イメージチェンジを図る英国の公共図書館(慶應義塾大学文学部非常勤講師 須賀千絵)

イメージチェンジを図る英国の公共図書館
慶應義塾大学文学部非常勤講師 須賀 千絵

1.英国の公共図書館の概要

 英国の面積は24万キロ平方メートル、最新の2003年度/2004年度の統計によれば、人口は約6,000万人、全国208の自治体に2,448館の公共図書館が設置されている(イングランド及びウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4地域の合計)(注1)。設置自治体の数が日本よりもかなり少ないのは、図書館行政を展開する自治体の規模が日本よりも大きいためである。ロンドンの市内、バーミンガム、マンチェスターといった都市部では、個々の市や区が単独の自治体を形成しているが、町村部では、複数の市町村がひとつの自治体を形成している。
 全国の公共図書館の資料費は合計約1億3,600万ポンド(注2)、所蔵冊数は約1億1,000万冊で、年間延べ3億3,700万人の来館があり、3億4,092万7千冊の貸出があった。人口1人当たりの貸出冊数は5.72冊である(注3)。
 2002年、2004年、2005年の3回にわたり、英国各地の図書館を訪問した経験をもとに、英国の公共図書館界が抱える問題と、各地の図書館の取り組みを紹介する。

2.公共図書館の利用の減少

 公共図書館の貸出冊数は、1980年頃をピークに毎年下降し続けている。人口1人当たりの貸出冊数でみると、1980年度/1981年度には11.78冊であったのに対し、1990年/1991年には9.81冊、2000年/2001年には6.79冊、最新の2003年度/2004年度の数値は5.72冊となっている。
 これには、娯楽やメディアの多様化などさまざまな原因が考えられているが、なかでも図書館の「静か」「知的」といった伝統的イメージが「建物も本も古い」「真面目な本しかない」として住民の嗜好に合わなくなってきたこと、また日本と同様に、読書離れが進んでいることが深刻な問題として捉えられている。また1970年代以降、英国では、多様な言語や文化を持つ移民が増加し、英語を母国語としない住民、なかには英語がわからない住民の割合も増えている。

3.ITサービス

 IT社会の到来に対応するために、英国の公共図書館は、本や視聴覚資料といった従来のメディアに加えて、ITサービスの提供に力を入れている。英国図書館情報委員会は1997年に報告書「市民のネットワーク」を公開して、公共図書館をネットワークで接続し、市民がインターネットを利用できる環境を整えようとするプロジェクトを開始した。このプロジェクトによって、政府からの補助制度が設けられたおかげで、2003年度/2004年度現在、全国の図書館には3,911台のインターネット端末が配備され、市民に公開されている。
 ホームページの閲覧、メール、ワープロなどのソフトの利用ほかに、新聞記事などのデータベースやインターネットを通じた通信教育事業へのアクセスを用意している図書館もある。英国では、本の貸出や質問回答を除いて、予約や視聴覚資料の貸出など多くのサービスが有料であるが、図書館におけるパソコンの利用は(図書館にもよるが少なくとも一定時間内は)無料で提供されている。利用も多く、ITサービスの導入は、若者を中心に、新規利用者の開拓に貢献している。
 ただアメリカのシアトルやニューヨークの図書館など、見渡す限りパソコンが並んでいる光景に比べれば、一般にパソコンの台数や利用できるデータベースの数も少なく、地味な印象である。インターネットブラウザ、マイクロソフト社のオフィスのソフト以外は、新聞データベースが使える程度といった図書館が多いようだ。しかし小さい分館にも、たとえ1台であっても、利用者用のインターネット端末が用意されており、ITサービスは公共図書館サービスとして定着している観がある。

4.旧来のイメージを変える図書館施設の建設

 最近、モダンな外観とインテリアを持つ公共図書館が相次いで新設され、英国図書館界で大きな話題となっている。例えばロンドンのサザックのペッカム図書館(Peckham Library, Southwark)(2000年開館)、ボーンマス中央図書館(Bournemouth Central Library)(2001年開館)、ノーフォーク・ノーリッジ・ミレニアム図書館(Norfolk &Norwich Millennium Library)(2001年開館)、タワー・ハムレットの「アイデア・ストア」(Idea Store Bow, Tower Hamlets)(2002年開館)、ブライトンの中央図書館として開館したジュビリー図書館(Jubilee Library, Brighton)(2005年開館)などの図書館が注目を集めている。このほか英国第2の都市であるバーミンガムの中央図書館も移転、新築を発表している。従来の施設の改修も各地で進められており、これまでも図書館サービスの先進自治体として日本でもたびたび紹介されてきたサットン(Sutton)でも、2005年に中央図書館の内部を大きく改修した。

