校,地域社会,職域などにおける日常生活の経験などを人権尊重の観点から具体的に取り上げ,自分の課題として考えてもらうなど,手法に創意工夫を凝らしていく必要がある。また,対象者の発達段階に応じた手法の選択ということも重要であり,例えば,幼児児童に対する人権啓発としては,「他人の痛みが分かる」,「他人の気持ちを理解し,行動できる」など,他人を思いやる心をはぐくみ,子どもの情操をより豊かにすることを目的として,子どもが人権に関する作文を書くことを通して自らの課題として理解を深めたり,自ら人権に関する標語を考えたりするなどの啓発手法が効果的である。そして,ある程度理解力が備わった青少年期には,ボランティア活動など社会奉仕体験活動等を通じて,高齢者や障害のある人などと直接触れ合い,そうした交流の中で人権感覚を培っていくことが期待される。
2  具体的な事例を活用した啓発
 人権啓発の効果を高めるためには,具体的な事例を取り上げ,その問題を前提として自由に議論することも,啓発を受ける人の心に迫りやすいという点では効果がある。例えば,人権上大きな社会問題となった事例に関して,人権擁護に当たる機関が,タイミング良く,人権尊重の視点から具体的な呼びかけを行うことなどは,広く国民が人権尊重についての正しい知識・感性を錬磨する上で,大きな効果を期待できる。特に,その具体的な事例が自分の居住する地域と関連が深いものである場合には,地域住民が人権尊重の理念について,より身近に感じ,その理解を深めることにつながるので,その意味でも,具体的な事例を挙げて,地域に密着した啓発を行うことは効果的である。
 なお,過去の具体的な事例を取り上げるに当たっては,そこで得られた教訓を踏まえて,将来,類似の問題が発生した場合にどう対応すべきかとの観点から啓発を行うことも有意義である。その場合,人権を侵害された被害者は心に深い傷を負っているということにも十分配慮し,被害者の立場に立った啓発を心掛ける必要がある。
3 参加型・体験型の啓発
 各種の人権啓発冊子等の作成・配付や講演会・研修会の実施,人権啓発映画・啓発ビデオの放映等,啓発主体が国民に向けて行う啓発は,人権に関する知識や情報を伝えるという観点からは一定の効果があるが,国民の一人一人が人権感覚や感性を体得するという観点からすると,このような受身型の啓発には限界がある。そこで,啓発を受ける国民が主体的・能動的に参加できるような啓発手法(例えば,各種のワークショップや車椅子体験研修等)にも着目し,これらの採用を積極的に検討・推進すべきである。

2 各人権課題に対する取組
人権教育・啓発に当たっては,普遍的な視点からの取組のほか,各人権課題に対する取組を推進し,それらに関する知識や理解を深め,さらには課題の解決に向けた実践的な態度を培っていくことが望まれる。その際,地域の実情,対象者の発達段階等や実施主体の特性などを踏まえつつ,適切な取組を進めていくことが必要である。

(1)  女性
   日本国憲法は,法の下の平等について規定し,政治的,経済的又は社会的関係における性差別を禁止する(第14条)とともに,家族関係における男女平等について明文の規定を置いている(第24条)。しかし,現実には,従来の固定的な性別役割分担意識が依然として根強く残っていることから,社会生活の様々な場面において女性が不利益を受けることが少なからずある。また,夫・パートナーからの暴力,性犯罪,売買春,セクシュアル・ハラスメント,ストーカー行為等,女性に対する暴力事案等が社会的に問題となるなど,真に男女共同参画社会が実現されているとは言い難い状況にある。
 女性の地位向上は,我が国のみならず世界各国に共通した問題意識となっており,国際連合を中心とした国際的な動向をみると,1975年(昭和50年)を「国際婦人年」と定め,これに続く1976年から1985年までの10年間を「国連婦人の10年」として位置付け,この間に,女性の問題に関する認識を深めるための活動が各国に奨励されている。また,1979年に女子差別撤廃条約が採択(1981年発効,我が国の批准1985年)され,1993年には女性に対する暴力の撤廃に関する宣言が採択されたほか,世界各地で女性会議等の国際会議が開催されるなど,女性の地位向上に向けた様々な取組が国際的な規模で行われている。
 我が国においても,従来から,こうした国際的な動向にも配慮しながら,男女共同参画社会の形成の促進に向けた様々な取組が総理府(現内閣府)を中心に展開されてきた。特に,平成11年6月には,男女共同参画社会の形成の促進を総合的かつ計画的に推進することを目的とする「男女共同参画社会基本法」(平成11年法律第78号)が制定され,平成12年12月には,同法に基づいた初めての計画である「男女共同参画基本計画」が策定されている。また,平成13年1月の中央省庁等改革に際し,内閣府に男女共同参画会議及び男女共同参画局が設置され,男女共同参画社会の形成の促進に関する推進体制が充実・強化された。
 なお,女性に対する暴力の関係では,「ストーカー行為等の規制等に関する法律」(平成12年法律第81号)や「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(平成13年法律第31号)の制定等,立法的な措置がとられている。
 こうした動向等を踏まえ,以下の取組を積極的に推進することとする。
 
