財団法人全日本私立幼稚園幼児教育研究機構 研究概要

東日本大震災が幼児に与えた影響や課題等に関する調査研究

1 研究の目的

 平成23年3月に発生した東日本大震災により、多くの幼児が心に傷を負うこととなった。そうした中で、教職員はこのような幼児へのかかわり方に頭を悩ませていると考えられ、幼児へのかかわり方に関する具体的な支援策を講ずることは喫緊の課題である。
 さらに、今回の大震災が及ぼした幼児への影響と幼稚園における取組を全国の幼稚園が共有し、日常的に十分な備えをしておくことも重要である。
以上を踏まえ、本研究事業は、東日本大震災により幼児が受けた心理的影響や心のケアを含む幼稚園における対応についての課題を明らかにし、今後の震災への対応の在り方等について提言を行う。また、それを全国の幼稚園において共有し、今後の震災発生時の幼稚園における取組の参考に資することを目的とする。

2 研究の内容及び方法

(1)研究方法について

 学識経験者や臨床心理士等を構成員として「私立幼稚園における震災ケア等の研究検討委員会」を設置し、東日本大震災により、私立幼稚園の幼児が受けた心理的影響や心のケアを含む幼稚園における対応についての課題や今後の震災への対応の在り方等について、次の手順により検討した。

1 東日本大震災における被災幼稚園からの情報収集

 予備調査アンケートにより、東日本大震災の被災幼稚園(岩手県、宮城県、福島県の数園)における幼児や教職員等の状況、施設の被害状況を把握した。その上で、おさなご幼稚園(岩手県上閉伊郡大槌町)を調査協力園として指定し、関係者(園長、教職員等)へのインタビューや施設見学を行い、震災から1週間及び1ヶ月程度後の幼児の様子や、幼児に対する教職員等のかかわり、施設の復旧状況等に関する情報を収集した。

2 幼児への適切なかかわり方等についての検討

 1により収集した情報をもとに、東日本大震災が幼児に与えた影響や幼稚園での幼児への適切なかかわり方について検討した。また、今後起こりうる震災に適切に対応する観点から、震災当日の避難方法や事後の幼児の心のケア、施設の復旧、保護者や地域との連携等に関する課題、日常における指導上の工夫や施設上の工夫、保護者や地域との連携上の工夫等を整理した。

3 私立幼稚園における震災対応のための資料の作成

 2の検討結果をもとに、私立幼稚園における震災対応のための資料を作成した。また、被災幼稚園の関係者に対するインタビューをDVDで提供し、震災発生時の緊張感や震災への対応の困難さなどが分かりやすく伝わるように工夫した。

(2)研究内容について

 被災幼稚園から収集した情報をもとに検討した主な内容は次のとおりである。

1 幼児の様子と幼児への適切なかかわり方

ア 避難所や家庭での子どもの実態の把握
 被災地では幼稚園の保育再開後も避難所などの避難先の仮住まいや仮設住宅から通園する家庭の幼児が多くいる。地震前と大きく変わった住宅環境を含めた家庭の実態は、子どもの内面に大きく影響している場合がある。
 さらに、保護者も幼児自身も心身共に大きなダメージを受けている場合が少なくない。家庭での幼児の様子はもとより、保護者を含めた家庭の様子を可能な範囲で理解し、保護者の不安にも寄り添いながら保育を進める必要がある。
イ 家庭との連携協力
 この度の震災では地震そのものの大きな揺れ、津波や火災等避難時の恐怖体験に加え、身近な人たちの泣き叫ぶ様子を直接見聞きしてしまった子どもも少なくない。
 さらに、家屋や家財と共に自分の大切な物や思い出の品々も喪失した。このような光景を周囲の大人はできる限り子どもの目に触れさせないように配慮したものの、壊滅し瓦礫に埋め尽くされた町の様子などを見てしまった子どもたちの内面は、これまでの知見を超えた状態にあることは容易に想像できる。
震災後の子どもの変化は、表情の固定化(冷たい表情)、情緒の不安定さ(少しのことで泣く、母親から離れられない等)、夜尿や夜泣き、物音や衝撃への過大な反応、余震時の怯え等の姿にはっきり見て取ることができた。
保育者は幼稚園での様子を保護者に伝え、家庭での幼児の姿や保護者の不安や要望を丁寧に傾聴しながら、幼稚園と家庭が協働で幼児の育ちを支え、保護者が生活の基盤を着実に整えられるよう支援していくことが大切である。
ウ 幼稚園での生活やあそびの変化
 震災後、母親と離れられない、一人でトイレに行けない、少しの物音に敏感に反応する、食欲不振、小さな余震にも身体が固まる等、以前とは明らかに異なる様子が幼児の姿に見られるようになった。
 また、子どものあそびにも変化が起こった。阪神淡路大震災後も報告されたが、地震ごっこが自然発生した。さらに、今回は避難所ごっこ、津波ごっこも見られた。このような状況に対して保育者は、何よりも子どものありのままをしっかり受けとめ、子どもが安心して思う存分自己発揮できる環境を整え、変化を細やかに見守りながら、慌てずに十分時間をかけて子どもが本来の姿を取り戻すことを待つことが大切である。また、教職員間で情報を共有し臨機応変に対応しつつ、幼稚園として一貫した対応が図られるように配慮することが重要である。
エ 限られた保育環境での遊びの工夫
 避難先の仮園舎や仮設の園舎での保育は、保育室の広さや机や椅子も十分ではなく、加えて遊具や保育教材などが限られた中で保育が再開されたケースがほとんどである。学校や公共施設の一部を間借りしている場合は、他の利用者への配慮や制限も多く、トイレや水飲み場など幼児の使用には適さず数も不十分で、思うような保育が進められない場合もある。
 そのような中でも、安全に配慮しながら限られた保育室の環境設定を逐次変化させたり、近隣の公園や公共施設で保育可能なスペースを確保したりするなどして、可能な範囲で努力し望ましい保育環境を創出することが重要である。
 また、限られた条件で、遊びを工夫し充実することも大切である。

