無線ICタグの活用による図書館サービス(岩手県江刺市立図書館)

無線ICタグの活用による図書館サービス
江刺市立図書館

1.江刺市立図書館の概要

  ア 地域の概況

 江刺市は岩手県内陸南部に位置し、東は宮沢賢治の作品に登場する種山ヶ原、西は北上川の沖積層、さらに北上川支流地域の沖積盆地と地形上大きく三つに分けられる。総面積は362.5キロ平方メートル、うち山林が39.28パーセントを占める。人口は1959年江刺市制施行時48,962人、その後の人口減少により71年過疎指定となる。2004年4月1日現在の人口は33,836人で(0~14歳12.9パーセント、15~64歳57.6パーセント、65歳以上29.5パーセント)、現在もなお少子高齢化が進んでいる。産業別就業人口は特産の米、肉牛、りんご、野菜等の農業を主とする第1次産業27.4パーセント、第2次産業31.5パーセント、第3次産業41.1パーセントとなっている。平成17年度農業センサスによると専業農家から自給的農家までを含む農家人口は21,155人であり総人口に占める割合は62.8パーセントである。2006年2月20日に江刺市と水沢市、前沢町、胆沢町、衣川村の2市2町1村が合併し、奥州市が新たに誕生する予定である。

  イ 図書館の概要

【沿革】 1908年10月1日江刺図書館創設
1974年6月4日新図書館開館
2004年7月29日  江刺市生涯学習センター(1階市立図書館)開館
   カルチャーモールで市役所と連結
 面積:開架コーナー916,90平方メートル、閉架書庫136,62平方メートル
 使用マーク:TRCマーク
 図書館システム:丸善 ELCIELO
【職員体制】 館長(非常勤)1名、正職員(常勤)3名、嘱託司書(非常勤)3名
【開館時間】 9時~19時
【蔵書】 約100,000冊
【貸出】 冊数は1人7冊まで(視聴覚資料はこのうち1点まで)、期間は2週間
【定例事業】 お話びっくり箱(毎月第2日曜日 ボランティアによる読み聞かせ)
親子映画会(夏と冬の2回)
手づくり絵本展、文学賞受賞図書展など県立図書館の巡回図書展
ブック&ブック交換広場、年中行事等の企画展
【他部署との連携】 生涯学習課との連携による事業の展開(ブックスタート、家庭教育講座、子どもの読書推進事業など)
【特色】 江刺ゆかりの作家として、川端康成コーナーを設け、また郷土の作家である高橋克彦、宮沢賢治、石川啄木、宮静枝らの著書を郷土資料コーナーに展示している。また、ICタグ貼付と貸出手続確認装置(BDS)設置により旧館より持ち込んだ伊達藩に関する蔵書等郷土史の貴重な資料も自由に閲覧出来るよう排架している。
【利用状況】 平成16年度は7月29日からの新館開館のため、実質8ヶ月(189日)の開館であるが、住民1人当たりの貸出冊数は4.01冊、1日平均の入館者は444.7人、1日平均の貸出冊数が614.7冊であった。BMは保育所・小中学校・地区センターなど32ヶ所を巡回し、月に平均3,000~3,300冊貸出している。巡回している保育所・小中学校の児童生徒数は約1,900人で、図書館に直接借りに来られない子どもたちも利用することができる。
【図書購入費】
2002年度 500万円       2003年度   4,430(新館用4,000)万円
2004年度 368万円 2005年度 573万円

  ウ 図書館運営の目標

 市民の生涯学習の拠点施設として、多種多様で高度な学習・読書要求に対応できるよう資料の充実を図り、調査研究機関として、より広範な資料の提供、情報の収集及び情報提供ができ、市民の暮らしに役立つ、きめ細かな情報サービスができる施設を目指す。また、生涯学習課との連携を密にし、全ての市民が日常的に図書館を利用できるように継続的に事業を展開するとともに、読み聞かせボランティア、移動図書館事業の充実等により、読書人口の拡大に努める。

2.ICタグ導入の目的・背景・経過

  ア 導入の目的

 図書館業務の電算化の目的は、図書館サービスの向上にあり、利用者が手作業では受けることが出来なかったサービスをコンピュータ導入によって可能にするためである。これは、利用者の求める資料の迅速な提供、貸出返却の待ち時間の短縮、正確な資料管理による予約サービスの向上、迅速で多様な検索の実現、開館時間の延長などによって利用者へのサービス向上となるものである。

