新海洋像:その機能と持続的利用(古谷 研)

研究領域名

新海洋像:その機能と持続的利用

研究期間

平成24年度~平成28年度

領域代表者

古谷 研(東京大学・大学院農学生命科学研究科・教授)

研究領域の概要

 顕在化しつつある地球規模での海洋環境の変化に対して、海洋生態系やその物質循環がどのように応答するのか、人類が海洋から受けてきた恵みがどのように変化するのか、さらに、持続的発展が可能な海洋利用をどのように図っていくのかは、現在の科学における重要な課題である。
 これらに取り組むには、広大な海洋を、その生態系と物質循環のまとまりから整合性のあるサブシステムに分けることが必要である。従来の生物地理学では、極域、亜寒帯、亜熱帯、熱帯、沿岸域等の区系に大雑把に分けてきたが、近年、従来知られていなかった区系の存在が明らかになりつつある。本領域は、太平洋を対象に特に知見の乏しい中央-西部太平洋に重点を置いて、
 1.新たな海洋区系を確立して、それぞれの区系における物質循環と生態系の機能を解明し、
 2.その成果をもとに、人類に様々な恵みをもたらす社会共通資本としての海洋の価値を区系ごとに評価する。従来、価値評価の空白域であった公海に重点を置く。さらに、
 3.得られた科学的基盤をもとに、海洋の持続的な利用のためのガバナンスに必要な国際的合意形成における法的経済的枠組みを提示する、
 ことを目的とする。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 顕在化しつつある地球規模での海洋環境の変化に対して、海洋生態系やその物質循環がどのように応答するのか、人類が海洋から受ける恵みがどのように変化するのか、その中で、持続的発展が可能な海洋利用をどのように図っていくのかは、現在の科学における重要な課題である。これらに取り組むには、広大な海洋を、その生態系と物質循環のまとまりから整合性のあるサブシステムに分けることが必要である。本領域は、太平洋を対象に特に知見の乏しい中央-西部太平洋に重点を置いて、
 1.新たな海洋区系を確立して、それぞれの区系における物質循環と生態系の機能を解明し、
 2.その成果をもとに、人類に様々な恵みをもたらす社会的共通資本としての海洋の価値を区系ごとに評価する。従来、価値評価の空白域であった公海に重点を置く。さらに、
 3.得られた価値評価をもとに、海洋の持続的な利用のためのガバナンスに必要な国際的合意形成における法的経済的枠組みを提示する、
 ことを目的とする。
 各区系における生態系構造と物質循環についての知見の集積、すなわち新たな海の基本台帳を作ることが大きな成果となる。この基本台帳は、環境変動に対する生態系応答予測などの海洋生態系モデルを使った研究の基盤的データベースとして予測精度の向上に貢献し、区系という枠を提供することにより、サブシステム毎の機能の価値評価を可能にし、気候調節作用など海洋生態系の非市場性価値の評価や気候工学における海洋利用の是非など、地球規模の課題の解決に貢献する。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 海洋学分野の各計画研究班は公募班と連携して、領域主催「白鳳丸」3航海およびその他8航海において共同観測を実施し、海の基本台帳の基礎データベースの構築は順調である。これらの結果と既往知見から各研究班から様々な区系案が提出された。予定よりも早い進捗である。物理、プランクトン、高次捕食者から見た各区系案を、今後相互に検討し、統合、再構築を経て太平洋の海洋区系の確立を進める。すでに海水流動などの物理過程と栄養塩動態を基にしたモデル解析により、植物プランクトン・基礎生産に関する統合的な海洋区系が得られた。これは地図に区系が貼り付いている従来の「固定した」海洋区系ではなく、時空間的な環境変動を内包した動的な区系で、新規性が高く今後の進展が期待される。
 海の恵みの価値評価の第一段階として日本人の意識を調査し、統計的に分析した結果、日本人は恵みを、水産物を含む生活に必要な恵み、気候の調整などの間接的な恵み、文化的な恵みに大別して認識していること、その中で文化的な恵みの保全への意識が最も高いことが判明した。今後こうした解析を区系毎に進めていく。国際的な合意形成については、公海などの生物多様性の保全に関する複数の国際的な協議プロセスについて解析が進み、ある協議おける対立構造が別の協議に持ち込まれて合意形成が進まなくなる状況が存在していることを新規に見出すことができた。また、海洋科学と海洋ガバナンスの接続領域における現実の課題について事例研究が進んだ。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、太平洋において海の恵みの持続的な利用のために必要な、海洋学的、社会科学的基盤を構築しようとするものである。海洋資源の有限性は周知されているものの、消費者の多くは短期的な利益に基づいて利用するため、持続可能性を担保することが難しい状況にある。そこで、本研究領域は、公共財である海洋資源の乱用を防ぐための新たな管理体制の構築を図るため、海洋学の立場から海洋生態系を客観的に把握し、そこで得られた科学的知見を根拠に利害関係者を説得し、実行可能な制度を構築する手法を社会科学の研究から引き出すことを目的としている。
 このように、本研究領域は自然科学と社会科学という二つの学問領域を融合することで、社会問題の解決に努めようとするものである。異なる学問分野の融合は、連携が難しいといわれるが、領域代表者の的確な組織運営により、シナジー効果を生じさせつつある点は高く評価できる。ただし、海洋区の一般的科学データが新たな国際ガバナンスを構築するための推進力となるかどうかは、研究期間後半の活動にかかっている。研究目的の達成に向け、さらなる研究の推進を期待する。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 本研究の第一の目的である海の基本台帳の作成と海洋区系の確立については、研究項目A01、A02およびA03のうちのA03(広域回遊性魚類の資源変動メカニズムと海洋区系)が順調に研究を重ねており、一部については、当初計画を上回る進捗をみせている。他方、研究項目A03(海洋の市場性・非市場性価値の評価)は、海洋資源という公共財利用のパラダイム転換を促すため、「海洋の市場性価値」と「海洋の非市場性価値」を提示し、それを測るための客観的な指標の構築に従事している。コスト計算は、研究項目A01、A02およびA03(広域回遊性魚類の資源変動メカニズムと海洋区系)の成果を受けて行われるため、研究の進展状況および成果に時差が生じるのは、計画段階から予定されたものであるという。
 研究項目A04は、参与観察を通じて、専門知が政策形成に与える影響を特定しようとするものである。科学的専門知識に裏付けられたアイディアが制度化される経路を特定することは、研究項目A01~03が獲得した海洋学の知見にもとづく国際ガバナンスの構築に資するものであり、本研究の要といえる。しかし、参与観察に時間がかかるため、A04の進捗は他の研究項目に比べ遅れがみられる。とはいえ、総体的にみれば、おおむね順当に進められており、今後の研究推進上、大きな問題となる点は見当たらない。

