東京女子体育大学報告書概要

1.総合学科に在籍する生徒の意識

  •  総合学科のイメージは、多くの選択科目が開設されている(68.5%)、興味関心を深められる(33.6%)、個に応じた指導をしてくれる(29.1%)、自分の生き方を考える学習ができる(23.5%)であった。「多くの選択科目が開設されている」が他の回答の2倍以上であることから、「科目選択できる学校」が総合学科に対する中学生の最も強いイメージである。
     
  •  科目選択のためのガイダンスがどの程度充実していたかについては、「とても充実していた」「やや充実していた」が77.8%であり、各学校で創意工夫し、より良い科目選択ができるように努められてきた結果といえる。
     
  •  一方、「科目選択の仕方がわかりにくい」「科目選択が急すぎる」といった科目選択の時期や方法に関する問題、「取りたい科目が抽選でとれなかった」「科目選択で思ったよりとりたい科目がとれない」「将来の夢が変わったら、時間割変更をすんなりできるようにして欲しい」といった科目選択の運用面の問題、「先生が理解していなさすぎ。学年の先生たちももっと担当の先生に聞きに行ったりした方が良いと思う」といった教員側の問題も指摘された。
     
  •  改善点を要すると考えている項目は、授業内容に関すること(45.3%)、科目選択に関すること(36.2%)、系列に関すること(11.9%)、「産業社会と人間」に関すること(4.4%)、進路に関すること(2.1%)となっており、生徒たちは、体験的な学習方法、個性尊重の教育、キャリア教育に向けた科目選択や進路指導の充実など、総合学科の特色をより明確にするための改善点を上げた。普通科には無い、総合学科ならではの教育を、生徒たちが求めていることの表れであると言える。

2.生徒の主体的な学びを促すための指導上の工夫

(主体的な学びを喚起するはたらきかけ)

  •  総合学科における主体的な学びの源泉は、科目選択(自分の時間割づくり)とそれに基づく学習及び「産業社会と人間」を起点とするキャリア教育の両輪であり、生徒が主体的に学びを行っていくには、生徒個人の内面にはたらきかけ、学びに対するモチベーションを高めることが必要である。主体的・意欲的な学習を喚起するには、課題意識を持たせ自己の目標を明らかにさせることが特に有効である。「産業社会と人間」などのキャリア教育において、代表的な学習活動としては、「自己理解」「職業理解」「社会認識」「履修計画・人生設計」等が挙げられる。

(主体的な学びの典型である探究活動(課題研究)の推進)

  •  生徒一人ひとりがテーマを設定し、そのテーマを追求するために、毎時の学習計画をたてて、調査・実験・観察・製作・調べ学習、まとめ、報告書作成、発表会・報告会等の学習を展開している。この探究活動は、自分の時間割で学んだ学習の集大成を行うとともに、次のステップ(職場・上級学校)へ進むための動機付けや目的を明らかにする大切な学習活動でもある。

(「産業社会と人間」における代表的な学習活動)

  •  自己理解
     各校で様々な取組を行っている中で、特に目立ったのが「適性検査の実施」(59校)である。職業レディネステストや進路適性検査、文理適性検査等の実施があるが、中には「R-CAP(RECRUIT Career Assesment Program)」(11校)や「自己啓発リサーチ(ベネッセ)」(1校)のように情報サービス業者による検査名を挙げた学校もあった。また、「クラス開き(学年開き)」の取組として、交流分析による性格診断のエゴグラム(6校)や学級集団作りのカウンセリング方法であるエンカウンター(6校)、思考・問題整理(解決)ツールのマインドマップ(4校)などがあった。
     
  •  社会理解
     現代の日本社会(あるいは世界)の諸問題や雇用情勢についての学習活動については、国際(11校)、福祉(14校)、地域(9校)をテーマにしたものや、雇用情勢の理解を深めるために「フリーターに関する講話・理解」(5校)をテーマにしたもの等があった。また、就職希望者よりも進学希望者の多い高校では「上級学校(26校)への訪問・見学」を実施している学校もあり、多様な進路希望の生徒が在籍する総合学科の全体像を伺わせる。
     
