第3章 第1節 2.虐待防止に向けた校内体制づくり

(1)虐待防止の校内体制の整備

  学校が我が国のヒューマンサービス体系の中で、全ての子どもと家族に網羅的に関与する権限を有している唯一のシステムであることを考えると、児童虐待の早期発見・早期通告及び学習指導面からの回復措置に関して、学校という組織・教員という専門職が果たす役割は大きい。中でも、早期発見の役割は、比較的早くから強調され続けてきた。その効果もあってか、児童相談所の児童虐待相談経路別に占める学校等の率はここ数年12~15パーセントに達している。
  児童虐待防止法により教職員には早期発見努力義務が課されているが、明確に虐待と断言できるケースは少ない。また、いくら目立った外傷があったとしても、「不慮の事故により生じた」と子どもや保護者から言われると、二の足を踏んでしまう事態も考えられる。
  しかし、平成16年の改正児童虐待防止法では、学校及び教職員には、虐待が明確な場合だけでなく、「虐待が疑われる場合」においても通告する義務が課せられている。そもそも、虐待の有無を判断するのは学校又は教職員ではなく、市町村の虐待防止担当部局又は児童相談所等の関係機関である。改正児童虐待防止法では虐待の有無の判断ができないがゆえに虐待への対応が遅れることがないように、学校を含む子どもを取り巻く大人が虐待と思われる事案を見つけた場合には躊躇することなく関係機関に通告できる仕組みづくりが行われているのである。
  また、改正児童虐待防止法では、虐待の早期発見の努力義務は個々の教職員のみならず学校組織にも課せられている。虐待を発見する可能性がある者は、担任はもとより、校長、教頭、同学年の教職員、養護教諭、生徒指導主事、保健主事、児童生徒支援加配教員、スクールカウンセラー、特別支援教育コーディネーター等様々である。このような幅広い角度から子どもを見守り、協議するためには、当該の子どもに関わる全ての教職員の情報を、生徒指導主事又は当該校における虐待対応職員に集中させて、適切な判断を行っていく必要がある。
  また、児童福祉実施体制の整備が児童虐待の激増に追いつかないこと、また、必ずしも家庭から分離して保護することが被虐待児の最善の利益に結びつくとは限らないことなどから、最近では在宅でのケースワークが主流となっている。その結果、虐待の問題が十分には解決していない状態で多くの児童生徒が毎日学校に登校し続けることにもなっており、それらの児童生徒の心に寄り添う対応が学校・教師には求められている。
  こうした機能を学校がしっかりと持ち続けるためには、児童虐待という問題の重大性を、校長をはじめとして教職員全員が共通認識を持ち、校長のリーダーシップのもと、その地域の特質・学校の実状及び規模等に合わせて校内体制を整備していくことが必要である。その観点からも、管理職研修をはじめとする各種研修の中で、児童虐待に関するメニューを必須のものとして位置づけることが必要となろう。
  また、各関係機関の役割は多種多様であり、関係機関と連携した子ども又は家庭への支援の在り方を教職員個人で判断していくことは困難である。それだけに、関係機関との連携の在り方について知識とノウハウを持つ職員を「虐待対応教職員」として位置づけることによって校内組織で情報を共有し、取組方針を明確にして校内のサポート体制を作り上げていくことが必要であろう。また、「虐待対応教職員」が学校外にはどのようなネットワークがあり、どのように活用できるか等の情報を他の教職員に提示することで、具体的な支援と連携の在り方を学校側から関係諸機関に要請していくことも可能になると考えられる。
  それと同時に、校内体制の整備に際しては、校内各種委員会の役割分担を見直し、児童虐待に中心的に関わる部署として生徒指導主事を中心とした生徒指導部を位置づけ、それに養護教諭を中心とした保健部や教育相談部等が連携し、それに各学年主任や担任が一致協力して取り組むというようなかたちで、校内体制を明確に確立していくことも重要な課題であろう。

(2)虐待の防止に向けての教職員の役割

  学校には担任だけでなく、校長、教頭、養護教諭・スクールカウンセラー・特別支援教育コーディネーター・子どもと親の相談員・教育相談担当者・生徒指導主事等、児童虐待に関わり得る職種・校務分掌は数多くあるが、その一人ひとりが「あらゆる問題の背景に、現在進行形の、ないしは過去の児童虐待が隠れていることがある」という認識を持つことが、最低限必要であろう。ここでは、教職員のそれぞれの役割について、簡単に整理しておきたい。

