平成19年4月1日に政令指定都市となった新潟市は,「新潟市教育ビジョン」を策定し,目指す子どもの姿を「学ぶ目的意識と自分の将来への夢や希望をもち,基礎・基本とともに,思考力・判断力・表現力等を身に付けた子ども」とした。その具現のために,「教師一人一人の授業力の向上が,児童生徒の学力向上に直結する」との考えから,教師の授業力向上OJT推進事業や幼稚園・小・中・中等教育・高等学校の187校・園の学校訪問の他に,各学校からの要請訪問等を実施している。
全国学力・学習状況調査(以下,全国学力調査とする)の本市の結果としては,A問題はおおむね満足できる結果となっている。しかし,全国的な傾向と同様,本市も相対的にB問題の平均正答率が低下していることから「思考力・判断力・表現力等」を向上させることが学力向上の喫緊の課題となっている。そこで,本市の児童生徒の「思考力・判断力・表現力等」の向上策についての検討を始めた。新潟市の目指す方向性と新潟市検証改善委員会の方向性は,新学習指導要領や全国学力調査の方向性と合致するものと考えている。
これを受けて,新潟市検証改善委員会では,次の2点をまとめた。
新潟市版の「報告書」では,主にB問題「主として『活用』に関する問題」を分析・考察の対象とし,本市では何がよくでき,何が足りなかったのかを分析し,それらを改善するための具体的な指導の手だてを示す方向で検討を重ねた。また,家庭学習習慣・生活習慣等との関連からも,分析・考察した。
全国及び新潟市は,「活用」に関する問題の正答率が低い。そのため,新潟市検証改善委員会では,「活用」を位置付けた授業作りを本冊子で指導案という具体的な形で提案した。(国語12編,算数・数学12編の指導案を収録した)なお,指導案は,活用するための知識・技能を習得する段階の時間や習得した知識・技能を活用する段階の時間に焦点化して,作成した。
そして,「授業改善フォーラム2009~新潟市の目指す子どもの姿を求めて~」を開催し,新潟市検証改善委員会で検討した学習指導案に沿って,指導主事によるパイロット授業を実施した。その際,全学校・園の研究主任等の参加を要請し,指導案のねらい,高める力について解説をし,共通理解を図った。また,そのフォーラムにおいて,調査活用協力校の取組を発表する場を設け,市内全域に俯瞰することをねらった。
新潟市検証改善委員会は,新潟大学教育学部准教授(国語1名,数学1名),小・中学校長会(国語1名,数学1名),新潟市小学校教育研究協議会(国語1名,算数1名),新潟市中学校教育研究協議会(国語1名,数学1名),調査活用協力校(5名),新潟市立総合教育センター及び学校支援課の指導主事等の行政関係者(7名)の計20名から構成され,沼垂小学校の田中和昭校長が委員長である。
5月に第1回新潟市検証改善委員会を開催し,3月まで計8回の会議を開催した。新潟市の課題の整理と今後の方向性について検討し,「授業改善フォーラム」についての検討と新潟市の全国学力調査の結果分析を並行して進め,「報告書」及び「指導案集」をまとめた。
調査活用協力校は,新潟市内の全小・中学校に公募した結果,小学校3校,中学校2校を指定した。この5校の研究授業に,新潟市検証改善委員が参加し,研究の進め方等を支援した。
「活用」を位置付けた授業作りを指導案という具体的な形で提案したが,指導案の作成を通して,次のことが明らかになった。
国語科では,授業改善の一つの方策を提案しようと,現行の教科書教材を用いて指導案を作成した。現在行われている授業のどこに「活用」を位置付けられるのかを探った。
また,新学習指導要領国語科の大きな改訂の一つが,言語活動例の充実である。この言語活動例は,「話すこと・聞くこと」,「書くこと」及び「読むこと」の各領域においては,基礎的・基本的な知識・技能を活用して課題を探究することのできる国語の能力を身に付けることができるよう,例示されたものである。具体的には,内容の(2)に日常生活に必要とされる記録,説明,報告,紹介,感想,討論などの言語活動が挙げられている。そこで,指導案で扱った単元には,必ず言語活動例を取り入れることにした。
指導案作成を通して,「習得‐活用」の形態と習得する内容について,次のような知見が得られた。
まず,「習得‐活用」については,以下のような形態が考えられた。
ア 明確な形で前単元で習得した内容を次単元で活用する。
イ これまでの学習で習得した内容を,次単元で活用する。
ウ 体験や読書経験などを通して習得した内容を,次単元で活用する。
※「習得‐活用」の順序ではなく「活用‐習得」という単元構成もある。また,習得と活用が行き来する単元構成もある。また,習得する知識・技能も,以下のように様々なものとなった。