  •  職業理解
     職業理解として実施される代表的な学習活動として、インターンシップ(18校)、就業体験(5校)、企業見学(23校)等が目立った。しかし、インターンシップについては2年次で実施する学校が多く、1年次ではまず見学(56校)やインタビュー(47校)という活動を通して、職業理解を深めた上で次年度に備えるという展開が多く見られた。インタビューや講話・講演などの対象として「職業人」が目立つが「卒業生」(21校)を活用する高校も見られた。
     
  •  履修計画
     科目選択仮登録などを実施して複数回の説明・科目選択を実施したり、保護者対象の説明会を実施するなど、きめ細やかな対応を行う学校が見られた。また、「模擬授業・授業体験」(30校)や「授業見学」(12校)のように、次年度以降受講するであろう授業を実際に受けたり見学することで、スムーズな科目選択の支援を行っている学校もある。さらに、「面談・面接」(20校)、「相談会・懇談会・カウンセリング」(10校)などのように、生徒がホームルーム担任や希望する専門教科(分野)の教員と個別の相談等を行う時間を設ける学校もあった。卒業生や上級学校の講師などを招いて意識付けを行う学校もあり、さまざまな機会を設けて生徒の主体的な科目選択を支援している。

3.総合学科の校長が考える総合学科の現状と課題

  •  「産業社会と人間」の指導体制の現状は、「専門的な組織が年間指導計画を作成し、1年次担任団を中心に授業を担当している」(64.1%)が最も多く、次いで「1年次担任団が年間指導計画を作成し、授業を担当している」(23.0%)であった。また、「その他」として、授業担当が1年次担任団に加えて2年次担任団が関わっている学校や、全教科から担当者を出している学校もあった。
     
  •  「産業社会と人間」の運営上の課題としては、教職員の負担感が強い(77.0%)が多く、その他、前例踏襲の指導計画で展開されており、改善が図られていない(30.1%)、自ら望んで担当する教職員がいない(23.9%)、年次間の方針の違いで指導に一貫性がない(9.6%)となっている。
     
  •  一方、改善策として「年度間で必ず申し送りをしている」(53.6%)、「生徒対象のアンケート調査を行い、次年度の指導に生かしている」(22.4%)が挙げられた。その他、「本校の実態に応じた「産業社会と人間」の在り方について検討している」、「教師用指導マニュアルを作成し、指導に毎年差が出ないように計画中である」「授業実施前、担当者で事前の打ち合わせを行っている」等があった。
     
  •  学校外の人材を活用している学校は85.2%であり、得られる効果としては、「生徒にとって本物に触れる機会である」(77.5%)、「より専門的な指導ができる」(73.2%)、教職員が教えられないことを教えられる」(67.9%)であった。
     
  •  一方、学校外の人材の活用における課題として、「人材の発掘が困難」(55.0%)、「謝金の確保が困難」(46.4%)、「人材の質の確保が困難」(27.8%)、「教職員の負担の増加」(25.4%)、「事前の打ち合わせが困難」(21.5%)などが挙げられた。
     
  •  情報発信の形態として最も多いのが、ホームページ(98.6%)であった。作成・更新担当者については、専門の部署を設けている学校はわずか14校しかなく、「情報管理部」「システム情報部」「教務部」「総務部」「広報部」等の分掌担当教員が分掌業務の一部として行っているケースが大多数であった。次いで、学校説明会(入試説明会などを含む)(85.2%)であり、開催は年に5回未満という学校が155校と最も多く、次に5回以上10回未満という学校が32校であった。その他、「塾訪問」「学校紹介DVDを小・中学校に配布」「マスコミに依頼」「独自の掲示板を各中学校に設置」「中学校教員対象の説明会の開催」等があり、各学校とも工夫しながら情報発信に取り組んでいる。
     
  •  情報発信においては、「中学生の総合学科に対する理解が深まった」(86.6%)、「中学校の教員の総合学科に対する理解が深まった」(77.0%)、「保護者の総合学科に対する理解が深まった」(70.8%)等の成果がある一方、「中学校の教員の総合学科に対する理解が浸透しない」(35.9%)、「保護者の総合学科に対する理解が浸透しない」(34.4%)、「地域の人々の理解が浸透しない」(29.2%)といった課題もある

