新しい形の図書館整備(山梨県山中湖情報創造館)

新しい形の図書館整備=山中湖情報創造館 NPOが初めて指定管理者として協定した公共図書館
山中湖情報創造館

1.山中湖情報創造館ができるまで

  ア 山梨県山中湖村の現況

写真1 山中湖情報創造館全景
   本村は、日本一の高峰・富士山の東山麓に位置する標高およそ1,000メートル前後の高原にある。行政区域は富士山の溶岩地帯を含め総面積52.81キロ平方メートル。上空から見れば鯨の形をしているといわれる山中湖は周囲13.5キロメートルで、村の中央部分はほとんど湖である。夏の平均気温は20度前後と過ごしやすいことから、1932年に『近世日本国民史』の著者として有名な徳富蘇峰(徳富蘆花の兄)が別荘を構えるなど、首都東京に住む文化人や財界人が涼を求めて現在、3,800戸の別荘がある。大学や会社の寮は1,000棟、民宿ペンションは250軒を数え、それらが唐松や紅葉の見事な林の中に建てられている。単に別荘ばかりではなく、都会の雑踏から逃れて終の住処としてこの地を選ぶ人も少なくない。
 古くからの住人と、都会からの多士済々の定住者を含めて2005年12月1日現在の人口は5,968人、世帯数は2,060戸。多くは観光業に携わり、山梨県ではたった3自治体しかない不交付税団体の一つである。それだけに行政の取り組みも厳しく、例えば庁舎の掃除一つとっても外部業者に委託することなく職員自ら行っている。税収とのバランスの中で支出を抑えることは村是であるといっても過言ではない。

  イ 図書館計画スタート

 前村長の英断で図書館を造ろうと村が動き始め、2002年には実施方針も固まり設計が始まった。地産地消を基本にした木造建築で、館内(498.99平方メートル)に入った雰囲気は木の温もりが感じられてあたたかい。収蔵冊数も5万冊(現38,000冊)と、決して大きな図書館ではないが、デジタル情報を収集発信する機能を充実させようとコンパクトな設計ではあるが、いわゆる文部科学省が『2005年の図書館像 -地域電子図書館の実現に向けて-』(2000年12月)でいうハイブリッドライブラリーを目指したものである。

  ウ 「情報創造館」の名称

 この名称は、単に交付金の関係だけではなく、機能のこだわりから付けられたものである。図書館機能は情報創造館の仕事の中に包含されるものであって、地域の情報拠点施設、情報活動支援施設の本来的なサービスを主眼にするにはこの名称しかなかった。

2.図書館運営に民間人の力を

  ア 利用者の視点から

 山中湖村のボランティア団体「図書館を育てる会」の会員から、「小林さん、私たちの村で図書館を創るらしいんです。何か助言をしていただけますか。」の電話に、「いいですよ。」と答えて始まったのが、筆者がこの山中湖情報創造館に関わった最初である。03年2月の厳冬だった。それから数回利用者からの視点による「図書館を考える会」の勉強会に招かれることとなり、私は持論を述べさせていただいた。

  イ 市民の望む図書館

 「私たちが望む図書館とは、行政と協働し自分たちが直接運営に参画できること。そして様々に活用できる図書館を創造し、その運営には当然自ら責任を持つことだ。」と。子育て真っ最中の女性や、現役をリタイアしてリゾートライフを楽しんでいる方々に、こんな趣旨の話をしているのを、村教育委員会の社会教育主任が聴いており、早速、社会教育係長から準備室への招聘があった。筆者の希望で臨時職員でもなく嘱託でもなく、ただの民間人として協力することとなり、その年の4月1日、筆者は村長から「いい図書館を創ってください」と、直接辞令を手渡された。図書館係長と慌ただしい1年の準備期間を経て、日本で最初の公共図書館の指定管理者となったのだ。

  ウ 地方自治法第244条の改正

 民間人が運営する図書館を実現しようと準備に入ったが、実際のところ図書館界は反対意見が大半を占めていた。反対論者がいう「図書館法」第13条(館長問題)をどのようにクリアーするか頭の痛いところではあった。しかし、機は熟したり。2003年、待ちに待った「地方自治法」第244条の改正が公布され、9月2日に施行されることとなった。事実上NPO法人が指定管理者として、山中湖情報創造館を管理・運営する道が開けたのだ。直ちに山中湖村と特定非営利活動法人地域資料デジタル化研究会(略称・デジ研)は、指定管理者制度の実現に向けて、双方が同時に手続きのための準備に入った。とはいえ、村は他にいくつもの課題を抱えていたので、12月議会でようやく教育長がその方針を述べ、その決定は2004年2月の臨時議会となり「設置及び管理条例」の議決がなされ、直ちに「指定管理者選定要項」「指定申請書」等の書類の整備にはいった。山梨県の指導をいただくにも前例がないことから、すべて村独自で準備しなければならず、ましてやこの時期にいたっても、文部科学省の見解が正しく伝わってこないことから不安な準備段階ではあったが、2004年4月1日、「デジ研」以外に対抗馬は現れず、図書館界初の指定管理者となった。