1  政策・方針決定過程への女性の参画を拡大していくため,国が率先垂範して取組を進めるとともに,地方公共団体,企業,各種機関・団体等のあらゆる分野へ広く女性の参画促進を呼びかけ,その取組を支援する。(全府省庁)
2  男女共同参画の視点に立って様々な社会制度・慣行の見直しを行うとともに,これらを支えてきた人々の意識の改革を図るため,国民的広がりを持った広報・啓発活動を積極的に展開する。また,女性の権利に関係の深い国内法令や,女子差別撤廃条約,女性2000年会議の「成果文書」等の国際文書の内容の周知に努める。(全府省庁)
3  女性に対する偏見や差別意識を解消し,固定的な性別役割分担意識を払拭することを目指して,人権尊重思想の普及高揚を図るための啓発活動を充実・強化する。(法務省)
4  性別に基づく固定的な役割分担意識を是正し,人権尊重を基盤とした男女平等観の形成を促進するため,家庭,学校,地域など社会のあらゆる分野において男女平等を推進する教育・学習の充実を図る。また,女性の生涯にわたる学習機会の充実,社会参画の促進のための施策を充実させる。(文部科学省)
5  雇用における男女の均等な機会と待遇の確保等のため,啓発等を行うとともに,働くことを中心に女性の社会参画を積極的に支援するための事業を「女性と仕事の未来館」において実施する。(厚生労働省,文部科学省)
6  農山漁村の女性が,男性とともに積極的に参画できる社会を実現するため,家庭及び地域社会において農山漁村の女性の地位向上・方針決定への参画促進のための啓発等を実施する。(農林水産省)
7  国の行政機関の策定する広報・出版物等において性にとらわれない表現を促進するとともに,メディアにおける女性の人権の尊重を確保するため,メディアの自主的取組を促しつつ,メディアの特性や技術革新に対応した実効ある対策を進める。(内閣府ほか関係省庁)
8  夫・パートナーからの暴力,性犯罪,売買春,セクシュアル・ハラスメント,ストーカー行為等女性に対するあらゆる暴力を根絶するための基盤整備を行うとともに,暴力の形態に応じた幅広い取組を総合的に推進する。(内閣府)
9  夫・パートナーからの暴力,性犯罪,売買春,ストーカー行為等女性に対するあらゆる暴力の根絶に向けて,厳正な取締りはもとより,被害女性の人権を守る観点から,事情聴取等を被害者の希望に応じた性別の警察官が行えるようにするなど,必要な体制を整備するとともに,事情聴取,相談等に携わる職員の教育訓練を充実する。(警察庁)
10  夫・パートナーからの暴力,性犯罪,売買春,セクシュアル・ハラスメント,ストーカー行為等に関する事案が発生した場合には,人権侵犯事件としての調査・処理や人権相談の対応など当該事案に応じた適切な解決を図るとともに,関係者に対し女性の人権の重要性について正しい認識と理解を深めるための啓発活動を実施する。(法務省)
11  女性の人権問題の解決を図るため,法務局・地方法務局の常設人権相談所において人権相談に積極的に取り組むとともに,平成12年に全国に設置した電話相談「女性の人権ホットライン」を始めとする人権相談体制を充実させる。なお,女性からの人権相談に対しては女性の人権擁護委員や職員が対応するなど相談しやすい体制づくりに努めるほか,必要に応じて関係機関と密接な連携協力を図るものとする。(法務省)
12  我が国が主導的な役割を果たした結果国連婦人開発基金(UNIFEM)内に設置された「女性に対する暴力撤廃のための信託基金」等,女性の人権擁護にかかわる国際的取組に対して協力する。(外務省)

(2)  子ども
   子どもの人権の尊重とその心身にわたる福祉の保障及び増進などに関しては,既に日本国憲法を始め,児童福祉法や児童憲章,教育基本法などにおいてその基本原理ないし理念が示され,また,国際的にも児童の権利に関する条約等において権利保障の基準が明らかにされ,「児童の最善の利益」の考慮など各種の権利が宣言されている。
 しかし,子どもたちを取り巻く環境は,我が国においても懸念すべき状況にある。例えば,少年非行は,現在,戦後第4の多発期にあり,質的にも凶悪化や粗暴化の傾向が指摘されている。一方で,実親等による子に対する虐待が深刻な様相を呈しているほか,犯罪による被害を受ける少年の数が増加している。児童買春・児童ポルノ,薬物乱用など子どもの健康や福祉を害する犯罪も多発している。さらに,学校をめぐっては,校内暴力やいじめ,不登校等の問題が依然として憂慮すべき状況にある。
 このような状況を踏まえ,「児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」(平成11年法律第52号),「児童虐待の防止等に関する法律」(平成12年法律第82号)の制定など個別立法による対応も進められている。さらに,家庭や地域社会における子育てや学校における教育の在り方を見直していくと同時に,大人社会における利己的な風潮や,金銭を始めとする物質的な価値を優先する考え方などを問い直していくことが必要である。大人たちが,未来を担う子どもたち一人一人の人格を尊重し,健全に育てていくことの大切さを改めて認識し,自らの責任を果たしていくことが求められている。
 こうした認識に立って,子どもの人権に関係の深い様々な国内の法令や国際条約の趣旨に沿って,政府のみならず,地方公共団体,地域社会,学校,家庭,民間企業・団体や情報メディア等,社会全体が一体となって相互に連携を図りながら,子どもの人権の尊重及び保護に向け,以下の取組を積極的に推進することとする。
 
