著名人インタビュー 室伏 広治(むろふし こうじ)さん

~子供の頃に学校で学んだことが今の自分にどうつながっているか~ 

今回は,2004年アテネ五輪金メダリスト(陸上競技ハンマー投げ),またスポーツ・バイオメカニクスの分野について研究し博士号(体育学)を取得し,国立大学法人東京医科歯科大学教授,東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会スポーツディレクターの室伏広治さんにインタビューしました。

先生に恵まれ,幅広いことを学んだ子供時代

-子供の頃,どんな教科がお好きだったのですか。室伏広治さん01

もちろん体育は好きでしたが,他にも,例えば国語の授業が印象に残っています。小学校低学年の時の担任の先生が「発言すること」をとても大切にしていて,その雰囲気の中で国語の授業が行われていたのを覚えています。また,中学校の国語の先生は,子供たちの学習意欲を引き出そうとしてくださいました。新しい学習指導要領にも重なるところがあるかと思いますが,今の教育で重要な点を教えてくれる先生に出会えました。先生に恵まれたと思っています。
また,意外だと思われるかもしれませんが,家庭科も好きでした。調理実習では「火を使って調理をするのはおもしろいな」と思いました。裁縫も結構好きで,布に図案を描いて,丸い刺繍枠を使って刺繍をしたのが楽しかったです。今でも上手に縫えますよ。小学校や中学校では幅広いことを体験できて,よかったと思っています。

-どんなお子さんだったのですか。

小学生の頃は,何か事件が起これば必ず自分が疑れるくらいのいたずらっ子で,先生にも何度も怒られました(笑)。でも,高校で本格的にスポーツをするようになって規律ある生活をする中で,おとなしくなっていきました。きっとエネルギーが余っていて,エネルギーを向ける場所が必要だったのかもしれないですね。私の場合,それはスポーツでした。

-小さい時から運動は得意だったのですか。

生後5か月で腹筋運動のように上体を起こし,生後6~7ヶ月で物干し竿にぶら下がり,腕でお腹まで身体を引きつけたと聞いています。また,小学校1年生で立ち幅跳び1m90cmを記録しました。

―(一同,驚。)


得意なこととの出合い

―学校の体育の授業は物足りなかったのではないですか。

そんなことはありません。瞬発力を要する運動は得意でしたが,持久力が求められる運動は苦手でした。小学校で初めてマラソン大会に出た時,序盤はトップだったのにゴール時点では最下位で,とてもショックを受けた記憶があります。しかし,父に「お前はマラソンが得意ではないというだけの話だ」と言われました。人には得意なことと苦手なことがあると気付いた経験です。

室伏広治さん02-小さい時からハンマー投げ一筋だったのですか。

いいえ,色々なスポーツをしていました。小学生の頃は地域の野球チームに所属しましたが,すぐにやめました。水泳教室にも行っていました。水泳は続けましたよ。
本格的に行っていた訳ではないこともあり,私は特に中学生までにスポーツでずば抜けてすごい成績を残しているわけではありません。ただ,いろいろな競技をやって,ハンマー投げが自分に向いているという結論に行き着きました。自分に向いているものを見つけることがとても重要だと思っています。

―同じくハンマー投げ選手だったお父様(室伏重信氏:元五輪日本代表)にハンマー投げを勧められたのですか。

親に強制されるのを子供は嫌がるということを分かってくれていたのか,ハンマー投げをやれと言われたことはなかったです。でも,本当に得意なものを探すことには協力してくれましたし,それがハンマー投げだと分かった後は熱心に指導してくれました。

-競技生活で行き詰まった経験はおありですか。

反抗期,父や指導者から話を聞かない時期がありました。そういう時期は,記録が伸び悩みました。そこで,まず人の話を聞こうと。すると,記録が伸びていきました。行き詰まった時,自分だけで考えるのは難しいし,時間がもったいないと学びましたね。
私のハンマー投げの成績がよかったのは,専門家である父の指導をしっかり受け止めて,父が失敗したのと同じ失敗をしなかったからだと思っています。父が苦労したところを,父の指導のおかげもあって,うまくクリアすることができた。練習をすればするほど成績が伸びるというものではなく,良き指導者の話を聞いて練習の方向性を決めることもとても大切だと思っています。

