ここからサイトの主なメニューです

 子どもと私と   第5回インタビュー 

 

写真:坪井節子さん

坪井 節子(つぼい せつこ)さん
弁護士


プロフィール
1980年 弁護士登録
1987年より東京弁護士会「子ども人権救済センター」にて活動を始める。
前のページに戻る
 

「子どもと対等なパートナーとして生きる」

Q   どのような子ども時代を過ごされたのですか?

   教会附属の3年保育の幼稚園に通っていました。幼稚園では,園庭で遊んだり,みかん狩りに行ったりしたことなどを覚えています。幼稚園から小学校にかけてはとにかく毎日近所の友達と大勢で遊んでいました。おうちごっこやおままごと遊び,石けり,ゴムとび,天大中小,一歩三歩など,今でもよく覚えています。特別な道具はなくても,遊びを考え出して,いくらでも遊びました。たいてい外で遊んでいましたので,よく近所の人に「うるさい」と怒られましたが,一向に懲りずに遊び続けていました。
   高等学校に入った頃から,急にタイプが変わり,「自分とは何なんだろうか」「生きているって何なんだろう」などと考えるようになりました。一人で本を読んだり,友達と何時間も夜を徹して語ったりしていました。哲学を学べば,自分の抱えている悩みに対する答えが出るのではないかと思い,大学では,哲学科に進みました。


Q   子どもの人権問題に取り組まれるようになったきっかけは?

   子どもの人権問題と出会ったのは弁護士登録をして5年くらいたってからです。それ以前から,弁護士になったからには,人権問題に取り組まなければいけないと頭の中で思っていましたが,最初は,何をしてよいかわからない状況でした。
   2人目の子どもが生まれて,少し落ち着いた頃に,東京弁護士会で子ども人権救済センターの相談員を募集していることを知りました。子どもの問題なんだからと軽い気持ちで相談員に応募し,右も左もわからないまま,仕事を始めましたが,相談員の仕事がこんなに大変だとは思ってもみませんでした。しかし,子どもの人権問題に取り組むようになって初めて,自分が弁護士でよかったと思うようになりましたね。



Q   本当にやりがいのある仕事を見つけられたということですね。

   子ども人権救済センターでは,傷ついたり,苦しんだりしている子どもたちを目の当たりにします。いじめにしても虐待にしても少年犯罪にしても,子どもたちがなぜそうなったのかということを聞き取っていくわけです。彼らの実体験には,想像を絶するような酷い例や悲惨な例があります。これまで育ってくる中で大変なことを背負ってきて,だからこそ今問題行動を起こしているわけです。そのような子どもたちと関わって,「私は何をしたらいいんだろうか」ということを考える過程で,高校,大学と「人はなぜ生きているのか」「人と人との関係はどうあるべきか」と考えてきたことが,生かされたわけです。傷ついた子どもたちと出会ったことで,弁護士としてではなく,一人の人間として,子ども自身が立ち上がって成長していく姿を見守り,共に歩き続ける,それが私のできることですし,それしかできないんだなということを教えられました。哲学を学んだことにしても,他のことにしても,将来役にたつだろうと考えてやったわけではないのですが,その時その時一生懸命にしていたことが,生かされてくるんだなと感じました。そして,弁護士として子どもたちと生きていく喜び,子どもたちに励まされている喜びを感じています。


Q   お仕事の上での子どもたちとの関係を,御自身の子育てにもあてはめて考えておられますよね。

   子ども人権救済センターで出会う子どもたちが,どうして苦しんできたのかを考えると,親子の関係という問題が浮き彫りになってきました。虐待をする親とも出会いましたが,親は虐待と認識していない,過保護,過干渉,過管理が虐待につながっていきます。そのことが見えてきて,私ももしかして自分の子どもに対して同じ事をしているのではないか,自分と子どもとの関係がこのままであれば,同じように苦しむのことになるかもしれないと思ったのです。私が変わらなければ,この子たちを苦しめるかもしれない,その気付きが最初でした。
   理念的には,国連の「子どもの権利条約」や「少年非行予防のための国連ガイドライン」を学んだということがあります。「少年非行予防のための国連ガイドライン」の中に「子どもの問題行動は,子どもの幼児期の人権侵害の蓄積の結果だ」という考え方があります。子どもたちが思春期に至って問題行動を起こしたり,犯罪に走ったりすることを予防したいと思うならば,幼い時から人間として尊重し,その子どもの人権を保障していかなければならない,それを実践するためのキーワードは何か,それが,「子どもと大人の対等かつ全面的なパートナーシップ」ということだったわけです。それを聞いたときにはとてもショックを受けました。幼い子どもと私とが対等にパートナーとして生きるとはどういうことなんだろうか。それが,私に科せられた課題でした。
   子どもの権利条約から学んだこと,人権救済活動で出会う子どもたちから教えられたこと,それを親子の間でどのように実現するかとについて,上の子どもが5歳,2番目の子どもが2歳くらいの頃から考え始めました。親は子どもに対して,自分が思い描いた幸せのイメージがあり,こんな大人になってほしい,こんな人生を歩んでほしいと思いがちで,子どもに対して色々なことを押しつけてしまう。そこからなかなか抜け出られないですよね。だから,それまでの私というのは,子どもたちに対して,しつけの名の下に相当にひどいことをしていたと思いますね。あるいは自覚しないまでも,「人生はこうあるべきだ」という押しつけをしていたのではないかと思います。そのことに気がついてからは,例えば,人参が嫌いな娘に人参を食べさせるのに「これを食べなければ,あなたにはデザートあげないわよ」というようなことを言っていた私が,娘に対して,「お母さんは,あなたのおめめがとっても大事なのよね。あなたのおめめが夜見えなくなってほしくないの。人参の中にはビタミンAっていう栄養があって,これを食べないとおめめが見えなくなる病気にかかるかもしれないのよ,だからお母さんはあなたに人参を食べてほしいの。でも,食べるか食べないのか決めるのはあなたよ。」というやり方に変わりました。食べないと言われながらも,繰り返して何回かやって,ついに「食べてみる。」という時がきて,私の思いが2歳の子に伝わったんだなあと思いました。そのように,小さいことからでも子どもとのつきあい方を変えていこうということ,子どもが今の年齢で自分の人生について責任をもって選べるのは何なんだろうかを親が考える,その時にどこまでアドバイスし,どこから子どもに決めさせたらよいかをチェックしようというのが始まりでした。一人の人間として子どもを見る,この子にはこの子の人生がある,私とは別の人間なんだということを自分自身に思い知らせるというのが,なかなか大変でした。


