横浜市立図書館の新たな財源創出の試み(神奈川県横浜市立図書館)

横浜市立図書館の新たな財源創出の試み -図書館における広告事業の取組-
横浜市立図書館

1.横浜市立図書館の概要

 横浜市は、東京湾を望む神奈川県東部に位置し、約435キロ平方メートルの面積に18の行政区を持つ政令指定都市である。2009年に開港150周年を迎える横浜港とともに発展してきた本市は、約358万人と全国の都市の中でも最大規模の人口を持ち、首都圏の経済・観光など様々な分野において重要な地位を占めている。
 横浜市立図書館は、1921年に創立され、現在は西区老松町の中央図書館を中心に、各行政区に1館ずつ計18館が整備されている。
 蔵書数は18 館あわせて約376万冊(2004年度末現在)、2004年度の利用状況は、入館者数が約990万人、貸出利用者数が約371万人、貸出冊数が約1,166万冊(ともに延べ数)となっている。
 1994年4月の中央図書館の全面開館にあわせ、すべての市立図書館をオンラインで結んだ蔵書管理システムである「横浜市立図書館情報システム」を稼働させた。これにより、利用者は図書館内の端末機ですべての市立図書館の蔵書を検索することができ、また読みたい図書を希望する図書館に取り寄せて借りることができるようになり、さらにどの図書館でも借りた図書を返却できるようになった。
 1998年3月には市立図書館ホームページを開設し、インターネットを通じて蔵書検索ができるようになった。その後もデジタル化した歴史的所蔵資料の公開や地区センターの蔵書データの公開、テーマリストの提供、Eメールでのレファレンスの受付など、ホームページを活用した情報発信に努め、2005年10月にはインターネットでの図書の予約の受付を開始した。

2.横浜市の広告事業の取組

 市立図書館の広告事業について述べる前に、横浜市全体の広告事業の取組について触れておかなければならない。
 ここでいう広告事業とは、本市が独自に定義した「自治体が持つ有形無形の資産を広告媒体ととらえ、販売または有償貸与することによって新たな財源を確保すること」を指す。
 本市の広告事業は、アントレプレナーシップ事業に採用されたことが発端となっている。アントレプレナーシップとは、一般に「起業家精神」「起業家活動」と訳されるが、本市のこの事業は、1職員が自由な発想で新規事業を提案し、2選考により採用された提案の事業化を、提案者と公募により選抜された職員で組織する検討チームで半年間検討し、3検討内容の審査を経て事業化すべきと判断されたものは、翌年度から提案者を含めた専任部署を設置して事業を推進する、という職員提案制度である。
 近年の厳しい財政事情のもとで、「財源が足りないなら稼いでしまえ」という提案が、2003年度のアントレプレナーシップ事業の検討テーマのひとつに採用され、検討の結果、翌2004年度から財政局総務課に広告事業推進担当(以下「広告事業担当」という)という市全体の広告事業の企画調整や広告の導入を検討している部署へのサポートを行う専任部署を設置し、事業をスタートした。
 この広告事業担当が、新たな広告媒体の開発や広告掲載のためのルールづくりを進めた結果、事業初年度である04年度の実績で、広告料収入が約7,100万円、経費縮減効果約2,200万円(いずれも一般会計ベース)という成果をあげることとなった。2005年度も、引き続き各局区で積極的な取組が行われている。
 参考にこれらの取組のうちのいくつかを紹介する。

  ア 市Webページバナー広告

 本市の一連の広告事業の先駆けとなったのが、このバナー広告である。バナー広告の仕組みは、広告主のバナー画像を市のWebページ上に貼り付け、Web閲覧者がバナー画像をクリックすると、リンクしている広告主のサイトに飛ぶというものである。
 2004年9月に市トップページに掲載したのを皮切りに、現在では、各局区の約30のサイトでバナー広告を掲載している。掲載料は月極め定額制で、アクセス数により月額7万円~2千円に設定されている。

  イ 市・区庁舎の広告付き玄関マット

 庁舎等の玄関に敷かれている玄関マットに、広告付きのものを採用するというものである。
 具体的には、設置業者が市から行政財産の目的外使用許可を受け、規定の使用料を納めた上で庁舎入口に広告付マットを設置するもので、マットの製作・交換・洗浄等は設置業者が行う。これら製作から設置等にかかるすべての費用は、設置業者が募集した広告主が広告掲載料として負担するため、市は玄関マットの設置・維持の経費が節減できるだけではなく、広告料収入(この場合は目的外使用料)を得ることができる。現在、市庁舎と1区庁舎で実施している。

  ウ 納税通知書送付用封筒

 市県民税や固定資産税の納税通知書を納税者に送付する封筒に広告を掲載するものである。納税通知書は、市内のほとんどの世帯に送付されることから、市内全域をターゲットとする広告を打ちたい企業にとっては格好の広告媒体となる。
 また、区役所では、企業から裏面に広告を印刷した封筒の寄贈を受け、これを市民等へ文書を郵送する際に使用することで封筒作成費を削減している例もある。

