明治学院大学 (学校法人明治学院) 研究概要

 乳幼児の健全育成を果たす施設の役割に関する調査研究
−特別な配慮を必要とする乳幼児保育カリキュラムの実際と今後の課題 −

1 研究の目的

  都市部を中心とした保育所入所待機児童の増加、国家及び地方自治体の財政のひっ迫、地域社会と家庭の子育て機能の低下による子育て支援の必要性の高まり、発達障害のある子どもの増加への対応、保育士養成課程カリキュラム・科目の変更、幼稚園教諭免許状や保育士資格の資格・免許の一本化などの課題を背景として、政府における検討が進められ、今後の幼児教育について基本的な方針が明らかになってきている
  このような状況において、幼稚園・保育所・認定こども園間における保育、とりわけ障害のある乳幼児に対する保育(以下、「障害児保育」という。)に関する現状と課題を明確にしておくことは重要な課題である。本調査研究においては、保育カリキュラムと保育環境の状況を調査することに焦点を当てる。これまで、障害児保育にかかわる人的環境や保育カリキュラムの実態を明らかにした研究は少なく、組織的研究が求められている。障害の有無にかかわらず、保育施設を含めた保育環境が乳幼児の発達に及ぼす影響については明らかになってきているが、幼稚園・保育所・認定こども園での保育時間、障害のある乳幼児(以下、「障害児」という。)の実態、保護者との関係などのソフトウェア面に関する総合的調査が必要である。
  本調査研究においては、(1)アンケート調査により、幼稚園・保育所・認定こども園における障害児に配慮した保育に関してカリキュラムの現状を明らかにし(1 保育における配慮事項、2 保育における難しさ、3 園外から受けたい指導、4 園外者に相談したい内容、5 保育する際に工夫していること、6 関係機関との連携などの視点から特徴を明らかにし)、(2)障害のない乳幼児と障害児に対する保育・教育内容・方法・施設の現状について、幼稚園・保育所・認定こども園に勤務する教職員にインタビュー調査を行い、その結果に基づき障害児保育の現状と課題・改善点等を明らかにする。

2 研究の内容及び方法

(1)アンケート調査

  質問紙を作成し、それを宮城県、東京都、愛知県、香川県、広島県の縁故法による313の幼稚園・保育所・こども園に郵送し全国調査を実施した。分析対象となった幼稚園・保育所・認定こども園の内訳は、幼稚園104(国公立:35、私立67、不明2)、保育所88(公立:50、私立35、不明3)、認定こども園13(公立:5、私立8)であった。

(2)アンケート調査の内容

1 施設概要
2 在籍する障害児の実態
3-1 保育カリキュラムの実態(教育課程・保育計画など)
3-2 障害のある幼児のための指導計画の内容
3-3 指導計画について工夫していること
3-4 指導計画作成において難しかったこと
4-1 園外からの指導の実態
4-2 園外からの指導者への相談内容
5 関係機関などとの連携
6 就学前の障害児保育に関する意見・希望

(3)アンケート調査結果の分析

  数量データについては主にクロス集計を行い,自由記述データについてテキストマイニングソフトウェアを使用し、キーワード間の関連付けを行い、それに基づいてKJ法的手法による障害児保育の内容及び問題点を明らかにした。

(4)アンケート調査の主な結果等

  アンケート調査の主な結果は次のとおりである。

1 各施設における障害児のための設備の整備状況は図1のとおりである。認定こども園における整備の割合が他の2施設よりも高い傾向を示している。

 図1   (%)

 

 

幼稚園

保育所

認定こども園

身体障害者用トイレ

ある

19

22

62

ない

81

78

38

車いす用エレベータ

ある

5

11

23

ない

95

89

77

スロープ

ある

19

32

31

ない

81

68

69

てすり

ある

45

34

62

ない

55

66

38

 2 障害児支援のための視覚的掲示やスペース設置の状況は図2のとおりである。

 図2   (%)

 

幼稚園

保育所

こども園

ある

26

27

33

ない

74

73

67

 3 個別の指導計画作成において難しかったこと・困ったことについては、図3のとおりである。回答で最も多かったのは、保育方法の選択や決定に関することであり、次の多かったのが保護者との連携であった。