2 災害発生時の対応

ア 安全確保
 東日本大震災の発生時刻である午後2時46分頃は、多くの幼稚園では降園や預かり保育の時間帯だった。この時間帯は、幼児がクラスごとではなく、様々な場所と集団に分散して活動しており、教職員や幼児は、まずは落下物、転倒物のない場所に身をひそめることがやっとであった。
このため、地震発生時は各職員がそれぞれ担当していた場所で周囲の幼児の安全を確保し、その後、地震の揺れが一定収まったタイミングを見計らい職員間で意思疎通し、園全体での安全確保の体制を整えることになる。
イ 情報収集
 この度の地震で、避難行動を決定するために大きな影響を与えたのが、災害情報の収集であった。地震発生後、わずかな時間で停電し、テレビやインターネットからの情報収集が困難になり、さらに携帯電話の通信途絶によって携帯端末での電話やインターネットの使用も困難になった。また、防災無線も故障したり、幼稚園の場所によっては聞き取れなくなったりする場合もあった。
 この際、多くの幼稚園ではラジオ、車両のナビゲーションや携帯テレビから情報を収集し、その後の避難行動の決定に生かしていた。
ウ 避難先の確保と避難
 津波が襲来した幼稚園の中には、間一髪で津波から逃れたケースが多くあった。そのような地域では平常時から第1次避難場所、第2 次避難場所への避難経路や方法が徹底されている場合が多く、第1次避難場所までの避難は適切に行われていた。
 しかし、第1次避難場所でも津波襲来の危機が予測された場合には、第1次避難場所を早々に退去するか、始めから第2次避難場所等、より安全が確保できる場所へ避難し難を逃れていた。
 また、地形や地域の状況から幼稚園に留まる方が安全を確保できると判断された場合は、あえて指定されていた避難場所へ移動せず幼稚園にて待機し安全を確保している。
 各幼稚園においては、平常時から災害時の避難場所の確認および確保と避難行動のシミュレーションを行うことが大切である。
エ 「引き渡しカード」の整備
 被害が甚大になると、交通網の遮断や保護者自身が自らの安全を確保するために、予定されている時刻に幼児の迎えが行えない状況がある。
 さらに、幼稚園が避難場所に移動している場合は、幼児を保護者に渡す場所も移動することになる。この度の震災では、避難場所を複数回移動し最終的に家族が迎えに来ることができたのが地震当日から1週間後というケースもあった。
 そのような状況下で有効だったのは、幼児を保護者に引き渡した記録となる「園児引き渡しカード」といった帳票であった。
 混乱した中では、いつ、どこで、だれがだれに、子どもを渡したかが不明確になりがちであるから、事後の確認や整理のためにも専用の帳票が必要と言える。また、保護者の連絡先が優先順位を付けて簡潔に整理してあれば、保護者へ連絡を取る際にも有効である。このため、各幼稚園に即した幼児引き渡しの帳票の整備と手順の確認が大切である。
オ 通信途絶と混乱下での情報伝達
 携帯電話などの通信手段が途絶した状況では、保護者は幼児が避難している場所を限られた情報をたよりに捜し歩かなければならない。このような状況下で有効だったのは、「口伝え」と「張り紙」であった。幼稚園はもとより多くの人が集まる役所や避難所、あるいは避難先までの経路の途中で「○○幼稚園は□□に避難しています」と口伝えしながら移動したり、張り紙を掲示したりすることで情報が確実に伝達された。
 なお、携帯電話の通信途絶は時間を追って復旧したので、その後の連絡や確認業務には携帯電話等の電子メールが有効な通信手段となった。地震発生直後から一定時間経過した後は電子メール、しかも一斉送信のシステムが構築されていると非常に効力を発揮する。
カ 最終安否確認
 この度の震災では、70 名を超える幼稚園児が犠牲となった。その多くは幼稚園の管理下ではなく、休みや幼稚園降園後に亡くなっている。被災地の幼稚園では帰宅後の幼児と地震発生後に保護者に引き渡した幼児とを合わせて、在籍する全ての幼児の安否確認の作業が行われていた。
 このように甚大な災害や事故・事件の後は、被災状況を確認し掌握するために、幼児や教職員の徹底した安否確認を行う必要がある。最後の一人に至るまで、安否とその時点での状況を確認し書類に整理し、関係機関への報告や事後の運営のための基本情報とする必要がある。

