11-2.南極地域観測第10期6か年計画における南極地域観測の重要課題(案)

南極地域観測第10期6か年計画における南極地域観測の重要課題(案)

※メインテーマ(案)を提案するにあたっての極地研としての考えをまとめたもの

【南極地域観測の重要課題】


―第10期6か年計画策定に向けた重要課題提案の背景―

現在、南極地域観測第9期6か年計画の重点研究観測は、メインテーマ「南極から迫る地球システム変動」のもと、3つのサブテーマにより進められている。極域大気が地球システムに与える影響の解明を目指すサブテーマ1「南極大気精密観測から探る全球大気システム」、喫緊の課題とされている温暖化に伴う棚氷融解などに関わる氷床-海氷-海洋間相互作用の解明を進めるサブテーマ2「氷床・海氷縁辺域の総合観測から迫る大気—氷床—海洋の相互作用」、環境変動史を復元し全球気候変動に南極が果たす役割の解明を目的とするサブテーマ3「地球システム変動の解明を目指す南極古環境復元」である。2019年度に実施された第9期6か年計画の中間評価において、重点研究観測は当初計画以上の成果をあげていると評価され、特にサブテーマ1は、当初目標をはるかに上回る成果をあげていると評価された。一方で、さらなる広がりと深まりのある研究観測に発展させるため各テーマ間の連携を促進し、より効率的・効果的に観測及び研究を行える環境を整える必要がある事が指摘された。第10期6か年計画においては、研究観測の連携を視野に入れ、第9期6か年計画の重点研究観測をさらに発展させた計画を策定する。
また国立極地研究所は、2019年5月に、「南極地域観測将来構想―2034年に向けたサイエンスとビジョン―」(以下「将来構想」)を公表した。現南極観測船「しらせ」の就航時(2009年)にあわせて策定された「新たな南極地域観測事業のあり方-新観測船時代のビジョン-」から10年が経過し、社会環境及び研究観測動向の変化に対応した見直しが必要となっていた。「将来構想」は、南極観測船の代替えのタイミングを念頭に、特に「将来のサイエンスの方向性」を基軸に南極地域観測の長期的な方向性を示したものである。この「将来構想」においては、将来実施するサイエンスを、社会の要請に基づいてトップダウン的に実施すべき「国家戦略としての地球規模課題解決」と、人類や地球の未来に資するポテンシャルを持つ「知のフロンティア」の大きく2つの観点で整理している。第10期6か年計画においても、これら2つの観点を視野に入れた、研究観測計画の策定が求められる。
第10期6か年計画においては、上記第9期6か年計画の成果や「将来構想」を見据えつつ、地理・環境等南極特有の特異性を考慮した独自のサイエンスを、国内外の動向も踏まえ推進する必要がある。更に、オープンサイエンスを目指した研究観測とともに、理論・シミュレーション研究との連携を強め、気候変動等の将来予測の高精度化にも取り組む必要がある。第10期6か年計画の策定を進めるにあたって、今後の研究観測の方向性の核となる南極域の重要な研究課題を以下に挙げる。


・海水準変動予測および物質循環変動の鍵-氷床海洋相互作用-
―地球の今後の海水準はどのように変化するのだろうか?―
―氷床・海洋の変動は南極の生態系にどのような影響を与えるのだろうか?―

