『生徒指導メールマガジン』 第13号

(平成17年10月28日)
文部科学省初等中等教育局児童生徒課

目次

  1. 巻頭言:「家庭への働きかけと学校の力」(児童生徒課今泉課長補佐)
  2. 宮城県教育委員会:「みやぎアドベンチャープログラム事業-一人一人が安心して学習できる学びの環境づくり-」
  3. 施策紹介:
    • 「情動の科学的解明と教育等への応用に関する検討会報告書」について
    • 「人権教育の指導方法等の在り方について(第二次とりまとめ)」について
  4. 主要行事の予定又は連絡事項等
  5. 施策に関する各地域からの提言又はQ&A

1 巻頭言:「家庭への働きかけと学校の力」(児童生徒課今泉課長補佐)

  1 最近、重大な少年事件が多発しているが、これらの少年事件の背景には、社会全体の規範意識の低下、高度情報化社会の進展に伴う有害環境等の問題、核家族化や少子化の進展に伴う家族関係の変化や家庭の教育力の低下、都市化に伴う地域の教育力の低下、子ども達の生活習慣の乱れ等様々な要因が考えられる。
しかし、この中でも特に子ども達に強い影響を与えているのが家庭環境であり、特に少年事件を考える際、児童虐待の問題は深刻である。この点については、法務総合研究所の調査結果によると、少年院在院者の約73パーセントに虐待経験があることが示されている。また、厚生労働科学研究費の調査研究によると、児童相談所への非行相談の3割のケースに虐待経験があり、5割のケースに養育環境の著しい変化があったことが報告されている。もちろん、児童虐待を受けた子ども達の全てが少年犯罪を犯すわけではなく、大部分の子ども達は社会の一員として成長しているのだろうが、虐待が子どもの発達に負の影響を及ぼすということは、どうも言えそうである。

  2 また、下記3.「施策紹介」において紹介する『情動の科学的解明と教育等への応用に関する検討会』報告書によると、「情動は生まれてから5歳くらいまでにその原型が形成されると考えられるため、子どもの情動の健全な発達のためには乳幼児教育が重要であること」が指摘されており、この時期の教育の大部分を占める家庭教育が、子どものこころの発達にいかに重要であるか推測できる。
  しかし、家庭教育で深刻な問題は、課題を抱えた家庭ほど外部との接触をとろうとしないし、行政が家庭教育講座を設けようが、PTAの集まりがあろうが、主催者として参加してもらいたい家庭ほど参加しない状況となっていることである。
  また、不登校・ひきこもりの子ども達への対策に際しても、このような子ども達が家庭に閉じこもって外部に出てこないケースが少なくないことから、家庭への働きかけが非常に重要である。そして、このような家庭への働きかけの際には、子ども達に対する支援と同時に保護者への支援を並行して行うことが効果的であることは、このような子ども達に対する訪問指導を行っている専門家達が指摘しているところである。

  3 このような子ども達を支援する機関や社会的リソースは、世の中には多種多様に多数存在している。
  しかし、その中でも、このような家庭への働きかけを行うにあたり、大きな力を発揮するのが、「学校」であると私は考えている。
  学校が、他の機関や社会的リソースと比べてアドバンテージがある点は、

  1. 学校が、僻地であろうと、山間部であろうと、離島であろうと全国津々浦々に存在すること(学校は、全国で約4万校(小・中・高・特殊)あるのに対し、児童相談所が187箇所、福祉事務所が930箇所、少年補導センター約700箇所、福祉事務所1227箇所等であり、学校数の規模は他の関係機関の施設数よりも圧倒的に多い)、
  2. 学校には、免許を持ち、然るべきトレーニングを経た教員という専門家集団が存在すること(学校の教職員は、全国約100万人(小・中・高・特殊)であるのに対し、民生委員が約20万人、児童委員が約2万人、児童福祉司が約0.15万人、保護司が約5万人、少年補導員が約5万人等であり、教員数の規模は、関係機関の担当者数に比べて圧倒的に多い)、
  3. 学校の教員は、例えばカウンセラーのように1人で対応する必要はなく、学校には、養護教諭、生徒指導主事、学年主任、教頭、校長、学校によってはスクールカウンセラー等の異なる知識・経験・能力を持った仲間達がいて、困ったことがあれば、複数でチームとなって課題解決に当たることができること、
  4. 『教育』という大義名分があるため、自然な形で家庭に働きかけをする事ができること(警察は明らかな法律違反がない限りは家庭に入り込みをすることは難しいし、児童相談所は重篤な児童虐待等や劣悪な養育環境等がないと、家庭に入り込みをする事が難しい)などがある。
      このようなアドバンテージを抱えている社会的リソースは他にはないし、学校はこのアドバンテージを活用しない手はないと考えている。

