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 子どもと私と   第8回インタビュー 

 

写真:石垣金星さん

石垣   金星(いしがき   きんせい)さん
三線(さんしん)・横笛演奏者
西表島エコツーリズム協会会長


プロフィール
1948年生
1968年   中学校教師として勤務
1975年   退職・西表島の地域にて活動
1987年より全国出前公演に参加
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「親から伝えられた音楽を大切に−子どもの頃は山と海が遊び場−」

Q   小さい頃はどのようにすごされたのですか?

   2歳の時に母が亡くなったので,父と祖母に育てられました。終戦直後だったので,裸足に裸で毎日海で遊んでいました。同級生は12人いて,学校に行くときだけ洋服を着ていました。靴は大きめのものを買ってもらって,中学校へ行くまで大切にはいていました。汚れたところにはチョークの粉をつけて,汚れを直しながら大切にはいていました。友達もみんなそうしていました。
    以前,幼稚園は公民館の中にあったのですが,私が幼稚園に行く頃には廃園になってしまったので,私は幼稚園には通っていません。そのかわりに,山や海が遊び場になっていました。木の実や山菜,魚など,遊びながら取ったものが夕食のおかずになったりして,遊びが家の手伝いにもなっていました。子どもの遊びと家族の生活がつながっていました。


Q   中学や高校時代はどのように過ごされましたか?

   山に行って薪をとったりしましたし,田植えの時には必ず手伝いをしていました。唄や三線は遊び事とさわらせてもらえませんでした。
   「しっかり勉強して偉い人になりなさい」というのが,父の口癖でした。家の手伝いをしているのは,たしかにしんどかったので,一生懸命勉強してこの島を出ていかなければと子供心に思っていました。
   中学校の途中から叔母を頼って那覇にでてきました。あの頃は島を出るときには一生帰れないとの覚悟がありましたし,見送る人も一生会えないような思いで見送ってくれました。
   那覇の中学校に行って初めてマットや鉄棒を見ました,器械体操に興味をもってやっていたら,鉄棒の選手に選ばれ,小さい頃から山や海で遊んでいたので基礎体力ができていたためか大会で優勝してしまいました。
   子どもですから認められたり,ほめられたりするとその気になって,高等学校へ入学して体操部に入り,本格的に器械体操を始めました。故郷を思う気持ちは強く、高等学校の丘の上から海を眺めて,「あの海の向こうにふるさとがある」といつも思っていました。
   それから,大学に入学して,なろうと強く思ったわけでもないのですが流れで中学校の教師になっていました。山歩きが原点となって,体育の教師になったように思います。



Q   三線や笛はいつ頃から始められたのですか?

   横笛は,小さい頃先輩が竹を取ってきて火箸で穴を開けて吹いていたので,見よう見まねで作って遊んでいました。
   三線は大学を卒業して最初のボーナスで買いました。三線の先生は父です。笛も本格的にはその頃から始めたように思います。
   横笛は誰からも習っていません。「笛は唄の友」ですからどんな唄でも音を拾えばすぐ吹けます。島唄は小さい頃からいつも聞いていたから頭に音はありました。
   父が地域の祭事の奏者でしたので,その姿を誇りに思って見ていました。いつの間にか自分がその祭事の奏者となって笛を吹いています。親から伝えられた音楽ですから大切にしていきたいと思っています。


Q   今,地域に根をおろしての生活はどうですか?

   ここでは,お金がなくても自然の恵みの中で生きていけますし,自分の心に正直に生きられます。それはここが自分の生まれた島でありふるさとであるからです。そして,それぞれの島にはそれぞれの唄があり,そこで生まれた唄を大事にして伝えています。
   私の住んでいる地域では,子どもたちがご飯を食べたい時は,どこの家に行っても食べられます。地域のみんなで子どもを見ていて,地域の子どもとして大事にしています。そのような地域の雰囲気を大切にしていきたいです。
   今は,小学校や中学校の総合的な学習の時間などで,子どもたちに笛や太鼓,三線の指導をしたり,自分の子どもの頃を思い出しながら,この村のことを伝えたりする活動で忙しくしていますが,これは,自分自身も楽しめることでもあります。
   他の地区から転勤してくる先生も,子どもたちと同様に地域が育てています。西表で学んだことや体験はきっと教員生活に役に立つと思います。


写真:石垣金星さんQ   これからに向けて一言お願いします。

   「自分の立つところを深く掘れ,掘り起こせばそこから宝がでてくる」
   郷土の文化を見直して,子どもたちのふるさとへの誇りをつくること,当たり前のことを取り戻すことをやっていくことが大事だと思います。