1.1.体験活動の教育的意義

体験活動について

 体験活動とは、文字どおり、自分の身体を通して実地に経験する活動のことであり、子どもたちがいわば身体全体で対象に働きかけ、かかわっていく活動のことである。この中には、対象となる実物に実際に関わっていく「直接体験」のほか、インターネットやテレビ等を介して感覚的に学びとる「間接体験」、シミュレーションや模型等を通じて模擬的に学ぶ「擬似体験」があると考えられる。しかし、「間接体験」や「擬似体験」の機会が圧倒的に多くなった今、子どもたちの成長にとって負の影響を及ぼしていることが懸念されている。今後の教育において重視されなければならないのは、ヒト・モノや実社会に実際に触れ、かかわり合う「直接体験」である。

  • 本稿における体験活動とは、教科学習においてその指導目標達成の手段として行われる、例えば観察、実験等の類のものではなく、自然教室や臨海学校のように、それ自体、目標や指導計画、指導体制、全体の評価計画などを持つまとまりのある教育活動を意味するものである。

 体験活動は、豊かな人間性、自ら学び、自ら考える力などの生きる力の基盤、子どもの成長の糧としての役割が期待されている。つまり、思考や実践の出発点あるいは基盤として、あるいは、思考や知識を働かせ、実践して、よりよい生活を創り出していくために体験が必要であるとされている。具体的には、次のような点において効果があると考えられる。

  • 1現実の世界や生活などへの興味・関心、意欲の向上
  • 2問題発見や問題解決能力の育成
  • 3思考や理解の基盤づくり
  • 4教科等の「知」の総合化と実践化
  • 5自己との出会いと成就感や自尊感情の獲得
  • 6社会性や共に生きる力の育成
  • 7豊かな人間性や価値観の形成
  • 8基礎的な体力や心身の健康の保持増進

・・子どもたちに[生きる力]をはぐくむためには、自然や社会の現実に触れる実際の体験が必要であるということである。子どもたちは、具体的な体験や事物との関わりをよりどころとして、感動したり、驚いたりしながら、「なぜ、どうして」と考えを深める中で、実際の生活や社会、自然の在り方を学んでいく。そして、そこで得た知識や考え方を基に、実生活の様々な課題に取り組むことを通じて、自らを高め、よりよい生活を創り出していくことができるのである。このように、体験は、子どもたちの成長の糧であり、[生きる力]をはぐくむ基礎となっているのである。しかしながら、・・今日、子どもたちは、直接体験が不足しているのが現状であり、子どもたちに生活体験や自然体験などの体験活動の機会を豊かにすることは極めて重要な課題となっていると言わなければならない。こうした体験活動は、学校教育においても重視していくことはもちろんであるが、家庭や地域社会での活動を通じてなされることが本来自然の姿であり、かつ効果的であることから、これらの場での体験活動の機会を拡充していくことが切に望まれる。・・
(「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第一次答申)」平成8年7月19日中央教育審議会答申より)

体験活動の充実について

 体験活動については、戦後の学習指導要領の改定の度に、その重要性が唱えられ、充実・拡大されてきた。特に、近年では、平成10年に改定された現行の学習指導要領において、学校行事を中心に自然体験やボランティア活動などの社会体験の充実が求められるなど、教育課程上の配慮事項となっている。また、平成12年の教育改革国民会議の報告において、「少子化・核家族時代における自我形成、社会性の育成のために、体験活動を通じた教育が必要である」とされ、体験活動の重要性が改めてクローズアップされたところである。
 これらを踏まえ、平成13年に学校教育法の改正が行われ、各学校の教育目標の達成に資するよう、教育指導を行うに当たり、子どもの体験的な学習活動や、ボランティア活動など社会奉仕体験活動、自然体験活動その他の体験活動の充実に努めることとされた。同時に、社会教育法についても学校教育法同様の改正が行われ、学校教育・社会教育の両面から子どもの体験活動の一層の推進が求められることとなった。