  4 但し、学校がそう簡単には家庭への入り込みができない現実的な課題もある。
  例えば、学校の限界としては、家庭から拒否された場合に強制力を持たない点、一般家庭への働きかけと異なり深刻な課題を抱えているような家庭に対しては専門的な言葉かけや対応が必要であり、必ずしも全ての教員がそのノウハウや技能を身に付けているとは言いがたい点、このような家庭への働きかけも教員の重要な仕事の1つだが、教員の仕事はそれだけに限らず幅広くあり、既に現状でも多忙感が存在している点などがある。これらの学校の限界を緩和するために、文部科学省においてはサポート・チームの促進をはじめとした関係機関との行動連携の推進を図っているところであるが、学校においても上手に関係機関や専門家達の力を活用しつつ、自らの持つアドバンテージを存分に発揮することが必要と考える。

2 宮城県教育委員会:「みやぎアドベンチャープログラム事業 -一人一人が安心して学習できる学びの環境づくり-」

1 MAPとは?

  「みやぎアドベンチャープログラム(Miyagi Adventure Program)」の頭文字をとってMAPという。
  宮城県教育委員会では、宮城の児童生徒が学校や地域社会において、豊かな人間関係に基づいた充実した生活ができることを目的として「MAP事業」を推進している。
  MAPは、課題解決型体験学習法の一つである「PA(Project Adventure)」の考え方や手法を取り入れた宮城県独自の教育手法である。

2 導入に至った経緯

  平成9年度、不登校児童生徒数が平成元年度の約3倍に達し、高校の中途退学者数も2.7パーセントと高い数字を示した。また、問題行動として表面化していないまでも、クラスに溶け込めないとか、なかなか友人をつくれない、朝起きて学校に行きたくないなど学校不適応症状をもっている児童生徒も多くなってきた。
  このような状況の下、県教育委員会では平成9年3月に「みやぎ新時代教育ビジョン」を策定し、新世紀における本県のめざす方向を「主体的に考え生きる人づくり」と位置付けさまざまな教育施策を展開してきた。その一環として平成12年度から、みやぎアドベンチャープログラム(MAP)事業に取り組んできた。

3 MAP事業の目的

  仲間と協力して様々な課題を解決しながら他人を信頼し思いやる心を育てる体験学習法であるPA(プロジェクトアドベンチャー)の考え方や手法を、県内の小・中・高等学校等の学校教育全体及び地域における児童生徒の諸活動に取り入れ、児童生徒の豊かな人間関係を構築し学校不適応等の未然防止を図るとともに、児童生徒が未知の分野において自ら課題を見いだし、考え、解決する力をはぐくむことを目的として「MAP事業」を推進している。

4 MAP事業の内容

  事業は、大きく分けて次の(1)~(4)の4つの大きな部分に分けられる。

(1)指導者の養成(研修体系図参照)

  研修体系は、普及を主な目的とした一般研修と、指導者の養成を目的とした指導者養成研修とがある。
  県内の各学校等において、MAPを取り入れた教育活動を実践できるようにするための教員等を対象とした研修が、一般研修(県教育委員会主催)である。一般研修を受講した教員等の中から、さらに研修を深め、県主催の研修会等の指導ができる県内指導者を養成するための研修が、指導者養成研修(プロジェクトアドベンチャージャパン及び県教育委員会主催)である。

一般研修
  • 体験会(1日)
      未経験者を対象に実際の活動を通して、PAの組み立てや理論などの基本的なことについて学ぶ。自然の家を利用しての体験会の他に、平成15年度からは、希望する学校等に県内指導者を派遣しての体験会も実施している。
  • 講習1(2泊3日)
      体験会受講修了者を対象に計画立案演習やグループワークについてさらに深く学ぶ。授業などの教育活動への導入についても考える。
  • 講習2(2泊3日)
      講習1受講修了者を対象に実際に計画立案から参加者同士の指導、フィードバック演習までを行い、支援者としての訓練を行う。
指導者養成研修
  • PAJ(プロジェクトアドベンチャージャパン)主催研修(各4泊5日×3回)
      講習2.受講修了者のうち、指導者としての資質を有する教員・社会教育主事を対象として、PAJが主催する3研修会に派遣する。
    • AP(アドベンチャー・プログラミング)研修
        基本的な安全管理の技術とプログラムの組み立て方、グループカウンセリングの基礎等を学ぶ。
    • ABC(アドベンチャー・ベースド・カウンセリング)研修
        心理的な手法について、深く学ぶための基本的なコース。
    • AITC(アドベンチャー・イン・ザ・クラスルーム)研修
        学校現場での児童生徒の多様なニーズに対応した効果的なコミュニケーションの方法を学ぶ。
  • MAPLS(MAPリーダーシップスキルアップ研修・2泊3日)
    県教育委員会が主催する県内指導者のスキルアップのための研修。

