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 子どもと私と   第10回インタビュー 

 

枡田   正子(ますだ   まさこ)さん
幼稚園園長


プロフィール
1941年生まれ
短大講師を経て、1992年から10年間自身が卒園した幼稚園に勤務
2003年4月より、現在の幼稚園園長
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「子どもと共に育つ」

Q   先生御自身の幼稚園時代の思い出をお聞かせください。

   幼稚園は当時2年保育でした。終戦直後でしたので家庭の生活も大変な時期で、休みが多い子どもだったと聞いています。どんどん自分を出して積極的に仲間とかかわったり、遊んだりするタイプではなかったので、何かをして楽しかったという記憶はあまりありませんが、いくつか残っている記憶は「こういう場所で」という場所に結びついたものです。


Q   「こういう場所で」とは具体的にはどのようなものですか?

   私の通った幼稚園の園舎には、玄関からつきあたりの大きな部屋まで長い廊下がありました。その両側に部屋があり、庭に面した片側は保育室、反対側は職員室のような大人のスペースがありました。廊下の天井にいくつかの天窓があり、外の光が多少入ってきます。照明もありましたが、今の幼稚園と比べたら、数がとても少なくて薄暗かったのです。
   ある日、廊下で担任の先生と手をつないでいて、その先生が別の先生と立ち話をしているという記憶があります。薄暗く、また大人だけが話をしていたのに、そこにいることに少しも不安感や不自然さがなく、とても落ち着いてその暗さも暖かい薄暗さといいますか、居心地の良い感じがしていました。
   その居心地の良い環境というのは、自分の居場所がそこにあるという感覚でした。その時の感覚が、後になって私が幼稚園で仕事をする上でも役に立っています。私は幼稚園ではどの園児も自分なりに居心地が良いと感じる保育環境をつくりたいと思っています。
   また、廊下の先がT字路になっていまして、少し曲がった所に今でもコート掛けが置いてあります。そのコート掛けのくぼみが私は好きで、そこによく背中をもたれかけていたことも覚えています。
   他に覚えているのは、お弁当を食べるのが遅かったので、みんなが食べ終わって午後の遊びをしている時に、私だけがまだ座って食べていることがよくありました。そのような時も、せかされることもなく、食べなくてはいけないというような雰囲気はありませんでした。それが当たり前で一人でいて淋しいとか、嫌だなと感じることもありませんでした。
   廊下で手をつないでもらっているのも、コート掛けのくぼみもお弁当の事も、全てに共通するのは、生活の中で、その人らしくいられることが、自然に大事にされていて、居心地が良いという点です。自分もそのような環境を用意していきたいと思いますし、幼稚園の仕事をするようになって、何かをするときに幼児がここの場所でやりたいとか、椅子をこのように倒して、こっち向きにして使いたいとか、そのような気持ちに共感してしまうのです。大人からみたら不自然と思ったり、なにもそんな狭いところじゃなくても、あるいは、そんなに凸凹の所じゃなくてもよいのにと思ったりする事がありますが、その子どもが今感じる感覚で、居心地の良さを感じているのだったら、そこに意味があるのだろうなと思うようになりました。幼稚園というのは、明るくお日様いっぱいの下でという印象が世の中にはあると思いますが、必ずしもそればかりが子どもをわくわくさせることではないのだなと思いました。
   このような事が、幼稚園時代の思い出です。その後小学校や中学校でも、先生方が生徒である自分をいつも人として大事に認めてくださっていたというのは、ありがたかったと思います。子どもであっても常に人として大事にされていたなと思うのです。


Q   幼稚園教諭になろうと思われたきっかけは?

   幼稚園教諭というよりは、子どもにかかわる仕事をしたかったのです。それは母が幼稚園教諭でしたので、子どもにかかわる姿が身近にあったからだと思います。しかし、母が仕事で遅くなったりすると、帰宅が待ち遠しくて淋しかったという思いもありましたから、自分は子どもが小さい時に職業を持つのはやめようと思った時期もありました。幼児教育を勉強していた学生時代は、子どもとかかわる仕事はするけれども、母とは違うことをすると言っていました。
   学校を卒業してからは短大で保育者を目指す学生さんの指導にあたることが多くありました。学生たちと話をしていると、その人の子ども観や人間観や保育観は、その人の幼児期の体験と随分つながるなと思うことが多くあったのです。もちろんそれだけではないのですが、幼児期を子どもがどのように過ごすかということにだんだん関心を持つようになり、現場で直接子どもとかかわりたいなという気持ちが強くなってきました。そんな時に母校の幼稚園からお話をいただきました。幼稚園現場で働き始めるには、年齢的に遅いし無理だと思いながらも結局お引き受けして、とても楽しい10年間を過ごしました。その中で、子ども達には、心豊かに育ってほしい、その人が人間として一生過ごす上で肯定的な人間観を持って、すこやかに育っていってほしいという思いをいつも持っていました。そして、幼児期にいろいろな期待や願いを持ちながらかかわることがとても大事な事であると思いました。


Q   御自身のお子さんとのかかわりではどうでしたか?