1  子どもを単に保護・指導の対象としてのみとらえるのではなく,基本的人権の享有主体として最大限に尊重されるような社会の実現を目指して,人権尊重思想の普及高揚を図るための啓発活動を充実・強化する。(法務省)
2  学校教育及び社会教育を通じて,憲法及び教育基本法の精神に則り,人権尊重の意識を高める教育の一層の推進に努める。学校教育については,人権教育の充実に向けた指導方法の研究を推進するとともに,幼児児童生徒の人権に十分に配慮し,一人一人を大切にした教育指導や学校運営が行われるように努める。その際,自他の権利を大切にすることとともに,社会の中で果たすべき義務や自己責任についての指導に努めていく。社会教育においては,子どもの人権の重要性について正しい認識と理解を深めるため,公民館等における各種学級・講座等による学習機会の充実に努める。(文部科学省)
3  学校教育法及び社会教育法の改正(平成13年7月)の趣旨等を踏まえ,子どもの社会性や豊かな人間性をはぐくむ観点から,全小・中・高等学校等において,ボランティア活動など社会奉仕体験活動,自然体験活動等の体験活動を積極的に推進する。(文部科学省)
4  校内暴力やいじめ,不登校などの問題の解決に向け,スクールカウンセラーの配置など教育相談体制の充実を始めとする取組を推進する。また,問題行動を起こす児童生徒については,暴力やいじめは許されないという指導を徹底し,必要に応じて出席停止制度の適切な運用を図るとともに,学校・教育委員会・関係機関からなるサポートチームを組織して個々の児童生徒の援助に当たるなど,地域ぐるみの支援体制を整備していく。(文部科学省)
5  親に対する家庭教育についての学習機会や情報の提供,子育てに関する相談体制の整備など家庭教育を支援する取組の充実に努める。(文部科学省)
6  児童虐待など,児童の健全育成上重大な問題について,児童相談所,学校,警察等の関係機関が連携を強化し,総合的な取組を推進するとともに,啓発活動を推進する。(厚生労働省,文部科学省,警察庁)
7  児童買春・児童ポルノ,児童売買といった児童の商業的性的搾取の問題が国際社会の共通の課題となっていることから,児童の権利に関する条約の広報等を通じ,積極的にこの問題に対する理解の促進に取り組む。(外務省)
8  犯罪等の被害に遭った少年に対し,カウンセリング等による支援を行うとともに,少年の福祉を害する犯罪の取締りを推進し,被害少年の救出・保護を図る。(警察庁)
9  保育所保育指針における「人権を大切にする心を育てる」ため,この指針を参考として児童の心身の発達,家庭や地域の実情に応じた適切な保育を実施する。また,保育士や子どもにかかわる指導員等に対する人権教育・啓発の推進を図る。(厚生労働省)
10  児童虐待や体罰等の事案が発生した場合には,人権侵犯事件としての調査・処理や人権相談の対応など当該事案に応じた適切な解決を図るとともに,関係者に対し子どもの人権の重要性について正しい認識と理解を深めるための啓発活動を実施する。(法務省)
11  教職員について,養成・採用・研修を通じ,人権尊重意識を高めるなど資質向上を図るとともに,個に応じたきめ細かな指導が一層可能となるよう,教職員配置の改善を進めていく。教職員による子どもの人権を侵害する行為が行われることのないよう厳しい指導・対応を行う。(文部科学省)
12  子どもの人権問題の解決を図るため,「子どもの人権専門委員」制度を充実・強化するほか,法務局・地方法務局の常設人権相談所において人権相談に積極的に取り組むとともに,「子どもの人権110番」による電話相談を始めとする人権相談体制を充実させる。なお,相談に当たっては,関係機関と密接な連携協力を図るものとする。(法務省)

(3)  高齢者
   人口の高齢化は,世界的な規模で急速に進んでいる。我が国においては,2015年には4人に1人が65歳以上という本格的な高齢社会が到来すると予測されているが,これは世界に類を見ない急速な高齢化の体験であることから,我が国の社会・経済の構造や国民の意識はこれに追いついておらず,早急な対応が喫緊の課題となっている。
 高齢化対策に関する国際的な動きをみると,1982年にウィーンで開催された国連主催による初めての世界会議において「高齢化に関する国際行動計画」が,また,1991年の第46回国連総会において「高齢者のための国連原則」がそれぞれ採択され,翌年1992年の第47回国連総会においては,これらの国際行動計画や国連原則をより一層広めることを促すとともに,各国において高齢化社会の到来に備えた各種の取組が行われることを期待して,1999年(平成11年)を「国際高齢者年」とする決議が採択された。
 我が国においては,昭和61年6月に閣議決定された「長寿社会対策大綱」に基づき,長寿社会に向けた総合的な対策の推進を図ってきたが,平成7年12月に高齢社会対策基本法が施行されたことから,以後,同法に基づく高齢社会対策大綱(平成8年7月閣議決定)を基本として,国際的な動向も踏まえながら,各種の対策が講じられてきた。平成13年12月には,引き続きより一層の対策を推進するため,新しい高齢社会対策大綱が閣議決定されたところである。
 高齢者の人権にかかわる問題としては,高齢者に対する身体的・精神的な虐待やその有する財産権の侵害のほか,社会参加の困難性などが指摘されているが,こうした動向等を踏まえ,高齢者が安心して自立した生活を送れるよう支援するとともに,高齢者が社会を構成する重要な一員として各種の活動に積極的に参加できるよう,以下の取組を積極的に推進することとする。
 