(2)啓発活動

  • 県内指導者の派遣
      PAJ主催研修会の受講修了者をMAP県内指導者に委嘱し、希望があれば各学校や教育研究団体等が主催する体験会等に指導者を派遣する。
  • 県の社会教育施設(自然の家)における活動
      県立の施設4か所全てで講習会を主催し開催する。また、利用団体の研修プログラムにMAP(PA)研修を取り入れたり、要請に応じて施設の所員を派遣したりする。
  • 指導事例集等の作成
      平成12年度、MAPの手引きとなる「ガイドMAP」を作成し、各校に配付した。
      平成13年度、体育に関する指導資料「学校体育における授業の展開」を作成し、各校に配付した。
      平成15年度、体育以外の各教科の指導事例集「教えから学びへ」を作成し、各校に配付した。
      今後はこれらの資料を有効活用し、授業等への効果的な導入をさらに図っていく。
  • 県教育委員会の広報誌(PLANET)等にMAP関係の記事を掲載
  • MAP研究会(任意団体)によるPTA研修、教育研究団体の研修等への講師派遣と普及啓発活動の実施
  • 他機関との連携
      独立行政法人 国立少年自然の家「国立花山少年自然の家」にはPAの野外施設(ロープスコース)が設置されている。国立花山少年自然の家のPA研修と県教育委員会のMAP研修の相互乗り入れを推進し、研修を受講しやすくしている。

(3)教育活動での活用と展開(事例研究会)

  平成14年度まで、小中高の全校種に計21校の研究指定校・活動推進校を指定し実践的研究を進めてきた。研究指定のためだけの研究ではなく、指定後も、学校教育のあらゆる活動(授業、学級活動、部活動、学校行事等)に、日常の教育実践活動として位置付け、学校を起点として、地域における児童生徒の諸活動を支援していくなどの研究をしてきた。
  また、平成16年度からは、平成15年度に作成した指導事例集「教えから学びへ」等を活用して、小・中・高校の校種毎に事例研究会を開催し、公開研究授業等を基に、授業への効果的なMAPの導入について協議している。

(4)施設・設備の整備

  蔵王高等学校に屋内ハイエレメントとローエレメント、泉が岳自然の家、松島自然の家に屋外のローエレメントを設置している。
  また、研究指定校(高等学校)7校にジャンボボックスを、教育事務所7所、高等学校14校、公所4所、県教育委員会にそれぞれPAキットを配置している。これらの施設・設備は希望する学校等に随時貸し出ししている。
  ※ ジャンボボックス、PAキットはMAP活動に使用する用具セット

5 MAP事業の特徴

  平成12年度から、教育庁全体で取り組んでいる重点事業であり、小・中・高・特殊教育諸学校の教員に加え、社会教育関係者をも対象として研修会を実施している。MAPの普及を主な目的とした一般研修に参加した教員等の中から、さらに研修を深めたいという意欲のある教員等を選考し、MAPの県内指導者として育成している。県内指導者は、一般研修の講師として指導にあたりながら、併せて自らのスキルアップも図っている。