高精度の海水準変動予測のデータは、人類の生存戦略にとって不可欠な情報と言える。将来の海水準上昇の予測を困難にしている要因は、南極大陸および北極グリーンランド上に存在する巨大な氷床の融解である。海水準の上昇は、グリーンランド氷床が全て融解すると6 ~ 7 m 程度、南極氷床が融解した場合では約50 ~ 60 mにも及ぶと見積もられている。これまで、南極氷床は比較的安定であると考えられてきたが、南極半島などの西南極域においては、氷床縁辺部の融解を主因とする氷床の縮小・後退が相次いで報告されている。さらに、西南極に比べて安定的であるとの認識であった東南極域においても、トッテン氷河周辺の氷床融解が近年加速している事が明らかになりつつある。この地域の氷床が全て融解すると、西南極の全氷床融解と同等の約4mの海水準上昇を引き起こすと考えられている。この融解加速の主要因は、海洋熱による氷床末端の底面融解と推定されており、氷床融解によって、海洋深層循環の弱化や炭素循環の変化がもたらされる可能性がある。地球規模の環境変動の将来予測を高精度化するためには、このような氷床―海洋の相互作用(暖水輸送・氷床融解過程・海洋への淡水供給など)の理解が必須であり、未だ圧倒的に観測データが不足しているトッテン氷河周辺の海氷・氷床下を含む観測の強化が求められる。第9期6か年計画では、重点研究観測サブテーマ2「氷床・海氷縁辺域の総合観測から迫る大気—氷床—海洋の相互作用」においてトッテン氷河周辺での観測に着手している。トッテン氷河域の融解過程とその影響の実態を他国に先駆けて解明することは、海水準変動予測に資する新たな知見を得ることができるだけでなく、国際的にも我が国主導の研究観測となることが期待される。さらに、南極氷床の変動には一度超えてしまうと容易に後戻りできない臨界点「ティッピング・ポイント」が存在すると考えられており、南極氷床の現在の状態がこれに近づいている可能性が指摘されているが、実態は未だ明らかでなく、その解明は喫緊の課題である。この解明には、現状の把握が不可欠であることに加え、海水準変動等の精密測定のための、特に高さ方向の基準となる座標系の構築と維持更新も必須である。すなわち、地球観測網の中で、観測点の少ない南極域での測地観測の維持や拡張も重要になる。
南極大陸が海洋に囲まれた大陸であることから、氷床―海洋の相互作用の解明は、氷床変動を予測する核であるが、同時に大気、固体地球との相互作用の理解も必要である。大気化学の視点も含む氷床涵養プロセスや水・物質循環等の大気-氷床間相互作用、氷河性地殻均衡(GIA:Glacial Isostatic Adjustment)と呼ばれる氷床の荷重変動に対する固体地球の変形といった固体地球-氷床間相互作用の解明が重要である。荷重変動に対する固体地球の変形の解明を進めるには、測地観測や地形等のデータと地球内部粘性構造解析を融合したGIAモデルの開発が必須となる。また、氷床の流動方向や速度等は、氷床基底の状態等に依存する事から、氷床下の基盤地形や地殻熱流量に関係する基盤地質の情報も必要であるが、氷床下の情報は未だ不足している。特に基盤地質はほとんど明らかになっておらず、南極大陸の形成史とともに解明が必要である。
また、氷床融解や海洋環境の変動は、生態系や物質循環にも大きな影響を与えると予想され、その実態の把握や環境応答プロセスの理解が重要である。例えば、氷床融解にともなう露岩域での生態系形成過程や、炭素循環にも影響を及ぼす生物ポンプによる海洋物質循環の変化の把握等が重要な要素としてあげられる。さらに、南大洋の海氷の張り出し面積が2017年3月に低下し過去40年間での最小値を記録するなど、南極の海氷環境も様々な要因で変動していると考えられている。こうした海氷環境の変動が海氷下やその周辺域の生態系に与える影響の理解も喫緊の課題となっている。このような環境変動に対する生態系・物質循環の応答を理解する上で、南極における地域的な応答の違いに留意する必要があり、温暖化の影響がすでに顕在化している南極半島域を中心とした西南極域での観測とともに、温暖化の影響が徐々に顕在化しつつある東南極域での観測は不可欠である。環境変化に対して特に脆弱とされる南極の生態系を将来にわたって適切に保全していくためにも、その環境応答の理解が重要な課題である。
 