競技生活を続けながらの博士号取得

-大学院でスポーツ・バイオメカニクスについて研究され,博士号(体育学)を取得されています。

けがをしたり引退したりした時のことも見通して競技とは別の道も考えておくべきと,私が競技を始めた頃から父にずっと言われていました。それもあって,現役で競技生活を続けながら大学院に行き,自分の競技にも役立つスポーツ・バイオメカニクスを研究しました。

-なぜスポーツ・バイオメカニクスを研究テーマとして選ばれたのですか。

自分は世界の選手に比べ体格的に劣っていましたが,それを補うだけの究極の動きを模索することができるのではないかと思い,スポーツ・バイオメカニクスに関心をもつようになりました。「ハンマー投げの記録を伸ばしたい」「選手寿命を延ばしたい」という思いで,客観的な視点で効率の良い運動とはどういったものなのかを追究しました。

―今後はどのような分野の研究をされる御予定ですか。

分からない点がまだ多くある分野の解明に取り組みたいと思っています。例えば,現代の高齢社会という背景もありますが,中高年の方の運動としてどのようなものがふさわしいか,また運動が人間の精神面にどのように影響を及ぼすかなどに関心があります。自分も様々な工夫により選手生命を延ばすことができたので,どうすれば多くの人が年をとってからも元気でいられるか,研究を通じて考えたいと思っています。

東京2020オリンピック・パラリンピックに向けて

-今後の室伏さんの目標を教えてください。
室伏広治さん03

まずは東京2020オリンピック・パラリンピックを成功させたいです。自分も1984年のロサンゼルスオリンピックを生で見て感動しました。そして,いつか出てみたいと思いました。東京2020大会で選手たちの姿を見たら,きっと子供たちも感動を覚えると思います。選手は本当に真剣にやっていますから。東京2020大会を成功させて,日本にいいものをもたらせればと思います。

-実は,新しい学習指導要領のリーフレットでも,オリンピック・パラリンピックに触れました。オリンピック・パラリンピックのメダルづくりという例を用いて,各教科等を通じて得た力が社会に出てからも生かされることを紹介しています。

いろいろな教科で学んだことを活用してメダルがデザインされるというのは,その通りだと思います。東京2020オリンピック・パラリンピックの「都市鉱山からつくる!みんなのメダルプロジェクト」も,学校で環境について学んだことが生かされたプロジェクトだと思います。 このリーフレットを見て,個々の教科等で得た力がバラバラのままでは意味がない,たくさんの人が色々な教科等で得た力を生かして考えたことが合わさって,オリンピック・パラリンピックごとに素晴らしいメダルが出来上がるのだと思いました。


新しい学習指導要領リーフレット(裏面)「オリンピック・パラリンピックのメダルをつくるなら」(※PDF)

-確かに,実社会では,個々の教科等を通じて得た力をバラバラで発揮するのではなく,自分がもっている様々な力をトータルで発揮していくことになりますね。

子供たちへのメッセージ

-最後に,子供たちへのメッセージをお願いします。

子供の神経系は,いわゆる「ゴールデンエイジ」,11歳くらいまでの期間にほぼ完成すると言われています。この期間に体を動かす経験を多く積んでほしい。その際,指導してくれる人の話もしっかり聞いてほしいと思います。例えば,ブランコの漕ぎ方にもコツがあります。ハンマー投げのダイナミクスを解明する中で研究した振り子の原理に基づく考え方ですが,ブランコは振り子の最下点である地面の近くを通過するときにスピードをアップするチャンスがある。このタイミングで膝を素早く伸ばす。これだけでブランコが劇的に上手に漕げるようになります。子供がこのようなコツを教えてもらい,「できた!」と思える経験を積むことは大切だと思います。
また,東京2020オリンピック・パラリンピックを機にたくさんの海外の方が日本にいらっしゃると思いますが,子供たちには積極的に海外の方と交流をしてほしいと思います。大切なのは,英語が話せるか話せないかではなく,母国語が違う方とも積極的にコミュニケーションをとろうとする,ちゃんと自分の意思を持って伝えようとする気持ちだと思います。海外の方との交流を通じて,子供たちが得るものはたくさんあると思います。

-本日は本当にありがとうございました。

※ 中等教育資料4月号で,ここに掲載しきれなかった室伏さんのお話を紹介しています。ぜひ御覧ください。


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