これにかかわっては,「どのような基礎的・基本的な知識・技能が習得されるのか。」ということを,今後考えていく必要がある。
全国学力調査B問題を詳細に見ていくと,算数・数学以外の文脈に活用することを問われる問題と,算数・数学の文脈で問題解決能力を問われる問題とに,大きく分かれることに気付いた。PISA調査に対応させると,前者が『数学的リテラシー』の問題と一致し,後者が『問題解決能力』の問題と一致する。
また,中学校数学の解説資料によれば,前者は,「知識・技能を実生活の様々な場面で活用する力」であり,後者は,「様々な課題解決のための構想を立て実践し,評価・改善する力」に相当する。
これらのことを踏まえ,指導案を作成するうえで,まず,次のような2つの方向性を探った。
なぜならば,伸長させたい思考力・判断力・表現力というのは,単元によって様々あり,一つにまとめることは難しいからである。そして,それ以上に,教科書から一歩離れた,思考力・判断力・表現力を高めうる教材を例示しなければ,実際の授業が変わっていかないことに気付いたからである。
算数・数学B問題の問題傾向は,明らかに教科書の課題とは違っている。
したがって,提案する指導案で出てくる教材は,教科書教材とは次の点で異なっている。
ア 何気ない日常生活から算数・数学の舞台に載せることができる素材である。
イ 問題解決をする過程で,思考力・判断力・表現力が伸長する。
ウ 問題解決をする過程で,これまでに習得した知識・技能が複数使われる。
「授業改善フォーラム2009」では,国立教育政策研究所の学力調査官を講師として招聘し,指導主事による国語・算数のパイロット授業について助言する場も設定した。
これまで市教育委員会の事業等については,報告書の作成,研修会の参加等の方法で周知を図るのみであった。しかし,今回の「授業改善フォーラム2009」では,全学校・園の研究主任等に,指導主事による提案授業(地元の児童生徒の協力を仰ぎ,新潟市立小林小学校4年生の国語授業と,新潟市立白根第一中学校1年生の数学授業)を公開し,実際の授業における子どもの姿を通しての提案を試みた。このような新たな取組により,これまでの報告書等による方法に比べて,はるかに実感を伴って周知されたものと考えている。
前述の「授業改善フォーラム2009」開催時に,国立教育政策研究所の樺山敏郎先生と高須亮平先生からご講演をいただいた。全学校・園の校内研修をリードしている研究主任等が最新の教育情報について,示唆に富んだ講話を聞くことができたことも各学校の財産になったものと考えている。
前述した1の指導主事によるパイロット授業の学習指導案を参考に,各学校の実情に応じて,研究主任等が自校で提案授業を実践したり紹介したりして,教職員に周知する場を設定した。その際,保護者・地域住民にも参観を呼び掛けるなどして,「学・社・民の融合」を図る取組とした。その後,各校の取組内容と参会者の声等を集約した。
新潟市内の全学校・園の研究主任等を集めた授業改善フォーラムを2年間行ってきた。そこでは,報告書だけでなく,指導主事によるパイロット授業を参観することにより,具体的な授業改善の在り方がわかったとの参会者からの反応も多い。
したがって,来年度以降も,新潟市内の全学校・園の研究主任等を集めた授業改善フォーラムを開催し,具体的な授業を通してこれからの授業づくりを考えていきたい。
(授業改善フォーラム2009から)
新潟市立巻北小学校は,全校で国語科の授業改善に取り組んだ。[巻北式3次単元構成]を取り入れて,全学年で研究授業を実施し,国語科授業研究会の開催し,成果を小学校に普及した。
本校の全国学力調査における課題は,以下の通りである。
国語科の物語文教材における「一人読み」を生かした課題設定,発問,かかわり合いの工夫
[巻北式3次単元構成]を考案し,全学年で授業研究を実施し,実践を重ねた。
(「巻北式3次単元構成」は次ページ。)
「読みとる」北っ子を育成するために,「巻北式3次単元構成」を活用して,「分かった」で終わらない授業の実現を目指した結果,以下の姿が見られた。
第一次では,「アニマシオン的手法」を取り入れて,「一人読み」の前に大まかに内容を把握させたり,読み間違いを正したりした。このことにより,「読みの観点」を用いた「一人読み」で,多くの児童が中心課題に迫る上で必要な情報を正しく読み取ることができるようになった。正しく読み取ることができるようになった児童は,文章中の言葉を根拠に登場人物の心情や行動について解釈し,自分の考えをもつことができた。
【巻北式3次単元構成】
