地域から教育を創るとは?-「地域の教育課題」をどう掘り起こす-

佐賀県検証改善委員会

はじめに

 佐賀県検証改善委員会の発足は、11月初旬である。県教育委員会は佐賀大学文化教育学部にその分析・検証を依頼した。3年前から学部と県教委との間で「教育に関する連携・協力」協定が結ばれ、いくつかのプロジェクトを共同ですすめてきた実績がその背景にある。文部科学省から送られてきた膨大なデータの整理については、県教委の企画・経営グループの協力に負うところが大きい。
 大学側のスタッフは数学教育・教育行政・社会教育・国語教育・学校経営を専門とする5名と附属小・中から、国語・算数/数学・生活指導の部会に各2名、県教委から3名の計14名である。集まりやすく、小回りがきくサイズを考慮したが、本務を抱えながらの相当の無理・困難を抱えながらの作業となった。
 まず、これまで県がすすめてきた「学習状況調査」とは異なるコンセプト・手法で分析をすすめたいと考えた。国の調査であり、国語、算数/数学、生活調査という限定はあるが、今回の結果と各地域の教育課題、それぞれの子ども達の実情をつきあわせる。そうした分析の上で「授業改善」「学校づくり」をすすめるには、いかなる作業が必要となるのか、どのような提言が学校に元気を与えるのか、これまでの県の調査で明らかになった課題とどうつきあわせるか等、一つひとつが、地方大学に委託された意味・役割を確認しながらの作業となった。
 地域の教育の改革は、一筋縄ではいかない。県内のさまざまな学校を訪問させていただいての実感である。しかし、各地域・学校で、それぞれの「授業改善」「学校づくり」の取り組みが展開されていることが確認できた。それらが、即座に来年度以降の国・県の調査結果に反映されるものであるかどうかは断言できないが、おそらくいくつかの学校で数年後には実を結ぶのではないか。なぜ、委員会はそのように考えたのかを、小論で展開してみたい。

1 学校改善支援プランの概要

 平成17年度から、県教委・佐賀大学文化教育学部が共同で取り組む「大学教員による10年研修講座」「学部・大学院実習の高度化」「理科教員の指導力アップをはかる実験講座」「県内学校への教育ボランティア派遣」等のプロジェクトがスタートした。また、県教委は、「学校支援・振興プロジェクト」を平成19年度からスタートさせた。
 県教委と大学がすすめてきた「佐賀の教育改革」の先行実践がある。今回の「国のテスト・調査」の結果分析から、何に着目し、いかなる方法で「学校改善支援プラン」を創り上げるのかという検討を経て、県内の特徴的な地域、優れた成果を上げている学校を訪問し、どのような取り組みが行われているのかを探ることとした。
 「国語」「算数/数学」「生活」の3つの部会と全体を掌握する「企画委員会」を立ち上げ、月に1回の検証改善委員会を11月初から3月まで5回開催した。これとは別に、月に1~2回の企画委員会・3部会が開かれた。検証改善委員会では、部会の分析・手法や聴き取り調査の進捗状況の報告を受けながら、一つひとつについて、時に厳しい議論を重ねながら、最終的な報告書の中味を検討した。
 本検証改善委員会においては、次のような構成で学校改善支援プランを作成した。

  • 「地域の教育課題」をどう掘り起こすか?-地域から教育を創るとは?-
  • 国語部会報告
  • 算数・数学部会報告
  • 生活習慣部会報告
  • 検証改善委員会からの「提言」-課題を認識し、それに対応するには?-

2 全国学力・学習状況調査の結果分析について

 県教委が短期間で整理した膨大な資料・データをもとに、地区の特徴や傾向(例えば、基礎・基本を問うA問題と活用を問うB問題の落差、同地区の小学校や中学校の乖離、生活意識調査と教科調査とのつきあわせ等)を大掴みし、いくつかの学校を抽出。抽出された学校を訪問し、「聴き取り」「課題についての討議」という手法を採用した。各部会では、必要に応じて因子分析等の新たなデータを用いて検討を加える、あるいはテスト問題の内容分析を試みる等、多様な取り組みが行われた。
 3つの部会が取り組んだ「結果の分析」「提案」について、その概略を述べる。

1 国語部会

 平均正答率では、小学校・中学校ともに活用Bに問題がある。領域別で見ると、他領域に比べ「言語事項」(文の構成についての理解)に課題があることが分かる。さらに、学校質問紙・児童生徒質問紙・国語の平均正答率の関連分析から、「自分の考えを話したり、書いたりする」「友達との意見交換」が多く取り入れられている学校で、A、Bの平均正答率が高いことが判明した。小学校では、「漢字の書き取り」「決められた字数で意見を書く」等がよく、「情報の取り出し方」「司会のすすめ方」に問題がある。中学校では、「目的に応じた情報の取り出し」「文章・表現の内容・特色をふまえ、自分の考えの表現する」等が優れ、「使用頻度の低い熟語の読み」「比較による情報の分析」に問題がある。
 以上の分析をふまえ、県内の学校の聴き取り調査を実施した。
 授業改善への提言として、小学校では「基礎的内容の繰り返しの指導」「情報としての言語の見つけ方・取り出し方」を、中学校では「読むこと・書くことを関連させた語句・語彙」「取り出した複数の情報の解釈と熟考・評価を培う」の指導の充実が、課題として挙げられる。