1.校長等管理職の役割

  児童虐待の防止に向けて全教職員が一致して組織的な活動を実施するためには、校長をはじめとした管理職の役割はきわめて重要である。管理職の役割としては、以下のような役割があげられる。

  • ア:学校経営、生徒指導の指導方針の中に、児童虐待の防止を明確に位置づけること、
  • イ:校内分掌を整備し、児童虐待問題に対する生徒指導主事、学年主任及び担任等各教職員の役割分担を明確化すること、
  • ウ:児童虐待に対する全教職員に対する共通理解を図るための場の設定(校内研修等)を行うこと、
  • エ:校外の関係機関との連携を図ること、特に、校長は就任直後のできるだけ早い段階で、地域の関係機関(市町村教育委員会、PTA、所管の警察署や派出所、保護司、民生・児童委員、児童相談所、子ども家庭支援センター等の児童福祉施設、精神保健福祉センター等保健・医療関係機関等)との人間関係作りに努めることが重要である。
  • オ:保護者や地域の関係者達との連携の強化に努めること。

2.生徒指導主事の役割

  「生徒指導主事」(中学校では授業を持たない専任教員が担当している場合が多い。)は、とりわけ非行生徒や不登校生徒と関わる機会が最も多い立場であるだけに、その背後にある虐待問題を発見していく上でもきわめて重要な役割を担っている。
  教育委員会から寄せられたアンケートの自由記述を見ても、「学校での校務分掌では、『生徒指導』として不登校、いじめ、問題行動を含めた指導体制をとっているので、虐待のみに特化したネットワークだけでなく、生徒指導全体を見据えた組織作りを進めることが大切である。(D市)」と指摘されており、生徒指導全体を見据えた組織づくりのなかに児童虐待問題を明確に位置づけていくことが、不登校やいじめ、問題行動の背後にある虐待問題を発見していく上でも重要になってくると考えられる。
  生徒指導主事の役割としては、以下のようなものがあげられる。

  • ア:校長のリーダーシップのもと、生徒指導部をとりまとめ、児童虐待への対応を生徒指導に関する活動の一環として位置づけること
  • イ:職員会議や校内研修等を通じて、児童虐待を含めた生徒指導上の取組に関して、校内の全ての教職員の共通理解を図ること
  • ウ:全教職員の共通理解の下、児童虐待への取組に関して全教職員をリードすること
  • エ:地域の関係機関との連携の促進を図ること
  • オ:保護者や地域等に広報活動を行うこと
  • カ:虐待防止に向けての学校の取組に関する評価・検証を行うこと

3.担任の役割

  担任は日常的に子ども達に接する立場にあり、その変化に最も気づきやすい立場にある者として、子どもの言動、身体の傷、服装等に関する異常等に注意を払うことが必要である。そして、もし、何らかの異常を感じる子どもがいる場合には、迷わず、管理職や生徒指導主事等に連絡し、相談することが求められる。
  また、虐待を受けた子どもの指導に際しては、教職員は自分の指導の良し悪しの是非の前に、「子どものことを最優先に考える」ことを共通認識として、一人で課題を抱え込むことなく、校長等の管理職、生徒指導主事、学年主任、養護教諭又はスクールカウンセラー、特別支援教育コーディネーター等に相談することが大切である。
  なお、指導に際しては、児童生徒の発達段階や実態に応じて、子どもの自尊心を傷つけたり、子ども達の家庭を非難したり、傷つけるようなことがないように留意する必要がある。

4.養護教諭の役割

  養護教諭は担任と並んで、虐待を受けている子どもを発見する上で、きわめて重要な役割を担っていると考えられる。
  養護教諭は、健康診断をはじめ、けがや体調不良等の心身の健康問題への対応を通じて児童虐待を早期発見しやすい立場にある。
  たとえば、健康診断の場面では、子どもの身長、体重測定、内科検診等の機会を利用して、子どもがどのような状態にあるかを見ることで、ネグレクト状態に置かれていないかなどについて観察することができる。
  非行や性的な問題行動を繰り返す子どもの中には性的虐待、身体的虐待の被害者である子どもも少なくない。また、身体の不調を訴えて保健室へ頻繁に来室する子どもや休みにくる不登校傾向の子どもの中にも、適切に衣食住が保障されていないネグレクト状態に置かれている子どもたちが含まれていることもある。このように様々な問題事象を示す子どもと、養護教諭は、保健室等で関わる機会が多いため、そのような機会や健康相談活動を通して、児童虐待があるかもしれないという視点をもって早期発見に努めていくという重要な役割があると考えられる。