1  高齢者の人権についての国民の認識と理解を深めるとともに,高齢者も社会の重要な一員として生き生きと暮らせる社会の実現を目指して,人権尊重思想の普及高揚を図るための啓発活動を充実・強化する。(法務省)
2  「敬老の日」「老人の日」「老人週間」の行事を通じ,広く国民が高齢者の福祉について関心と理解を深める。(厚生労働省)
3  学校教育においては,高齢化の進展を踏まえ,各教科,道徳,特別活動,総合的な学習の時間といった学校教育活動全体を通じて,高齢者に対する尊敬や感謝の心を育てるとともに,高齢社会に関する基礎的理解や介護・福祉の問題などの課題に関する理解を深めさせる教育を推進する。(文部科学省)
4  高齢者の学習機会の体系的整備並びに高齢者の持つ優れた知識・経験等を生かして社会参加してもらうための条件整備を促進する。(厚生労働省,文部科学省)
5  高齢者と他の世代との相互理解や連帯感を深めるため,世代間交流の機会を充実させる。(内閣府,厚生労働省,文部科学省)
6  高齢者が社会で活躍できるよう,ボランティア活動など高齢者の社会参加を促進する。(内閣府,厚生労働省,文部科学省)
7  高齢者が長年にわたり培ってきた知識,経験等を活用して働き続けることができる社会を実現するため,定年の引き上げ等による65歳までの安定した雇用の確保,再就職の援助,多様な就業機会の確保のための啓発活動に取り組む。(厚生労働省)
8  高齢化が急速に進行している農山漁村において,高齢者が農業生産活動,地域社会活動等において生涯現役を目指し,安心して住み続けられるよう支援する。(農林水産省)
9  高齢者に関しては,介護者等による肉体的虐待,心理的虐待,経済的虐待(財産侵害)等の問題があるが,そのような事案が発生した場合には,人権侵犯事件としての調査・処理や人権相談の対応など当該事案に応じた適切な解決を図るとともに,関係者に対し高齢者の人権の重要性について正しい認識と理解を深めるための啓発活動を実施する。(法務省)
10  高齢者の人権問題の解決を図るため,法務局・地方法務局の常設人権相談所において人権相談に積極的に取り組むとともに,高齢者が利用しやすい人権相談体制を充実させる。なお,相談に当たっては,関係機関と密接な連携協力を図るものとする。(法務省)

(4)  障害者
   障害者基本法第3条第2項は,「すべて障害者は,社会を構成する一員として社会,経済,文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会を与えられるものとする」と規定しているが,現実には,障害のある人々は様々な物理的又は社会的障壁のために不利益を被ることが多く,その自立と社会参加が阻まれている状況にある。また,障害者への偏見や差別意識が生じる背景には,障害の発生原因や症状についての理解不足がかかわっている場合もある。
 障害者問題に関する国際的な動向をみると,国際連合では,1971年に「知的障害者の権利宣言」,1975年に「障害者の権利宣言」がそれぞれ採択され,障害者の基本的人権と障害者問題について,ノーマライゼーションの理念に基づく指針が示されたのを始めとして,1976年の第31回総会においては,1981年(昭和56年)を「国際障害者年」とする決議が採択されるとともに,その際併せて採択された「国際障害者年行動計画」が1979年に承認されている。また,1983年から1992年までの10年間を「国連・障害者の十年」とする宣言が採択され,各国に対し障害者福祉の増進が奨励されたが,「国連・障害者の十年」の終了後は,国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)において,1993年から2002年までの10年間を「アジア太平洋障害者の十年」とする決議が採択され,更に継続して障害者問題に取り組むこととされている。
 我が国においても,このような国際的な動向と合わせ,各種の取組を展開している。まず,昭和57年3月に「障害者対策に関する長期計画」が策定されるとともに,同年4月には内閣総理大臣を本部長とする障害者対策推進本部(平成8年1月,障害者施策推進本部に改称)が設置され,障害者の雇用促進や社会的な施設,設備等の充実が図られることとなったが,平成5年3月には同長期計画を改めた「障害者対策に関する新長期計画」が策定され,また,平成7年12月には新長期計画の最終年次に合わせて,平成8年度から平成14年度までの7カ年を計画期間とする「障害者プラン」を策定することで,長期的視点に立った障害者施策のより一層の推進が図られている。
 こうした動向等を踏まえ,以下の取組を積極的に推進することとする。
 