  イ 導入の背景

 これまで、無線タグ方式(従来は磁気タグ方式)の図書システムが普及しなかった理由として、ICタグのコスト高のため、蔵書が多い図書館ほど初期導入経費がかかり見送っていた状況にあった。当時は安価な磁気タグを装備していた図書館が大半だったが、機器の誤作動、書き込みデータ容量の制限などから汎用性が低いという問題があった。しかし、e-JAPAN戦略、民間流通・電波法の規制緩和、住民基本台帳ネットワークの推進に伴い、国を挙げてICのISO基準化や増産体制を確立したことからICの実勢価格が100円程度まで下がり、図書館システムの標準仕様もIC対応となった経過がある。このことにより、従来のバーコード・磁気タグの図書館システムとほぼ同じ導入コスト(コストの違いは周辺機器の価格)で、汎用性のあるIC・図書館システムの導入が可能となった。

  ウ 導入の経過

2002年   データベース化、ICタグ貼付(雑誌・視聴覚資料を除く)
2003年 5社よるプロポーザル方式により京セラ丸善のELCIELOに決定03年9月以降江刺市立図書館用に仕様を変更
2004年1月6日 OPAC(館内での検索)のみ仮稼動
2004年4月 図書へ貼付したICタグへのデータ書込 約65,000冊
2004年5月 新館用購入図書のICタグのデータ確認 約20,000冊
2004年7月29日 江刺市生涯学習センター開館と同時に全面稼動

3.当該事業の概要・方法

  ア 担当部署

 生涯学習センター建設に関しては主に社会教育課(現生涯学習課)職員が担当し、図書館部分に関しては当館職員も参加した。図書館システムに関しては社会教育課(現生涯学習課)職員が契約までを行い、その後の仕様変更等、システム業者とのやり取りは図書館職員が担当した。

  イ 予算・設備

 図書館システムの経費 2003年度20,000千円、2004年度15,000千円

機器  サーバー2台、カウンター用端末2台、事務用端末1台、検索用端末2台、蔵書
  点検用端末1台、BM用端末1台、サーマルプリンタ3台、IC読取機3台、蔵書
  点検用ICリーダー1台、自動貸出機1台、BDS2ヶ所

  ウ 他の部署や団体との連絡・調整

 ICタグへのデータ書き込みや郷土資料の簡易登録の際、社会教育課(現生涯学習課)に応援を要請

4.現在の状況・実績・成果・課題

  ア 現状

  1 蔵書管理が効率的に行うことが出来るようになったため、システム導入前は十分にはできなかったリクエスト(購入希望)や予約制度を取り入れた。
2 TRCとの契約により、購入時にICタグ装備済で納品
3 郷土資料を重点的に収集しているが、地方の出版物や自費出版物などはTRCにデータが無いものが多く、データの作成と装備に手間を要する。TRCマークと未ヒットの場合、データ作成と装備を委託する場合1冊毎の経費がかさむため、職員がデータ作成・登録・装備等の作業を行い、全てのものにICタグを貼付している。
4 雑誌は毎月発行で1年間の保存年限としているためにICタグは貼付せずにカウンターでのバーコードによる貸出返却を行い、視聴覚資料は貸出返却の際の中身の確認作業も伴うため、カウンターでのバーコードによる貸出返却を行っている。
5 自動貸出機の利用促進(自動貸出機はプライバシーの保護やカウンターの混雑緩和に有効)
6 BMではバーコードによる貸出を行っている(車内にIC読取機を置くスペースがないことや振動に弱いため)。

  イ 実績統計

  2003年度(285日開館) 2004年度(189日開館) 2005年11月末(186日開館)
登録者(個人) 2,336人 4,504人 5,533人
貸出冊数(個人) 82,279冊 118,775冊 97,347冊
蔵書冊数 89,902冊 94,975冊 約98,900冊
(一般書) 51,761冊 54,719冊 約57,200冊
(児童書) 29,606冊 30,582冊 約31,800冊
(郷土資料) 8,535冊 9,674冊 約9,900冊
視聴覚資料 1,267点 1,551点 1,611点
住民1人当たりの貸出冊数 6.40冊 4.01冊 約3.78冊
入館者(1日平均) 98.9人 444.7人 約472.1人
本館貸出冊数(1日平均) 289冊 614.7冊 約528.9冊

 * 2004年度の実績は、2003年度と比較すると(8月から3月までの比較)、入館者は4.24倍、貸出者数は2.44倍、貸出冊数は2.04倍、登録者は3.18倍となった。

  ウ 利用者の反応・声

 手狭な旧館から新館となり開館時間も延長し、利用者からは好評を博している。また、自動貸出機については好評で、利用者からは「自分で借りられるのは良い」「こんなことができるんだね」といった声が聞かれる。また、カウンターにおける貸出・返却においても、一度に数冊の図書を読取り手続きが早いことに驚く利用者も多い。