2 算数・数学部会

 県全体でみると、小学校の知識Aの平均・標準偏差は全国とほとんど変わらない。活用Bで若干下回る。中学校の知識A、活用Bについても全国とほぼ同じ。標準偏差(ばらつき)は、全国に比べいずれも若干ではあるが小さい。
 算数・数学部会では、地区別毎に小学校・中学校の活用Bの平均正答率を比較してみた。地区によって、0.2~4.4ポイントの開きがあった。
 ここから、次の2つを問題点、課題として提案したい。

  • 1 「活用」に関する指導をどのように進めるか。
  • 2 小学校と中学校をどのようにつないでいくか?

 これらを受けて、部会では県内9校の聴き取り調査や授業参観を実施した。
 課題1について、活用Bが高い学校では、「全教職員で授業を見合う」「授業研究会の実施」「全社の教科書や指導案・授業資料などの教材バンクの設置」等、研究システムの工夫、「なぜ、そう考えるのか」「相手にどう説明するのか」を授業で大事にしていることが分かった。
 課題2について、ある小学校・中学校では9年間の指導の一貫性を図り、「中1ギャップ」を克服するために「なめらかな接続・適切な節目」を合い言葉に、小中の教員が一緒に授業検討をすすめ、合同TT授業をつくることが行われていた。各中学校区で、こうした取り組みがもっと進められたらいいと考えた。

3 生活部会

 まず、質問紙調査の回答を因子分析し、「自己管理」「自尊感情」「家族団欒」「家庭学習」「学校満足」「スポーツの取り組み」「総合学習に対する意識」など12項目について、県の児童・生徒の傾向を国とのDI比較を試みた。全体の傾向としては概ね国と同様な結果であったが、部会として、3つの「学校改善・授業改善の指針」をたて、県内10校の聴き取り調査を実施し、事例研究に取り組んだ。

  • 1 小学校と中学校の接続を意識し、9か年を見通した学校間連携の在り方
  • 2 地域・保護者と学校との連携を意識した学校の在り方
  • 3 生徒指導上の問題を克服し、学ぶ環境を創出するための学校組織の在り方

 こうした取り組みを通して、「本当の意味での学力向上に資する即効性のある処方箋は存在しない」という結論を得た。
 学校調査を通して見えてきた次の3点を部会提言としてまとめた。

  • 1 学校が抱える課題を教師が共通に認識し、課題克服のために全教師の協働を生み出すこと。児童生徒の課題、それに関わる授業の在り方や指導法を常に話題にするような教師間の連携が必要である。
  • 2 学校や児童生徒のよさと課題を常に両面的に捉えていく。とかく課題ばかりが取り沙汰されその解決を迫られることが多い中で、児童生徒に誇りと愛着を持ち、よさを認めていくことが大切である。
  • 3 学校課題の克服の手だてやよさにつながる指導を学校文化としていく。求められる思考力・判断力・表現力・活用力は一朝一夕に身に付くものではない。6年間、3年間というスパンの中で、全教科・全領域における一貫した指導を展開していく中で身に付くものである。

3 学校改善支援プランについて

(1)「地域の教育課題」をどう掘り起こすか?-地域から教育を創るとは?-

 「学校改善支援プラン」としては、「県との間で連携をすすめてきた各種プロジェクトの再編・強化」「地域の課題・子ども達の実情のつき合わせからローカルカリキュラムを検討し、各学校から研究実践を立ち上げるためボトムアップシステムの構築」「中学校区を1地域とした小中の連携」「県教委や市町教委および大学のサポートの在り方」「おびただしい数の調査・テストの整理」「部活指導や受験指導など、教員の本務・副務の見直し(教員の本務は、「授業づくり」「学級づくり」にある)」「対象学年、時期、悉皆・抽出の有効性など、県の学習状況調査の再検討」「中学校の授業改革」などを視野に入れて議論した。
 特に、「受験指導」「部活動」を抱える中学校とって、現状の問題点を丁寧に洗い出す必要がある。現在、実施されている「多くの調査・テスト」を整理し、「授業改善」を核にした「学校づくり」を推進することは喫緊の課題である。
 これらの具体的な方策の検討は、県教委と大学のこれからの連携協議の中でも引き続き詰めていく必要がある。
 現在、走っている県の「学校支援・振興プロジェクト」のサポートに学部として取り組むことがあってもいい。
 早期に具体的成果の見える取り組みを期待されることもあるが、構造的な問題がさまざまに絡む「地域の教育」の改革は一律には行かない。また、今回の調査で問われた「活用力」の向上については、これまでの授業の見直しや転換をともなう長期的な実践課題となる。地域の課題や子ども達の実情を的確につかみ、短期・長期の見通しを持った学校改善支援プランが求められる。
 しかし、今回の県内各地域の小中学校の訪問で得られた成果は大きい。地域や学校の成績を県や国の平均と比較する前に、調査・分析・検討すべきことがやまほどある。他地区との比較では、成績がふるわない学校の授業や子ども達の様子、先生方の取り組みに触れ、現在の取り組みがすすめられ、実践研究が進展することで、新たな課題が生まれる。そうした実践研究のサイクルが確立されていくことで、必ず成果は出てくるという確信を持った。
 子ども達が落ち着いて、いきいきと授業や学校活動に取り組んでいるところでは、教員や保護者も張り切らざるを得ない。あたりまえのことである。求められることは、各学校が、今回の調査で浮かび上がった課題にどう取り組み、そのための研究・体制・実践をどう組み立てるかである。これが、「学校・地域から教育を創る」ことであり、行政や大学にはこの「ボトムアップのシステムづくり」をどうサポートするのかが求められる。