1  障害者の自立と社会参加をより一層推進し,障害者の「完全参加と平等」の目標に向けて「ノーマライゼーション」の理念を実現するための啓発・広報活動を推進する(障害者の日及び週間を中心とする啓発・広報活動等)。(内閣府)
2  障害者に対する偏見や差別意識を解消し,ノーマライゼーションの理念を定着させることにより,障害者の自立と完全参加を可能とする社会の実現を目指して,人権尊重思想の普及高揚を図るための啓発活動を充実・強化する。(法務省)
3  障害者の自立と社会参加を目指し,盲・聾・養護学校や特殊学級等における教育の充実を図るとともに,障害のある子どもに対する理解と認識を促進するため,小・中学校等や地域における交流教育の実施,小・中学校の教職員等のための指導資料の作成・配付,並びに学校教育関係者及び保護者等に対する啓発事業を推進する。さらに,各教科,道徳,特別活動,総合的な学習の時間といった学校教育活動全体を通じて,障害者に対する理解,社会的支援や介助・福祉の問題などの課題に関する理解を深めさせる教育を推進する。(文部科学省)
4  障害者の職業的自立意欲の喚起及び障害者の雇用問題に関する国民の理解を促進するため,障害者雇用促進月間を設定し,全国障害者雇用促進大会を開催するなど障害者雇用促進運動を展開する。また,障害者の職業能力の向上を図るとともに,社会の理解と認識を高めるため,身体障害者技能競技大会を開催する。(厚生労働省)
5  精神障害者に対する差別,偏見の是正のため,ノーマライゼーションの理念の普及・啓発活動を推進し,精神障害者の人権擁護のため,精神保健指定医,精神保健福祉相談員等に対する研修を実施する。(厚生労働省)
6  障害者に関しては,雇用差別,財産侵害,施設における劣悪な処遇や虐待等の問題があるが,そのような事案が発生した場合には,人権侵犯事件としての調査・処理や人権相談の対応など当該事案に応じた適切な解決を図るとともに,関係者に対し障害者の人権の重要性について正しい認識と理解を深めるための啓発活動を実施する。(法務省)
7  障害者の人権問題の解決を図るため,法務局・地方法務局の常設人権相談所において人権相談に積極的に取り組むとともに,障害者が利用しやすい人権相談体制を充実させる。なお,相談に当たっては,関係機関と密接な連携協力を図るものとする。(法務省)
8  国連総会で採択された「障害者に関する世界行動計画」の目的実現のためのプロジェクトを積極的に支援するため,「国連障害者基金」に対して協力する。(外務省)
(5)  同和問題
   同和問題は,我が国固有の重大な人権問題であり,その早期解消を図ることは国民的課題でもある。そのため,政府は,これまで各種の取組を展開してきており,特に戦後は,3本の特別立法に基づいて様々な施策を講じてきた。その結果,同和地区の劣悪な生活環境の改善を始めとする物的な基盤整備は着実に成果を上げ,ハード面における一般地区との格差は大きく改善されてきており,物的な環境の劣悪さが差別を再生産するというような状況も改善の方向に進み,差別意識の解消に向けた教育及び啓発も様々な創意工夫の下に推進されてきた。
 これらの施策等によって,同和問題に関する国民の差別意識は,「着実に解消に向けて進んでいる」が,「地域により程度の差はあるものの依然として根深く存在している」(平成11年7月29日人権擁護推進審議会答申)ことから,現在でも結婚問題を中心とする差別事象が見られるほか,教育,就職,産業等の面での問題等がある。また,同和問題に対する国民の理解を妨げる「えせ同和行為」も依然として横行しているなど,深刻な状況にある。
 地域改善対策特定事業については,平成14年3月の地対財特法の失効に伴いすべて終了し,今後の施策ニーズには,他の地域と同様に,地域の状況や事業の必要性に応じ所要の施策が講じられる。したがって,今後はその中で対応が図られることとなるが,同和問題の解消を図るための人権教育・啓発については,平成8年5月の地域改善対策協議会の意見具申の趣旨に留意し,これまでの同和問題に関する教育・啓発活動の中で積み上げられてきた成果等を踏まえ,同和問題を重要な人権問題の一つとしてとらえ,以下の取組を積極的に推進することとする。
 
1  同和問題に関する差別意識については,「同和問題の早期解決に向けた今後の方策について(平成8年7月26日閣議決定)」に基づき,人権教育・啓発の事業を推進することにより,その解消を図っていく。(文部科学省,法務省)
2  学校,家庭及び地域社会が一体となって進学意欲と学力の向上を促進し,学校教育及び社会教育を通じて同和問題の解決に向けた取組を推進していく。(文部科学省)
3  同和問題に関する偏見や差別意識を解消し,同和問題の早期解決を目指して,人権尊重思想の普及高揚を図るための啓発活動を充実・強化する。(法務省)
4  雇用主に対して就職の機会均等を確保するための公正な採用選考システムの確立が図られるよう指導・啓発を行う。(厚生労働省)
5  小規模事業者の産業にかかわりの深い業種等に対して,人権尊重の理念を広く普及させ,その理解を深めるための啓発事業を実施する。(経済産業省)
6  都道府県及び全国農林漁業団体が,農林漁業を振興する上で阻害要因となっている同和問題を始めとした広範な人権問題に関する研修会等の教育・啓発活動を,農漁協等関係農林漁業団体の職員を対象に行う。(農林水産省)
7  社会福祉施設である隣保館においては,地域改善対策協議会意見具申(平成8年5月17日)に基づき,周辺地域を含めた地域社会全体の中で,福祉の向上や人権啓発の住民交流の拠点となる開かれたコミュニティーセンターとして総合的な活動を行い,更なる啓発活動を推進する。また,地域における人権教育を推進するための中核的役割を期待されている社会教育施設である公民館等とも,積極的な連携を図る。(厚生労働省,文部科学省)
8  同和問題解決の阻害要因となっている「えせ同和行為」の排除に向け,啓発等の取組を推進する。(法務省ほか関係省庁)
9  同和問題に関しては,結婚や就職等における差別,差別落書き,インターネットを利用した差別情報の掲載等の問題があるが,そのような事案が発生した場合には,人権侵犯事件としての調査・処理や人権相談の対応など当該事案に応じた適切な解決を図るとともに,関係者に対し同和問題に対する正しい認識と理解を深めるための啓発活動を実施する。(法務省)
10  同和問題に係る人権問題の解決を図るため,法務局・地方法務局の常設人権相談所において人権相談に積極的に取り組むとともに,同和問題に関し人権侵害を受けたとする者が利用しやすい人権相談体制を充実させる。なお,相談に当たっては,関係機関と密接な連携協力を図るものとする。(法務省)