第二次では,「評価を促す発問」を取り入れた。この発問により,児童は第一次での読み取りと自分の知識や経験,生き方を基に主人公の行動や考え方などについて評価・判断する学習場面を得た。
板書を構造化し論点を明確にすることや,ペアやグループなど話合いの形態を工夫することで,他者とのかかわりを促している。児童はかかわり合うことにより,自他の考えの違いに気付き,考えを深め,広げる姿が見られるようになってきた。
第三次では,「分かった」で終わらない授業のまとめとして,「語り発表会」や新聞づくりなどの表現活動を学習のゴールに位置付けて,表現活動に取り組ませた。
その結果,児童は「語り発表会」や「語りキャラバン」などの場で,「自分が伝えたかったことが伝わった」と聞き手から評価されることで達成感や満足感をもち,表現することへの意欲を高めている。
今後も,「読みの観点」を活用した「一人読み」の質を高めていきたい。また,「何を評価・判断させるのか」,「評価・判断してもった自分の考えをどう深めさせるか」という2つの観点をより重点化し,実践を重ねていきたい。
新潟市立新津第一中学校は,数学科の授業改善に取り組んだ。新潟市検証改善委員会の委員でもある新潟市教育委員会の指導主事と連携しながら,授業実践を積み重ねた。
本校の課題は,以下の二つである。
数学の課題を解決するために,活用を意図した授業づくりを探った。まず,活用につながる課題を次のようにとらえ,研究授業を実施した。
実践クラス(習熟度別クラスでの実践)は,次のようにした。
課題
あなたは携帯電話会社に勤めている販売員です。1ヶ月の料金プランは下記のようになっています。
Sプラン・・・
基本使用料1400円
通話料40分まで無料,40分以降は30円/分
Mプラン・・・
基本使用料1000円
通話料20円/分
お客様からSプランがMプランよりも安くなるのは,通話時間がどれくらいのときか質問されました。通話時間が何分だと安くなるのか簡単に,わかりやすく説明して下さい。
【授業の様相】
生徒から,対応表・グラフという発想は出なかった。そのため,対応表の枠とグラフ用紙を提示した。提示後,ほとんどの生徒が課題解決をすることができた。
課題は,2年生での実践と同じだが,次のような段階的な質問をした。この質問を解決していくことで,できるだけ自力解決をさせることをねらった。
質問1
Aさんは毎月約60分通話しています。Aさんにとって安い料金プランはLプラン,Mプランどちらなのか質問されました。Aさんに説明して下さい。
質問2
あなたのお客様は毎月約○分通話しています。お客様にとって安い料金プランはLプラン,Mプランどちらでしょう。
※隣の生徒がお客様という設定なので,○に入る数字は生徒同士で決めさせた。
質問3
Bさんは,自分が加入しているLプランがMプランよりも安くなるのは,通話時間がどれくらいのときか質問しました。通話時間が何分だと安くなるのか簡単に,分かりやすく説明して下さい。
【授業の様相】
「3年生の11月という時期的」「焦点が絞りやすい」「発展的な学習への慣れ」などから,ヒントや声掛けなしで半数近くが課題解決することができた。
基礎コースということもあり,容易な課題を設定した。
課題
あなたは携帯電話会社に勤めている販売員です。1ヶ月の料金プランは下記のようになっています。
Lプラン・・・基本使用料1800円
通話料10円/分
Mプラン・・・基本使用料1000円
通話料20円/分
ここでも,以下の段階的な質問をした。この質問を解決していくことで,できるだけ自力解決をさせることをねらった。
質問1
Aさんは毎月約60分通話しています。Aさんにとって安い料金プランはLプラン,Mプランどちらなのか質問されました。Aさんに説明して下さい。
質問2
あなたのお客様は毎月約○分通話しています。お客様にとって安い料金プランはLプラン,Mプランどちらでしょう。
※隣の生徒がお客様という設定なので,○に入る数字は生徒同士で決めさせた。
質問3
Bさんは,自分が加入しているLプランがMプランよりも安くなるのは,通話時間がどれくらいのときか質問しました。通話時間が何分だと安くなるのか簡単に,わかりやすく説明して下さい。
【授業の様相】
質問2のワークシートを時間順に掲示したが,どこかで安い料金プランが逆転することに気付いた。学んだことを活用しながら解決していく姿が見られた。
実践を重ねた結果,次のようになった。
上表から,生徒自身が活用を意識したことがわかる。
また,活用につながる課題の効果的な取組がいくつか明らかになった。
さらに実践を重ね,有効な課題を見出して,全学年でこのような活用を意図した授業を行っていきたい。
初等中等教育局参事官付学力調査室
-- 登録:平成22年03月 --