・過去の南極氷床変動が解き明かす将来の地球環境
―過去の温暖期に南極氷床はどのくらい広がっていただろうか?―
―将来の南極氷床はどうなるだろうか?―

南極氷床の変化は、海水準の変化にとどまらず、海洋循環や気候変化といった地球環境に大きな影響を及ぼす。南極氷床の将来の変化とその影響を予測するためには、現在の氷床―海洋の相互作用の解明のみならず、過去の地球環境と氷床変動の実態や変動要因の解明が不可欠である。ドームふじにおいて掘削された72万年をさかのぼる深層氷床コアは、10万年周期の氷期・間氷期サイクルや突然の気候変動などの研究に供されてきた。さらに時代をさかのぼると、氷期・間氷期サイクルの卓越周期が約4万年であったことが知られているが、その原因や10万年周期への移行のメカニズムは未だ明らかではない。また、77 万年前に起こった地磁気の逆転現象が、地球システムに与えた影響等も解明する必要がある。そのため、100万年を超える氷床コアを取得し、南極の気候と温室効果ガス濃度を復元することが気候研究における大きな課題となっている。加えて、採取された深層氷床コアに対して、宇宙線生成核種や微生物等の新たな測定項目を追加する事も検討している。例えば宇宙線生成核種の測定を取り入れる事により、地磁気の逆転時期を跨ぐ太陽活動の変化や地磁気の変動等を明らかにする事が期待され、微生物研究との組み合わせにより、地磁気逆転前後での生物相の変化等の研究の進展が期待される。また、大気中の酸素濃度変化の復元も重要な課題である。
第9期6か年計画の重点研究観測サブテーマ3「地球システム変動の解明を目指す南極古環境復元」の主活動として、ドームふじ地域において次期深層コア掘削点を探る調査と、氷床モデリングを組み合わせた研究が行われている。次期深層コアは、これまで取得された事がない100万年を超える年代まで連続する氷床コアの採取を目指しており、この深層コアによる地球環境の復元は、氷期・間氷期サイクルの周期や振幅の変動原因やメカニズムの解明に資するもので、将来予測の信頼性を高めるために重要であり、国際的にも強い期待が寄せられている。
南極氷床変動史の解明には、南極大陸の露岩、湖沼や周辺海域の堆積物採取等を含む地形地質調査による研究も必要である。第9期6か年計画の重点研究観測サブテーマ3においても、湖沼および海底堆積物の採取や詳細地形調査等を行い、最終氷期以降の昭和基地周辺域の氷床後退史の解明を進めている。今後、昭和基地近傍からトッテン氷河沖付近までの広範囲の東南極沿岸域を対象とした地形地質調査による海底堆積物分析や、氷床変動復元に基づく急激な氷床融解メカニズムの解明など、氷床変動に関連する研究観測のさらなる発展が期待される。氷床変動は海水準変動とも密接に関係しており、過去の氷床変動や地球環境を明らかにすることは、将来的な南極氷床の安定性と海水準上昇を精度良く知る上でも、極めて重要な知見である。


・気候変動の鍵-大気大循環-
―オゾンホールの回復や温室効果気体の増加に対して気候はどのように応答するだろうか?―

ジェット気流や偏東風、あるいは赤道と極を結ぶ子午面循環といった全球規模の大気の流れは大気大循環と呼ばれ、地球の気象・気候システムを構成する主要要素となっている。温室効果気体の増加や太陽活動といった外的強制に対する大気循環の応答や、エルニーニョ現象等に代表される地球大気の内部変動は、大気大循環の変動を通じて全球規模の気候変動を引き起こすことから、大気大循環の変動の定量的評価、およびそのメカニズム解明は喫緊の課題である。極域は子午面循環の出口(=発散域)や入口(=収束域)となるほか、ジェット気流や南極周極流によって他の緯度帯から隔絶されることもあり、大気大循環の変動の影響が顕著に現れる場所である。そのため、大気大循環の変動に対する極域の応答を理解することは、気候変動のメカニズム解明に対して他の緯度帯とは異なる視点を与える。
第9期6か年計画では、全球的な気候の将来予測のための鍵となる大気大循環の正確な実態把握とメカニズムの定量的理解を目的として、南極昭和基地大型大気レーダーを中心とした、多角的な複合観測および国際共同観測を、重点研究観測サブテーマ1「南極大気精密観測から探る全球大気システム」として展開しており、第9期の中間評価においても高く評価されている。第10期においては、南極昭和基地大型大気レーダーを中心とした大気観測を継続発展させ、数分から太陽活動周期11年の幅広い周期帯の南極大気現象を捉える事、また、より高い高度領域となる電離圏観測の充実が期待されている。南極周辺の南半球高緯度域は、大気大循環の駆動源の一つであるにもかかわらず観測データが不足していることから、我が国が技術的にも世界最高水準をいく大型大気レーダーを活用して、この緯度域のユニークな観測データを獲得提供することは国際的にも大きな貢献となる。
北極域では温暖化増幅により、地球上で最も早く温暖化が進行している。一方南極域では、中緯度に近い南極半島では温暖化増幅となっているが、それ以外の南極大陸ではオゾンホールの発達の影響により温暖化抑制が起こっていた。しかし、今後はオゾン破壊物質排出規制の効果によりオゾンホールの回復が見込まれ、南極大陸での温暖化が加速する可能性があると考えられている。このような気候変動の実態を捉えるには、僅かな変化のシグナルをいち早く把握できるよう、気温・風等の基本的な大気観測を長期にわたって途切れることなく継続することが求められるが、南極域は圧倒的にデータが不足している。第Ⅹ期では、第9期から始まった南極大陸内陸部への無人気象観測装置の設置をさらに発展させ、観測空白域における面的な観測データの拡充を進める必要がある。また、新たな面的観測の展開の一つとして、南極上空の風に乗って南極域全域の観測を可能とする気球観測がある。さらに、気球観測と南極昭和基地大型大気レーダー観測等を組み合わせる事によって、気候モデル内のサブグリッドスケールの力学効果の表現を改善し、将来予測の高精度化に貢献することも期待されている。