3 日常からの準備

ア 防災・災害時マニュアルの整備と周知徹底
 防犯マニュアルと同様に、防災並びに災害時の対応マニュアルは平常時から各幼稚園の実情に沿って整備されていることが必要である。東日本大震災では津波の襲来を含め、防災計画等の想定外ないし想定を超える事態が波状的に起こり、臨機応変な判断と対応が必要となった。その際、判断や行動の基準となるマニュアル等の整備は重要なポイントであった。また、マニュアルの整備とは帳票やシートの作成をもって完成するのではなく、その内容を教職員全員は当然ながら、保護者や必要な幼稚園関係者全てに周知を徹底した時点で、初めて整備・完成されたと言える。
イ 避難先・避難ルート・避難方法の想定
 避難先は自治体で定める第1次避難所の他に、様々なケースを想定した第2次、第3次避難先まで決定しておくことが大切である。第1次避難所は地域の住民などで混雑し幼児が集団で避難するには適さない場合があるため、安全が確保できる場合は幼稚園に留まることも想定される。また、第1次避難場所は車両を使用せずに徒歩で移動できる場所が望ましいと言える。
 また、避難ルートは複数確保し、より安全な第2次、第3次避難場先へ移動するに際しては、安全を確認した上で車両を使用することも想定してもよい。
 さらに、災害時に備え地域の防災訓練への参画や、幼稚園の避難訓練において実際に避難場所への避難を経験しておくことが大切である。
ウ 避難訓練の方法の見直し
 幼稚園がおかれている地域の状況に応じて、消防をはじめ関係機関との連携・協力を含めて幼稚園の避難訓練の在り方も見直しが必要である。具体的には、既に取組んでいる幼稚園も多くあるが、避難訓練の想定をより現実的でバリエーションのある内容にする工夫が必要である。発生時間帯や幼児の具体的な避難行動を見直すことは地域を問わずどの園にも必要だと考えられる。
エ 備蓄
 今回、津波の被害にあった幼稚園では、地震発生の朝から一晩から三晩にもわたって保護者が迎えに来るまで幼児と共に避難している。
震災に見舞われた地域では、自家発電機や食料、水、毛布などの備蓄がなされていないか不十分な幼稚園がほとんどであった。このため、日常から園のおかれている地域や状況に応じた備蓄が必要である。
 さらに、水道や電気といったライフラインが停止した場合に一番不便になるのはトイレであるため、トイレが使用できなくなった場合の備えも想定しておくとよい。

3 研究の成果と課題

(1)成果

 本研究事業における成果としては、以下の内容が考えられる。

  1. 今後の震災発生時の幼稚園における取組の参考となる情報が提供できた。
  2. 東日本大震災が幼児に与えた影響を明らかにし、幼稚園での幼児への適切なかかわり方を示唆することができた。
  3. 今後起こりうる震災により適切に対応するための日常における指導上の工夫や施設上の工夫、保護者や地域との連携上の工夫の在り方を提起することができた。

 なお、これらの成果は、私立幼稚園のみならず、国公立幼稚園等においても活用することができると考えられる。

(2)今後の課題

 本研究事業においては、被災園を研究協力園として指定し研究を進めた。被災園は震災後の対応としてそれぞれの困難な状況を抱えていたことから、複数の園を指定することはできなかった。しかし、東日本大震災が及ぼした影響を蓄積するためには、今回の研究協力園とは別の状況に置かれた幼稚園の状況について調査することも考えられる。

お問合せ先

初等中等教育局幼児教育課

-- 登録:平成25年03月 --