5.特別支援教育コーディネーターの役割

  特別支援教育コーディネーターは、平成19年度を目途に全国で整備が進められている特別支援教育推進のための体制において、関係機関や保護者との連絡調整等の役割を担う校務分掌である。LD・ADHD・高機能自閉症等を含む、すべての障害児の個々のニーズに応じた教育的アプローチをしっかりと行うために、校内外の様々な資源・メニューの橋渡しをすることを主な役割としている。もちろん、オールマイティではあり得ず、そもそも児童虐待への関わりを想定して設置されたものではない。
  しかし、現実には、子どもの問題が器質的な障害によるものか、虐待などの環境要因によるものかの判断が困難な事例もあり、また、障害のある子どもが虐待にあう可能性が低いとは言えないことから、校内外の様々な関係諸機関や社会的資源を活用するスキルとノウハウを持つ特別支援教育コーディネーターが、今後、児童虐待の早期発見と関係諸機関の連携の面でもコーディネーター的な役割を果たす場合も出てくると考えられる。

6.スクールカウンセラー

  中学校では暴力や器物破壊、窃盗などの様々な問題行動を示す生徒や不登校(傾向)の生徒の中にも、親の不適切な養育やネグレクトなど、養育環境が極めて厳しい状況に置かれている生徒は少なくないが、それらの事例が虐待を受けている生徒として認知されることは極めて少ないのが現状であろう。したがって、スクールカウンセラーには、それらの問題事象を示す生徒の背後にある虐待の問題を、発達障害の問題などとともに適確に捉えて学校の教職員に伝えていく役割が期待されている。
  ただし、現状ではカウンセラーの臨床領域や経験年数による個人差が大きいこと、また、学校の中でのスクールカウンセラーの位置づけの違いなどもあり、具体的な事例に関するコンサルテーション機能をどの程度果たしているのかという点では学校によってかなりの違いが存在している。今後、管理職や生徒指導主任、スクールカウンセラーへの研修などを通じて、子どもの問題行動の背後にある虐待問題を見抜いて学校スタッフに伝えていく役割をスクールカウンセラーが担っていけるような学校体制づくりを進めていくことも重要な課題になってくると考えられる。

  このように、学校全体での共通理解の下、一致団結して虐待の早期発見に向けての校内体制づくりを整備していくことは重要な課題であるが、現実には困難事例の検討を学校の中だけで行っていくことが困難な場合も決して少なくない。例えば、子どもの示す問題事象が発達障害などの器質的要因によるものなのか、虐待などの環境要因からくる問題であるのかを、的確に判断していくことは決して容易ではない課題であろう。
  それだけに、学校現場でその理解や対応に苦慮する事例、また、とりわけ養育者との関わりに大きな困難さを感じる事例については、学校側から教育委員会に相談し、その指導、助言を受けられるように教育委員会の相談機能を向上させていくことも重要な課題になってくるであろう。実際、教育委員会によっては、学校から相談があるとすぐに指導主事と臨床心理士が学校に直行して相談にのるシステムを作っているところも出てきている。
  学校の中では、子どもやその保護者の抱える問題に対する理解や対応への見通しが持てない時、すぐに教育委員会に相談できる体制を作っていくことが、結果として、学校における虐待防止に向けた体制づくりを強化することにつながっていくと考えられる。