   子どもたちは、私たち夫婦のしている仕事を見てもいますし、認めてもいますし、今は、似たような仕事に就いているのですが、ある時期、「お父さんのようには僕はしないよ」とか「お母さんのような職場には勤めない」などと言っていたことがありました。それを聞いた時、かつての自分の姿と重なって、おもしろいなと思いました。親からは、一度も「こうしたら」とも言わないのですが、時期によって自分を主張したいという気持ちがあるのだと思います。


Q   保育のプロである先生でも、子育てに悩まれたこともあるのですか?

   子どもが思春期の時期には悩むこともありました。心配していることを中学校の先生に相談すると「専門家でも悩むのですか。大丈夫ですよ」と慰められたこともあります。後になって、子どもに「あの時はすごくはらはらしたのだけれど、どんなことを考えていたの」と聞きましたら、「なんだかよくわからないけれど、やたらにムシャクシャと腹が立っていた」という答が返ってきました。私は自分自身の思春期の頃のことは、よく覚えてないのですが・・・。具体的に何かが気にいらなくて、いやだというような理屈ではなく親の言うことをただうるさいと感じてイライラするみたいです。
   それから、もう一つはっとしたことがありました。自分が幼児教育の専門家であるという思いがあり、子どもが小さいときは、夫と子育てのことで意見の食い違いがあっても、私の考えていることに間違いはないという気持ちがあって、「こういうものの言い方はしないで」とか「こういうやり方はしないで」などと言っていたのです。しかし、上の子どもが小学校の6年生くらいに夫が子どもと関わっている姿をみて、私ならあんな言い方はしないし、あんな接し方はしないけれど、子どもにとっては、夫の関わり方も大事なのではないのかと気がついたのです。そんな時期に気付くのは遅いのかもしれませんが、「自分はこの道のプロだから」という思いが、子育ての妨げになってしまっていることに気づいたのです。夫は保育のプロではないけれど、当然父親なりの、あるいはその人なりの関わりがあって、そこで親子がお互いに感じあったり、親も学んでいくことに気づきました。それからはとても気が楽になりましたね。


Q   御自身の子育てを通じてもいろいろなことを学ばれたということですね。

   大人が子どもに影響を与えるだけでなく、子どもも大人に影響を与えるということは、子育ての中でもとても感じました。子育てをしていると、身近に子どもがいますので、いろんな状況の中で子どもの感じ方や表現の仕方にとても興味をもちました。子どもを見ていて、どのように育てようとかいうよりも、子どもが生活してるのを見ているのがとても楽しかったのです。それでも子どもが思春期になって、教科書通りに反抗したり荒れたりしたりする時には、なかなか引いて見るということが、できませんでしたけれどもね。子育てを通じて、子どもが精一杯自分で育っていくエネルギーを感じました。小さくても精一杯体中で育っていく存在であること、それを大事にしたいなと思いました。その中で、育っていくエネルギーにこんなにも実は気付かされるのだということを親として子どもから学びました。親も育てられていくのだなと思いましたね。


Q   子育てに携わっている世代の方へのメッセージをお願いします。

   子育てをしていると自分のための時間がとれないこともありますが、その時その時に精一杯の自分自身のありようで子どもと向き合うという誠実さがあればよいのではないかと思います。後になって、あのときにしたあのようなやりとりがこんなことにつながっているのかもしれないなと思ったり、こういうもののとらえ方をするのは、こんなところを見ていてくれたのかもしれないと考えるのは一生の楽しみです。あれは、やりすぎたかなと反省も出てくるけれど、成長した子どもを見て子育ての余韻を楽しむことにもつながっていくので、どこかで終わりということはありません。子育ての行動には限りがありますが、親子の思いというのはつながっていて楽しいなと思います。私の幼児期は、誰もが幼稚園に通うという時代ではありませんでしたが、周りの大人、幼稚園の先生や親たちが細やかな配慮でかかわってくれていたのだろうなと感謝しています。
   この4月からまた新たに幼稚園に勤めることになりましたが、保育者としてだけではなく、お母さん方とのかかわりの中で、子どもが心豊かにすこやかに育っていく環境や体制づくりに努力していきたいと思っています。