  MAPの考え方を授業等の教育活動の中に取り入れることは、これまでの教師が一方的に教えるという形ではなく児童生徒自身の主体的な学びを促進することになる。
  具体的には、グループで活動することを基本とし、協力しないと解決できない課題を与えることで、必然的に互いに関わり合わなければならない環境をつくり出す。そして、互いに関わり合って協力して課題を解決していくためには、話し合うことや、自分が思っていることを正直に表現する必要があることに気付かせる。さらに、話し合いや自分の考えを表現するためには、それを受け入れてくれる安全で互いを最大限尊重し合える環境が必要だということに気付かせていこうとするプログラムである。
  この安全で互いを最大限尊重し合える環境をつくるためのベースとなる考え方がフルバリューコントラクト(FVC)と言われる“お互いに居やすい環境をつくるための約束事”である。「体と心の安全に最大限の注意を払うこと」や「活動に集中して一生懸命取り組むこと」「公正に取り組むこと」「正直であること」「楽しむこと」「自分を卑下しないこと」などを互いに約束することで、グループの中に安心感を生み出すものである。
  そして、活動を通して、常に「安全」や「一生懸命さ」「公正」「正直」「協力」などについて振り返り、居やすい環境について確認していくのである。
  また、自分が安心していられる場所(Confort Zone)から自己防衛の壁を乗り越えて何かにチャレンジすることは、向上心をはぐくむことにもなるので、活動の随所にアドベンチャーの要素を取り入れることも大きな要素である。
  みんなが自己防衛の壁を乗り越えてチャレンジするためには、そのチャレンジを受け入れてくれるフルバリューな環境がまた必要になるという具合に、それぞれの活動が次の活動に関連していくようにプログラムされている。
  教員はこの環境を整えるために、児童生徒を支援する役割(ファシリテーター)をもっている。教え、指導するのではなく、子ども達に気付かせるよう働き掛けるのが支援者の役割である。そのためには、子ども達を観る確かな目と、耳と、心をもっていなければならない。
  MAP事業は、このような考えを教育活動全体に取り入れるため、MAPの指導者を養成することに重点を置いて事業を進めている。MAPが教育活動全体に浸透することで、児童生徒の学校不適応等の未然防止だけではなく、児童生徒の学ぶ意欲の向上や、生きる力、そして何より教員の資質向上までをも目指した事業なのである。

6 MAP事業の成果

  • 講習会受講者
      事業を開始して5年が経過した平成16年度までに、6,500名以上の教員等がMAPの講習会を受講している。
  • MAPの導入状況
      平成16年度末に県内全ての小・中・高・特殊教育諸学校601校(仙台市立学校を除く)を対象に実施した実態調査によると、7割強の学校で何らかの形でMAPの導入が図られている。
  • 児童・生徒の変容
      MAPを教育活動の中に取り入れたことがあると答えた学校の児童・生徒の変容をみると、人間関係を円滑にするのに効果があるという結果が出ている。
      「雰囲気がよくなった」(68.6パーセント)
      「信頼関係ができた」(51.8パーセント)
      「明るくなった」(32.7パーセント)
      「思いやりの気持ちを持つようになった」(27.7パーセント)
  • 教員の意識の変容
      平成14年度までにMAP講習1.以上を受講した教員332名を対象に、講習会受講後の教員の意識の変容を調査した結果
      「児童生徒が安心して意見を言えるクラスの雰囲気づくりを心掛けるようになってきた」(63.3パーセント)
      「自分自身の言動等の問題点を考えるようになってきた」(57.2パーセント)
      「児童生徒が解答するまで待ったり、指示・説明の仕方を変えたりすることが多くなった」(57.2パーセント)
      「児童生徒に対し『学び支援』の姿勢を意識して接するようになってきた」(54.2パーセント)
      「児童生徒の意見を受け入れることが多くなった」(54.2パーセント)
      などの質問項目に高い数値が現れており、教室でのフルバリューを心掛けたり、一方的な「教え」の指導から児童生徒の主体的な「学び」を支援する姿勢への変容がみられた。
      また、講習水準が高くなるほど、高い数値を示している。

7 今後の取組

(1)各種研修会の継続

  現在の研修体系をベースにしながら、受講しやすい研修体系・内容を見直し、宮城県独自の研修プログラムを策定し、指導者を養成するための教員研修をさらに充実させる。受講者を増やすことで、MAPに関する理解を広げるとともに県内指導者の指導力向上の機会とする。

(2)MAP事例研究会の充実

  各学校においてさらなる普及を図りながら、MAPを教科に生かした事例研究会等を継続して実施し、授業への効果的導入方法及びその成果を探る。

(3)中・高生フォーラム

  中学・高校の生徒会の役員等を対象としたリーダー研修会の実施。自然の家を会場にして各学校から参加者を募り2泊3日の日程で開催予定。MAPの指導者が参加者を支援し、お互いを知り合い、フルバリューな環境をつくった上で、現代の中・高校生が抱える諸問題についての情報交換・協議を行う。

(4)MAPを生かした学級活動における年間活動計画の作成

  年間を通していかにフルバリューな環境をつくっていくか、様々な角度からその取り組み例を紹介する。これまで、MAPの講習会を受講し理論を理解した教員が、学校でMAPを導入する際のヒントとなるものを作成する。