・太陽活動の影響解明の鍵-極冠域-
―太陽活動の変化は我々にどのような影響を与えるだろうか?―

太陽活動が活発になると、大気上層の電離圏が乱され、通信や衛星測位等の電波利用に影響が生じる。逆に活動が低下すると、定常的な宇宙放射線による人体への被ばくのリスクが高まる可能性があり、太陽活動や超高層大気の変動等を予測する宇宙天気情報の提供が求められている。特に、両極域においては、オーロラの発生分布や、高エネルギー粒子による大気への影響等について、定量的な予測を実現する必要がある。そのためには、現場での観測データの取得は必須であり、計算機シミュレーションと連携した研究が不可欠である。
両極域での観測は、低太陽活動期におけるオーロラや磁気嵐、宇宙放射線活動や、地球大気への影響等、ジオスペースや、関連する地球環境変動の解明を可能とする研究の鍵である。11年周期の太陽活動の極小期を迎え、低活動期に入った2020年現在、将来の地球環境を予測する為に、進行中の第9期から次期計画に跨った継続的な観測が重要である。太陽活動は今後2025年頃に極大期を迎えることが予想されるが、一方で1957 年~1958 年に実施されたIGY(国際地球観測年)頃以降、約半世紀にわたって続いた高い太陽活動期から急激に低い太陽活動期に遷移したことから、今後黒点もあまり出現しないグランドミニマムに突入する可能性も指摘されている。近い将来、未知の宇宙環境に地球が晒されることが懸念され、実際の物理に基づく精度の高い宇宙天気・宇宙気候予報を実現する上でも、昭和基地における宇宙線観測やオーロラ光学観測・スペクトルリオメター等の電離層および電磁場・波動観測等、モニタリング観測も含めた拠点総合観測による、オーロラをはじめとするジオスペース現象に関する定量的評価のための高精度な地上観測の発展は不可欠である。加えて、SuperDARN広域電離圏レーダー観測網、南極点基地オーロラ光学観測や、中山基地等他国基地との共同観測を含む無人・有人の光学・磁場観測網の拡充等、極冠域での新たな地上観測網の展開が可能な南極における観測が、これからますます重要となる。特に宇宙放射線の実証的な研究は、月や火星を目指す今後の国際宇宙探査時代を実質的に支えるという応用科学的な貢献も大きい。
第10期6か年計画中に到来するであろう太陽活動の極大期には、南極域における激しいオーロラ活動の充実した観測データを基盤として、様々な研究成果の速やかな公表が期待されている。インパクトの大きな宇宙天気イベントは限られた数しかなく、この観測データを逃さず取得するためには、それぞれの観測機の維持の自動化・簡易化や即時データ公開が重要である。また、シミュレーション結果との準リアルタイム比較など、研究成果の速やかな公開に向けた基盤整備を引き続き進めていく必要がある。
 