(6)  アイヌの人々
   アイヌの人々は,少なくとも中世末期以降の歴史の中では,当時の「和人」との関係において北海道に先住していた民族であり,現在においてもアイヌ語等を始めとする独自の文化や伝統を有している。しかし,アイヌの人々の民族としての誇りの源泉であるその文化や伝統は,江戸時代の松前藩による支配や,維新後の「北海道開拓」の過程における同化政策などにより,今日では十分な保存,伝承が図られているとは言い難い状況にある。また,アイヌの人々の経済状況や生活環境,教育水準等は,これまでの北海道ウタリ福祉対策の実施等により着実に向上してきてはいるものの,アイヌの人々が居住する地域において,他の人々となお格差があることが認められるほか,結婚や就職等における偏見や差別の問題がある。
 このような状況の下,平成7年3月,内閣官房長官の私的諮問機関として「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会」が設置され,法制度の在り方を含め今後のウタリ対策の在り方について検討が進められることとなり,同懇談会から提出された報告書の趣旨を踏まえて,平成9年5月,「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」(平成9年法律第52号)が制定された。現在,同法に基づき,アイヌに関する総合的かつ実践的な研究,アイヌ語を含むアイヌ文化の振興及びアイヌの伝統等に関する知識の普及啓発を図るための施策が推進されている。
 こうした動向等を踏まえ,国民一般がアイヌの人々の民族としての歴史,文化,伝統及び現状に関する認識と理解を深め,アイヌの人々の人権を尊重するとの観点から,以下の取組を積極的に推進することとする。
 
1  アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統及びアイヌ文化に関する国民に対する知識の普及及び啓発を図るための施策を推進する。(文部科学省,国土交通省)
2  アイヌの人々に対する偏見や差別意識を解消し,その固有の文化や伝統に対する正しい認識と理解を深め,アイヌの人々の尊厳を尊重する社会の実現を目指して,人権尊重思想の普及高揚を図るための啓発活動を充実・強化する。(法務省)
3  学校教育では,アイヌの人々について,社会科等において取り上げられており,今後とも引き続き基本的人権の尊重の観点に立った教育を推進するため,教職員の研修を推進する。(文部科学省)
4  各高等教育機関等におけるアイヌ語やアイヌ文化に関する教育研究の推進に配慮する。(文部科学省)
5  生活館において,アイヌの人々の生活の改善向上・啓発等の活動を推進する。(厚生労働省)
6  アイヌの人々に関しては,結婚や就職等における差別等の問題があるが,そのような事案が発生した場合には,人権侵犯事件としての調査・処理や人権相談の対応など当該事案に応じた適切な解決を図るとともに,関係者に対しアイヌの人々の人権の重要性及びアイヌの文化・伝統に対する正しい認識と理解を深めるための啓発活動を実施する。(法務省)
7  アイヌの人々の人権問題の解決を図るため,法務局・地方法務局の常設人権相談所において人権相談に積極的に取り組むとともに,アイヌの人々が利用しやすい人権相談体制を充実させる。なお,相談に当たっては,関係機関と密接な連携協力を図るものとする。(法務省)

(7)  外国人
   近年の国際化時代を反映して,我が国に在留する外国人は年々急増している。日本国憲法は,権利の性質上,日本国民のみを対象としていると解されるものを除き,我が国に在留する外国人についても,等しく基本的人権の享有を保障しているところであり,政府は,外国人の平等の権利と機会の保障,他国の文化・価値観の尊重,外国人との共生に向けた相互理解の増進等に取り組んでいる。
 しかし,現実には,我が国の歴史的経緯に由来する在日韓国・朝鮮人等をめぐる問題のほか,外国人に対する就労差別や入居・入店拒否など様々な人権問題が発生している。その背景には,我が国の島国という地理的条件や江戸幕府による長年にわたる鎖国の歴史等に加え,他国の言語,宗教,習慣等への理解不足からくる外国人に対する偏見や差別意識の存在などが挙げられる。これらの偏見や差別意識は,国際化の著しい進展や人権尊重の精神の国民への定着,様々な人権教育・啓発の実施主体の努力により,外国人に対する理解が進み,着実に改善の方向に向かっていると考えられるが,未だに一部に問題が存在している。
 以上のような認識に立ち,外国人に対する偏見や差別意識を解消し,外国人の持つ文化や多様性を受け入れ,国際的視野に立って一人一人の人権が尊重されるために,以下の取組を積極的に推進することとする。
 