8 まとめ

  MAPは、当初誤った伝わり方をしたため、いまだに誤解を抱いている教員がいる。体験もしていないのに、要らないものと決めつけ、MAPに先進的に取り組んでいる教員を批判する。さらに、体験学習法の伝わりにくさから、体験しないと伝わらない状況があり、この誤解を払拭するのに時間がかかっている。
  しかし、講習会に参加した教員の感想をみると、「体験して、MAPのイメージが、がらりと変わった」とか「MAPという言葉に壁を感じていた。参加して心がほぐれ、自分の中にある先入観・壁の大きさが分かった」などといった感想が寄せられている。
  まず、体験してみることが大切なのである。体験を通して、教員自身が自己を見つめ、意識改革し、子どもたちの目線に立って接することや子どもたちの答えを待つ姿勢、人と関わることのすばらしさなどに改めて気付くのである。たとえ時間がかかっても、子どもたちの発する小さなサインを見逃さない確かな目と耳と心をもった教師の育成こそが、今の教育に求められているもっとも重要なことであり、その意味でもMAP事業の期待するところは大きい。

3 施策紹介

「情動の科学的解明と教育等への応用に関する検討会」について

1 背景

  最近、重大な少年事件が多発し、その中では少年達の突発的な攻撃性や反社会的行動等様々な問題が報道され、大きな社会的関心を集めている。これらの問題には、社会全体の規範意識の低下、高度情報化社会の進展に伴う有害環境等の問題、核家族化や少子化の進展に伴う家族関係の変化や家庭の教育力の低下、都市化に伴う地域の教育力の低下、子ども達の生活習慣の乱れ等様々な背景・要因が考えられる。このような背景要因が、子ども達のこころにどのような影響を及ぼしているのかについては、早急に研究・検討し、適切な対応策が講じられることが必要となっている。
  その一方、近年、医学的な知見の蓄積や脳機能の非侵襲的計測が可能になったことなどにより、医学・科学的な視点から子ども達のこころの背景を探ることができる可能性が高まってきている。このような科学的な知見は国際的に見ても研究がまだ緒についたばかりであるが、科学技術振興機構や理化学研究所の研究活動等を通じ、既に脳科学等の分野において、ある程度の研究成果が蓄積されてきている。

2 目的等

  このような状況下において、「情動の科学的解明と教育等への応用に関する検討会」は、子ども達の情動やこころの発達等に関して、現段階の各学問分野における研究成果を集約し、その成果を活かして科学的な視点から子ども達の問題行動等の背景や原因を探るためにどんな研究の振興が重要であり、その成果を教育現場等の指導にどう反映させるかについて検討することを目的として設置された。
   同検討会においては、本年1月から9月まで検討を実施し、その中では、脳科学、発達心理学、児童心理学、精神医学、社会学、栄養学、小児科学等の様々な学問分野から第一選で活躍している研究者が参加し、各学問分野における既存の知見が紹介された。同研究会では、それらの既存の科学的な知見をまとめ、今後の取組の方向性などを提言した報告書を作成し、10月に公表した。

3 報告書の概要

(1)既存の科学的な知見

  子どもの情動等に関しては、既存の研究成果から、

  1. 子どもの対人関係能力や社会的適応能力の育成のためには適切な『愛着』形成が重要であること、
  2. 子どものこころの健全な発達のためには基本的生活リズムの獲得や食育が重要であること、
  3. 情動は生まれてから5歳くらいまでにその原型が形成されると考えられるため、子どもの情動の健全な発達のためには乳幼児教育が重要であること、
  4. 成人脳にも高い可塑性を示す領域があり、この点を意識した生涯学習が重要であること、
  5. 前頭連合野や大脳辺縁系の機能が子ども達の健やかな発達に重要な機能を発揮しており、前頭連合野の感受性期は、シナプス増減の推移から推論すると8歳くらいがピークで20歳くらいまで続くと思われ、その時期に社会関係の正しい教育と学習が大切であること、
  6. 扁桃体や海馬等の大脳辺縁系の機能は情動等と深く関係しており、この部分の脳の機能不全が攻撃性を高める可能性があること、
  7. こころの障害は遺伝的要因と環境的要因が複雑に絡み合って発症すると考えられ、これに関するゲノム生物学的研究が必要であること、などが指摘されている。
(2)研究の一層の進展が期待される事項

  上記(1)のような知見が出ている反面、この分野は、

  1. 健常児のサンプル数が少ないこと、
  2. 学際的な研究活動が始まったばかりであること、
  3. 研究成果が教育活動と連動していないこと、
  4. せっかくの研究成果を集積するような機関が存在しないことなど様々な課題もあることから、今後一層の発展の余地がある分野である。

