図書館の地域情報発信(茨城県伊奈町立図書館)

図書館の地域情報発信 -伊奈町立図書館における地域資料収集と提供の取り組み-
伊奈町立図書館

1.館の概要

 伊奈町は、茨城県の南西部に位置し、東京から50キロメートル圏内にある。東西約10キロメートル、南北約9キロメートル、総面積は45.54キロ平方メートル。基幹産業は農業で、人口は約2万6,000人。1975年頃から、首都圏のベッドタウンとして住宅開発が進んで人口が増え、1985年に、村から町となった。町の北西部では、2005年8月に開業した鉄道「つくばエクスプレス(以下TX)」のみらい平駅を核とした新市街地の整備事業が進展中である。
 伊奈町立図書館は、1990年11月に開館した。伊奈町役場の敷地に隣接し、周辺には、住宅地や小中高それぞれの学校がある。敷地面積5,460平方メートル、建築面積1,560.10平方メートル、延床面積1,604.4平方メートル、鉄筋コンクリート造(一部2階建て)。1階には開架書架(約8万点収容)と各種コーナー、事務室、閉架書庫(約2万点収容)、2階には、視聴覚室(約80席)、会議室がある。蔵書点数は11万5,238点で、年間貸出点数94,141点(平成16年度末現在)。
 職員は総勢13名。うち正職員が、非常勤特別職(週3日勤務)の館長、事務職2名、司書職2名(以下正職員司書)の合計5名。他は司書有資格の臨時職員(以下臨時司書)で、週3日勤務が5名、週5日勤務が3名である。
 2006年3月27日には、伊奈町は隣村の谷和原村との町村合併により、人口約4万1,000人のつくばみらい市となり、当館もつくばみらい市立図書館となる予定である。

2.館の運営方針

 運営の基本方針は、「地域の情報センター・自ら学ぶ生涯学習の場として、町民の生活向上・文化の発展に努め、みんなの図書館として親しまれる開かれた図書館を目指す」である。この方針に基づき、次の5つの特徴を打ち出し、各事業を展開することにした。

  1 司書による情報探索支援の強化(レファレンス専用カウンターの設置・運営)
  2 地域資料コレクションの整備と充実(館独自のコレクションの構築と公開)
  3 読書活動と図書館利用の促進(ボランティア団体の育成や学校図書館の支援活動)
  4 生涯学習活動と情報リテラシー教育の推進(各種講習会やイベントの開催)
  5 町内各施設、各課との連携活動の推進(広報活動への協力や共催事業の開催)

3.事業実施に至る狙いと経緯

 前記5つの柱のうち、2の地域資料の充実については、開館当初から当町と茨城県南部地域に関する資料を積極的に収集してきた。また受入の際は、できるだけ3部以上受入し、貸出・閲覧・保存用とした。検索でヒットしやすいMARCにすることも心がけてきた。
 地域資料の中でも、TX(当初は常磐新線)関連の資料は特に意識して集めるようにしていた。開業により町内に初めて駅が設置されることに加え、駅を中心とする一体的開発がすすめられることから、町が大きな歴史的転換点を迎えることになると予測されたからである。また、駅は隣村との境界に位置しており開発は県主導で行われるため、合併が町の重要課題となることも早期に想定された。
 開業が近づき新たな町づくりに向けた開発が進む中で、鉄道会社、自治体、不動産会社などから、関連の情報がバラバラに発信されている状況が続いていた。そこで、図書館こそが、住民に様々な視点から公平な情報提供を行える唯一の場所に成り得ると考え、鉄道やまちづくりに関する資料を更に重点的に収集し提供することにした。それを具体的な形にしたのが、1「新聞記事に見る伊奈町&TX&合併」の作成と、2「TX&伊奈町行政情報&合併情報コーナー」の設置・運営である。

