静岡市立御幸町図書館のビジネス支援サービス(静岡市立御幸町図書館)

静岡市立御幸町図書館のビジネス支援サービス
静岡市立御幸町図書館

1.はじめに

 図書館のビジネス支援サービスと多言語(多文化)サービスという、静岡市にとっては未開拓の分野に挑む静岡市立御幸町図書館が開館したのは、2004年9月17日のことである。この図書館は、静岡市御幸町伝馬町第一地区市街地開発事業の一環として、同地区再開発ビルに追手町図書館を移転・拡充したものだ。ペガサートと名づけられた再開発ビルの4・5階、2,094平米の空間が新図書館となっている。周辺地域住民のための地域図書館としての機能を追手町図書館から受け継ぐ一方で(主に4階の機能)、6・7階に併設の静岡市産学交流センターと連携してビジネス支援サービスを行うと同時に、外国人住民を主な対象とした多言語サービスをも提供する図書館(主に5階の機能)として、サービスの高度化を図った。この目的に資するため、インターネットと約20タイトルの商用データベースに利用者が無料でアクセスできるパソコン30台を設置している。図書は約109千冊。新聞・雑誌は寄贈を含め約400タイトルで、その半分以上がビジネス関係である。2003年度の追手町図書館の利用状況と比較すると、2004年度の1日当たりの入館者数は1,918人で1.6倍、個人貸出点数は1,398点で1.4倍となった。

2.ビジネス支援サービスのミッション

 静岡市立図書館としてビジネス支援と明確に位置づけたサービスを開始したのは、御幸町図書館の開館からである。ビジネス支援は、図書館全体としては、「静岡市立図書館の使命、目的とサービス方針」(以下、「使命」)が決定した2002年4月から、また御幸町図書館については、「仮称静岡市立御幸町伝馬町地区図書館基本構想」(以下、「基本構想」)が策定された2002年5月から、正式に図書館の方針として位置づけられている。「基本構想」ではビジネス支援について次のように述べている。
「3 ビジネス情報を誰にとっても身近にする
 ビジネスパーソンはもちろん、今までビジネスと無縁だった人たちがビジネスに興味をもち、理解を深め、新たに開業するきっかけを得ることができる図書館をめざす。ハイリスク・ハイリターンのベンチャービジネスだけでなく、営利・非営利を問わずさまざまな形をとったマイクロビジネスやコミュニティビジネスに発展するために有益な情報を提供するとともに、利用者相互の情報交流・情報編集を促進する。」
 また、「使命」では、一次目的・二次目的・サービス方針という三つの階層が設けてあり、それぞれの階層で以下のように定めている。「一次目的:市民のくらしや仕事やまちづくりに役立ちます。
 二次目的:市民の暮らしや仕事やまちづくりに役立つ資料を集め、提供します。
 サービス方針:8会社・自営業者・市民団体・役所などの活動に役立つ資料を集め、提供します。9市民の暮らしや仕事に役立ち、時事問題への関心に応える資料を集め、提供します。」
 現在のところ、この二つが静岡市の公式文書におけるビジネス支援の定義にあたる。「基本構想」は、学識経験者からなる策定委員会がまとめ、市が承認した。また、「使命」は、図書館職員のプロジェクトチームが原案を策定し、パブリックコメント及び図書館協議会の審議を経て、教育委員会が承認したものである。
 公式文書には明記していないが、静岡市におけるビジネス支援の背景として、大都市圏の繁栄と裏腹の地元経済の落ち込み、それを象徴する静岡市の開業率の低さ(廃業率の半分)がある。その主要な原因の一つとして「大都市と地方」あるいは「大企業と中小企業・個人事業者」の間の情報格差(情報を入手する機会・手段、情報を活用する能力など)を指摘したい。一言で言えば、大都市・大企業への依存・従属からの自立のための情報支援という発想である。

