横浜国立大学 教育人間科学部教授 横尾恒隆氏インタビュー概要

1.実施日

平成22年12月8日(水曜日)

2.インタビュー対象者

横浜国立大学 教育人間科学部教授 横尾恒隆 氏

3.概要

(雇用問題と高校教育の在り方について)

 70年代以降の普通科の在籍比率の増加、昨今の高校再編による専門高校の減少により、高校における職業学科・専門学科在籍者の比重が下がってきている。しかし「フリーター」「ニート」「派遣切り」といったことばに象徴されるように、青年の雇用問題が深刻化する中、高校における職業教育・専門教育の位置付けを再度検討する必要がある。
 国際的にみると、日本の高校の職業学科・専門学科在籍者の比率は、諸外国と比べて著しく低い数字となっている。本来高校進学率が上がると従来の高校教育のレベルは維持できないはずなので、本来はエリートコースであった旧制中学校などの伝統を引く普通科在籍者の割合が増加するのは道理に合わないはずである。しかし日本の場合、高校進学率と大学進学率が同時並行的に増大していったうえ、大学入学者選抜が主として普通科卒業生を念頭において行われてきたこともあって、普通科志向が強まり、大学入試に不利な専門学科を避けるという傾向が顕著になったということができる。
 青年の雇用問題の深刻化の原因の一つとして、企業における正規雇用の減少と非正規雇用の増加が挙げられる。それと同時に、日本の学校教育が職業教育を軽視してきたことも否定できない。高校普通科の場合、いわゆる「進学校」の生徒は大学に進学するからよいとしても、いわゆる普通科「底辺校」については、概して進学もままならず、昨今は就職状況も厳しくなっているということもある。その意味でも、高校教育において普通科の比重が高いことについては問われるべき点がある。
 日本の高校教育がこれまで普通科重視で問題なかったのは、日本の企業の新卒一括採用、終身雇用、年功序列、企業内教育などの雇用慣行によるものであった。しかしこれらの雇用慣行も崩れており、現在では、企業内教育にかける予算も少なくなってきている。その一方で雇用能力開発機構の廃止も提起されるなど、公的な職業訓練制度も危機に瀕している。「ニート」「フリーター」などの形で青年の失業問題が顕在化している今、長期的な人材養成について考えなければならないのではないか。

(キャリア教育について)

 キャリア教育は、青年の雇用問題への対応策として推進されてきた。しかしキャリア教育には適性などを中心とした「心理主義的」な傾向が強く、「範囲や対象」が「無限定」だとの批判が出されている。また職業教育・訓練とキャリア教育が一体となって行われているわけではないので、進路選択に関する手段・方法を欠いたまま、青年たちに進路選択を強いているとの批判もある。
 キャリア教育を一面的に否定するつもりはないが、それは職業教育・訓練と並行した形でやるべきものである。その一例としてキャリア教育の一環として行われる就業体験を挙げることができる。現在中学校とともに高校では専門学科及び総合学科中心に就業体験が広がっている。しかし職業教育や専門教育を受けずに就業体験をしただけではその効果は疑問である。例えば、農業高校・農業土木科の生徒が建設会社で就業体験をした事例などは、専門で学んだことを実地で体験できるので、生徒のレポートの質はかなり高い。これに対して総合学科の生徒のレポートは、「働くことの大切さがわかった」という程度のものにとどまり、中学生のものと本質的な差がないという事例もみられる。中学生が職場体験を通して働くことの大切さを理解したということであれば、発達段階としてそれでよいといういい方もできるが、高校生の感想がそれと同じということでは問題がある。就業体験も専門教育・職業教育と関わらせてやらないと、効果はそれなりでしかない。
 ただし、普通科進学校で就業体験の事例が少ないのは問題だと思っている。なぜならば後で触れるように、日本の大学は専門教育を行うところであり、大学進学者といえども、大学での専攻を決めるためには、関連する職場での就業体験をしておいた方がよいと考えるからである。

(諸外国の事例について)