(3)学校に在籍している被虐待児童生徒に対する理解と支援に向けての課題

  虐待防止法では、「虐待の疑い」がある事例はすべて児童相談所や市町村の関係機関に通告することが求められている。しかし、「通告する側の虐待に関する問題意識と通告を受ける側の対処能力や介入の是非の判断などに溝があり、学校が被虐待児童生徒と見ている児童生徒の援助にはかなりの負担を続けなければならない現実がある。(I県)」という指摘に見られるように、通告がなされた場合でも、深刻な虐待事例を除くと、児童相談所での一時保護や養護施設措置には至らず、在宅での支援となるため、通告後も学校で被虐待児を受けとめていくことが求められる事例が多く存在している。
  実際、「学校現場では虐待の事実判明後もさらに当該児童を守っていかなければならないという大きな課題があり、児童相談所への通告によってすべての問題が解決するわけではないので、事後の対応も含めたガイドライン、指針作りが先行する必要がある。(Y市)」というように、通告に到るまでのガイドラインではなく、通告後の対応も含めたガイドラインの必要性が教育委員会サイドからも指摘されている。
  また、虐待通告までは行かなくても、養育基盤が極めて弱く、学校での学習へ十分に準備できない家庭状況に置かれている子どもも少なくない。
  ちなみに、『特別なニーズを持つ子ども』とは、1994年のサマランカ声明で指摘されたように、障害児だけでなく、多様な環境的な要因による生活や学びの困難さを抱える子ども、さらに感情的なもつれや行動上の問題などを示す子ども達も含まれている。
  その意味では、虐待などの困難な養育環境に置かれている子ども達の問題と、発達障害の子ども達の問題とを合わせて、「特別なニーズを持つ子どもたち」として統一的に把握し、学校での支援体制づくりを進めていくことも検討していく必要があるであろう。
  ここでは、学校で引き続き、支援を行っていく必要がある被虐待児童に対する理解と援助の課題を提起しておきたい。このような支援を学校全体の体制の中でどのように実現していくのかが、重要な検討課題になってくると考えられる。

1.心身の安全感を感じられる場の保障

  被虐待児童生徒の場合、他者や世界に対する安全感を奪われているだけに「ここでは自分の心身の安全が守られている」という安全感を持てる環境、「ここだけは信じても大丈夫」と子ども達が思える人間関係を学校の中で保障していくことが何よりも重要である。
  その際には、担任の教員が学級経営を通じて、教室を「心身の安全感」が感じられる場にしていくことは必要不可欠な課題であるが、中学校などをみると、保健室が困難な家庭環境に置かれている子どもが「心身の安全感」を感じられる居場所として機能している事例も多く存在している。このように、心身の安全感が感じられる居場所として、教室や保健室、相談室など、学校内の多様な場の環境づくりを図っていくことが重要であろう。
  また、そのためにも、学校の中に「安全である権利」(the right to be safe)とそれを実現していくための明示的な人権規範を確立し、恣意的ではない、人権規範に基づいた一貫した生徒指導の基準を確立していくことも重要な課題になってくるであろう。

2.生活を支えていくための福祉的基盤の実現

  虐待事例の中には家でまともに食事を与えられていない子どももいるが、もちろん、このような子どもに対する「生活支援」は学校の本来の機能ではない。
  このため、学校が福祉関係機関や地域の人々との連携をはかりながら、子どもの生活を支えていくための福祉的基盤を実現していくことも大きな課題となっている。

3.子どもの問題行動の背後にある「心の叫び」への共感的対応

  被虐待児の場合、自分の思いや感情を「行動化」(acting out)の形でしか表現できないことが多い。それだけに、子どもの「行動化」の背後にある感情や内的葛藤、そして、その子どもから見た時の他者や世界の「見え方」(view)を、教職員が共感的に理解していく必要があるであろう。そのことが、被虐待児の「心の叫び」を聴きとり、応答していく関係づくりにもつながっていくと考えられる。

4.「行動化」に対する枠づけ(Limit Setting)と社会的スキルの獲得への援助

  被虐待児は深い傷つきや見捨てられ感を抱えている場合が多く、大人との依存関係ができてくると、自らの怒りや憎しみの感情を表出してくることも少なくない。そのような場合、怒りや憎しみの感情そのものは、今、そう感じるしかない思いとして受容していくが、感情の危険な「行動化」に対しては明確に歯止めをかけていくことが重要になってくるであろう。さらに、子どもが抱く感情は受容しつつも、行動の選択においては自らの感情を暴力的、攻撃的に表現するのではなく、自分と相手を傷つけない行動を選択することを要求し、具体的なスキルを教えていくことも重要な課題であろう。

  ただし、学校での対応は、あくまでも「子ども」に対するものが中心であり、学校教職員スタッフが子どもへの虐待に追いつめられている「保護者」への心理的、社会的援助を担うことには大きな困難と無理が生じている。実際、今回の教育委員会へのアンケート調査でも、「通告や相談の結果、ほとんどは在宅指導のケースとして処置されることになる。その場合、それまでと同様の学校の取組を継続するだけでは、保護者の状況は改善されないで、また、より深刻になるケースが多い。学校現場では中・軽度の虐待ケースの他機関による具体的な支援を必要としている。(D市)」という指摘も出されている。それだけに、「学校の中でやれることはどこまでか」ということを明確化し、学校が担えない部分を関係諸機関の役割として積極的に要請していくことも、学校での対応能力の向上のはかる上で重要な課題であろう。

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-- 登録:平成21年以前 --