3.ビジネス支援サービスの具体的内容

  ア 見せる棚づくり
 図書館のビジネス支援というと、一般的には、ビジネス書のコーナーと、講座と、専門スタッフによるレファレンスというイメージがあると思う。当館の場合はどうだろうか。
 まず、一般にイメージされるような、他の分野の書架から切り離されたビジネス書のコーナーは存在しない。たしかに5階は、NDCの3類・5類・6類という、ビジネスとは比較的かかわりの深い分類の図書が集まっているが、それで完結しているわけではない。少なくとも潜在的には、あらゆる分野がビジネスとかかわりをもっている、と考えている。ビジネス支援のコーナーを作る替わりに、5階玄関ホールの目立つ位置に、手作りのパネルと図書・パンフレット類の展示を中心とした、大きな展示専用棚を設けてある。開館当時は、21世紀の経済をリードするだろうといわれるBRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国の英語名の頭文字)を紹介する展示だった。現在(2006年1月)は、「進化する企業のカタチ」と題した新会社法、M&A、企業の社会的責任等に関する図書やパンフレットの企画展示を行っている。書架に沿って歩けば、あちらこちらに「起業本」「商標が熱い」「苦情・クレーム対策」「会計入門」などのタイトルの踊るPOP、新聞の切抜きやブックリストと一緒に、数冊から数十冊の図書が表紙を出した状態で展示してある。これらのミニコーナーは、1ヶ月から2ヶ月のサイクルで機動的に替えることを意図したものである。「見せる」棚、「見せる」ことを通じてビジネスに役立つことを主張する棚。これが、御幸町図書館のめざす棚である。御幸町図書館の書架(イトーキ製)は、最初からこうした視点で、どの位置の棚板や側板にも簡単に本の表紙を出して展示することができるような設計になっている。まだまだ、職員のスキルや知識の向上と共に、棚が「進化する」ことは可能と考える。

  イ 資料収集
 棚づくりとの関係で、資料収集にも言及しておきたい。官庁・オフィス街の真ん中というロケーション、商業都市としての旧静岡市の性格、工業技術系の資料を長期間蓄積してきている静岡県立中央図書館とのすみ分け等の観点から、法律・経営・サービス業関連の資料収集に力を入れている。子どもでも読めるような入門書から、専門的なマニュアルや、マーケティングの参考になる統計まで、というのが当館の選書の方針である。
 なおビジネス関連のレファレンスで最も多いタイプのひとつが、特定の(かなり特殊な)業界やマーケットの動向に関するものである。市販されている資料ではカバーしきれなかったり、購入できる場合でもきわめて高額であったりするケースが多い。また静岡の「今」を知りたいという情報ニーズに応える資料収集も、まだまだ不十分な状態である。こちらは金額以前に、通常の出版ルートで入手困難な灰色文献が多数を占め、整理まで含め、手間のかかる仕事である。いずれも、今後ビジネス支援の取り組みを前進させていくうえで避けて通れない問題と認識している。
 開館以来の取り組みの中で、利用者像の多様性が次第に明らかになってきた。以下のようなニーズは典型的なものであり、それぞれについてはっきりした資料収集の方針が必要と考えている。

  1 起業・副業に興味がある(はじめたい、既にはじめた)
2 個人投資に興味がある(はじめたい、既にはじめた)
3 就職・転職・資格取得・スキルアップに興味がある
4 自分の今の職業に関連して、もっと知識を増やしたい
5 直接自分が関わっている仕事についてピンポイントで知りたいことがある。

 特に最初の3点については、ビジネス支援サービスをはじめなければ、決して図書館サービスの主な対象として認識されることはなかっただろう。
 なお、開設に至る過程でのニーズ等の把握のために、地元のSOHOや中小企業診断士に対するインタビュー調査、そしてワークショップを含む住民説明会等を行ってきた。また、世論調査、利用者アンケート調査等、図書館全体としての調査の中でもビジネス支援に関する質問項目を設定し、開館準備に役立ててきた。現在は、産学交流センターへの打合せや利用者アンケート等を通じ、ニーズ把握に努めている。特に、2004年度に文部科学省の社会教育活性化21世紀プランによるモデル事業の一環として実施したグループインタビューや利用者アンケート調査からは、次のような重要な事実が判明した。たとえば、5階来館者の4割(1日平均200人程度)がビジネスのための情報や資料の入手を目的としている。だがデータベースやレファレンスなど、ビジネス支援がどういうものかはまだ十分理解されていない。他方で「新しく」「専門的な」ビジネス書へのニーズは非常に高い、といったことである。