Q   そのような教育方針やお子さんとの接し方に対して,御家族はどのような反応だったのでしょうか?

   夫は,初めはとても抵抗があったようです。しかし,子どもの人権を守ろうとするためには,親と子がパートナーというだけではなくて,夫と妻も対等なパートナーとしてやっていかなければいけないと気づきましたから,夫とも議論しながら子育てをしました。今の子どもたちの状況を見れば,夫もこれでよかったんだと思うようになっていると思います。子どもが思春期になって,父親と激突したことが父親を変えたんじゃないでしょうか。今はその時期も過ぎ,娘たちも父親と仲良くなってますからね。こうなるまでが大変でしたが,子どもが一人の人間なんだということを守り続けたこと自体は,間違いじゃなかったなと思っています。


Q   子育てをしていく中で,人の子どもと比べる親や,型にはめないと不安だという親がたくさんいますが。

   そうしなくてもいいのよと言ってあげたいですよね。あなたも一人しかいない人間,子どもも一人しかいない人間で,同じ組み合わせなんてどこにもないのだから,トラブルが起きるのは当たり前だし,だからこそ二人で越えられるというふうに思ってほしいですね。私は,娘が中学校を卒業したときに,「私も生まれて15年,親も親になって15年,どっちも未熟で当たり前」と娘に言われてとてもほっとしました。赤ちゃんも生まれて1年,お母さんもお母さんになって1年,どっちも未熟で当たり前,うまくいくはずがない。全く新しい出会いがそこにあって,1年しか一緒に暮らしていないのですから,うまくいくはずがないじゃないと思えばいいんですよ。二人の人間が親子として出会って,お互いのことを一所懸命聞き合って,感じ合って,意見も言い合って,ぶつかりながら共に生きて行く,そのうちに子どもも成長する,親も成長していって,だんだんとよい関係ができてくるのです。それでいいと思います。子どもたちが人間として愛されるってどういうことなのか,人間として命を育まれるってどのようなことなのか,理屈ではなくわかってくると思うんですね。

 

Q   今後,どのような活動をお考えですか?

   現在,子どもの人権救済活動をやっている中で,親子関係がうまくいっていない子どもたちのための駆け込み寺の必要性をとても強く感じています。親子関係に行き詰まってしまっても,子どもたちの逃げ場や相談の場所がないことで,たくさんの不幸が起きています。もちろん親の相談窓口も必要ですが,そちらの方は,子育て支援の一環としてだんだんと増えてきましたよね。しかし,子どもの相談窓口は,まだ整備されていません。子ども人権救済センターにも,親から逃げ出したい,どこにいけばいいのですか,という子どもからの相談が増えています。親子関係の問題や少年犯罪や虐待などに関して,弁護士が子どもの側に立ち,権利保障ができる事務所兼シェルターを地域ごとに設けていくことができればというのが現在の夢です。その施設は,単なる相談機能だけではなく,福祉,司法,医療など様々な機能を持つものにしたいと思っています。
   私は,子どもたちの問題をテーマにして,子どもと大人が一緒にお芝居を作って上演する活動もしています。私は脚本を書いているのですが,今年は,ここ7・8年の夢であった「子どもセンター」の話を取り上げたのです。架空の「子どもセンター」を舞台の上に作って,虐待と少年犯罪をからめた筋書きにしました。周りの人には,今まで「子どもセンター」のことは相談していませんでしたが,一緒に芝居を作った弁護士や子どもたち,市民の人たちは,一つのモデルを舞台の上に作って上演してみて,本当に必要なものだと感じたようです。その後も,事件が起きるたびに,「子どもセンターがあったらよかったのに・・・」という声が皆の間からあがります。このような子どものための駆け込み寺「子どもセンター」づくりを今後の活動目標の一つとしていきたいと考えています。