 図3   (%)

 図3個別の指導計画作成において難しかったこと困ったことについて

 4 園・施設外の指導者に指導してほしいことについては、図4のとおりである。幼児へのかかわり方、専門家による個別の指導は約50%の回答があった。

 図4   (%)

 図4 園や施設外の指導者に指導してほしいこと

 また、アンケート結果のうち、園・施設外の指導者への相談内容に関する自由記述内容について、代表的な内容を示すものにキーワードを付け、KJ法的分析を行った結果は図5のとおりである。回答は大きく、「保育者にかかわること」、「保護者にかかわること」、「小学校への就学支援とそれに関する保護者との連携の仕方にかかわること」の3つの領域に分けることができる。 

図5

図5 

(5)インタビュー調査

  アンケート調査協力の幼稚園・保育所のうち、インタビュー調査を受託した12園を対象として半構造化面接を以下の内容で実施した。

1 障害児保育の成功事例について
2 失敗事例について
3 連携の実際の課題や問題点について
4 障害児保育現場で本当に必要される事柄
5 これからの障害児保育に関する課題や要望 

(6)インタビュー調査結果の分析

  質問紙調査では捉えきれない保育担当者の悩み、不安、懸案事項などを分析・把握した。

3 研究の成果と今後の課題

(1) 成果

 第1に、障害のある幼児に配慮した保育に関する基礎的データを明らかにしたことが挙げられる。例えば、障害児の保育を行う前提となる施設の設備状況は、身体障害者用トイレ、スロープ、エレベータ、手すりの整備率は認定こども園が高く、幼稚園や保育所は低かった。障害児のための特別な視覚的支援の掲示や落ち着くためのスペースについても同様であった。このような結果は、幼稚園や保育所では、こうした施設・設備の改修が難しいが、障害児保育にかかわる施設・設備が新しいと考えられる認定こども園は、開設時に身体障害者に対応するための設備などを設置しやすいことによるとも考えられる。さらに、近年の障害者に対する捉え方や社会の在り方に関するノーマライゼーションという考え方の転換とその普及が影響しているのかもしれない。今後は、障害児や障害に関する社会の理解やノーマライゼーションの更なる普及、障害児保育に必要な設備を設置するための国や地方自治体による経済的補助などが重要になると考えられる。
  第2に、就学前段階における障害のある幼児に配慮したカリキュラムの実態を捉えたことが挙げられる。とりわけ、個別の指導計画の作成状況や課題については、就学前施設を対象とした先行研究は少なかったが、本調査研究による示唆的な結果が得られた。例えば、「指導計画作成において難しかったこと・困ったこと」では、保育方法の決定や保護者との連携が多いことが明らかにされた。このような特徴は、障害児に対する個別の指導計画の作成が進んでいる学童期とは異なる特徴を示しているように思われる。今後、就学前段階での個別の指導計画の作成を全ての対象となる施設・園に広げるために、すでに指導計画の作成が確実に行われている幼稚園などの知見を保育所等にどのように広げていくのか、または別の方法で普及を図っていくのかなどについて更なる検討が必要である。
  第3に、障害児保育に関して、「園・施設外の指導者・専門家から指導してほしい内容」として、具体的にどのようなニーズがあるのかを明確にしたことが挙げられる。現場においては、障害児やその保護者とのかかわり方について、講演会や合同研修会などよりもむしろ、指導者・専門家がそれぞれの園や施設を訪問し、個別のケースに応じた指導・助言を行ってほしいというニーズが強いことが明らかになった。具体的には、障害児の発達の理解、個別の指導計画に基づく対象児へのかかわり・対応など障害児の支援に関する保育者にかかわること、保護者の障害に関する理解や障害児保育に関する理解など、小学校入学に向けての就学支援とそれに関する保護者との連携の仕方にかかわることである。パニックを起こさない配慮、パニックになった子どもへのかかわり方、対応の仕方など、現在の状況の改善などに向けた対応と、発達を見通した支援の在り方などに関する相談、保護者対応に関することが多かった。同時に、保護者との連携、保護者の理解、保護者対応に関連して、保護者に障害があるという事実、あるいは障害があるかもしれないことをどのような形で伝え、伝えた後どのように支えるかなどとも関連する難しいことであることも示された。さらに、障害児に対する保育と障害のない幼児に対する保育とのバランスのとり方についての指導への期待も示唆されている。
  第4に、インタビュー調査を含めて分析したところ、多くの保育者が障害のある幼児の保育と障害のない幼児の保育との間には基本的な違いはないという理念をもつ一方で、保育を充実させる手立てとして関係機関や保護者との連携に難しさを感じており、保育内容そのものの工夫に関する情報を必要としていることが明らかになった。障害児が充実した生活を送ることができる環境は、障害のない幼児にとっても適切な環境であるので、障害の有無にかかわらず幼児の成長・発達に必要な保育環境及び保育を創造していくことが重要であることを示している。
  さらに、障害児保育を充実させるためには、加配教員や職員を十分に配置すること、必要な空間を確保すること、また発達について専門的知識を持った専門家による指導やアドバイスが定期的に保育の現場で受けられることなどが望まれていることが明らかになった。 