  エ 導入後

 これまでの図書カードによる管理から、初めて図書館システムを導入し、同時にICタグ(バーコード併用)も導入した。これにより、貸出返却業務・蔵書点検の迅速化・正確化・省力化、レファレンス・サービスの充実、資料の有効活用、統計のシステム化により利用者ニーズに適した図書購入、自動貸出機によるプライバシーの保護、検索システムにより的確な資料の提供、県立図書館の横断検索などのネットワークへの参加ができるようになった。

  オ 具体的な成果

1 貸出返却業務においては、利用冊数分をまとめてICリーダーが読取るため、一人に付数秒で完了、混雑する土日においても2台の端末で対応、職員も殆んど2名で対応。
2 ICリーダーによる蔵書点検は05年度が始めてで、読み抜けもあり不安であったが、95,000冊の蔵書を7人で対応、不明図書捜索・書架整理を含めて5日間で終了。
3 BDS(貸出手続確認装置)を館の出入口に設置したため、以前は施錠書架に保管していた貴重郷土資料も一般開架し、自由閲覧に供している。
4 自動貸出機は若年層に特に好評で、プレイバシー保護、省力化においても有効。

  カ 今後の課題

【問題点】

1 カウンター端末や自動貸出機で一時的にICタグの読取が出来なくなることがあり再起動させて対応している。
2 自動貸出機の読取精度がカウンターに比べると劣る。特に絵本などの薄い図書は読み抜けが多い。現在は利用率が低く、図書をずらしたり置きなおすなどのコツが必要なため、図書のみ貸出の利用者には使い方の説明をしながら利用を勧めている。
3 BM での利用ができない(読み取ろうとした多数の資料の中に読取不可のものがあった場合探すのは困難であることなどからバーコードの方が早くて確実である)
4 蔵書点検用ICリーダーでの読み抜けがまだ多い。
5 図書館システム上の問題では、仙台からの出張のため迅速な対応ができない。

【分析】

 システム上の問題、ICタグの性能、ICタグの貼付方法(二重貼付、カーボンや金色銀色のカバーなど)、書架等がICタグに適したものか(金属などは相性が悪い)、操作上のミスなどが原因として考えられる。

【改善方法】

 システム・ICタグに関しては業者との連絡を密にし、個々の問題の原因追及と改良を要望している。操作上の問題点はその都度職員間で連絡しあいミスを極力少なくする。

5.その他

 当市では2004年12月末に2市2町1村による合併が決まり、2006年2月20日より奥州市がスタートする。5市町村の職員は各分科会に分かれ、連日合併会議を開き準備を進めてきた。合併後は当面独立館として運営し、各館を回る連絡車による物流ルートを確保し、5年後の図書館システム統一を目指すことになった。

 合併後考えられる利用者のメリット

  1度に借りられる冊数および視聴覚資料の点数が増える
移動図書館車のない町村を既存の2市のコースへ組み入れ運行を開始する。

 図書館システム統一までの課題

  各館の利用者カードでの対応
他館の資料が返却された場合の処理および物流の問題
システム統一へ向けての取り組み

 合併する奥州市の人口は約13万人になり、資料は約47万冊になる。多くの資料を有効に活用できるよう図書館システム統一までの山積する問題への対応を検討しながら、目前の問題に対応するため、各館の連携を密にし、各館の持てる機能を生かしながらサービス向上に努め、多くの利用者へ来館を促していきたい。

6.おわりに

 IC導入の江刺市立図書館新館について、導入の目的、背景、効果、問題点、さらに市町村合併にかかわるこれからの展望や課題について概略を述べてきた。
 IC技術はすでに全国的に導入が進み、すばらしい成果を挙げている。当館はこれから解決していかなければならない数々の課題を抱えているが、カードによる貸出返却サービスを行っていた2年前を振り返るにつけ、コンピュータ導入は図書館サービスにとって今や欠かせないものになっている。日進月歩のIC技術を導入しながら図書館サービスを考えるとき、サービスの原点へ立ち返ることの大切さを思う。カウンターでの貸出返却や自動貸出機であっても館員の温かい挨拶や言葉かけはコンピュータ導入前と何ら変わるものではない。人と人との出会い、人と図書館資料の出会いをサービスの最も大切な役割と捉えたとき、日常のコンピュータによる図書館業務は飛躍的な速さと正確さで多くの資料を読み取り迅速な処理を実現したものの、それらの機能を駆使する人間同士の温かいふれあいの中でこそ十分な機能を発揮するものであると思う。



 

-- 登録:平成21年以前 --