(参考)学校教育法

第31条

 小学校においては、前条各号に掲げる目標の達成に資するよう、教育指導を行うに当たり、児童の体験的な学習活動、特にボランティア活動など社会奉仕体験活動、自然体験活動その他の体験活動の充実に努めるものとする。この場合において、社会教育関係団体その他の関係団体及び関係機関との連携に十分配慮しなければならない。(第49条、第62条で中、高に準用)

 最近では、「新しい時代の義務教育を創造する」(平成17年10月26日中央教育審議会答申)でも、「・・基礎的な知識・技能の育成(いわゆる習得型の教育)と、自ら学び自ら考える力の育成(いわゆる探求型の教育)とは、対立的あるいは二者択一的にとらえるべきものではなく、この両方を総合的に育成することが必要である・・」という観点から、例えば自然の中での長期集団宿泊体験の機会の拡充など、様々な体験活動の重要性が指摘されているところである。

  • 平成18年に教育基本法の改正が行われ、「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画する態度」、「生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度」が教育の目標として新たに規定された。これを受け、平成19年には学校教育法も改正され、公共の精神、社会の形成への参画、自然体験活動の促進、生命及び自然を尊重する精神、環境の保全に寄与する態度が義務教育の目的として、新たに規定されている。
    このことを踏まえ、学校教育における体験活動を一層推進していく必要があると考えられる。

【学校教育法】

第21条義務教育として行われる普通教育は、教育基本法(平成18年法律第120号)第5条第2項に規定する目的を実現するため、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

  • 一 学校内外における社会的活動を促進し、自主、自律及び協同の精神、規範意識、公正な判断力並びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
  • 二 学校内外における自然体験活動を促進し、生命及び自然を尊重する精神並びに環境の保全に寄与する態度を養うこと。

体験活動の重要性について

(1)近年の子どもをめぐる課題

 このように、教育課程における体験活動の充実が進められてきたところであるが、依然として子どもの問題行動等が教育上の重要な課題として指摘されている。特に、人間関係をうまく作れない、集団生活に適応できない子どもの増加やいじめの陰湿化に代表される規範意識の低下、物事に創意をもって取り組む意欲の欠如、いわゆる「キレる」子どもの問題など、これまで見られた問題の深刻化とともに新しい教育課題の発生も指摘されているところである。これらの課題は様々な要因が絡み合って生じているものと考えられるが、問題の背景として、例えば次のような状況が挙げられるのではないかと考えられる。

1自然や地域社会と深く関わる機会の減少

 身体全体で対象に働きかけ、関わっていく体験活動では、「見る(視覚)」「聞く(聴覚)」「味わう(味覚)」「嗅ぐ(嗅覚)」「触れる(触覚)」を働かせ、物事を感覚的にとらえることが大きな意味を持つ。自然体験は、こうした感覚を総動員し、感性を最大限伸ばす可能性がある。地域に住む人々との交流を経験することで、共存の精神、自他共に大切するということを学んでいく。しかし、各種調査結果から、こうした体験は都市化の進展等とともにどんどん減っている。

2集団活動の不足(「集団」から「個イコール孤」へ)

 学齢期の子どもへの教育活動は集団での活動を基本として行われる。学校外での活動とあいまって、集団内の様々な人間関係の摩擦や集団で行動することで得られる独特の成就感・達成感等を通じて、集団を維持するために自らを律する精神や集団活動の意義を学び、社会性を徐々に体得していくものである。しかし、こうした体験が、少子化、都市化、情報化等の社会の変化に晒され、減ってきている。このため、集団行動を忌避し内に閉じこもる子どもや、集団の一員としての自覚や責任を十分認識できず、社会性ある適切な行動を選択できない、些細なことでも感情を制御できずいさかいを起こす子どもの増加が懸念されている。

3物事を探索し、吟味する機会の減少

 インターネットやマルチメディアの時代にあっては、情報を得ることが以前より非常に容易になるとともに、子どもが膨大な量の情報に晒されている。このような中で、情報の取捨選択が困難になるとともに、子どもが一つの物事に集中して考えたり、あれこれ思いをめぐらせる機会が減っている。