  本報告書においては、今後一層の研究が求められる事項として、例えば、

  1. 子どものこころの発達と規則正しい生活リズムの獲得等との関係性のメカニズムに関する研究、
  2. 親子関係をはじめとした人間関係の在り方に関する研究、
  3. 自然体験や生活体験等様々な体験活動が子どものこころの発達に及ぼす影響に関する研究、
  4. ゲームやインターネットをはじめとした各種メディアの進展が子どものこころに及ぼす影響に関する研究、
  5. 子どものこころに関する科学的なデータの蓄積等の必要性、などが指摘されている。
(3)今後の課題解決のための取組

  上記(2)のような研究を進めるとともに、研究成果の社会的な活用の促進を図るために、同報告書においては、1研究振興方策、2研究と教育との連携、及び3社会全体のシステム作りなどが指摘されている。
  具体的には、研究振興のために、

  1. 健常児のデータの集積、脳機能測定技術の進展、既存の研究成果の蓄積等子どもの情動等に関する研究を進めること、
  2. 各学問分野間の学際的な連携の促進等が指摘されている。

  また、研究と教育との連携促進のために、

  1. 研究成果のスクリーニングを行う仕組み作り、
  2. 研究と教育との双方向的な連携の推進のための仕組み作りが指摘されている。

  さらに、社会全体のシステム作りのために、

  1. 子どもの発達を早期から前方視的に見ていく体制作り、
  2. 高い科学性を備えた専門的人材の育成、などが指摘されている。
(4)留意事項

  なお、上記(3)の取組を進めるに際しては、1.脳科学の研究成果の情報発信に関して十分慎重に行う必要があること、2.子どものこころの発達に関する研究の推進に際しては脳機能計測機器が人体に与える影響や倫理的な観点からの配慮が必要であること、3.親子の援助体制の整備もあわせて検討する必要があることなどが指摘されている。

4 今後の取組

  文部科学省では、今回の報告書の提言を踏まえ、本検討会の議論を通じて明らかになった課題の解決に向けて、一層の研究の促進を図るとともに、その研究成果を実践現場で活用するための諸方策について、検討を進めていくこととしている。

「人権教育の指導方法等の在り方について(第二次とりまとめ)」について

1 はじめに

  文部科学省では、昨年6月に公表した「人権教育の指導方法等の在り方について(第一次とりまとめ)」の後、「人権教育研究指定校事業」や「教育総合推進地域事業」を通じて、各学校、地域に先進的な取り組み事例を蓄積し、その成果を集約して、特に優れた実践事例を抽出し、一般化した形にしたものを、「人権教育の指導方法等に関する調査研究」において、各委員に協議してもらい、このたび「人権教育の指導方法等の在り方について(第2次とりまとめ)」としてとりまとめた。(現在は、意見募集を公募している最中(公募期間:10月26日(水曜日)から11月18日(金曜日)まで))。
  第二次とりまとめの特徴的な点は、第一次取りまとめの成果を踏まえ、より具体的かつ詳細に表すため、事例を交えながら人権教育の指導方法等の在り方について提言を行っていることにある。

2 背景

  人権教育を取巻く情勢は、以下のように国内外において活発化されており、その背景の中で今回の第二次とりまとめがある。

(1)最近の国際的情勢

  人権に関する最近の国際的な動向としては、平成6年から16年までの「人権教育のための国連10年」があり、その終了時(平成16年12月)に「人権教育のための世界計画」が国連において採択された。これを受け、本年7月に人権教育のための世界計画第1フェーズ行動計画が採択された。

(2)最近の国内の情勢:

  一方、国内の動向としては、平成8年に地域改善対策協議会意見具申が出され、そこにおいて同和関係の特別対策が一般対策に移行する方向性が示されると同時に、教育啓発関係では、「人権教育・人権啓発に再構成」される方向性が示された。
  また、同年には人権擁護施策推進法(5年間の時限立法)が制定され、人権教育に関する施策等を国が推進することが定められた。さらに、「人権教育のための国連10年」を受けて、平成9年に「人権教育のための国連10年国内行動計画」が策定された。
  平成12年には「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律が成立し、同法第7条において「基本計画を策定する」こととされ、これを受けて平成14年3月に「人権教育・啓発に関する基本計画」が閣議決定された。
  同基本計画においては、学校教育の人権教育の現状として、「教育活動全体を通じて人権教育が推進されているが、知的理解にとどまり、人権感覚が十分身に付いていないなど指導方法の問題」があるとして、人権教育に関する取組の一層の改善・充実を指摘している。このため、「人権教育・啓発の推進方策」として、「人権教育の充実に向けた指導方法の研究を推進する」ことなどが示されている。

