高精細アプローチで迫る転写サイクル機構の統一的理解
平成24年度~平成28年度
山口 雄輝(東京工業大学・生命理工学研究科・教授)
本領域の目的は「転写サイクル」の制御機構を明らかにし、その知見を高次生命現象の理解に繋げることである。転写研究の難しさは、その高度な階層性にある。転写制御のメカニズムを本当に理解するには―つまり「何がどうなると、こうなる」という因果の連鎖を論理の隙なく理解するには―個体・細胞レベルから分子・原子レベルに至るまで、各階層の知識を統合する必要がある。しかし技術的困難さのため、これまで各階層の研究はバラバラに進められてきた。本領域では、既存の研究アプローチと先端的技術や情報・計算科学を組み合わせた「高精細アプローチ」によって、転写の各ステップ・各階層の統合的理解を目指す。定性的な理解から定量的な理解へのシフト、静的な理解から動的な理解へのシフトを実現することで、生命機能を支える転写制御機構の全容を解明し、その知見を高次生命現象の理解に繋げる。
立ち後れていた転写開始後の研究は2000年以降、急速に進展し、伸長や終結過程のメカニズムも解明されつつある。さらに、遺伝子のプロモーター領域だけでなくコード領域にも転写と共役して様々なヒストン修飾やクロマチンリモデリングが起こることや、転写とRNAプロセシングが密接に共役して進行すること、すなわちRNA合成の各段階が互いに影響しあいながら一体となって進行することが分かってきている。本領域の目的は、こうした転写の全体像すなわち転写サイクルの制御機構を明らかにし、その知見を高次生命現象の理解へとつなげることである。転写サイクルのような複雑な対象を統一的に理解するには、生化学や遺伝学といった既存の研究アプローチでは不十分であり、先端的技術の開発・導入が欠かせない。具体的にはゲノムワイドの解析手法や動的制御を解析する手法、大量に生み出される情報を処理するバイオインフォマティクスや、動的解析を支援する計算科学などが必要となる。こうした定量的、包括的な解析を通じて転写の全体像を詳細に描き出すことを目指す。また、転写サイクルと高次生命現象とのつながりにも注目し、幹細胞の増殖・分化、がんや遺伝病等の疾患、植物の成長制御等を支える転写制御機構の解明を目指す。これらを通じて研究対象の定性的理解から定量的理解へのシフト、個別事象の理解から包括的理解へのシフトを先導し、我が国の学術水準の向上・強化に資する。
先端的技術の開発・導入は本領域の核心であり、領域内共同利用システムがその媒体となる。H24年度に構造解析用装置、次世代シーケンサー、1分子蛍光顕微鏡を導入し、それぞれの技術に精通している計画班の緒方、松本、十川が管理責任者となってH25年度より領域内共同利用システムの運用を開始した。また、多様な専門性を持った班員の相互理解と共同研究を促進するため、年1回の班会議や若手主体の会に加えて、トレーニングワークショップ(特定のテーマに関する実技や演習中心の勉強会)を不定期に開催している。その甲斐あってか、公募研究も巻き込んだ形で多数の融合的な共同研究が進行している。領域の発足から2年余で計画研究から76報、公募班の立ち上げから1年余で公募研究から35報、合計111報の論文を現在までに発表してきたが(そのうちIFが10以上の論文は22報)、計画研究から発表された論文の約20%が、班をまたいだ共同研究により生まれてきている。設定期間の後半に向け、計画遅れが一部で見られる領域内共同利用システムの利用率向上を図るとともに、ウェットとドライの融合を目指したブレインストーミングやその他の率直な意見交換の場をこれまで以上に設けたり、国内外の領域外の研究者との連携を強化することにより、領域として最大限の成果が得られるよう運営上の配慮を行なっていきたい。
A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)
本研究領域は、転写開始前複合体形成、転写開始、転写伸長、転写終結、リサイクルからなる転写の全過程を「転写サイクル」として捉え直すことを目的としている。その際には、既存の研究手法に先端的技術(1分子解析、in vivoイメージング、次世代シーケンサーなど)や情報・計算科学という高精細アプローチを用いることによって、生命機能を支える転写制御機構の全容解明を目指している。実際に高精細アプローチ推進のための領域内共同利用システムの構築と運用がなされた。そして、領域内の積極的な共同研究によって、Coffin Siris症候群の原因遺伝子の同定、一連の転写伸長反応のフィードバック制御機構の解明などについて、優れた研究成果を発表している。このことは、転写制御という基礎研究分野の展開として評価できる。しかし、研究領域名にある転写サイクル機構の統一的理解にまでは至っていないので、今後の研究に期待したい。先端的技術(ウェット)データと情報・計算科学(ドライ)データとの融合に向けた研究を目指すべきであるとの意見があった。また、転写のON/OFFについての転写時間や転写に関する因子に関する情報の関連をカイネティクス解析することによって、システムバイオロジー研究や創薬開発への展開についても期待したい。
領域内での共同研究が積極的に進められて順調に進展しており、その点は大きく評価できる。特に、高精細アプローチ研究が機能しており、研究者間の連携が促進されている。
1分子イメージングやクロマチン上の転写複合体解析、さらには新型シークエンサー導入など、技術開発を伴う研究の進展と、その領域内での迅速な共有化が、今後のさらなる進展の鍵となるであろう。
既に数多くの論文発表がなされているが、その20%が領域内共同研究の成果であることは、特筆に値する。特に、Coffin Siris症候群の原因遺伝子の同定、一連の転写伸長反応のフィードバック制御機構等を解明できたインパクトは大きい。
新たな技術共有によって、さらに領域内共同研究が加速されることが期待されるが、その際に、計画研究代表者のみならず、公募研究者をいかに巻き込めるかが重要である。
計画研究だけでなく公募研究も非常にユニークな研究が数多く取り込まれており充実している。また、公募研究と計画研究の連携状況も良好である。若手研究者にも配慮がなされている。
後期の公募において、開発されつつある新技術が活用されるような研究を積極的に採択するのも、組織運営上有効かもしれない。
特に問題点はなかった。
新領域立ち上げに伴い購入された次世代シークエンサー、1分子蛍光顕微鏡等の装置は、班員間の連携に有効に使用されており、成果も上げている。
特に問題はなく、このまま進めれば良い。
本研究領域で開発された技術を、領域外にも広める活動を盛り込めないだろうか。
特に問題点はなかった。
研究振興局学術研究助成課
-- 登録:平成26年11月 --