【重点メインテーマ】
「過去と現在の南極から探る将来の地球環境システム」
2019年に「変化する気候下での海洋・雪氷圏に関するIPCC 特別報告書」が公表され、海洋・雪氷圏が今後の地球規模気候変動の予測に重要である事が示されている。第IX期南極地域観測計画の実施を通して、大気・海洋・雪氷圏で構成される南極域が地球環境システムにおける重要な領域であり、変動が起きれば全球的な影響が大きい南極域の理解が、今後の地球規模気候変動の予測の要である事が明確になりつつある。南極域における氷床変動、海洋大循環、大気大循環や超高層大気等の過去と現在の変動の把握とその機構の解明が、地球規模環境変動の理解および将来予測の高精度化に不可欠な要素である事から、南極地域観測統合推進本部において、第X期南極地域観測計画重点メインテーマ「過去と現在の南極から探る将来の地球環境システム」が設定された。
【サブテーマ】
第X期重点メインテーマ策定にあたって、南極地域観測の重要課題として、「海水準変動予測および物質循環変動の鍵-氷床海洋相互作用-」、「過去の南極氷床変動が解き明かす将来の地球環境」、「気候変動の鍵-大気大循環-」および「太陽活動の影響解明の鍵-極冠域-」が、中核として考えられる重要な課題として挙げられている。これら四つの重要課題をもとに、重点メインテーマ「過去と現在の南極から探る将来の地球環境システム」を構成する。南極域が鍵となる過去と現在の地球規模環境変動の総合的な理解を進め、将来予測の高精度化を図るため、以下の三つのサブテーマを設定し、サブテーマが一体となり重点メインテーマを推進する体制とする。また、サブテーマと重要課題との対応は、サブテーマ1が「過去の南極氷床変動が解き明かす将来の地球環境」、サブテーマ2が「海水準変動予測および物質循環変動の鍵-氷床海洋相互作用-」、サブテーマ3が「気候変動の鍵-大気大循環-」を中心に「太陽活動の影響解明の鍵-極冠域-」の要素を組み込んだ形となっている。
・サブテーマ1:「最古級のアイスコア採取を軸とした古環境研究観測から探る南極氷床と全球環境の変動」
南極氷床から採取するアイスコアは、南極域や全球規模の環境変動を保存したタイムカプセルであり、既に得られた2本のドームふじ深層アイスコアからは過去72万年間の連続した環境シグナルが復元されてきた。氷期−間氷期の変動周期が4万年から10万年に変化した時代にさかのぼる、過去100万年以上前までのアイスコアの採取が、国際的に期待されている。そのため、第IX期6か年計画では、古い氷が採取可能な深層掘削点を選定するための調査を、南極氷床のなかでも有望な地域の一つであるドームふじ近傍において行ってきた。第X期6か年計画においては、100万年以上まで連続して遡って環境変動を解明するため、国際的にも期待されている世界で最古級となるアイスコア採取を、ドームふじ近傍において実施する。
また、海水準変動予測につなげる観点から、過去の全球環境変動に伴う南極氷床変動史の解明が必要であり、海底堆積物の採取等により、南極氷床変動等に関する古環境研究観測も連動して進める。サブテーマ2と関連する研究観測を進める事により、過去から現在までの氷床・海洋変動を統合的に解明し、全球環境変動および海水準変動の将来予測の高精度化に資することを目指す。
・サブテーマ2:「氷床―海氷―海洋結合システムの統合研究観測から探る東南極氷床融解メカニズムと物質循環変動」
海水準上昇の将来予測を困難にしている主要因の一つは、極域特有の巨大な氷床、特に南極氷床の海洋による融解過程の理解の遅れにある。暖かい海洋に囲まれた南極氷床の質量損失を予測するには、氷床―海氷―海洋相互作用の解明が鍵となる。莫大な氷床を有する東南極域は西南極域に比べて安定的であるとの認識であったが、近年ではトッテン氷河周辺域を筆頭に東南極氷床末端部での融解が加速している。第IX期6か年計画では、未だ圧倒的に観測データが不足しているトッテン氷河周辺域での観測に着手し、氷河末端域における暖水流入を確認した。第X期6か年計画においては、これを更に発展させ、トッテン氷河域を含む東南極氷床の融解過程の詳細と、その海洋環境や物質循環への影響の実態を他国に先駆けて解明するため、複合分野による統合研究観測を実施する。また、大気変動や氷床変動と関して、サブテーマ1や3とも密接に関連する研究観測も実施し、地球環境における氷床―海氷―海洋相互作用の統合的な理解を進め、全球環境変動および海水準変動の将来予測の高精度化に寄与する。
・サブテーマ3:「大型大気レーダーを中心とした観測展開から探る大気大循環変動と宇宙の影響」
南極域は地球気候において重要な役割を果たし、かつ気候変動のシグナルが顕著に現れる場所である。したがって、気候変動の主要因の1つである大気大循環変動の南極域観測の充実による理解が求められている。さらに、南極域大気の大循環の形成・維持・変動においては、氷床―海洋との相互作用も重要な要素であり、これらを含めた大気大循環変動の研究観測を進める事が必要である。第IX期6か年計画では、南極昭和基地大型大気レーダーを中心とした、多角的な複合観測および国際共同観測を展開している。第X期6か年計画においては、南極昭和基地大型大気レーダーを中心とした大気観測を継続発展させ、数分から太陽活動周期11年までの幅広い周期帯の南極大気現象を捉えるとともに、各タイムスケールの大気現象の年々変動とそのメカニズムを明らかにする。また、より高い高度領域に位置する電離圏観測の充実も図る。これに加えて、新たな面的観測の展開として、南極上空の風に乗って南極域全域の観測を可能とする気球観測を機動的に実施する。また、南極域の特徴を活かし、昭和基地における宇宙線観測の強化や内陸観測点の展開等により、太陽活動度変動がもたらす南極域大気環境の変化、さらには地球環境変動に与える影響の評価に関する研究観測を実施し、宇宙放射線環境の変動による地球大気へのインパクトの解明も進める。さらに、南極域成層圏・対流圏は物質循環の極向きおよび下向き方向の両方の動きが存在し、活発な気象活動が存在する事から、サブテーマ1および2にも関連して、大気圏から雪氷圏への水蒸気等の物質の流れの統合的な理解も進め、全球環境の将来予測の更なる高精度化に貢献する。
極域研究振興係
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