  エ 庁舎等施設の壁面広告

 庁舎等の市の施設の壁面に広告掲載スペースを設け、企業広告を掲出するものである。現在、2区庁舎と職員研修センターで実施している。

3.横浜市立図書館での広告事業の取組

 財政状況の悪化による歳出予算の削減は、図書館も例外ではない。2005年度の図書館運営費(職員人件費を除く)の予算額は16億1,140万円で、現在の開館日数・開館時間が定着した2002年度の予算額22億1,704万円と比較して、この3年間で約27パーセント削減されている。そのため、業務の効率化や光熱水費の節減などの内部努力では吸収しきれず、図書館機能の生命線である図書購入費まで毎年削減せざるを得ない状況になっている。
 そこで、このような状況を少しでも改善するため、図書館も広告事業の導入による財源の確保に取り組むこととし、これまでに次の2つの事業を具体化してきた。

  ア 図書館ホームページへのバナー広告の掲載

 最初に取り組んだのが、市立図書館ホームページへのバナー広告の掲載である。その理由は、他の広告媒体と比べて掲載までの手続が容易であり、かつ図書館ホームページは、2004年度の平均月間アクセス数でみると、図書館トップページが約7万9千件、蔵書検索トップメニューが約9万件と、本市のホームページの中では常にベスト10に入るアクセス数を誇る人気サイトで、広告媒体として最適であると考えたからである。もちろん、市トップページで成功した前例があり、また広告事業担当の尽力により導入のためのマニュアルが整備されているという安心感もあった。
 広告枠は、図書館トップページ(http://www.city.yokohama.jp/me/kyoiku/library/(※横浜市ホームページへリンク)(最終閲覧日2006年1月25日))と蔵書検索トップメニュー(http://www.lib.city.yokohama.jp/(※横浜市立図書館ホームページへリンク)(最終閲覧日2006年1月25日))に設定した。前者は、ページ最下部に12の掲載枠を設けるとともに、広告掲載の効果を上げる仕掛けとして、そのうちのひとつをアクセスの都度ランダムにページ最上部右端に表示するレイアウトとし、後者は、サイトを訪れた際に必ず閲覧者の眼に触れるよう、最上部に6つの掲載枠を設定した。広告掲載料は、広告事業担当と調整した結果、先行事例の月間アクセス数と掲載料とを勘案して月額1枠3万円とすることとした。
 また公共図書館のホームページという性格から、広告主の業種などにあらかじめ制限を加えるかどうかということが検討されたが、公共の資産を利用して財源を確保するとともに地域経済の活性化を図るという本市の広告事業の目的から、意図的に広告主を制限すべきではないとして、「横浜市広告掲載要綱」「横浜市広告掲載基準」に定められた本市共通の基準に基づき、広く広告主を募集することとした。
 こうして、市のホームページを通じて2005年3月から広告主を募集し、同年4月からバナー広告の掲載を開始した。
 