4.事業概要と具体的な収集・提供方法

   「新聞記事に見る伊奈町&TX&合併」
     新聞から、伊奈町、TX及び伊奈町の合併に関する記事を毎日クリップし、目録データ化したもの。1997年5月より開始し、2004年5月よりホームページでデータ公開を行っている。
  (1) 収集方法
     当館の人員体制で可能な範囲で収集するため、県域紙2紙(茨城、常陽)全国紙1紙(読売の県版面)に対象紙を限定。毎朝の開館準備の際に早番の臨時司書がこの3紙に目を通し、関連する記事をみつけたらコピーして事務用ファイルへ綴ってから新聞を開架に出す。開館後、ファイルのコピー記事を元に、データを入力する。(日付、紙名、面、連載・コーナー名、見出し、本文の冒頭一文を一字一句そのまま)
 クリッピング用に3紙をもう1部ずつ購読する予算の余裕がないので、閲覧用の新聞をコピーしている。そのためコピー作業が開館までに間に合わず提供が遅れる時もあるが、今のところ目立った混乱は起きていない。なお、TXについては85年の構想発表当時まで遡って収集した。
  (2) 提供方法
     早番が入力したデータを元に、担当が提供データ(ExcelデータをHTMLデータに変換。日付、紙名、面、連載・コーナー名、見出し、本文概要)を作る。毎週末に正職員司書が再度たまったデータを確認して、情報政策課のホームページ更新担当者へ庁内LANを通して送付し、月曜朝、前週分が更新される。ホームページには検索エンジン(Google)によるサイト内検索機能をつけて、記事の検索を行えるようにしてある。館内にも、データを印刷したものを置いている。なお、事件・事故の記事中に一般住民の個人名がでている場合は代名詞に置き換える。また、冒頭一文をオリジナルの概要に置き換えるのは、内容を再確認するとともに、著作権の問題に配慮するためである。
 特集号や展示に有効な記事があるときは、同じ新聞をもう2部(展示閲覧用と書庫保存用)購入する。コピーを展示すると複写希望の際コピーのコピーになってしまうし、切り抜き作業をする手間を省きたいためである。展示閲覧用には、開架閲覧用と同様に所蔵印を押しホッチキスで止め、更に貸出禁止の「館内」シールを貼り、該当の記事に付箋で印をしてそのページが前面にくるように開き、新聞用大型クリアファイルに入れてコーナーへ出す。
  「TX&伊奈町行政情報&合併情報コーナー」
     2003年1月より設置した。当館の所蔵資料から、TXや行政資料・まちづくり・町村合併などに関する資料を抜き出して展示しているコーナーである。ほとんどの資料は複本を用意して貸出できるようにしている。現在約500点を所蔵している。
  (1) 収集方法
     TXに関する情報は計画段階から現在まで、みらい平駅周辺開発の資料を中心に収集した。鉄道会社の広報紙をはじめ、行政資料や書籍、雑誌、新聞記事の原本、広報用や関連イベントのパンフレット、ポスター、チラシ、ビデオ、駅工事の写真、沿線すべての自治体の住宅地図なども収集対象にした。
 行政情報は、予算書、決算書、町議会の議事録、各種の計画書や報告書、町史、ガイド
マップや観光案内など公開されているものすべてを対象とした。合併情報も、合併協議の資料(事務局便り、合併協議会議事録、新市建設計画書、市章の募集要項など)の他、まちづくりや新市の名称に関する書籍や雑誌、新聞記事なども網羅した。
 雑誌は定期購読していないものでも、関連記事があれば購入して蔵書に加えている。
駅周辺の不動産情報など関連する新聞折り込みのチラシやビラなども保存している。更に、TX開業前後に出た公式非公式の様々な記念グッズも収集した。グッズは、磁気カード、人形、食料品など形態が様々なため、デジカメで写真を撮って目録を作り、保存できる現物は分類して保存箱に入れる作業を進めているが現在も試行錯誤中である。
 近年、資料費が減ったため、極力、一般の書籍の購入希望は相互貸借で対応し、郷土資料購入分を優先している。特集記事の載った新聞は、通常の閲覧用とは別に展示と保存用に2部購入するが、金額的には低く消耗品費扱いなので、消耗品費をやりくりして対応している。
  (2) 提供方法
     入り口からカウンターまでの動線のもっとも目立つ場所にある柱の四方に、会議用机とパネルを設置し、コレクションの一部であるポスター、地図などでディスプレイを施して様々な視点から歴史的経緯が概観できるようにした。
 机やディスプレイなどは、すべて手持ちの備品や材料を活用した。書籍や雑誌はブックエンドで表紙をみせるなどの工夫をし、該当部分のページに付箋を貼って興味を喚起した。チラシなどの配付物の提供も行い、持ち帰りしやすいよう透明アクリルケースに並べてある。入り口に最も近い面には、常に最新情報を並べ目をひくように心がけている。