  ア ノーフォーク・ノーリッジ・ミレニアム図書館

 ノーフォーク・ノーリッジ・ミレニアム図書館は、英国南東部のノーリッジの街の中央部に建設された、全面ガラス張りの建物である。このガラスを通して、図書館の正面にある古い教会が見え、そのコントラストが印象的である(写真1)。入口を入ると4階までの吹き抜けの大きな広場になっていて、図書館は建物奥手の1階から4階までを使用している。図書館のほかに、レストラン、観光案内所、ラジオ局、ノーリッジの歴史を紹介する映像アトラクション施設、学習センターなどが同居している。学習センターは、小さな施設であるが、市役所や市内の大学から出向した職員が市民の生涯学習の相談にあたっている。このほかにラジオ局が市民対象に設置しているマルチメディア作品の製作スタジオもある。図書館はこれらの施設の利用者の調べものなどにも役立っている。

  イ タワー・ハムレットのアイデア・ストア

 ロンドンのタワー・ハムレットは、図書館の伝統的利用者である中産階級層の住民が少ない地域であることもあって、従来、図書館利用の実績は芳しくなかった。そこで2002年に、外観、インテリア、職員の対応など、徹底して「図書館臭さ」をなくした図書館、「アイデア・ストア」をボウ地区に開館した。「図書館」に「アイデア・ストア」という新たな名称をつけたのは、「図書館」と書いてあるだけで、「自分の来るような場所ではない」「静かにしていないといけないのではないか」といった不安を与えて、これまで図書館を利用してこなかった層を呼び込めないからである。もちろん行政機構上の「図書館」である点は変わりなく、他の図書館とのネットワークも形成している。
 入口を入ってすぐにあるのは広く明るいカフェ(写真2)、本の数を少なめに抑える一方、多数の利用者用パソコンを設置したほか、利用者用トイレ(英国の図書館では、保安上などの理由から、従来ほとんど設置されていなかった)が設けられている。
 英国では、図書館司書の資格を得るには、大学院レベルの専門教育と実務経験の両方が必要とされていて、その専門性への評価や専門職としての地位は高い。しかしアイデア・ストアでは、司書資格ではなく、フレンドリーさを重視して職員が採用された。職員は、館長以下みな、「アイデア・ストア」のロゴが入った揃いのトレーナーを着て、本探しにもコーヒーの注文にもにこやかに応じ、場合によってはフラワーアレンジメントなど、館内で開催される様々な講習会の講師も務める。英国では、制服は労働者階級か下級事務職員のしるしとされていて、社会的ステータスが比較的高い図書館職員が「揃いのトレーナー」を着ることなどまず考えられないことだ。
 このようなやり方に図書館界から批判がないわけではないが、アイデア・ストアは図書館関係の雑誌や政策文書のなかでもしばしば成功例としてとりあげられている。住民からの評判もよく、タワー・ハムレットは、区内にあるほかの分館の「アイデア・ストア」化を進め、すでにほかに2館がアイデア・ストアとして開館した。ただ今のところ、他の自治体には、アイデア・ストアほど徹底したイメージチェンジを図る動きは見られない。

  ウ PFIを導入したボーンマス中央図書館

 街のシンボルになるような大規模施設の建設には、当然ながら多額の資金を要する。その資金を賄うために、公共図書館の建設にあたってPFI方式も導入されている。現在、ボーンマス、ブライトン、ニューキャッスル、リバプールなどの自治体がPFIによる公共図書館の建設を進めている。PFI方式では、建築資金は、他の契約対象サービスの負担料金と合わせて、全契約期間にわたる分割支払いとなるので、当初必要とする資金は少なくてすむ。また中央政府からの補助もある。
 ボーンマスは火事で焼失した中央図書館を建て替えるにあたり、公共図書館として初めてPFI方式を導入した。図書館に限らず、日本で実施されているPFIでは、実施方針が公表された後、審査の過程で1~2回の質問回答の機会しかないまま、事業者の選定が行われる。これとは異なり、英国では、詳細な実施方針は公開されず、民間事業者と自治体の何回にも及ぶプレゼンテーションや交渉を経て、事業者の絞込みを行う。ボーンマスの場合、1997年7月にPFIの公告を行い、2000年8月に事業者と最終的な契約を締結した。
 新しい図書館は、旧図書館とは場所を移して、街の中心部に建設され、2001年に開館した。やはり非常にモダンなデザインで、ひときわ目を引く建物である(写真3)。1階には商店がテナントとして入り、図書館は2階と3階部分である。テナントの賃借料はPFI事業者の収入となる。
 ボーンマスでは、PFIの適用範囲は、施設の建設と維持管理、IT関連設備の維持管理などに限られており、貸出やレファレンスなどの図書館本来のサービスは、専門性のレベルとは無関係に一切対象外である。英国でPFIを導入している図書館は、それぞれPFIの適用範囲やそのやり方に違いはあっても、いずれもボーンマス同様に、図書館本来のサービスはPFIの対象から除外している。これは日本の図書館PFIとは大きく異なる点である。
 事業が大きいほど、VFM も大きくなり、民間事業者、公共、双方にとってPFIのメリットが生まれる。発電所や道路といった部門でまず PFIが普及したのはそのような理由からである。図書館の単独施設では事業規模が限られるため、英国の図書館PFI事業は、ボーンマスのような複合施設、あるいはブライトンのように、図書館以外の施設もセットにした開発計画のような形で実施されている。ただし図書館へのPFI導入は、年間2~3例程度に留まっている。民間にノウハウの蓄積がある、同じような内容の事業が多いといった理由から、図書館よりも病院や学校などへのPFI適用が進んでいる。