3.情報創造館の運営

  ア 運営の骨格

 民間人が運営するということはどういうことなのか(あえて経営といわないのは、公立であるからである)。指定管理者は公務員ではないので、まず、勤務形態は自由な発想が可能となる。開館日や開館時間についても、他の社会教育施設や職員の動向を気にする必要はない。サービスのあり方も前例にとらわれずに計画できる。そこで次のような具体的な内容をもった運営の骨格を決めた。これは今も実行中である。

休館日=毎月末日(但しこの日が土曜日・日曜日・祝日の場合は、月末に最も近い平日)と1月1日。
開館時間=午前9時30分~午後9時(但し日曜日と、1月から3月までの冬季期間は閉館時刻を午後7時とする。)
貸出方法=夜間開放部分を建物内に設置し、24時間貸出システムを導入、点数無制限。
自動貸出返却装置を設置し、職員の貸出作業を省力化し、レファレンス・サービスに必須なフロアワークに多くの時間を割く。
レファレンス・サービス=ビジネス支援を拡大し、観光産業へのサービスを徹底する。
デジタルライブラリアンを配置して、インターネットを利用したサービスを徹底する。
地域資料の充実=富士山を中心とした山岳資料の収書の充実と発信。
若年層サービス=小中学校の調べ学習と連携する。
業務点検システム=業務日誌を欠かさず、常にサービス目標を掲げ、その実現を目指す。
第三者機関に業務チェックを依頼する。
職員勤務体制=2交代制として、基本的に勤務時間は6時間(休憩30分)とする。
職員の守秘義務=公務員以上の罰則規定を設けて、これを遵守する。

 これについては後に、次の宣誓を村長の前で行なった。
「特定非営利活動法人 地域資料デジタル化研究会専従職員の誓い」(抜粋)
私たちは公務員ではないが、その業務は公務であるので村民の利益のために最善を尽くす。特に利用者のプライバシーを守り、業務上知りえたことを第三者に漏らすことはしない。

  イ NPO地域資料デジタル化研究会が指定管理者になった理由

 指定管理者になる前の1999年、山梨県内の公共図書館や大学図書館の司書、インターネット事業の推進者、コンピュータ販売会社の社長、デジタルとのかかわりを生業としている人や家庭の主婦などが主なメンバーで「山梨地域資料デジタル化研究会」が立ち上がった。公共図書館の館内に埋もれている地域資料のデジタル化に関心をもち、その整理にお手伝いできたらというのが、立ち上げの目的であった。
 まもなく本会は2001年10月、特定非営利活動法人として認可された。会員は60名を越えていた。この折、山梨の冠を取り「地域資料デジタル化研究会」と称し、活動の範囲を山梨に止まらないこととし、この会の定款に次の4つを掲げた。

1 地域資料デジタル化の研究と実践
2 地域資料デジタル化に関する普及啓発
3 図書館・博物館等の学習施設の情報化及びサービスに資する事業の受託
4 その他、本会の目的を達成するために必要な事業

 この、本会のミッションを実現するために、会員は自ら地域資料をデジタルアーカイブして、ホームページに公開し保存と活用に貢献している。この活動には著作権の許諾作業や旧文字や筆文字の解読・編集作業等があり、その苦労は語りつくせないものがある。また受託事業として、山梨県立文学館や山梨県立博物館準備室の資料整理、田富町立図書館の地域資料整理を NPO法人として受託して、当初からの目的であった地域資料のアーカイブに会員が有給であたるようにもなった。また、新たな情報拠点を構築するためのシンポジウムやセミナーを数多く開催した。

写真2 全国から志の高い図書館員が集ったLibLive

  ウ 住民参加の選書ツアー

 収書計画は、村民の主体性を尊重しようと「選書ツアー」を計画し実践した。前述の「図書館を考える会」のメンバーや、村の広報で呼びかけた自主参加者と共に、東京の大型書店に出向き書籍を選定し、これを書店に依頼して選定目録を作成する。この目録を、筆者と司書たちが目をとおして<富士の麓の知の書斎>のコンセプトにふさわしい蔵書計画を構築して購入を決定する。中学生のツアーも含めて、開館に向けて計4回を実施することができ、参加者からは好評であった(このツアーは現在も続いている)。この企画について、一部の図書館関係者から「蔵書に偏りができ思わしくない」というコメントがあったが、これは当館に限り全く見当違いの批判であると今も考えている。選書の基本的考え方はレファレンスブックに主眼をおいて、ベストセラー等の貸出本は選定方針の第二とした。従って資料の排架もデジタル資料も含め混架方式とし、文部科学省が『2005年の図書館像-地域電子図書館の実現に向けて-』に示したハイブリッドライブラリーを目指す資料内容を心がけての事業であったからだ。