(2)今後の課題

  第1の課題は、本調査研究の調査対象者が幼稚園・保育所・認定こども園の保育者のみであったことである。幼児期の学校教育・保育に直接にかかわりをもつものは、保育者、幼児、保護者にもかかわらず、本調査研究の調査対象者は保育者のみであった。したがって、本調査研究の結果が一面的である可能性がある。また、研究ではほとんど取り上げなかった障害児保育の環境と障害児の発達、関係機関との連携の実態とその問題点などについては明らかにすることができなかった。さらに、障害児保育に影響する要因と要因の相互作用及び、障害児保育の改善の方法などについては検討していない。
  第2の課題は、調査対象とした認定こども園そのものの数か少なかったことに加えて、アンケート回収率も低かったため、幼稚園や保育所との比較や項目間の比較が難しかったことである。その点を鑑みた調査の実施と分析の工夫が必要である。
  第3の課題は、はじめに設定した研究調査の目的に照らして障害児保育を中心として議論をしてきたが、障害児保育と障害のない幼児に対する保育との間に大きなそして本質的な違いがあるのか、ということについては議論をしていないことである。調査結果の分析を通して言えることは、多くのアンケート調査の回答やインタビュー調査の結果は、障害の有無にかかわらず幼児期の学校教育・保育の基礎は共通であり、それは幼児期の学校教育・保育の根幹でもあることを示唆している。言うまでもなく、障害や障害児の特徴の理解や発達の支援についての知識や技術の習熟、更に早期の障害の特定と対象児を含めた関係者の支援は、障害児の発達を保障するためには重要である。同時に、日常、幼児に直接的に働きかけ、接する保育者の資質の向上と日々の保育についての省察、更に、障害のない幼児の保護者の理解と協力をどのように行うのか、障害があるかないかという二者択一的な考え方ではなく、「保育」そのものについての理解を深め、障害の有無と保育について考えていくこともまた大切なことである。
  本調査研究のインタビューの中には、機関・専門家からのサポートを十分に受けているという回答もあったが、そうした場合も、様々な機関がある中でまずどこに相談したらよいのかが分からないというケースや、医療機関との連携に難しさを感じているケースもみられた。このようなことから地域・園・施設で異なる個別的な指導・支援に関するニーズを丁寧に掘り出していくことが大切であり、今後の課題の一つに挙げられる。また、合同での研修等に関しても、自分の発達観・保育観を見つめ直す上で非常に有益であるという声や、若い保育者の資質を向上させるための研修だけでなく、管理職者の姿勢が障害児保育に大きな影響をもっていることから考えて、管理職向けの研修が必要ではないかという意見も寄せられ幅広い多様な研修の必要性が示唆される。
 さらに、合同での研修に関しても、ニーズやその効果的な在り方を探り、きめ細やかな注意深い保育を考えて、個別的な指導・支援の在り方を見付けていく必要があるであろう。

お問合せ先

初等中等教育局幼児教育課

-- 登録:平成25年03月 --