(2)検証改善委員会からの「提言」-課題を認識し、それに対応するには?-

 全国学力・学習状況調査の結果から、佐賀県の児童・生徒の意欲や姿勢は良いにもかかわらず、それが「活用」などの成績に結びついていない等の傾向が見られる。このような傾向からは、教室・学校における「学び方」「学ばせ方」の課題が読み取れる一方で、基礎的なスキルや知識を中心に「ばらつきのない」指導をある程度得意としていることが読み取れる。こうした佐賀県の傾向の中で、個々の教師や学校は、「我が学級」「我が校」の特徴はどのようなものかを、データと普段の指導感触からもう一度とらえ直すことが重要である。
 佐賀県の教室、学校が平均的に抱えている課題に応える授業改善について国語部会及び算数・数学部会からそれぞれ提言を行ったが、両部会の「学力向上策」はクロスオーバーしている。今後、各教室・各学校の置かれた環境・条件に応じて、相乗効果を持つような教科の枠を越えた取組の多面的な実践を生み出していく工夫が求められる。
 一方で、提言された授業改善はいわゆる「落ち着いた学校」で可能な指導法であることに注意しなくてはならない。そして「よい実践」や「よい実践を支える学級・学校づくり」を目指す上で見過ごせないのが、「学校・家庭・地域の協働」「小学校と中学校との連携」「子どもを中心に据える授業研究」などである。このように「学力向上」や「授業づくり」「学級・学校づくり」などがクロスオーバーし、全校的な取組が相乗効果を促す。

 はじめに述べたように、現在、県と大学の連携協定で走っているプロジェクトがいくつかある。また、大学の教員が個人的に、市や町、学校に共同研究者として入り、授業改善や学校づくりをサポートしている。県の「学校支援・振興プロジェクト」が2年目を迎える。
 プロジェクトの柱を今回浮かび上がった重点課題にシフトする、プロジェクトの組み替え等も視野に入れ、さまざまな形で進行している「地域や学校の共同研究」の成果を洗い出し、各プラン、取り組みの成果を県から発信していく。
 多くの困難を抱える学校に対して、県と大学が協力してサポートに入ることも検討してみる必要がある。
 今回の聴き取り調査では、「中学校教員の多忙」という問題が浮かび上がった。部顧問の献身的な指導で、子ども達が自信や誇りを取り戻し、保護者の学校への協力・支援も厚くなったという話も出たが、教師の本務は「授業づくり」と「学級づくり」である。この2つに時間とエネルギーを注ぐことができない現状を、早急に見直す必要がある。
 また、おびただしい数の調査・テストの大胆な整理も必要である。調査やテストの結果を十分に検討し、それについての議論がままならないところで「PDCAサイクル」が機能するわけがない。これを機能させるためには、そのシステム作りや議論を積み上げるための時間の確保が必要となる。例えば、悉皆調査は市や町の責任で、今回浮かび上がってきた課題については県が抽出調査で行う等の策が練られていい。90年代になくなったはずの中学校で実施されている「受験対策の業者テスト」の見直しも求められる。
 とにかく、「授業の改革」と「学級づくり」に先生方の時間とエネルギーが注がれるようにすること。このために県や市・町教委は何をすべきなのかを考える。
 3部会の分析で指摘されているように、「中学校区を核とした小中の連携」をどう進めるか、これも大きな課題である。小学校1校・中学校1校からなる地域では、平成20年度からぜひ取り組みを実施したい。

おわりに

 佐賀県は、人口・面積ともに47都道府県の中で下から6番目の小さな県である。しかも、県庁や大学がある佐賀市から車で1時間半程で、どの地域にでも行ける好条件が整っている。
 今回の分析や聴き取り調査を通じて、あらためて地域には地域の課題があり、子どの達の実態もさまざまであることが確認できた。子ども達の教育・成長に直接の責任を負えるのは、先生方である。繰り返しになるが、各学校で「地域の課題」や「子ども達の実情」をつき合わせ、そこから「授業改善」「学校づくり」を立ち上げる。これが基本である。

-- 登録:平成21年以前 --