東京学芸大学 教育学部教授 高橋智氏 インタビュー概要

1.実施日

平成22年11月17日(水曜日)

2.インタビュー対象者

東京学芸大学 教育学部教授 高橋智 氏

3.概要

○ 高校のユニバーサルデザイン教育

 ユニバーサルデザイン教育とは「特別な配慮・支援を必要とする生徒にのみ対象を限定せず、全ての生徒にとって望ましい学びや発達保障ができるように教育実践をデザインして子どもの学習と発達の権利保障をめざす教育システム」である。「ユニバーサルデザイン」の概念を教育分野に取り入れて、学校設備等のハード面に留まらず、授業やクラスづくりなどのソフト面においても促進しようとするものであり、学びやすい環境及び学ぶ意味のある授業実践を作っていくことである。
 学校環境はバリアフル(蛍光灯、空調機、鉄棒、など特定のものに拒否反応を起こす場合がある)であり、子どもにとって不適切なものをなくしていくことも必要である。身体障害の人に対するバリアフリーについては今までもいわれてきたが、発達障害については未着手である。先生方の理解もさることながら、建物・施設設備・教材教具の在り方などを見直していくことも大事である。
 小・中学校においては理解が進み、対応もなされているが、高校においては進学がほぼ全入となっているにもかかわらず、ほとんど配慮がなされていない。入学させた生徒を卒業させるために必要な特別支援的な発想や専門家の配置などは大事である。
 その点、進学校としても著名な灘高校では中高6年間一貫教育の中で丁寧できめ細やかな指導がめざされている(独立行政法人国立特別支援教育総合教育研究所(2010)『障害のある子どもへの一貫した支援システムに関する研究-後期中等教育における発達障害への支援を中心として―(重点研究報告書)』)。校内委員会設置・特別支援教育コーディネーター指名・教職員研修はもちろんのこと、「気になる生徒」に関する情報は随時、教職員により収集され、養護教諭によってポートフォリオ形式で一括管理されている。教職員や保護者に対する研修のほか、人権・道徳教育の一環として障害当事者を講師に招聘して生徒に対する障害理解教育なども年間を通じて積極的に実施されている。灘高等学校では以前より個性豊かな生徒が多く、個性を重んじる教育がなされてきたが、6年間のじっくりとした取り組みの中で生徒同士のより深い理解が得られると報告されている。
 このように全人格教育のもと、すべての生徒のニーズに応えながら徹底した「取りこぼしのない教育」を展開することや特別支援教育も柔軟に取り入れた学習・進学支援を行うことと特別な配慮を要する生徒への支援を結びつける先駆的な取り組みは、高校における特別支援教育のあり方を考える際の重要なヒントとなる。

○ 入学者選抜、単位取得、卒業認定、欠席日数等のハードル

 特別な配慮を要する生徒の困難・ニーズの実態をふまえて入学試験、欠時数、単位取得、進級・卒業認定の配慮など、これまでとは異なる評価基準の検討や教務規定の弾力的な運用を行う必要がある。そのためには教職員の特別支援教育に関する知識・理解の高準化を目指す研修が不可欠であり、文科省レベルでの法令整備や都道府県・政令指定都市教育委員会によるガイドラインの作成等が必要である。 

○ 中学校と高校の接続と卒業後の進路

 高校にはその入り口と出口で多様な接続・連携が求められている。中学校と高校の接続の課題(情報の引き継ぎと「個別の指導計画」「個別の教育支援計画」の活用、進学資料への記載等)、高校以降の進学・就労等に関する進路指導・移行支援の課題(福祉・労働等の関係機関や高等教育機関との連携、職業リハビリテーションサービスの利用等)など検討すべき課題は多い。
 高校の場合、特別な配慮を要する生徒の進路は、生徒自身やその保護者の努力に委ねられている部分が多いが、これは高校側が十分な進学・就労に関する情報を持ち得ておらず、適切な進路指導ができていないためである。しかし障害者手帳の取得や外部の専門機関(教育相談・医療・福祉・就労)との連携が特別な配慮を要する生徒の将来を切り拓くきっかけになり得ることから、高校も発達障害者支援センター・就労支援センターなどの専門機関と連携する必要がある。
 生徒の多様なニーズに応じて適切な支援を行うためには、誰もがアクセスしやすいネットワークの構築が不可欠である。このネットワークは、問題を学校だけで抱え込まず、「公私」や「入試」の壁を越えた支援の引き継ぎがなされ、「地域」の違いにより支援が滞ることもないものでなければならない。高校のみならず、国・文部科学省・教育委員会、各種専門機関、各学校種などが一体となって取り組むべき課題である。