【国際性】

IPCC(気候変動に関する政府間パネル) においても、第6次評価サイクルで作成する特別報告書のうちの1つとして、「変化する気候下での海洋・雪氷圏に関するIPCC 特別報告書」が2019年に公表されており、海洋・雪氷圏が今後の地球規模気候変動の予測に重要な要素である事を示している。中でも、地球全体の氷床の90%を占める南極氷床の役割が注目されており、2100年までの海水準変動の予測の信頼性は、南極氷床変動の予測精度に依存するとされている。両極氷床の急激な融解及びそれに伴う海水準の上昇は、今後数十年で起こるかもしれない喫緊の課題であり、特に南極氷床変動の予測が鍵である。
一方で、SCAR(Scientific Committee on Antarctic Research;南極研究科学委員会)においては、南極における研究の方向性を示すため、優先的に研究を進めるべき6つの重要研究課題として「SCAR Horizon Scan」を選定し、2014年に公表した。上記重要課題も「SCAR Horizon Scan」の重要研究課題に対応するものである。さらに、これを受け、COMNAP(Council of Managers of National Antarctic Programs;南極観測実施責任者評議会)では、「SCAR Horizon Scan」で構想された研究・観測を実施する上で必要な設営的課題を整理し、実現可能とするため「Antarctic Roadmap Challenges」 としてまとめている。
さらに、各研究分野に関連する国際共同研究プログラムとして、宇宙・超高層大気科学関連では、国際学術会議(ISC)傘下のSCOSTEP(Scientific Committee on Solar-Terrestrial Physics)により、太陽地球系科学に関する国際共同研究プログラムであるPRESTO(Predictability of the variable Solar-Terrestrial Coupling:変動する太陽地球結合の予測可能性)が2020年から開始された。このプログラムはISC傘下のIUGG/IAGA、URSI、COSPARとも密接に連携している。また、国際短波レーダー観測網プロジェクトSuperDARN  (Super Dual Auroral Radar Network) は、世界11ヶ国による重要な国際共同プロジェクトであり、広く宇宙科学全般の観測比較や理論研究に活用されている。
大気研究に関して、昭和基地における南極域初の大型大気レーダー観測は、主要国際学術組織(IUGG, URSI, SCAR, SPARC, SCOSTEP)から勧告を受け推進されている。また、大型レーダーネットワークによる国際共同観測ICSOM(Interhemispheric Coupling Study by Observations and Modelling)を、日本主導で実施している。大気化学の分野では、IGAC(International Global Atmospheric Chemistry)の下の、国際的な研究コミュニティであるCATCH(The Cryosphere and Atmospheric Chemistry)とも連携が期待される。
海洋研究の観点からは、国連の持続可能な開発目標(SDGs)、UN DECADEなど国連が加盟各国に要請している「海洋科学の推進」が挙げられる。これは、UN DECADE of Ocean Science for Sustainable Development(持続可能な開発のための国連海洋科学の10年)による取り組みであり、深層循環の駆動域でもあり、太平洋、大西洋およびインド洋にまたがる南極海の観測は今後ますます重要になると考えられる。SCARにおいても、SOOS(Southern Ocean Observing System)と密接に連携しており、さらに南極・南大洋の保全に関する科学計画であるAnt-ICON Group (Integrated Science to Inform Antarctic and Southern Ocean Conservation)とも関連する。また、全世界の海洋の状況をリアルタイムで監視・把握するシステムを構築する国際科学プロジェクトであるアルゴ計画への協力も行っている。さらに、大気・海洋・氷床が関連する、SCARの科学計画として、AntClim21 (Antarctic Climate Change in the 21st Century)が挙げられる。一方で、位置基準となる座標系の整備の点では、2015年の国連総会において、地球上の位置の基準を定める測地基準座標系を維持するための国際連携の必要性が決議されており、全球統合測地観測システム(GGOS:Global Geodetic Observing System)などの国際組織や各国で具現化が進められている。
古環境・古気候研究においては、SCARやPAGES(Past Global Changes)等がサポートする氷床コア掘削・研究の国際共同推進のためのエキスパートグループであるIPICS(International Partnership in Ice Core Sciences)では、重要課題として「Oldest Ice Core」プロジェクトが設定されている。また、SCARのPAIS(Past Antarctic Ice Sheet Dynamics)、SERCE(Solid Earth Response and influence on Cryospheric Evolution)やAIDD(Antarctic Intermediate Depth Drilling)といったプロジェクトも国際的な連携により実施される。
以上のような多岐にわたる国際科学プロジェクトとの連携およびそれらへの貢献を通じて、我が国のリーダーシップのもとで国際共同研究を発展させることが重要である。
 

