幼稚園における障害のある幼児の受け入れや指導に関する調査研究

奈良県桜井市

1.研究テーマ及び研究の観点

 障害のある幼児一人一人の特性に応じた適切な保育を行うことを目指して研究を進めてきた。実施要項に示されている「研究の観点」をもとに6つの研究の観点(4.(1)~(6))を設けた。

2.地域の概要

 桜井市には公立幼稚園6、私立幼稚園3、公立保育所5、私立保育所2がある。障害のある幼児や配慮を要する幼児の支援を行うため、公立幼稚園各園に1名ずつ特別支援教員(市費)を配置している。支援を必要とする幼児に個別にかかわったり担任と役割を分担したりするなど、幼児一人一人のニーズに応じた保育を行っている。また、平成18年度より各幼稚園において園長が特別支援教育コーディネーター(1名)を指名し、特別支援教育の体制づくりを進めてきた。
 これまで幼稚園では、それぞれの園の実態に応じた研究主題を設定し、障害のある幼児への対応を含めて保育内容の充実に努めてきた。しかし、ここ数年、発達障害等の支援を必要とする幼児への具体的な取組をさらに充実することが急務となってきた。障害のある幼児に対して、適切な対応・充実した保育を行うためには、幼児の発達の課題を明確にするとともに、個別の指導計画の策定等、これまで以上に具体的で専門的な知識や技能を身に付け、幼児の困り感に寄り添った保育を行うことが課題であった。

3.研究協力機関

    公立幼稚園 6園、特別支援学校 2校、県立教育研究所

4.研究の内容及び方法

 6つの研究の観点ごとに部会を設け、各幼稚園の教員一人一人がそれぞれ別の部会に所属して研究を進めた。

(1) 個別の指導計画の工夫

 個別の指導計画を策定するために幼児の実態を把握する観点を整理し、幼稚園全体で共有した。巡回相談員の指導を得るとともに、保護者と一緒に個別の指導計画を策定して園・家庭がそれぞれの役割・指導内容を共有できる取組を進めた。

(2) 指導体制の充実

 担任と特別支援教員が、日々の幼児の行動観察をもとにして幼児の姿を分析し、共有することによって、翌日の保育に生かす取組を進めた。また、コーディネーターを中心にした園内事例研究を行い、巡回相談員の指導を得ながら幼児の困り感をふまえた保育を行った。幼児の実態にあわせて環境の構成を工夫し、その具体的な取組や教材を市内全幼稚園で共有した。

(3) 集団による育ち合いを促す学級経営の在り方

 集団による育ち合いを促すためには、教員自身の行動と言葉に細心の注意を払う必要がある。巡回相談員や専門家等の指導・助言を得ながら、実際の保育の場面における教員の行動と言葉に注目した研修を重ねた。

(4) 教員の指導力の向上

 第1年次から実施しているティーチャーズトレーニングなどの研修を継続して実施するとともに、障害に対する基礎的な理解を深める研修を定期的に開催した。参加を希望する幼稚園の全ての教員が参加できる日時に開催したり、小中学校の教職員や特別支援教育コーディネーターが参加できる内容の研修会を開催したりするなど、桜井市内の全教職員・保育士の指導力の向上を図った。

(5) 家庭・地域や専門機関との連携の在り方

 教員と保護者の信頼関係をベースとして、幼稚園の保護者全員を対象とした講演会を行うことにより特別支援教育に関する理解を深める取組を進めた。また、家庭教育学級の研修会や啓発パンフレットの作成により市民に対して啓発し理解を深める取組も進めた。

(6) 相談体制の確立

 巡回相談員の活用方法や専門機関・市関係部局との連携、障害のある幼児やその保護者に対する支援方法・支援体制について研究を進めた。

5.研究成果及び方法

(1)研究成果

 1 個別の指導計画の工夫

  • 個別の指導計画を持ち寄り研修することで、短期・長期目標のもち方、手立ての在り方などについて考える機会となった。巡回相談員や専門機関のアドバイスを聞き、幼児の見方について幅を広げるとともに、手立てをスモールステップで進めることができた。
  • 保護者の思いを聞いて個別の指導計画に反映させるとともに、幼稚園が行っている具体的な手立てを保護者に伝え、家庭においても同じ方向性で取り組んでいくことで、幼児の発達をさらに促すことができた。

 2 指導体制の充実

  • 巡回相談員から援助の在り方などについて、指導や助言を受けることができた。集団の中での幼児の様子を観察してもらい指導・助言を受けることは、自らの保育や支援の在り方を見直す機会ともなった。具体的な視点で助言を受けることができたことは大きな成果であった。巡回相談員との話し合いに職員全員が参加することにより、幼児の状態や行動に対する見方を共有でき、援助の在り方を探るよい機会となった。
  • 巡回相談員が保護者とも面談をするという相談体制ができた。幼稚園という慣れた場での相談は保護者にとっても抵抗感が少なく、巡回相談員の言葉に落ち着いて耳を傾けることができた。
  • 支援を要する幼児にとって「分かりやすく」「安心して」と考えて用意する視覚教材は、他の幼児にとっても「分かりやすく」「安心して」活動に取り組む手立てとなった。

 3 集団による育ち合いを促す学級経営の在り方

  • 支援を要する幼児の行動の意味や気持ちを教員が理解しようとしたり、集団の中でその都度ていねいに周りの子どもたちに気持ちを伝えたりすることで、心の安定や育ちにつながった。さらに、周りの子どもたちのその幼児に対する見方やかかわり方に変化が現れた。教員がその幼児を理解しようとする姿と、ていねいなかかわりが幼児の育ちにつながった。
  • 周りの子どもたちが支援を要する幼児を理解し受け止めるようになるには、教員が周りの子どもたちについても理解し受け止めていくことが大切である。周りの子どもたちに対する教員のかかわり方を変えることで、周りの子どもたちの支援を要する幼児に対する見方や捉え方に変化が見られた。

 4 教員の指導力の向上

  • ティーチャーズトレーニングは、2年間にわたり同じ講師の指導を受けた。そのことが、ADHD傾向の子どもたちの特性を理解するのに、大変役立った。また、支援の方法が具体的であり、日々の保育に生かすことができた。研修で学んだことを同じ幼稚園の他の教員にも伝えて幼稚園全体で取り組んだり、部会において意見交換をしたりしたことにより、子どもに対する多面的な捉え方や接し方を学び、教員の指導力の向上に役立てることができた。

 5 家庭・地域や専門機関との連携の在り方

  • 巡回相談員が、継続して支援を要する幼児の様子を観察することで、発達の課題が明らかになり幼児の変容に合わせた具体的な手だてを考えることができた。また、巡回相談員や専門機関の相談員が保護者と面談したり幼小の連絡会に参加したりすることで、より専門的な立場から発達の課題を伝えてもらうことができ、保護者や小学校の教員の支援を要する幼児に対する理解が深まった。
  • 保護者を対象とした講演会や研修会を行うことで、様々な特性をもった幼児がいることを保護者に知ってもらうことができた。また、保護者が一人で悩むのではなく、専門機関を含め様々な人たちの協力を得ながら子育てをしていくことも必要であることを保護者に伝えることができた。

 6 相談体制の確立

  • 担当課の職員と話し合いをもったことで、市内の関係機関(就園前の支援施設・健康推進課等の関係各課)と年度当初に連絡会を開催する等、情報を共有する方法を探ることを確認した。
  • 市の健康推進課が発行している、冊子「すこやかページ」に幼稚園の情報「支援の形式等」を掲載することになり、保護者に幼稚園の情報を提供する手段が広がった。