  ウ レファレンスと「相談事業のシームレス化」
 レファレンスについては、産学交流センターに起業や経営に関する相談にみえた利用者が、図書館の資料を利用する方が適当という相談員(中小企業診断士等)の判断により、図書館に案内されるというケースが多い。もちろん逆のケース(図書館から産学交流センターへ)もある。図書館及び産学交流センターは共通の愛称「B-nest(ビネスト)」の下、強力な連携体制を築いているが、中でも、こうした相談事業の連携を「相談事業のシームレス化」と位置づけて重視している。
 なお、2005年4月以降の相談事例として、以下のような例を挙げておく。地元のバス会社の利用客数・バス保有台数等を知りたい/県中部の月毎の住宅着工戸数を知りたい/小売店の業務マニュアルを作る参考になるものがほしい/静岡県・市の下駄の生産量を知りたい/中国の音楽の流通事情を知りたい。清水区の商店街別の統計を過去20年分ほしい/空き瓶・空き缶のリサイクルについて業者買取り価格の相場を知りたい/食品の輸入ビジネスをはじめるにあたり関連の規制や輸入手続を知りたい/自動車の車名別登録台数が知りたい/県内の個人事業所数が知りたい/餃子屋の開業のノウハウと必要な厨房器具・移動販売車等が知りたい/お茶の小売店の動向を知りたい/子どもが小学校に入る前に心理系の資格を取って就職に備えたい/高校卒業前にカフェの研究をしたいetc.

  エ 講座・イベント
 ビジネス支援をうたう図書館では、講座を重要な事業として位置付けていることが多い。静岡市の場合、一般的なビジネス支援の講座は、先に述べた相談員による経営相談や起業のコンサルティングと並んで、併設の産学交流センターの事業として位置づけている。2005年度は、センターと図書館双方のPRを意図して、産学交流センターの講座のテーマに関連する図書・雑誌・ウェブサイト・データベースを紹介するパスファインダーを作成し、館内で講座のチラシと一緒に配付すると同時に、講座の受講者にも配付した。
 当館独自の講座として取り組んでいるのは、2005年7月に開始した、マン・ツー・マン形式のデータベース入門講座「45分で使いこなすデータベース」である。2005年12月末の段階で、すでに延べ63人の市民が受講し、分からないところにピンポイントでこたえる講座として好評である。

4.他部局・他機関との連携

 ビジネス支援図書館は、産学交流センターの構想とセットで進めてきた計画であり、市の産業行政サイドとは全面的な協力関係にある。2004年6月議会の市長施政方針においても、「都市型産業支援施設と連携して社会人や産業界のニーズに対応できる新しいスタイルの図書館を建設してまいります。」と方針化されている。経済政策課と協力し、2005年4月施行の新総合計画の中での位置づけをはかったが、経常的な運営は総合計画に含めないということで、これは実現しなかった。いずれにせよ、図書館としてはビジネス支援を図書館単独で行うのではなく、あくまでも産学官連携の枠組みの中で独自の役割を担っていくという考え方である。現在は、最大の提携先である産学交流センターと隔週で担当者レベルの打合せを行っている。
 連携という視点で見れば、産学交流センター以外にも静岡市観光課及び静岡市観光協会からは、随時資料の提供を受けている。観光情報サービスの拠点として図書館を位置づけることについて、観光課と協議中である。これも広義のビジネス支援と考えている。

5.御幸町図書館の運営体制

 産学交流センターは指定管理者制度による運営だが、図書館はすべて直営である。ビジネス支援専任の市職員はいない。筆者は中央図書館から派遣され、ビジネス支援及び多言語サービスの責任者として業務に当っているほか、御幸町図書館職員22人(正規5、非常勤嘱託17)のうち9人が、ビジネス支援と多言語サービスのフロア(5階)の担当となっている。以上の職員のほか、ビジネス支援に対応するため多数のデータベースを導入した関係で、サーチャー(情報検索応用能力試験合格者)資格をもつ司書1名について、人材派遣会社から派遣を受けている。また個人ボランティア55人が運営に協力している。
 ビジネス支援サービスの内容や進め方については、御幸町図書館職員の内部協議(嘱託職員を含む御幸町図書館職員若干名ずつからなる複数のプロジェクトチームと、正規職員全員の週例会議が主な場)や先に述べた御幸町図書館と産学交流センターの担当者間の協議で、日常的に意見や情報を交換している。御幸町図書館のビジネス支援は、産学交流センター抜きには考えられない。