【社会性】

南極氷床の変化は、海水準の変化にとどまらず、海洋循環や気候変化といった地球規模の環境変動に大きな影響を及ぼす。したがって、地球環境の将来予測には、環境変動に伴う南極の応答と影響を明らかにする必要がある。特に、精度の高い海水準変動の予測データは、人類の生存戦略にとって不可欠な情報である。その中で、将来の海水準上昇に対する寄与の大部分を占めかつ予測困難な要因は、南極大陸上に存在する巨大な氷床の融解による影響である。海水準変動の予測の精度を向上させるためには、過去の氷床変動の履歴を詳細に調べ、外的要因に対する応答や、現在において氷床融解を加速させている海洋―氷床間の相互作用を解明した上で、未来の海水準変動をシミュレーションする必要がある。このような研究は、社会的に極めて重要であり、IPCCの今後の検討にも、大きな貢献を果たす。さらに、持続可能な開発目標(SDGs)の観点からは、地球環境の未来像を予測する事は必須であり、海水準変動を含めた、将来予測の高精度化に南極での研究観測は不可欠である。SDGsの目標13「気候変動に具体的な対策を」は、海水準の上昇や海洋酸性化等、地球温暖化による気候変動やその影響を軽減する事が目標である。南極氷床の融解は海水準変動に直結する問題であり、南極氷床融解に関する研究を進める事が、将来予測を含めた具体的な対策へと繋がる。また、氷床融解による海洋への淡水の流入は、生態系および関連する物質循環に大きな影響を与えるものであり、また両極は海洋酸性化の影響も大きい事から、生態系の保全と持続可能な利用を推進する、SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」にも関連する。
また、太陽活動や超高層大気の変動は、オーロラや磁気嵐、長期気候変動に関係し得るだけでなく、通信障害や測位精度の悪化、大規模停電、人工衛星の故障や放射線被ばくなどにつながる危険性も考えられ、宇宙での事象を把握することは社会的にも重要である。
さらに、環境変動や人間活動による生態系への影響の観点からは、IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム) 等の国際的な枠組みへの貢献も含め、極域特有の生態系の把握と保全等が求められる。南極の陸域生態系における生物多様性の保全は、SDGsの目標15「陸の豊かさも守ろう」とも関連する。さらに、南極域において、海氷下等の未知の領域への、観測機器の開発・導入は、技術革新へ繋がる可能性も秘めている。
一方で、南極地域は低温、乾燥と強風等の過酷な自然環境であり、周囲の海も含め、未だに人を寄せ付けない地域である。このため、未探査の領域が広大に広がっているフロンティアであり、人類の未来を大きく変えるような発見等に繋がるポテンシャルが極めて高い地域である。したがって、氷床融解等に関連した喫緊の課題解決を目指した研究観測のみならず、新しい科学の創成の観点から幅広い研究観測を推進していく必要がある。


【全球的視野】

地球システムの中で、両極域は全球的な環境変動の影響を受けて変動し、逆に両極での変動が大気・海洋循環等を通して全球的な気候システムにも大きな影響をもたらすと考えられている。変動が起きれば全球的な影響が大きい南極域と、既に急変している北極域との間は、大気・海洋循環等による結合が示唆されるが、その実態は未だ明らかではない。したがって、地球システムを理解する上で、両極の相互作用を含む極域システムの解明は不可欠である。
IPCC第5次評価報告書では、両極氷床と南大洋・北極海が大きく取り上げられ、全球的にも、理解が不足する氷床や海洋の変動把握と要因分析は必須である。過去から将来に通じる両極環境システムの統合的な理解を進めるという観点は、全球気候変動の理解と将来予測にとって不可欠であり、我が国のみならず国際社会へのインパクトが大きい
両極の変化には応答の時間スケールやメカニズムに違いがあり、統合的な研究を進める事により、地球環境の将来を予測する気候モデルの検証に対して重要なデータを提供すると考えられる。この観点からも、地球環境システムの変動解明に向けて、両極を視野に入れた分野融合研究の一層の発展を通して、南極域の研究観測を推進することが重要である。

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