4地域や家庭の教育力の低下

 核家族化や共働き世帯の増加などの社会環境の変化に伴い、地域コミュニティが衰退するとともに、家庭の教育力の低下が指摘されている。本来は地域や家庭において育まれるべき早寝・早起きなどのしつけや基本的な倫理観・社会性の育成などが十分なされていないことがあるとされている。

(2)長期宿泊体験が有する意義

 このような最近の子どもたちをめぐる課題に対しては様々な観点から対策を講じる必要があるが、なかでも体験活動が課題解決に果たす役割は大きいと考えられる。例えば、自然体験が豊富な子どもの中には道徳観・正義感に富む子どもが多いなど、自然体験が子どもに一定程度の良い効果をもたらすことが各種調査等から明らかになりつつある。昨今特に指摘される子どもの対人関係面や意欲面での課題を考えると、特に自然の中での長期宿泊体験活動が効果を挙げるのではないかと考えられる。
 ここでは、長期宿泊体験活動で期待される4つの効果について述べる。

1集団生活の中で協調性・自律性を育む

 長期宿泊体験は、日頃の生活指導・生徒指導が目指す社会性の育成や適切な人間関係の構築方法の習得を一遍に行える良い機会であると考えられる。一般に、人間関係の問題や生理的な欲求(食べる、寝る、排泄する等)を我慢できるのは2泊程度までで、3泊目頃から生活環境の違いや一定の人間関係の摩擦に耐えられなくなり、時には友人と衝突したり、ホームシックにかかることが多いと言われている。しかし、これを何とか乗り越えたとき、子どもたちは確かな変容を遂げている。それらは、「何か一回り大きくなったように感じる」、「生活態度も改善されたと感じる」、との保護者の感想にも現れている。育まれた協調性の精神はすぐにはその効果が現れなくても、何年か先に困難が生じた時に知らず知らずのうちに生かされるかもしれない。

青少年の自然体験活動等に関する実態調査 グラフ

学習意欲に関する調査研究 グラフ

2「知」を総合化し、課題発見能力や問題解決能力を高める

 子どもの思考力や判断力等は、基礎的・基本的な知識・技能の蓄積の元に築かれる。しかし、通常の教科学習だけでは、このような知識・技能を様々な学習活動に活用していくこと、社会生活において応用していくことが難しい面もある。体験活動は、子どもを日常とは違うフィールドに立たせ、子どもは様々な課題に直面する。子どもは「おや、なぜ、どうして」という問題意識を持つ。そして、それを放置することなく、日頃学んだことを生かし、与えられた課題の解決を図る。その過程には当然挫折や失敗がつきものであるが、試行錯誤を経て解決に努める。体験活動を、教育的効果が高まるようポイントをしっかり押さえながら実施することによって、学んだことをより実践化することができ、「生きる力」の育成に資するものになると考えられる。

3学びの意欲を促進する

 平素と異なる環境下で様々な体験を行う体験活動は、刺激的な出会いと感動体験にあふれている。子どもの興味関心が様々なものに向けられるよう上手くプログラムを構成できれば、子どもの意欲を最大限引き出すことができると考えられる。事後指導の充実等により、引き出した意欲を平時の教育活動や学級経営に生かすこともできる。

4幅広い年齢層との多様な交流の機会を得る

 多様なモノだけでなく、児童生徒以外の多様なヒトとのふれあいが生まれるのも、体験活動のメリットである。保護者や教職員以外の人から指導を受けたり、様々なことを教えてもらう機会が提供され、はっと気付かされるような事態とも遭遇するだろう。大人が率先していろいろな活動に取り組み、「モデルとしての大人」を子どもに示すことができれば、その背中を見て何か考え、動き出す子どももいることであろう。学校間交流、地域間交流などをプログラムに組み入れれば、多様な可能性が更に広がることが期待される。

-- 登録:平成21年以前 --