○ 「生徒・保護者・教師」の三者関係

 困難や課題の多い生徒やその保護者は、「いま」見えている(起こっている)困難や課題に集中していることが多く、多角的に状況をとらえる余裕がないが、支援を続ける中で自分自身(または子ども)を柔軟にとらえられるようになり、対応の仕方や取り組みなども幅広くなっていく。この根底にあるのは、俯瞰的に状況を捉え課題を乗りきる術と心の安定感を身につけることである。とくにこの「心の安定感」が重要で「この人は受け止めてくれる」「この人の言うことは聞いてみようかな」「この人たちは見守ってくれる」などという人に対する安心感が「今度はこれをやってみよう」「こんなこともできたらいいな」と親子の視点と行動を広げていく。
 こうした変容に欠かせないのもまた「生徒・保護者・教師」のきめ細やかな三者関係であり、「わかってくれる」「困った時は助けてくれる」という安心感と情報の共有が、次の一歩、また次の一歩と三者を進展させていく。困難やできないことにばかり注目しがちな生徒・保護者・教師のシングルな視点をワイドに広げていくことができるかどうかが大きな鍵となる。そのためには、教師の経験や専門性による生徒の困難・ニーズへの「気づき」をスクールカウンセラーや主治医の見解とあわせたり、他の専門職(機関)と連携していく必要もある。さらに一人の教師の「気づき」を可視化して具体的支援を行っていくためには、本人・保護者への丁寧な聞き取りと複数教師による観察やその連絡・引き継ぎが重要である。
 そのような支援のなかで、生徒は自尊感情を取り戻しながら変化していく。保護者と学校がともに関わる体制は子ども一人ひとりの自立・自律に大きな効果を与える。ユニバーサルデザイン教育を推進するにあたり、生徒・保護者・学校の三者がしっかりと手をつなぐ体制は不可欠で大切に育むべき関係である。

○ 財政措置・人的配置などの現場への支援

 国・自治体からの財政措置の問題である。高校における特別支援教育支援員、専門職の配置、教員の加配、教職員の研修、学習環境のユニバーサルデザイン化などの体制整備に行政支援は不可欠である。高校には小・中学校にあるような特別支援に関する標準的な配置がない。ほぼ全員進学にちかい高校進学の中で、小・中学校同様の対応がないのはいかがなものか。そういう意味においては高校の教師は大きなハンディを背負っているといえる。とくに私立高校には国・自治体から特別支援教育を推進する経費を支給されておらず、各校の自助努力に任せられているが、このことの見直しも不可避である。

○ 私立学校の問題

 少子化や不況による公立希望傾向などの影響を受け、生徒数確保等のために私立高校にはこれまでよりも多様な特別配慮を要する生徒を受け入れている現状がある。また私立学校は公立校とは異なり、教職員の異動がほとんどないために教職員が他校の状況を知り得にくく、さらに教育委員会の管轄下にないために特別支援教育の体制整備や十分な研修制度等をもたず、発達障害・特別支援教育などに対する意識・理解も不十分な場合が多い。特別な教育的配慮を要する生徒を把握した際には早期に支援を開始すべきであるが、教師間の問題認識の違いによって生徒の困難・ニーズへの気づきから指導の方針や方法の共有・協働に至るまでに時間がかかることも多い。
 内野・田部・髙橋(2008)の都道府県・政令指定都市の教育委員会及び私立学校主管部課を対象にした私立高校特別支援教育調査では、私立高校の特別支援教育を進める上での困難は、特別支援教育支援員の配置、教員定数の改善等にかかわる財政面を指摘するものが11私学主管部課(61.1%)、建学の精神・私学の自主性の尊重を挙げたのが9私学主管部課(50.0%)であった。特別支援教育推進の財政支援が訴えられ私立学校所管の知事部局の対応が求められているとともに、特別支援教育のシステムを私立高校の「建学の精神にもとづく独自の教育理念・伝統・方針」とどのように整合させるのかについて教育行政の指針・対応が問われている。

○ 大学入試センター試験における特別措置

 大学入試センター試験において特別措置を申請できる障害種に発達障害が付加され、2011年1月実施の試験から発達障害者への特別配慮が開始されたことも特徴的な動向である。自閉症、アスペルガー症候群、広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害のため特別な措置を必要とする者への対応として審査に通れば、試験時間の1.3倍延長、チェック解答、拡大文字問題冊子の配付、別室の設定、試験室入口までの付添者の同伴などが措置される。その申請には医師の診断書と高校からの状況報告・意見書の提出が義務づけられ、とくに状況報告・意見書には高校で受けた支援についての記述、個別の指導計画などの提出や校長名での申請が求められている。
 大学入試センター試験の特別措置は高校における特別な教育的配慮の実施が前提になることを鑑みると、発達障害の生徒および保護者から高校へ特別支援教育推進を求める声が高まることも予想される。国公立大学進学をめざす生徒の多い「進学校」などにおいても特別支援教育推進が不可欠となり、高校における特別な配慮を要する生徒への理解と支援の拡大が期待される。

○ 全体を通して

 高校には多様な設置形態・課程や特色などがあり、それぞれに適した特別支援教育のあり方を検討する必要がある。また私立高校在籍者の割合が多いことも特徴であり、高校の特別支援教育を推進するためには体制整備や対応に公私格差の拡大を招かぬことが重要である。
 また高校生は迷いつつ自分のあり方を探している発達段階にある。今後の高校特別支援教育においては青年期特有の心身の発達やアイデンティティ形成などにも十分に配慮した特別支援教育のあり方を検討し推進する必要がある。そのひとつのあり方として、特別な配慮・支援を必要とする生徒に対象を限定せず、すべての生徒への「学習と発達の権利保障」のもとに行う「ユニバーサルデザイン教育」のあり方を探り、その構築をはかることが重要な課題である。

     (以上)

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初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室

(初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室)

-- 登録:平成23年05月 --