1  外国人に対する偏見や差別意識を解消し,外国人の持つ文化,宗教,生活習慣等における多様性に対して寛容な態度を持ち,これを尊重するなど,国際化時代にふさわしい人権意識を育てることを目指して,人権尊重思想の普及高揚を図るための啓発活動を充実・強化する。(法務省)
2  学校においては,国際化の著しい進展を踏まえ,各教科,道徳,特別活動,総合的な学習の時間といった学校教育活動全体を通じて,広い視野を持ち,異文化を尊重する態度や異なる習慣・文化を持った人々と共に生きていく態度を育成するための教育の充実を図る。また,外国人児童生徒に対して,日本語の指導を始め,適切な支援を行っていく。(文部科学省)
3  外国人に関しては,就労における差別や入居・入店拒否,在日韓国・朝鮮人児童・生徒への暴力や嫌がらせ等の問題があるが,そのような事案が発生した場合には,人権侵犯事件としての調査・処理や人権相談の対応など当該事案に応じた適切な解決を図るとともに,関係者に対し外国人の人権の重要性について正しい認識と理解を深めるための啓発活動を実施する。(法務省)
4  外国人の人権問題の解決を図るため,法務局・地方法務局の常設人権相談所において人権相談に積極的に取り組むとともに,通訳を配置した外国人のための人権相談所を開設するなど,人権相談体制を充実させる。なお,相談に当たっては,関係機関と密接な連携協力を図るものとする。(法務省)

(8)  HIV感染者・ハンセン病患者等
   医学的に見て不正確な知識や思いこみによる過度の危機意識の結果,感染症患者に対する偏見や差別意識が生まれ,患者,元患者や家族に対する様々な人権問題が生じている。感染症については,まず,治療及び予防といった医学的な対応が不可欠であることは言うまでもないが,それとともに,患者,元患者や家族に対する偏見や差別意識の解消など,人権に関する配慮も欠かせないところである。
  HIV感染者等
   HIV感染症は,進行性の免疫機能障害を特徴とする疾患であり,HIVによって引き起こされる免疫不全症候群のことを特にエイズ(AIDS)と呼んでいる。エイズは,1981年(昭和56年)にアメリカ合衆国で最初の症例が報告されて以来,その広がりは世界的に深刻な状況にあるが,我が国においても昭和60年3月に最初の患者が発見され,国民の身近な問題として急速にクローズアップされてきた。
 エイズ患者やHIV感染者に対しては,正しい知識や理解の不足から,これまで多くの偏見や差別意識を生んできたが,そのことが原因となって,医療現場における診療拒否や無断検診のほか,就職拒否や職場解雇,アパートへの入居拒否・立ち退き要求,公衆浴場への入場拒否など,社会生活の様々な場面で人権問題となって現れている。しかし,HIV感染症は,その感染経路が特定している上,感染力もそれほど強いものでないことから,正しい知識に基づいて通常の日常生活を送る限り,いたずらに感染を恐れる必要はなく,また,近時の医学的知識の蓄積と新しい治療薬の開発等によってエイズの発症を遅らせたり,症状を緩和させたりすることが可能になってきている。
 政府としては,基本的人権尊重の観点から,すべての人の生命の尊さや生存することの大切さを広く国民に伝えるとともに,エイズ患者やHIV感染者との共存・共生に関する理解を深める観点から,以下の取組を積極的に推進することとする。
 
1  HIV感染症等に関する啓発資料の作成・配付,各種の広報活動,世界エイズデーの開催等を通じて,HIV感染症等についての正しい知識の普及を図ることにより,エイズ患者やHIV感染者に対する偏見や差別意識を解消し,HIV感染症及びその感染者等への理解を深めるための啓発活動を推進する。(法務省,厚生労働省)
2  学校教育においては,エイズ教育の推進を通じて,発達段階に応じて正しい知識を身に付けることにより,エイズ患者やHIV感染者に対する偏見や差別をなくすとともに,そのための教材作成や教職員の研修を推進する。(文部科学省)
3  職場におけるエイズ患者やHIV感染者に対する誤解等から生じる差別の除去等のためのエイズに関する正しい知識を普及する。(厚生労働省)
4  エイズ患者やHIV感染者に関しては,日常生活,職場,医療現場等における差別,プライバシー侵害等の問題があるが,そのような事案が発生した場合には,人権侵犯事件としての調査・処理や人権相談の対応など当該事案に応じた適切な解決を図るとともに,関係者に対しエイズ患者やHIV感染者の人権の重要性について正しい認識と理解を深めるための啓発活動を実施する。(法務省)
5  エイズ患者やHIV感染者の人権問題の解決を図るため,法務局・地方法務局の常設人権相談所において人権相談に積極的に取り組むとともに,相談内容に関する秘密維持を一層厳格にするなどエイズ患者やHIV感染者が利用しやすい人権相談体制を充実させる。なお,相談に当たっては,関係機関と密接な連携協力を図るものとする。(法務省)

   ハンセン病患者・元患者等
   ハンセン病は,らい菌による感染症であるが,らい菌に感染しただけでは発病する可能性は極めて低く,発病した場合であっても,現在では治療方法が確立している。また,遺伝病でないことも判明している。
 したがって,ハンセン病患者を隔離する必要は全くないものであるが,従来,我が国においては,発病した患者の外見上の特徴から特殊な病気として扱われ,古くから施設入所を強制する隔離政策が採られてきた。この隔離政策は,昭和28年に改正された「らい予防法」においても引き続き維持され,さらに,昭和30年代に至ってハンセン病に対するそれまでの認識の誤りが明白となった後も,依然として改められることはなかった。平成8年に「らい予防法の廃止に関する法律」が施行され,ようやく強制隔離政策は終結することとなるが,療養所入所者の多くは,これまでの長期間にわたる隔離などにより,家族や親族などとの関係を絶たれ,また,入所者自身の高齢化等により,病気が完治した後も療養所に残らざるを得ないなど,社会復帰が困難な状況にある。
 このような状況の下,平成13年5月11日,ハンセン病患者に対する国の損害賠償責任を認める下級審判決が下されたが,これが大きな契機となって,ハンセン病問題の重大性が改めて国民に明らかにされ,国によるハンセン病患者及び元患者に対する損失補償や,名誉回復及び福祉増進等の措置が図られつつある。
 政府としては,ハンセン病患者・元患者等に対する偏見や差別意識の解消に向けて,より一層の強化を図っていく必要があり,以下の取組を積極的に推進することとする。
 