(3)第二次とりまとめの背景

  「人権教育の指導方法等に関する調査研究会議(座長:福田弘筑波大学教授)」は、上記の基本計画の内容を踏まえて平成14年に設置されたものであり、「人権についての知的理解を深めるとともに人権感覚を十分に身に付けることを目指す人権教育の指導方法等の在り方について教育現場の人権教育の推進に資するものを提示すること」を目的として検討を重ね、昨年6月に第一次とりまとめを公表した。
  その後、同会議においては、「人権教育研究指定校事業」や「教育総合推進地域事業」を通じて、各学校、地域に先進的な取り組み事例を蓄積し、その成果を集約して、特に優れた実践事例を抽出し、その事例を一般化して、エッセンスだけを抜き出して、第一次とりまとめをより具体的に示すものとして、今回の第二次とりまとめに至ったものである。

3 第二次とりまとめの概要

  先述の通り、第二次とりまとめは、第一次とりまとめを踏襲し、そこに示されている内容をより具体的かつ詳細に事例を踏まえながら記述したものである。

1.学校教育における人権教育の改善・充実についての基本的考え方

  人権とは、人権擁護推進審議会答申(平成11年)において、「人々が生存と自由を確保し、それぞれの幸福を追求する権利」であるとされている。このような人権が尊重される社会を目指すために、人権教育が果たす役割は重要である。人権教育については、人権教育及び人権啓発の推進に関する法律第2条において、「人権尊重の精神の涵養を目的とする教育活動」であると定義されている。
  人権教育に取り組むに際しては、人権に関わる概念や人権教育が目指すものについて明確にするとともに、教職員がこれを十分に理解し、共通理解の下に学校全体として組織的・計画的に進めることが肝要である。
  第二次取りまとめにおいては、第一次とりまとめに引き続き、人権教育の目標を、「一人一人の児童生徒がその発達段階に応じ、人権の意義・内容や重要性について理解するとともに、[自分の大切さとともに他の人の大切さを認めること]ができるようになり、それが様々な場面や状況下での具体的な態度や行動に現れるようにすること」としている。
  このような人権教育の目標は、教育基本法第1条に定める「人格の完成を目指し、平和的な国家及び社会の形成者として、・・個人の価値を尊び・・自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成」という「教育の目的」と合致するものであり、全国の学校はもちろん、社会教育においても、家庭教育においても実践されるべきものである。
  このような人権教育においては、「子ども達が自分の人権とともに他の人の人権を守るための意欲や態度とそれを通じた実践行動をとるようにする」ために、人権教育に関する知的理解と人権感覚を培う必要がある。また、このようなものを支える基盤として全ての関係者の人権が尊重されるような環境づくり(学校づくり、学級作り又は家庭環境づくり等)が必要である。
  今回の第二次とりまとめを読んで頂くと分かることだが、今回の第二次とりまとめでは、「人権教育とは何であるか」について分かりやすく明示しているとともに、そのために必要となる個々の教員の取組、学校全体の組織的な取組及びそれらを支援する教育委員会の取組などについて、体系的かつ総合的に示している点について画期的である反面、その取組内容は決して目新しいものではなく、むしろ、これまで一生懸命人権教育の推進に取組んできた学校及び教育委員会にとっては、その既存の活動を、国が理論的に裏付けるものとなっていると考えている。
  また、全国各地で児童生徒をめぐって起きている様々な問題行動や、不登校又はいじめ等の生徒指導上の課題を考えるとき、保護者、家族、友人、教員又は地域の大人達等から、何からの人権侵害を受けていることが考えられ、このような人権が尊重されるような取組を通じて、これらの対策としていくことが重要である。この観点から、人権教育で進めようとしている「自分の大切さとともに他の人の大切さを認めることができること」を学校教育の各場面で実践していくことは、いわゆる「積極的生徒指導」として問題行動の予防のために各学校現場で実践されることと、必ずしも「イコール」ではないが、かなりの部分で一致するものであると考える。