(2)研究成果

 本研究領域の研究成果は順調に出されている。海の基本台帳を作成する過程で作り上げたデータベースPACIFICAはすでに世界で共用されており、データの収集は高く評価できる。また、海洋物理学、海洋化学、海洋生物学、それぞれデータに基づいていくつかの海洋区系が提案されており、今後これらを統合し、総合的に海洋区系を理解するための基盤が構築されつつある。海洋学のなかでも公海の研究は端緒にあり、本研究領域が収集しているデータおよびそれに基づく学術論文はきわめて有用といえる。研究代表や研究分担者が複数の国際プロジェクトに関与し、海洋資源保護に努めている点は、そうした成果の現れであり、高く評価したい。その一方、研究項目A03(海洋の市場性・非市場性価値の評価)とA04については、研究デザインの関係上、成果が乏しい。研究期間後半に十分な成果が上がることを期待する。
 研究成果を社会に還元する方策については、いくつかの工夫が必要である。たとえば、本研究領域が期待する海洋資源に対するパラダイム転換は、社会一般の海洋理解が深まってこそ実現する。この点に鑑みれば、ホームページの一般向けの連載をなじみやすいものに替えたり、内容の充実を図ったりすることも有効であろう。また、費用対効果を理由に発行を中止したニュースレターを再開し、外部への発信媒体を増やす努力も必要である。

(3)研究組織

 本研究領域の構成を見ると、所属が特定機関に偏っているように思われる。ただし、これは公募による所属の変更などによるところが大きく、適切な人材配置が行われている。今後の研究発展を念頭に置いた場合、公募による人員の補充によって多様化を図ることも選択肢の一つである。
 一方、本研究領域は若手育成を熱心に行っている。海洋研究に欠かせない調査研究の場を提供するのはもちろん、学会や国際会議への参加を通じた国内外のネットワーク作りを後ろ盾するなど積極的な支援を行っている。すでに述べた研究項目ごとの有機的な連携と併せると、本研究領域の研究組織は適切であり、有効に機能している。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)今後の研究領域の推進方策

 本研究領域の今後の課題は、海洋資源を直接利用する利害関係者の行為を持続可能な利用に結びつけるうえで必要な「海洋の市場/非市場性価値」を示し、その共有を図ることや、新しい国際ガバナンスの構築を正当化するための科学的知見を示し、それを政治過程に入力する方途を示す点にある。この役割は、研究項目A03(海洋の市場性・非市場性価値の評価)とA04が主に担うことになるが、利害関係者を説得する上で別のデータが必要になった場合、研究項目A01、A02、A03(広域回遊性魚類の資源変動メカニズムと海洋区系)がそれに応えることになる。つまり、これまでと同様、領域代表の強いリーダーシップの下に研究項目間の連携を図ることが必要である。研究期間後半も活発な研究活動と闊達な議論がもたらす円滑な連携が融合領域の創成に資することを期待する。

(6)各計画研究の継続に係る審査の必要性・経費の適切性

 各研究計画は順調に進展しており、継続に係る審査の必要はない。また、研究経費も適切に計上されており、問題はない。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --