第3章 第1節 4.通告等のポイント

(1)通告の迷い

  虐待、あるいは虐待を疑う場合、教職員や学校には「通告」の義務が課せられている。都道府県や市町村により、そのシステムに違いはあるが、教育委員会との協議を行いながら通告に至っているケースが多い。
  個々の学校については、実際の件数として「虐待事象に何度も接することはあまりない」こともあれば、本当は何度もケースに遭遇しているのに、その意識がないため認知できず、その結果、「虐待事象に接することがあまりない」と感じることもある。
  初めて虐待の事象や疑いが見受けられた学校にとっては、法の趣旨は理解しているものの、通告するかどうかの迷いが多かれ少なかれ伴うことと思われる。「学校が通告したことを保護者に知られると、保護者との関係が険悪になる」、「『子どもの言うとおり、転んで怪我をしただけなのに学校は大げさだ、事実確認を正確にしたのか』と言われないだろうか」、「どんな親でも子どもは可愛いからこれ以上のことはしないだろう」、「どの家庭でも時にはあることだ」等、通告を阻害し、立ち止まらせる思いや考えが頭の中をよぎることがしばしばあるだろう。
  しかし、児童虐待防止法のねらいは、「虐待の早期発見」である。早期に児童や保護者のケアを行えば、深刻な虐待事象から子どもは救われる。児童虐待防止法上、学校は虐待の疑いがあれば通告することが義務付けられている。虐待かどうかを判断するのは学校ではなく通告を受けた方である。校内で協議し、組織としてためらうことなく通告を行うことを学校のスタンスとして常に持ち続ける体制が望まれる。
  迷いがある時には、身近な機関にその旨を相談するのもよい。調査では、教育委員会、児童相談所、福祉事務所、警察等に相談がなされている。

(2)児童相談所と学校との関係

  通告はしたものの、学校は、通告後の児童相談所等の動きがなかなかつかみにくい。通告すれば、「児童相談所が対処してくれる、児童相談所は通告者を漏らしてはならないから、情報提供者の秘密は守られる」と安心するかもしれない。
  しかし、関わりを持つにつれて、児童相談所が家庭との関わりを持つためには「学校から情報提供を得たことを伝える方がスムーズにいく」と児童相談所等が学校等に相談してくることがある。そうなると、学校は、保護者との信頼関係の上で、非常に微妙な立場に置かれるだろう。
  また、児童相談所と学校等との連携が進むにつれ、学校等において、児童相談所の抱えている多種多様なケースの膨大さを知り、「通告してもなかなか動いてくれないだろう、動きたくても動けないだろう、無理を言っても仕方がない」という諦めに変化する事例が少なくないと思われる。
  調査では、幼稚園、小学校、中学校とも、児童相談所に対するイメージのトップは「職員が不足しており忙しい」であった。次に、幼稚園では「対応が遅い」、「子どもより保護者の権利を優先しているため、弱腰である」、小学校では「適切に対応している」、「対応が遅い」、中学校では「対応が遅い」、「適切に対応している」の順である。
  このためには、なによりも児童相談所をはじめとして児童福祉関係機関の責任を持った対応と機能の充実が望まれるが、その一方で、関係機関への気遣いや思い込みにより、身体や生命の危機に苦しみ、虐待が増幅するおそれのある児童の存在を、「学校や園だけで何とかしよう」と考える必要はない。ましてや、改正児童虐待防止法により、市町村に対して通告を行うことができるようになっており、後回しや静観は、断じて避けなければならない。
  通告こそが虐待事象対応の最初の一歩である。

(3)通告の手順

  まず、市町村の児童福祉部局又は児童相談所に一報を入れ、都道府県や市町村の所定の様式があればポイントを押さえ、記入し送付する。様式がなくても、文書を送付した方が虐待、あるいは虐待の疑いのある状況を児童相談所が理解しやすい。今後の関係機関のネットワークの場においても、共通の土台に立って協議ができる。
  また、学校は通告ととらえていても、児童相談所は相談ととらえる食い違いが生じることも有りうる。文書通告は今後の展開を円滑にする大切な要素である。
  一方、明らかな外傷があれば、子どもの内面に配慮しながら写真を撮り、警察機関への通報も時には必要である。時をおいても児童相談所からの連絡がない場合は、学校から再度の通告をし、対応を要請する。

(4)ネットワーク会議の場において

  通告後、該当の子どもや家庭の情報収集、支援、時には家族から離すための方策を話し合うケース会議、ネットワーク会議が開催される。開催に先立ち、主催機関を互いに確認することが、会議の運営や今後の展開をスムーズに成すための方法である。
  多方面からの情報を収集すればするほど、家庭が抱えている現実や背景の深刻さが浮き彫りにされていく。保護者と子どもとの関係、夫婦関係、保護者の育ちから窺える虐待の連鎖、保護者の心身や生活の安定のための方策、時には金銭問題等、どれをとっても迷路に迷い込み、出口が見えない心境にややもすると会議の参加者は陥ってしまう。
  しかし、闇雲に時間を浪費するのでなく、今後の各機関の役割分担を明確にする作業は、絶対に必要である。学校の役割は、子どもの身体や心の観察とケアである。会議が一度で終了し、対策を実施したことにより虐待から子どもが解き放されることは殆どない。一件の事例につき、関係者がもう安心だと納得するまで、何度も会議の場を要する。
  時には関係機関と学校との認識の違いがあるかもしれない。そのずれを埋めながら次回の開催予定日と役割分担を確認し、その後の各機関の粘り強い支援を積み重ねていくこととなる。さらに、何らかの変化の兆候に気付けば、速やかな連絡を入れることも確認しておく必要がある。

(5)被虐待児童生徒の保護

  ケース会議後は、取り決められた当面の対応と役割に基づいて、各機関が保護者や子どもに指導、支援を実行していく。早期の虐待事象発見のケースにおいては、対応を積み重ねることにより、保護者の苦悩が緩和され、子どもが安定した表情になるなどの一定の改善が見られることが多い。
  一方、学校等が対処できるケースではないが、子どもの生命や身体に既に重大な結果が生じ、状況が切迫している深刻な事象の場合、児童相談所の職権で緊急な保護が成される。
  また、「支援を継続して行っているが、保護者に改善の兆しが見られず今後虐待につながる危険性が高い」と総合的に判断される場合では、集中的な支援を行い、保護を検討していく。面談等により保護者が子どもの養護施設への入所を承諾すると、次の方針が立てやすいが、なかなか同意がとれない現実がある。児童養護施設の少なさの状況も課題になっている。

(6)通告後の見通しを持つために

  学校が通告後の役割を自覚し、子どもを見守り虐待が改善するまでには、長期の月日を要する。一番自分を守ってくれるはずの家族から虐待を受けた子どもは、人を信用することが困難になる事が少なくない。教職員がカウンセリングマインドで接するように心がけ、関わっていくと、本当に自分を受け入れてくれるのかという「試し行為」が始まる。
  こんな自分でも認めてくれるのかと、極端に目立つ反抗や不適応行動を行うものであり、たとえ経験豊かな教職員であっても、困難な場合が生じてしまう危険性がある。
  しかし、教職員が、被虐待児童生徒の対応のために「試し行動」が必然的に通過する道であることを理解していると、心の余裕ができる。「試し行動」の後には落ち着きが出てくる。これを何度も繰り返しながら、人との関係を築けるようになっていく。この過程を教職員が理解し、見通しを持っていたなら、随分気持ちを楽にして関わることができるのではないかと思われる。
  さらに、今、ネットワーク会議で確認した他の関係機関の対応はどの段階なのか、家庭への支援は具体的にどのように行われているのか、どのように改善されているのか等の情報が伝わるシステムが整っていると、学校として心強く今後の対応の展望がより明確になるだろう。

【コラム】 『児童虐待に関する実践事例』

1 発見

(1)入学前

  『幼い子が公園でいつまでも一人でいる、家を尋ねても答えない」という市民からの通報が市の児童福祉担当に入り、担当職員が駆けつけ、警察とも連携をとり、幼児を保護する。
  その後、家庭を探し当て、保護者に事情を聴取した後、保育所入所の措置をとる。
  入学式前に保育所、学校、教育委員会の機関が集まり、ケース会議を開き、過去の経過と現在の状況、学校の今後の対応について協議する。

(2)入学後

  校内の見守り体制を確認し、担任は日常の児童の様子、養護教諭は保健室来室時や身体測定時の様子等をきめ細かく観察し、異変やその兆候に気付いた場合は生徒指導主事や管理職に速やかに報告すること等について共通理解を図る。
  本児は表情に活気がなく、何かおどおどしており、5月になり、足に青あざができているのを担任が見つける。
  担任から生徒指導担当に相談があり、校内で校長、教頭を交えて協議をした。
  まず、「保護者に問い合わせ、不信な素振りがあれば通告を視野にいれよう」と確認する。
  担任が、家庭訪問し、あざのことを尋ねると、「遊んでいて転んだ」という返事があった。
  真相を闇雲に聞き出すことより、少しでも本児の学校の様子を伝え、保護者と話をつなぐという姿勢で担任は話をするが、保護者はそそくさとドアを閉めてしまった。
  家庭訪問の報告を受けて、再度校内で協議する。日常の様子から、児童が家庭であまり大切にされていない様子が窺える。「疑わしくは通告するという義務が教職員に課せられていること、手をこまねいていて万が一児童の心身に何かあれば取り返しが付かないこと、虐待事象でなければ安心すればいいではないかということ」から結論を出し、通告を決意する。

2 通告

  学校では、教育委員会と相談し、児童相談所にまず電話で概要を知らせる。
  児童相談所職員が、児童の様子を把握するために来校し、傷を確認する。
  次に、児童相談所職員と幼児期に関わった市児童福祉職員が共に家庭訪問し、母親から事情を聞く。母親は蹴ったことを認める。その後、学校は書面で通告書を送付する。

3 ケース会議

  学校、教育委員会、児童相談所、市児童福祉課それぞれの担当者が集まり、今後の対応を話し合う。当面、児童相談所職員が保護者の対応、学校は児童の観察を行うことを確認する。
  今後、虐待事象があれば当然のことであるが、日常的にもきめ細かく連絡しあうことを共通理解した。

4 一時保護

  再度、児童の体にあざが見つかる。
  学校と児童相談所職員が話し合い、「児童をしばらくの間でも母親の手元から離すことが望ましい」と考えた。
  児童相談所職員が母親と会うと、母親は、「子どもが言うことを聞かないのでいらいらしてたたいたり、蹴ったりしてしまう、暴力を振るった後は子どもが側に来ない。こんな自分が嫌になる。」と話した。
  一時保護を勧めると同意したので、その措置に踏み切った。

5 その後の対応

  児童が保護されている間、母親は児童相談所職員に寂しさや自分の生い立ちを語り始めた。
  母親も暴力を振るわれて育ってきたようだ。「辛かったが、自分も悪かったから叩かれたと思う、時には叩いて教え込まないと子どもは分からないから、必要な時もある」としつけと称する体罰を主張した。保護者と話ができる関係、保護者が心を寄せる関係を作ることが先決だと判断し、児童相談所職員は保護者受容に努める。
  保護中の児童は、見知らぬ人の中に一人置かれた寂しさが当初は顕著に見られたが、次第に慣れ、叩かれる事への不安感がなくなったこともあり、自分を少しずつ出すようになった。
  時には「試し行動」を呈し、職員を困らせることもあったが、職員に甘えられる居心地の良さもあり、僅かの期間でも表情が変わってきた。児童相談所職員は、保護中の様子を丹念に母親に知らせる。
  母親は「早く手元に置きたい」と言ったので、「次に体罰行為を行うと、今度は強制的に保護する」旨を話し、児童を家庭に帰す。
  学校は一時保護から戻った児童の様子により一層気を配るとともに、保護者に毎日プラス面を中心に、児童の様子を伝えることにした。
  これまで常に頑なな表情だった母親が、時には笑顔でうなずくようになった。
  担任が「学校での児童の様子を見てほしい」と促すと、同意し、参観後安心して帰っていった。
  その後、母親は児童相談所の相談室に定期的に通うようになり、児童の様子にも以前のような外傷は見られず、表情に落ち着きが見られるようになった。

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初等中等教育局児童生徒課

-- 登録:平成21年以前 --