5.事業実施による反応・効果

 新聞記事索引のデータは地域関連のレファレンス時に大変役立っている。例えば、「数年前に、当地域で雹が降り被害がでたが、農作物への影響はどうだったか」「TX開業前と開業後で、町の地価がどのくらい変化したか。」などの質問が寄せられた際に活用すれば、すぐに確認がとれ迅速に回答できるようになった。ホームページを開けば誰でも閲覧できるので、利用者自身が館内のインターネット用端末で利用する姿もみられるようになってきた。また町職員からのレファレンス時にも使用してPRを続けた結果、「こんな便利なものを図書館で作っていたのか」との反応もあり、新聞記事以外のレファレンス依頼の増加にも繋がった。新聞記事索引のアクセス数は月平均1,083件で、検索エンジンでもヒットするようになり、町外から問い合わせのメールも寄せられるようになった。
 TX&伊奈町行政情報&合併情報コーナーでは、老若男女様々な利用者の姿がみられるようになった。例えば、町の予算書、会議録などを閲覧する市民団体、時刻表や沿線のイベント情報をチェックする若い人、地域の調べ学習のテーマを探す小・中学生などである。新聞やミニコミ、各種業者などからの問い合わせもあった。このような利用が蓄積された結果、昨年度のベストリーダーには、このコーナーの本が入るまでになった。
 更に副次的効果をいくつかあげる。クリッピングは、ルーティンワークであると同時に臨時司書の研修を兼ねている。臨時司書は勤務時間が短いため、研修時間の確保が難しいことに加えて、他県に比べ相対的に県域紙のシェアが低い茨城では、自宅では全国紙しか読んでいない臨時司書がほとんどである。作業を通じて、県域紙に取り上げられた様々な地域情報、行政情報に触れるとともに、記事のデータ入力でITスキルの向上を図った。このことで、地域情報に関するレファレンスへの対応や検索などのシステム操作もスムーズになる効果があった。
 行政資料の収集は、各課に協力を呼びかけてもなかなか進まなかった。しかし開業気運、職員や住民の関心が高まり始めた頃に、当コーナーを始めるとともに、対象の担当課(広報や都市計画担当など)を絞って協力を呼びかけ、利用状況を報告していったところ、次第に図書館が行政活動のPRの場になることを理解してもらえるようになり、徐々に協力に応じてくれるようになった。例えばみらい平駅工事の航空写真や開業記念式典の配付物などの寄贈があり、今では定期的にいわゆる灰色文献をまわしてくれるまでになった。
 TX開業にあわせて各種イベントも行った。開業記念として夏休みに「TXプラレールひろば」を開催したところ、子ども達に大好評であった。毎年行う秋の図書館祭りではTXのマスコットキャラクター「スピーフィ」の着ぐるみを鉄道会社から借用し、集めた記念グッズや普段展示スペースに出せない貴重資料を使って「TX開業記念グッズ展」を開催した。沿線の情報誌や各駅で開催情報を知らせたところ、東京都や埼玉県など県外の沿線住民の参加もあり、大変好評であった。
 これらはすべて特別予算はなしで実現した。現在は鉄道会社許諾のもと、スピーフィのぬいぐるみを、図書館の顔としてカウンターやホームページで活用させてもらっている。
 コツコツと、しかし徹底的に集めて公開することで、収集活動そのもののPRになり、思いがけない協力や寄贈も増え、広がりが生まれた。TXという職員にも住民にもわかりやすい素材を前面に出したことで、地域情報を収集して発信するという、図書館の機能・存在を知らしめることができたと考えている。

6.今後の課題

 クリッピングで記事概要を職員の手で作成できるのは、記事が少ない小規模自治体だから可能だった面がある。昨年は開業に伴い、TXの記事が格段に増えたため早番を2人にするなどで凌いだ。合併後、市域と人口が増えることで記事の増加も見込まれ、現在の人員体制で続けるには工夫が必要となるだろう。ただ、作業を業者に委託するよりは、司書の研修を兼ねたルーティンワークとして継続していきたい。ホームページもシンプルな画面構成が好評であるが、更に創意工夫をしてユーザビリティ、アクセシビリティを向上させていきたい。クリッピングデータは将来どのような形にも応用できるようマクロなどは使わず作成している。データでの提供だけでなく、TX&伊奈町行政情報&合併情報コーナーの所蔵目録と共に、製本した冊子として出版することも目指したい。
 TX&伊奈町行政情報&合併情報コーナーは、今後も地域課題である状況が続くため、名称を工夫するなどして継続していきたい。沿線自治体にも協力を呼びかけ更にコレクションの充実をはかり、将来は開業10周年、市の記念行事と併せた回顧展なども企画したい。

7.最後に

 当館の実践は、規模が小さく様々な資源が乏しくとも、図書館の基本的運営を展開するために目標を具体的に定めて効率化を図りながら形にしていったものである。図書館から、司書が専門的能力を駆使して整理した情報をわかりやすく発信することで、様々な効果が生まれた。住民にとって最も身近な情報公開の場として、職員が図書館をメディアとして活用するように認識してもらい、図書館が行政情報・地域情報を提供するという当たり前のことをもっと定着させていきたい。それには、司書の人材確保及び専門職としての身分保障とモチベーションの維持による組織的な継続が、何より不可欠であると感じている。今後も、図書館が行政全体の政策の中でもっと具体的に活用されるような状況が生まれるよう、粘り強い活動を行っていきたい。
※伊奈町立図書館HP:http://www.town.ina.ibaraki.jp/21_tosyokan/index.htm(※伊奈町立図書館HPへリンク)(最終閲覧日2006年1月25日)

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写真1「TX&行政情報コーナー」、写真2「合併情報コーナー」、写真3、4「TXキャラクターを使った図書館PR」


 

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