写真3 開館準備期間から続いている選書ツアー

4.指定管理者の勤務体制

  ア 有給職員の勤務体制

 2004年4月1日、オープン当初からの職員は8名、内司書は5名、デジタルライブラリアンの有資格者1名。(有給職員7人、館長は無給。)開館後、勤務の形態は早番(9時-15時30分)と、遅番(14時45分-21時15分)の2交代制とし、1日6時間勤務、30分休憩、週休2日制(隔週土曜日・日曜日連続と、平日2日)とした。1年を通して早番、遅番の勤務者は変更しないこととし、1人だけランダムに勤務する職員を配置した(ランダム手当あり)。

  イ 働き方と司書のワークシェア

 このような体制にしたのは筆者のライフスタイルに関する一つの提案があったからである。1日24時間の配分を、睡眠時間6時間、生活必要時間6時間、労働時間6時間とすると、社会参加時間6時間が生まれる。この時間を使って自分の人生を豊かにすることができる(副業も可能、学習の時間も作れる)。また、これはワークシェアリングともなり、多くの司書有資格者の就業機会の拡大にもつながる。本会のスタッフは、この考えに賛同してくれたので、1日11時間30分の開館時間、月1日のみの休館日が実現したのだ。しかしながら、給与も待遇も公務員並みというわけにはいかない。職員の厚生年金の掛け金(事業者負担2分の1)についても非営利の管理者としては頭が痛い問題である。

  ウ 職制と担当業務、そして研修

写真4 ヘルプデスク
   開館当初の職員の内訳は、チーフライブラリアン(館長)、デジタルライブラリアン(1名)、レファレンスライブラリアン(2名)、チルドレンズライブラリアン(2名)、クレリカルスタッフ(1名)、マネージャー(1名)で、課または係制はとっていない。従って、それぞれの職名がそのまま仕事の中身を意味している。各担当の仕事について指示系統はないので、常にチーフライブラリアンに相談しながら自らの責任で果たしていかなければならない。研修については、自ら行うことを原則とするが、職務に関わるものには修了のあとに旅費等を指定管理者会計において処理する。2年間連続で「デジタル・ライブラリアン講習会」(デジタル・ライブラリアン研究会主催http://www.dla.jp(※デジタル・ライブラリアン研究会ホームページへリンク))に職員を参加させ修了した実績は大きい。

5.現在の状況と課題

  ア 開館年の実績

 2004年の開館日数は347日(4月25日から3月31日)で、蔵書冊数は29,161冊。貸出冊数は42,737冊(住民一人当たり7.2冊)、予約件数は822件であった。視聴覚資料の貸出では、収蔵点数も458タイトルと少ないこともあって2,932点にとどまった。蔵書点検の結果判明した不明本6冊は、すべて村に弁償したので山中湖村としては不明本率0パーセントである。これは全国の図書館中にあって山中湖情報創造館のみであろう。これは自動貸出機とBDSの効用もさることながら、何といっても職員のフロアワークの結果だといってよい。時間帯での貸出状況は、朝9時30分から13時までが24.3パーセント、13時から17時までが46.4パーセント、17時から21時までが29.3パーセントであった。いかに夜間開館の効用が大きいかが分かる率である。曜日別では何と月曜日が日曜日(19.8パーセント)、土曜日(17.6パーセント)、水曜日(14パーセント)に次いで13.7パーセントを占めている。この結果は月曜開館の是非を論ずるまでもないことを物語っている。

  イ インターネットサービス

 山中湖情報創造館は単なる文献館ではない。デジタルライブラリアンが可能な限りの時間を割いて更新しているホームページにその特徴がある。しかも外注せずデジタルライブラリアンが作成しているもので他の図書館の追随を許さないと自負している。2005年度後半には携帯音楽プレーヤーで、いつでも山中湖の観光情報を聞くことができる「ポッドキャスト」での配信サービスを始めた。目的は地域の活性化にほかならず、ビジネス支援サービスの一環である。

  ウ 今後の課題

 3年の協定期間に何が出来るか。図書館界における最初の指定管理者として、かなりのスピードで走ってきた。必ずしも賛成者ばかりではない。図書館法をはじめとする法整備が未だ整わないうちでの船出である。衆目の中にある山中湖村の活動がマイナスイメージでの批判を浴びぬように、行政と二人三脚で協働することが当面の課題である。



 

-- 登録:平成21年以前 --