2.学校教育における指導の改善・充実に向けた視点

  以上のような人権教育の目標のためには、以上の基本的考え方を踏まえつつ、学校教育における指導の改善・充実を図ることが必要である。
  第二次とりまとめでは、1.子ども達に上記の「人権に関する知的理解」と「人権感覚」を身に付けさせるため、個々の教育場面における指導内容、指導方法、効果的な教材等を整える必要があることから、自主性の尊重や体験的な活動を取り入れるなどの指導方法の工夫、児童生徒の発達段階や実態に即した内容・方法、教育の中立性の確保、効果的な学習教材の選定・開発等の在り方を提示している。
  また、2.このような教育実践を行う教職員の人権尊重の理念の理解・体得が必要であることから、人権教育に関する教員研修の在り方を提示している。
  さらに、3.このような教育実践は学校全体で行われる必要があることから、学校教育活動全体を通じた人権教育の推進、学校としての組織的な取組とその点検・評価の在り方を提示するとともに、このような学校の取組を学校だけで行うのではなく、地域の関係機関と連携して実施するため、家庭・地域との連携及び校種間の連携の在り方を提示している。
  特に、教職員に関して言えば、児童生徒一人一人の大切さを自覚し、一人の人間として接するという教職員の姿勢そのものが、人権教育の重要な部分であり、また、教職員同士の間においても互いを尊重する態度を大切にし、例えば指導上の課題について互いによく話し合う事ができるような環境づくりに努める事が求められる。

4 第二次とりまとめの今後の予定

  我々は、この第二次とりまとめを1つの手段として、人権教育を全国津々浦々の学校で推進していきたいと考えている。もちろん、各学校及び地域にはそれぞれの実態があるため、地域の実情や児童生徒の実態又は発達段階等に応じて様々な人権教育の形態があるのだろう。
  そのような多様な人権教育を推進するためには、各地域の人権教育を推進するリーダー達を育成する事が必要である。このため、10月26日から28日まで「人権教育を推進するための指導者の育成を目的とした研修(いわゆる「人権教育セミナー」)において、各都道府県・政令指定都市の人権担当の指導主事、「人権教育研究指定校」等の学校の管理職や中心となっている教員に対して、「第二次とりまとめを、どのように各地域の実践に生かしていくのか」に関する研修を行ったところである。各地域においては、同研修に参加した担当者を中心に、人権教育の推進に努めて頂きたい。
  また、同時に、第二次とりまとめを10月26日から11月18日までパブリック・コメントに付し、広く社会全般から意見を頂戴していくこととしている。
  今後は、このパブリック・コメントの意見等を踏まえ、「人権教育の指導方法等に関する調査研究会議」において第二次とりまとめの修正の必要性等を検討し、12月上旬には確定版として「第二次とりまとめ」を公表する予定である。
  この確定版の「第二次とりまとめ」については、12月上旬の公表時に通知等を通じて示すとともに、1月下旬に予定している「平成17年度第2回全国都道府県・政令指定都市生徒指導担当指導主事連絡会議」において、各都道府県・政令指定都市の皆様に説明することを考えている。

4 主要行事の予定又は連絡事項等

  (全てを記載しているわけではありませんので、必ず正式文書で確認をお願いします。)

  • 生徒指導メール・マガジン第14号 11月30日(水曜日)
  • 「問題行動に対するブロック協議会」(近畿ブロック) 10月31日(月曜日)於:「ホテルアバローム紀の国」
  • 「平成17年度スクーリング・サポート・ネットワーク整備事業連絡協議会」 11月4日(金曜日)於:「国立オリンピック記念青少年総合センター」

5 施策に関する各地域からの提言又はQ&A

  今回は特になし。

本件連絡先

  • 文部科学省初等中等教育局児童生徒課 生徒指導企画係
  • メール・マガジン問い合わせ先 <jidou@mext.go.jp
  • 電話:03‐5253‐4111(内線3055)、FAX:03‐6734‐3735
  • ※ 生徒指導及び進路指導上の優れた実践事例を公募したいと思います。全国的に紹介したい事例がある場合には、ご執筆の上、送信いただきたいと思います(その際、執筆者が都道府県・指定都市教育委員会でなくても、学校又は市町村教育委員会の執筆でも可です)。内容を見て、「各地域又は学校の優れた取組みの紹介」の項で紹介していきたいと思います。
  • ※ 教育課題についての質問や提言、他の都道府県教育委員会へ伝えたいニュースや連絡事項などありましたら、上記アドレスまで返信メールの送信をお願いします。なお、恐縮ですが、質問に関しては、全体に周知する事が必要なものについて、本メール・マガジンで回答していきます。
  • ※ メール・マガジンは、文書による通知・連絡とは異なり、あくまでも文部科学省からの情報提供を目的としています。通知・連絡については、従来通りの方法にて行いますのでご留意願います。

お問合せ先

初等中等教育局児童生徒課

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