図1.市立図書館トップページ

  イ 図書貸出票への広告の掲載

 本市図書館では、1994年に導入した図書館情報システムの老朽化に伴い、2003年1月に現行システムへの更新を行った。
 現行システムでは、図書の館外貸出手続の際、利用者コードや貸出資料番号・資料名とそれぞれの返却期限を記載した貸出票を出力して利用者に渡している。また図書館内の利用者用検索機では、検索した資料の情報を附属のプリンタで印字し、予約や書庫出納の請求に利用できるようになっている。
 この貸出票や資料情報を印字する用紙として、他の多くの自治体の図書館と同様、民間の小売店でレシートに用いられる感熱ロール紙を使用しているが、この感熱ロール紙の裏面に企業広告を掲載できないかという案が検討された。
 検討のきっかけは、2005年度予算の編成作業の一環として、2004年秋に財政局が職員から財源確保のアイディアを募集したことにあった。呼びかけに応じて寄せられたアイディアの中に、ある図書館職員が提案した「コンビニエンスストアなどのレシートの裏に広告が印刷してあるのを見かけるが、同じように感熱ロール紙を利用している図書館の貸出票にも広告を載せられないか」というものがあった。
 これを受けて図書館と広告事業担当で検討を行ったが、感熱ロール紙という特殊な用紙の裏面にあらかじめ広告を印刷するには、一般の印刷とは異なる特別な技術が必要であり、通常の印刷物のように図書館が広告主を公募して印刷業者に広告入りの感熱ロール紙を作成させるのは、適切な印刷業者の選定などの点でかなりリスクを伴うということがわかった。そこであらかじめ裏面に広告を印刷した感熱ロール紙を無償で企業から寄贈してもらい、それを図書館で使用するという、いわゆる寄附方式を採用することにした。この方式では広告料収入は発生しないものの、寄贈を受けた分だけ用紙の購入経費が削減できることから、購入費相当の収入を得たと同等の効果がある。
 しかし広告事業担当が、こうした「レシート裏広告」に力を入れている広告代理店に話を持ちかけたところ、「横浜市立図書館の年間6,000ロール程度の使用量では、ロット(生産単位)が少なすぎて採算がとれない」との回答だった。特殊な用紙への印刷のために通常の印刷物と比べて生産コストが割高になることから、図書館とは使用量が1桁も2桁も違う全国規模のコンビニエンスストアやドラッグストアでなければ、広告としての採算がとれないというのである。
 こうして一時はあきらめかけた貸出票への広告掲載だったが、その後広告事業担当が提案書を作成して地元の50社以上の広告代理店に送付するという地道な努力を続けた結果、広告媒体としての価値を認めて手を挙げてくれた広告代理店が現れた。
 この貸出票は、館外貸出の際、利用者全員に必ず手渡すものだけに、利用者に抵抗感を与えないよう掲載する広告の表現やデザインについてはバナー広告以上に注意を払った。具体的には、1利用者に誤解を与えるような表現を用いないこと、2主客が転倒しないよう単色で落ち着いた色遣いとすること、また、3裏面の広告が裏写りして表面の情報が読みにくくなったり、印字したバーコードが読みとれないことのないよう過度に濃い色は避けること、の3点を広告主と広告代理店に要望し、ご理解をいただいた。
 こうした調整を経て、2005年9月から市立図書館全館で貸出票や資料情報を印字する用紙として広告入り感熱ロール紙を使用することとなった。年間を通じて用紙の提供を受けることができれば、1年で約150万円の購入経費の節減(2004年度実績による)となる。
 
図2.図書貸出票(左:表面、右:裏面)

図3.広告入り感熱ロール紙

4.広告事業の現状と課題

  ア バナー広告の現状

 市トップページでの成功を受け、図書館としても新たな財源として大いに期待したバナー広告であったが、現状はその期待に反するものとなっている。募集段階では計18枠で年間約650万円の広告料収入を見込んでいたが、2006年1月現在掲載している広告は3枠で、年間収入見込額は100万円弱にとどまった。
 その原因として、市トップページと図書館トップページとのステータスの違いが考えられる。市のトップページに広告を掲載する企業は、そのバナーを何人がクリックするかという実質的な効果に加え、本市のWebページの顔ともいえるトップページに広告を載せることによる企業イメージのアップを狙っているものと考えられる。この点で、企業にとって市トップページと図書館トップページとでは、広告媒体としての価値にアクセス数の差以上の開きがあったのではなかろうか。
 また月極め定額の広告料設定が、必ずしも広告主のニーズに合致していないことも原因のひとつに挙げられよう。個々のバナーのクリック数が計数できず明確な広告掲載の効果測定ができない現状では、企業に一定額の広告料を長期に渡って支払う動機付けを与え続けることは難しい。今後はニーズに見合った適切な料金設定を行うともに、バナーをクリックした回数に応じて広告料が変動するクリック課金型や、現在のバナー広告の主流となりつつある、バナーを経由して広告主のサイトに入った利用者が商品を購入した場合に、その金額に応じたマージンを受け取る成功報酬型(アフィリエイト)の導入の検討が必要となってくると考えている。

  イ 利用者の反応

 これら市立図書館の広告事業は、利用者には概ね肯定的に受け止められていると考えている。
 もちろんすべての市民・利用者に受け入れられているわけではなく、バナー広告にも貸出票広告にも、インターネットなどの広聴手段を通じて一部の利用者から否定的な意見が寄せられている。その主な内容は、地方自治体とりわけ中立的な立場を維持すべき公共図書館が特定の企業と連携することへの反感や、広告主を図書に関連した業種に限定することを要望するものである。
 これらの意見に対しては、1今まで利用されていなかったスペースを広告媒体として活用することで、本来の役割を損なうことなく財源を確保し経費を節減していること、2財源確保とともに地域経済の活性化を目的としていることから、業種を限定せずに広く広告主を募集していること、などを説明することで理解を求めている。

  ウ 今後の取組

 以上、図書館の広告事業の2つの事例について述べてきたが、このほかにも、紙芝居貸出用の手提げ袋として企業から寄贈された広告入りの袋を使用することで、作成費の削減を図る取組も具体化している。また具体的な検討はこれからだが、本市の他部局の先行事例の中で図書館でも採用できそうなものもいくつかある。
 今後も、図書館本来の機能・役割を損なわない範囲で、図書館の持つ資産を有効に活用し、広告事業による財源確保に積極的に取り組んでいこうと考えている。



 

-- 登録:平成21年以前 --