(2)今後の課題

 1 個別の指導計画の工夫

  • 個別の指導計画を策定することは保育の指針となり、有意義なものである。しかし、作成者の負担にならず、継続できるような記入の仕方の工夫が必要である。欄を埋めればよいというものではなく、個々に工夫を加え、実際の保育に生かすことができる個別の指導計画にしていく必要がある。
  • 保護者の思いなどを反映して個別の指導計画を策定してきた。また、幼児の就学にあたっても、小学校とは幼稚園幼児指導要録抄本の引き継ぎや就学指導担当者の情報交換を行った。今後、策定した個別の指導計画の引き継ぎが課題である。

 2 指導体制の充実

  • 個々の幼児に対して適切な保育・支援を行うためには、幼児の状態や行動について的確に把握することが必要である。巡回相談員や専門機関の相談員による指導・助言は極めて有意義であるが、それを受けとめる側である教員の理解・感性が問われることになる。とりわけ、保護者の信頼を得ることなくしては十分な支援を行うことはできず、信頼を得ながら幼児の状態を伝えていく継続的な取組が必要である。
  • 環境の工夫は幼児の特性に応じたものでなければ効果はあがらない。各幼稚園が行っている個々の工夫を互いに共有し、適切なものを選択できるシステムを構築していきたい。

 3 集団による育ち合いを促す学級経営の在り方

  • 支援を要する幼児の捉え方や支援の方法などについて、特別支援教員と担任が話し合いながら日々保育を進めることで、課題が明確になったり幼児の成長が見られたりした。同じ視点にたって支援を行うために、些細なことでも話し合うことが重要である。十分に時間の取れないこともあった。共通理解をもつ時間を大切にしていきたい。
  • 障害の特性として幼児の行動がマイナス面に出やすい場合、周りの保護者の捉え方も偏りがちである。支援を要する幼児の保護者への支援とともに、周りの保護者の理解を得る取組の必要性を感じる。障害に対する知識としての理解ではなく、集団の中での幼児の具体的な姿を通して互いに成長していることを伝えながら、周りの保護者の理解を促していきたい。

 4 教員の指導力の向上

  • 教員にとって最も大切なことは、研修で学んだことを現実の保育にどう生かしていくかということである。障害のある幼児もその周りにいる子どもも自分のもっている力を伸ばし成長していくために、研修した内容を保育の現場で実践し、教員が互いに評価し改善していく体制を各幼稚園で整えることが必要である。
  • 教員の異動等を考慮すれば、年間に行う研修内容を整理しなければならない。毎年繰り返して行う基礎的な研修とそれに加えて実施する発展的な内容の研修が必要である。

 5 家庭・地域や専門機関との連携の在り方

  • 支援を要する幼児が集団生活の中で周りの子どもたちと共に育つには、その幼児や保護者の思いを周囲に伝え、理解を得ることが必要である。そのためには、保護者同士の共感関係を築くことができるような機会をつくっていくことが必要である。
  • 支援を要する幼児に関わる機関同士のつながりをつくることが大切である。幼稚園が中心となってネットワークづくりをしていきたい。また、小学校への滑らかな接続のために、小学校との連携を密にし、一人一人の幼児の特性に応じた支援について相談し合えるような体制づくりを進めていきたい。

 6 相談体制の確立

  • 関係機関がもっている子どもの情報を別の機関へとつなげていく体制が整っていない。そのため、幼稚園が各機関に連絡を取り、情報を得なければならなくなり、時間のロスや効率の悪さが見られる。就園前の関係機関との連携だけでなく、就園後の関係機関との連携についても考えていくことが必要である。各機関がもっている情報を一括に収集し、システム化していける体制を構築していくことが大切である。
  • 我が子に特別な支援が必要であると分かっていても、どこに相談にいけばよいのか分からずにいる保護者や、相談機関に相談することに躊躇している保護者がいる。支援の方法を尋ねたくても気軽に相談できない等、迷い悩みながら日々を送っている保護者もいる。保護者が気軽に相談でき、保護者の気持ちを受けとめたり必要な情報を提供したりすることのできる場所の確保が必要である。

 

参考:研究テーマのキーワード

障害のある幼児、特別支援教育、研修、個別の指導計画、相談体制、専門機関との連携

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初等中等教育局幼児教育課

-- 登録:平成21年以前 --