1 ハンセン病に関する啓発資料の作成・配付,各種の広報活動,ハンセン病資料館の運営等を通じて,ハンセン病についての正しい知識の普及を図ることにより,ハンセン病に対する偏見や差別意識を解消し,ハンセン病及びその感染者への理解を深めるための啓発活動を推進する。学校教育及び社会教育においても,啓発資料の適切な活用を図る。(法務省,厚生労働省,文部科学省)
2 ハンセン病患者・元患者等に関しては,入居拒否,日常生活における差別や嫌がらせ,社会復帰の妨げとなる行為等の問題があるが,そのような事案が発生した場合には,人権侵犯事件としての調査・処理や人権相談の対応など当該事案に応じた適切な解決を図るとともに,関係者に対しハンセン病に関する正しい知識とハンセン病患者・元患者等の人権の重要性について理解を深めるための啓発活動を実施する。(法務省)
3 ハンセン病患者・元患者等の人権問題の解決を図るため,法務局・地方法務局の常設人権相談所において人権相談に積極的に取り組む。特に,ハンセン病療養所の入所者等に対する人権相談を積極的に行い,入所者の気持ちを理解し,少しでも心の傷が癒されるように努める。なお,相談に当たっては,関係機関と密接な連携協力を図るものとする。(法務省)

(9)  刑を終えて出所した人
   刑を終えて出所した人に対しては,本人に真しな更生の意欲がある場合であっても,国民の意識の中に根強い偏見や差別意識があり,就職に際しての差別や住居等の確保の困難など,社会復帰を目指す人たちにとって現実は極めて厳しい状況にある。
 刑を終えて出所した人が真に更生し,社会の一員として円滑な生活を営むことができるようにするためには,本人の強い更生意欲とともに,家族,職場,地域社会など周囲の人々の理解と協力が欠かせないことから,刑を終えて出所した人に対する偏見や差別意識を解消し,その社会復帰に資するための啓発活動を今後も積極的に推進する必要がある。

(10)  犯罪被害者等
   近時,我が国では,犯罪被害者やその家族の人権問題に対する社会的関心が大きな高まりを見せており,犯罪被害者等に対する配慮と保護を図るための諸方策を講じることが課題となっている。
 犯罪被害者等の権利の保護に関しては,平成12年に犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律の制定,刑事訴訟法や検察審査会法,少年法の改正等一連の法的措置によって,司法手続における改善が図られたほか,平成13年には犯罪被害者等給付金支給法が改正されたところであり,今後,こうした制度の適正な運用が求められる。
 また,犯罪被害者等をめぐる問題としては,マスメディアによる行き過ぎた犯罪の報道によるプライバシー侵害や名誉毀損,過剰な取材による私生活の平穏の侵害等を挙げることができる。犯罪被害者は,その置かれた状況から自ら被害を訴えることが困難であり,また,裁判に訴えようとしても訴訟提起及びその追行に伴う負担が重く,泣き寝入りせざるを得ない場合が少なくない。
 こうした動向等を踏まえ,マスメディアの自主的な取組を喚起するなど,犯罪被害者等の人権擁護に資する啓発活動を推進する必要がある。

(11)  インターネットによる人権侵害
   インターネットには,電子メールのような特定人間の通信のほかに,ホームページのような不特定多数の利用者に向けた情報発信,電子掲示板を利用したネットニュースのような不特定多数の利用者間の反復的な情報の受発信等がある。いずれも発信者に匿名性があり,情報発信が技術的・心理的に容易にできるといった面があることから,例えば,他人を誹謗中傷する表現や差別を助長する表現等の個人や集団にとって有害な情報の掲載,少年被疑者の実名・顔写真の掲載など,人権にかかわる問題が発生している。
 憲法の保障する表現の自由に十分配慮すべきことは当然であるが,一般に許される限度を超えて他人の人権を侵害する悪質な事案に対しては,発信者が判明する場合は,同人に対する啓発を通じて侵害状況の排除に努め,また,発信者を特定できない場合は,プロバイダーに対して当該情報等の停止・削除を申し入れるなど,業界の自主規制を促すことにより個別的な対応を図っている。
 こうした動向等を踏まえ,以下の取組を積極的に推進することとする。
 
1  一般のインターネット利用者やプロバイダー等に対して,個人のプライバシーや名誉に関する正しい理解を深めることが肝要であり,そのため広く国民に対して啓発活動を推進する。(法務省)
2  学校においては,情報に関する教科において,インターネット上の誤った情報や偏った情報をめぐる問題を含め,情報化の進展が社会にもたらす影響について知り,情報の収集・発信における個人の責任や情報モラルについて理解させるための教育の充実を図る。(文部科学省)

(12)  その他
   以上の類型に該当しない人権問題,例えば,同性愛者への差別といった性的指向に係る問題や新たに生起する人権問題など,その他の課題についても,それぞれの問題状況に応じて,その解決に資する施策の検討を行う。


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