 先にも触れたように日本の高校における普通科在籍者比率の多さは、国際的にみて異常である。諸外国の場合、職業教育にもっと力を入れている。世界各国の職業教育は、大きく分けて、(1)徒弟制の伝統を受け継いだものと(2)学校教育中心のものに分けることができる。
 前者の例としてはドイツを挙げることができる。ドイツには徒弟訓練と昼間定時制学校の教育を結合したデュアルシステムがある。この国では、10歳で進学コースと就職コースとに分かれる教育制度を取っており、就職コースの生徒は、十代半ばで義務教育を終えると、すぐにデュアルシステムに入り訓練を受けることになる。これは現在の日本では考えられないことであるが、ドイツの場合デュアルシステムは、社会福祉制度が充実していることのほか、技能を持つ職人や職工が社会的に尊敬されるという事情のもとで、機能している。「日本版デュアルシステム」ということで、この制度を日本にも導入しようとする動きがあるが、いろいろな問題点があり、うまくいっていない。
 学校教育を中心のものとしてはフランスやアメリカを挙げることができる。フランスでは、高校段階の職業リセ、高等教育での上級テクニシャン養成課程や技術短期大学部などの教育機関で職業教育を行っている。
 アメリカの場合は、日本のように普通高校と専門高校を分けているところは少なく、総合制ハイ・スクール(高校)において職業教育を行う伝統が確立されてきた。これは、一つには同じ学校内で多様な生徒が交流するようにすべきだというアメリカ民主主義の考えに基づくものである。しかしアメリカの場合、人口密度が低いということもあり、普通高校と専門高校を分ける余裕がないケースが多いという事情も影響している。しかし現在では、近隣のハイ・スクール(高校)からパートタイムで通学する地域キャリア専門センターも発達している。
 なおアメリカでは、中等後段階のコミュニティ・カレッジも発達している。さらにはハイ・スクールの後半2年間の専門教育とコミュニティ・カレッジ2年間の職業教育を結合したテック・プレップも存在する。さらには4年制大学の専門教育につながるようなハイ・スクールの専門教育も現在構想されている。
 現在私が調べているのは、4年制大学の工学部における「工学予備」(プレ・エンジニアリング)教育である。工学部進学者のために、ハイ・スクールで高度な数学や理科を教授するとともに、基礎的な工学の授業を行うもので、早い段階からの工学準備教育により技術者を育成しようとするものである。

(大学進学と専門教育について)

 日本の大学では、工学、経済学、医学など実学に関する学部が重視されてきた伝統がある。その反面高校については、最近は少子化に伴って専門学科からの進学も増えてきているものの、これまで進学するなら普通科からという思いこみが強かった。その原因の一つは、先述のように、大学の入学者選抜が普通科本位となっていることにある。しかし専門高校において、高校段階から専門をある程度決めて勉強したからといっても、卒業生を就職に限定するのではなく、大学等に進学した後に、その専門分野の学習を深める機会をもっと保障していく必要がある。
 その一例として工学部への工業高校生の推薦入試がある。現在でもこれは行われているが、意欲があり、なおかつ成績上位の生徒は、もっと工学部に受け入れる方向を考える必要がある。その際大学側でも、カリキュラム上の配慮は当然必要になる。工業高校出身者については、大学入学後、数学や理科の基礎学力向上に力を入れ、専門については高校で学んでいる部分は再度やり直さなくてもよいとするような配慮をする柔軟性が必要である。
 先にも触れたように、日本では高校生の中で普通科在籍者があまりにも多くなっているが、それは非常に問題があり、高校での専門教育の充実を図っていく必要がある。ただし現在は高校卒業後に進学する者が専門学校まで含めると7割前後になっており、それを意識しながら高校では専門教育をどう考えていくかということが必要である。
 高校での専門教育と大学のそれを結び付けることの必要性は、「理工系離れ」対策の一つとしても有効であろう。現在では「理工系離れ」のもとで、国立大学ですら、工学部の入試競争率が下がり、また入学者の意欲、学力も低下しているとの指摘がなされている。「理工系離れ」は日本のみならず先進国共通の悩みともいえる部分があるが、先に触れたアメリカの「工学予備」教育にみられるような早期の専門教育は、この問題解決の方向性の一つといえるように思われる。

(全体を通して)

 これまでみてきたように青年の雇用問題の中で、高校を含む学校教育としての職業教育への必要性が認識され始めている。とりわけ考えていかなければならないのは、公費による職業教育の保障という観点である。日本の場合、これまで公立高校の再編のもとで高校の専門学科を減らしてきた。一方専修学校はほとんど私立となっており、授業料は高額である。しかも専修学校の中には就職率のよいところとよくないところがある。これは授業料が高くても見返りが少ない場合もあることを意味する。安くてよいものを提供するという観点から、公費による職業教育は重要になる。
 高校教育で専門教育、職業教育を拡充する際には、進路変更が容易であることが必要である。高校での専門を変えるのであればその学校を退学するしかないということではよくない。そういう意味では、近隣のハイ・スクール(高校)からパートタイムで通学するアメリカの職業キャリア・専門センターは、一つの参考になるであろう。
 また、専門学科の生徒に対しても上級学校進学の道を開いておくこと、さらには高校の専門教育と高校以後の専門教育の接続を考える必要がある。アメリカのテック・プレップや工学基礎(プレ・エンジニアリング)教育を参考にしながら、進学するなら普通科、就職するなら専門学科という固定観念は変えていかなければならない。高校教育を考えるには、高校以後の教育をどうするかということで議論しないとうまくいかないであろう。
 それと同時に、専門高校、とりわけ工業高校への不本意入学の多さについては、中学校の先生の意識を変える必要がある。そのためにも普通科「底辺校」に比べて工業高校は就職がよいということをもっとアピールしていくことが求められる。

(以上)

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初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室

(初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室)

-- 登録:平成23年03月 --