4.都道府県教育委員会への質問紙調査による総合学科の評価と展望

  •  総合学科の高等学校を設置する意義については、「生徒が将来の職業選択を視野に入れた自己の進路への自覚を深めさせる学習をさせる」(44教育委員会)、「生徒の個性を生かした主体的な学習を通して、生徒に学ぶことの楽しさや成就感を体験させる」(42教育委員会)、「普通教科と専門教科の融合による多角的な教育を可能にする」(35教育委員会)等が挙げられる一方、「他学科の高等学校にとって、教育課程の弾力化の事例を示す」(6教育委員会)、「従来の偏差値による序列意識を打破するための契機を生み出す」(5教育委員会)である。また、「地域の人々にとって、生涯学習機関としての役割を担う」(5教育委員会)であり、現状では地域を巻き込んだ生涯学習の教育機関としての期待も小さい。
     
  •  総合学科の高等学校がもたらした成果については、「生徒が将来の職業選択を視野に入れた自己の進路への自覚を深めている」(41教育委員会)、「生徒が学ぶことの楽しさや成就感を体験している」(36教育委員会)、中学生に対して幅広い進路を提供できた」(32教育委員会)であった。一方、「総合学科における教育に関する教員研修が進んでいない」(9教育委員会)「総合学科の教育に関する研究が進んでいない」(8教育委員会)といった意見もあり、今後の検討課題として挙げられる。

5.今後の総合学科の在り方に関する本調査研究からの提言

  •  将来の職業選択を視野に入れた進路への自覚を深めさせる学習、すなわち「産業社会と人間」の実践を積み重ねてきたのは総合学科である。職業に関連する多様な選択科目を開講し、必要に応じて社会人講師を招聘して、あるいは職場見学・職場実習も行って、「学校と社会・職業との接続」を考えさせてきたのは総合学科である。総合学科の実践が我が国の高校教育を改革していく先導であり、総合学科の理念は、今も正しい。
     
  •  本調査研究は、「産業社会と人間」が生徒のキャリア意識の形成にいかに有効であるかを様々な角度から証明した。すべての高等学校で「産業社会と人間」を実践すべきである。
     
  •  総合学科は、その地域(小・中・高・上級学校・企業等を含めて)のキャリア教育を牽引していく拠点校になる事が期待できる。よって、かつて文部科学省の総合学科整備の目標であった「1通学区に1校の総合学科を設置する。当面の設置目標を500校とする」を復活させて、キャリア教育の先駆的実践を積み重ねてきた総合学科を拠点校として整備すべきである。
     
  •  学科別生徒数では約72%が普通科であるが、将来の生き方や職業を考えたことがないうちに、とりあえず進学するといったモラトリアム進学・目的意識の低い進学が勤労観・職業観の希薄な若者を生み出している。普通科の多くを総合学科に改編すべきである。高等学校の再編整備も一段落して、教育委員会はこれ以上の総合学科設置は計画していないという。これからは、過剰な普通科を総合学科に改編していくための文部科学省の政策が求められている。
     
  •  総合学科は、教科・科目指導以外の仕事量が多く、教員定数や学校カウンセラー・キャリアカウンセラー・情報処理職員の配置など、教員の多忙感を減じるための施策が必要であることはいうまでもないが、厳しい財政状況であることから、総合学科の理念に意気を感じる教員を多く育成するための施策を考えるべきである。「教育センター」等で、「キャリア教育に関する講座」を設置し、研修を義務化することや、教員免許講習の際に、「キャリア教育」や「高校改革や教育制度」などについて扱う内容を必ず含めるように必修化するべきである。
     
  •  現職の高校教員の意識は「教科教育の専門家」である。キャリア教育のために「産業社会と人間」を担当することは、「余計な雑務」である。この意識を変えなければ、総合学科も「産業社会と人間」も発展しない。大学の教職科目に「キャリア教育」を必修化するべきである。
     
  •  「産業社会と人間」は、キャリア教育の先駆的実践としても高く評価されるべきである。今日、総合学科が低迷しているかのような印象を受ける原因は、文部科学省にもあるのではないか。総合学科は、一人一人の生徒に手間暇かける効率の悪い教育であり、結果はすぐには出ない。それでも一人一人を大切にする教育の実現を目指した総合学科は、「量的拡大から質的向上へ」をスローガンにした高校教育改革の柱であったはずである。本調査研究は、文部科学省が高校教育改革の理念に立ち返って、とりあえず総合学科の500校設置を強力に推進し、高校教育の質的充実を図るべきである。

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-- 登録:平成24年05月 --