5.軽読書コーナーの設置

 先に紹介したノーリッジやサットンでは、1階の一番よい場所、入ってすぐの場所に新たに「軽読書コーナー」を設けている。どちらの館でも、本の数をあえて減らし、ベストセラー本を中心に、表紙を見せて視覚的に本を展示している(写真4 ノーリッジ)。展示のしかた、品揃えとも図書館というよりも書店といった印象である。
 ノーリッジは、このコーナーをエクスプレスと名付け、視聴覚資料、自治体や消費者情報のパンフレットなども一緒に提供している。一般書や参考図書のフロアは、エクスプレスとは別の階にあり、両者の資料は区分されている。開館時間は他のフロアが平日午後8時30分まで、日曜は児童室以外閉館なのに対し、ここは平日午後9時30分まで、日曜も開館している(英国で日曜に開館している図書館は少ない)。
 サットンは軽読書コーナー(写真5)には、隣接してカフェやゆったりしたソファのある新聞コーナーが設置されている。ノーリッジ同様、視覚的な展示を心がけており、複本も積極的に購入している。改修前は、出入り口には、「風呂屋の番台」方式の貸出・返却窓口が設置されており、利用者はこの前を通らないと入退館ができなかった(写真6)。改修と同時に、ICタグと自動貸出返却装置を導入して、この威圧的な「番台」はなくなり、代わりにフロア中央に相談カウンターが設けられた。

6.親しみやすさの演出と専門的サービス

 英国の軽読書コーナーの設置、アイデア・ストアに代表される親しみやすい図書館づくりの動きは、ビジネス情報や医療情報の提供といった専門性の高いサービスに関心が集まるようになった日本の図書館界の動きと逆行しているかのように見える。しかし英国の公共図書館が、親しみやすさを強調するだけでなく、レファレンスや郷土資料の提供といった従来から行われている専門性の高いサービスも同時に展開していることを見落としてはならない。むしろ「親しみやすさ」が欠けていた点、過去の利用者層にこだわるあまり、現在の住民の方を向いていなかった点を修正しようとする動きであると考えた方がよい。
 もちろん先に紹介したようなモダンな外観の図書館の中にも、レファレンスや郷土資料のコーナーが設置されている。例えばボーンマスの2階フロアの半分は郷土資料コーナーで、ボーンマスとその周辺に関わる資料や家族史のまとめ方についての資料が並び、マイクロ化した古い文書を見るための端末も置かれていて、カウンターには郷土資料を専門とする職員が配置されている。ノーリッジでも、3階は、レファレンス、ビジネス支援、郷土資料のフロアである。
 このほか移民や外国人の増加を受けて、外国語資料の提供も以前に増して積極的に行われている。サットンやノーリッジをはじめ、各地の図書館でヨーロッパ系、インド系、アラビア系、アジア系(中国語が大半だが、ノーリッジやロンドンのバーネットの図書館は日本語資料も提供している)の多様な言語の資料が用意されている。特にインドやパキスタンからは多くの移民が移り住んでいるので、図書のほかに、これらの地域の映画やテレビドラマのビデオのコーナーを作っている図書館もある。
 このような取り組みの効果もあってか、貸出冊数こそ減り続けているものの、来館者数は最近ゆっくりとした回復の兆しを見せ、2001年度/2002年度の318,115千人(人口千人当り5,411人)から、2003年度/2004年度は336,951千人(同5,656人)に増加した。本格的な利用の回復に結びつくことを期待しつつ、英国の公共図書館の動向に注目していきたい。

(注1) 週30時間以上開館する図書館数の合計。このほかに開館時間が週29 時間以下の小規模館,移動図書館が運営されている。
The Chartered Institute of Public Finance and Accountancy. Public Library Statistics 2003-2004 Actuals. 2005.
(注2) 1ポンドは約208円(2006年1月現在)
(注3) (注1)の統計による。所蔵,貸出冊数はいずれも図書のみが対象。

写真1 ノーリッジ(2005年)
 
写真2 タワー・ハムレット(2002年)

写真3 ボーンマス(2004年)
 
写真4 ノーリッジ(2005年)

写真5 サットン(2002年)
 
写真6 サットン(2002年)


 

-- 登録:平成21年以前 --