6.職員の研修・育成

 「基本構想」は、職員・ボランティアの研修と利用者教育について次のように述べている。「図書館は、それ自体が「学習する組織」でなければならない。専門的職員研修、ボランティア研修、利用者教育など、図書館に関わるすべての人々に対する学習支援活動(コーチング)が、この図書館においては決定的に重要な意義をもつ。特に、専門的職員研修やボランティア研修は開館に先立って、入念に、計画的に実施する必要がある」
 「学習する組織」という視点にもとづき、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)のレベルまで含め、研修には積極的に取り組んできた。ビジネス支援のみに絞ったものではないが、2005年度は週1回、1時間、御幸町の全正規職員及び希望する嘱託職員を対象とした、選書(資料選定)に関する学習会をワークショップ方式で実施した。また御幸町図書館内に、「地域資料収集」「データベース利用促進」「多言語サービス推進」の三つのプロジェクトチームを設けて活動した。ビジネス支援と多言語サービスを中心になって行う5階担当の全職員(嘱託・臨時を含む)がどれかに所属した。さらに御幸町図書館の全職員が、「棚づくり担当」及び「棚づくりサポート担当」として、「見せる棚」の工夫に取り組んだ。これらも、研修とモチベーション向上の意味を併せもった、一種の改善活動であった。

7.ビジネス支援のビジョンと課題

 図書館をめぐる状況がはげしく変動している現状において、ビジネス支援に限らず図書館のあり方を5年以上のスパンで考えることは困難である。「使命」に基づき、静岡市立図書館の経営計画といったものを静岡市立図書館全体の中期目標として策定し、その中にあらためて御幸町図書館のサービスやそのための資源確保の計画を位置づけ直す必要があるだろう。現時点でビジネス支援に関わる課題として、筆者は個人的に以下のような点を挙げたい。
 第一に、高度な専門的能力とマネジメント能力を併せ持つ職員の確保・育成である。情報サービス機関としてのビジネス支援図書館は、日本では未発達の分野であり、10年、20年のスパンで人材をじっくり育てる必要がある。司書資格以外に、中小企業診断士、サーチャー、弁理士、システム・アドミニストレータ等の資格あるいはそれらに相当する能力と経験を備えた司書が理想であろうが、すべての資質を備える職員というのは現実的ではない。さまざまに異なる技能と知識をもった職員のチーム・マネジメントという形が望ましい。言い換えれば、職員チームによる使命・知識・情報の共有化が、きわめて重要ということである。ピラミッド型組織を前提とし、現場の一挙手一投足まで縛るような管理手法は見直さなければならない。
 第二に、長期的な視点にたったコレクション形成である。その中には図書・雑誌だけでなく、データベース、デジタル・アーカイブの構築も含まれる。特に静岡にしかない情報を、他部門と連携して、蓄積・加工し、付加価値を高め、ビジネスに役立てる。例えば、静岡市が全国に発信するイベントである大道芸ワールドカップは、観光客だけでなく様々な情報を集め創造している。その情報をどう活かすか、まず資料の収集を始めたい、というのが筆者の考えである。
 第三に、ビジネス関連の多言語・多文化の情報を収集・発信していくことである。ビジネスのグローバル化、地域社会の他文化化に対応した戦略が、図書館にも求められる。例えば、東アジアの市場に関心を持つ地方企業は少なくない。外国人住民を含め、個人貿易に挑む起業家も多い。ビジネスの視点からの海外市場関連資料の収集は、自治体の仕事となりつつある。JETROのような経済支援機関と協力して取り組むべきであろう。特許や規格に関する情報についても、同様のことがいえる。当館が、あえてビジネス支援と平行して多言語サービスに取り組むのは、その予行演習としての意味もある。
 第四に、図書館は市民にとって身近な情報基盤であり、教育政策だけでなく、情報政策の一環としての図書館政策の確立、という視点が必要である。その中で、情報の専門家としての図書館職員の育成も位置付けなければならない。



 

-- 登録:平成21年以前 --