マイクロエンドフェノタイプによる精神病態学の創出(喜田 聡)

研究領域名

マイクロエンドフェノタイプによる精神病態学の創出

研究期間

平成24年度~平成28年度

領域代表者

喜田 聡(東京農業大学・応用生物科学部・教授)

研究領域の概要

 精神疾患が国内五大疾患の一つと位置付けられた今、その克服が急務である。精神疾患はゲノム要因のみならず、環境要因との複合的要因による高次脳機能障害を原因とする。しかも、精神活動の基盤となる分子・シナプス・細胞・回路レベルの脳内現象は未だブラックボックスの状態である。従って、精神疾患の機構解明は、基礎から臨床に至る多段階の解析を必要とする高い難易度の生命科学の課題である。しかし、現在の精神疾患研究は臨床研究とモデル動物等を用いた基礎研究の足並みが揃っているとは言い難い。特に、ヒトとモデル動物に共通し、精神疾患の心理・生理・行動レベルの表現型であるエンドフェノタイプですら、期待が大きかったものの、基礎研究の対象になり難かった。また、国内の精神疾患研究のほとんどが医学系研究機関で行われており、基礎研究者数は生活習慣病やガン研究に比べ、遥かに少ない。そこで、本領域では、以上の国内外の現状を打破し、多様な基礎研究者が結集し、基礎研究と臨床研究が有機的に統合された新たな精神疾患研究領域を国内に創出することを目的とする。この実現に向けて、精神疾患研究と基礎生物学研究を結ぶ接点となる、分子動態・細胞・回路レベルで可視化された精神病態、すなわち、「マイクロエンドフェノタイプ」を共通概念として、マイクロエンドフェノタイプを同定し、この分子基盤と病態機序の解明を進める。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 精神疾患はゲノムと環境の複合的要因による高次脳機能障害を原因とするものであり、その分子機構解明は生命科学において極めて難易度の高い課題である。精神疾患が国内五大疾患の一つと位置付けられた今、その克服が急務である。しかし、精神疾患には基礎から臨床に至る多段階の研究が必要であるものの、国内では医学系研究機関の一部で研究されているに過ぎない。本領域では、この現状を改革し、生活習慣病やガンの研究領域のように、多様な基礎研究者が結集する新たな精神疾患研究領域を国内に創出することを目的とする。この実現に向けて、精神疾患研究と基礎生物学研究との接点となり、原因解明の重要な手掛かりとなる研究対象として、回路・細胞・分子動態レベルの精神病態、すなわち、「マイクロエンドフェノタイプ」の概念を提唱・構築する。「マイクロエンドフェノタイプ」はヒトの精神疾患研究、モデル動物を用いた精神疾患研究と、精神疾患の分子基盤を解明する分子細胞生物学的研究、これら三者間を結び、かつ、基礎研究者に課題を提示するインターフェイス的役割を果たす。本新学術領域では、ヒト由来試料と動物モデルを用いた解析から、精神疾患のマイクロエンドフェノタイプを同定し、マイクロエンドフェノタイプの分子・細胞・回路基盤と病態機序を分子細胞生物学的に解明する。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 領域全体として、マイクロエンドフェノタイプ同定に向けた研究が着実に進展している。中でも、統合失調症のマイクロエンドフェノタイプとしてレトロトランスポゾンLINE-1転移によるゲノム動態の異常が同定されたことは大きな成果となった。この成果は、モデル動物を対象とする計画研究代表者らと、ヒト試料(統合失調症患者死後脳、患者より作成されたiPS細胞)を研究対象とする計画研究代表者らが共通の目的に向かって研究を進めた結果、領域内の連携による相乗効果が発揮されたものであり、本領域の特徴をまさに体現した研究となった。一方、超解像顕微鏡構築による分子動態イメージング技術、特定のシナプスを光で操作する新規技術が確立された。また、総合失調症、双極性障害、うつ病、心的外傷後ストレス障害(PTSD)モデル動物の解析から、神経回路異常、病変原因回路、情報伝達経路、特異的細胞を候補としてマイクロエンドフェノタイプの同定がそれぞれ進展した。さらに、恐怖体験を思い出すと恐怖が増強する新規PTSDモデルマウスの開発にも成功し、患者由来iPS細胞を用いた培養細胞レベルの精神疾患研究も進められた。本領域内では、支援活動を中心として80件以上の共同研究が進められており、基礎研究者を対象とした若手育成も精力的に行われた。今後、開発された新規技術とモデル動物を駆使して、精神疾患のマイクロエンドフェノタイプの同定とその分子基盤の解明に迫る。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、精神神経疾患研究において、分子、細胞、神経回路レベルに特化した「マイクロエンドフェノタイプ」という概念を確立し、そのメカニズムの解明を目指したものである。そのために、モデル動物、分子・細胞レベル解析、イメージング解析を専門とする基礎研究者を多数取り込むことで、精神神経疾患研究の入り口を広げることに成功しており、高く評価できる。また、計画研究組織間の共同研究による卓越した成果も生まれており、本領域研究が目指す方向性・研究戦略が優れていることが示されている。シンポジウムの開催や総括班会議も活発に行っており、また公募研究でも若手研究者を積極的に採用するなど、評価できる。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 基礎生物学研究者の参画に成功し、計画研究間の共同研究が着実に進展している。精神疾患研究を基礎研究者に普及させる取り組みは、研究そのものが精神疾患治療の出口に繋がらないものの、入り口を大幅に広げ、研究者人口を増加させることにより、様々な視点からの精神疾患研究の推進に繋がるという点で、高く評価できる。一方、「学術の国際的趨勢等の観点から見て重要であるが、我が国において立ち遅れている」という点に関しては、どの程度目標を達成できたかが不明瞭とする意見もあった。今後は、本領域応募時に設定した上記の目標に対してどの程度研究が進展しているかを意識しながら、領域研究を推進する必要がある。

(2)研究成果

 計画研究および公募研究は、それぞれのテーマに沿って概ね順調に研究が遂行されており、これまでの発表論文数と内容は妥当なものである。また、計画研究間の共同研究の成果として卓越した成果も生まれている。一方、計画研究と公募研究、公募研究間の共同研究成果がまだ少ないので、後半に向けさらに発展を期待する。
 キックオフシンポジウム、神経科学学会などでの企画シンポジウム、国際シンポジウムなど、大変活発に成果公表の機会を設けている。若手育成のための試みやアウトリーチ活動も積極的であり、評価できる。

(3)研究組織

 特に問題点はなかった。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)今後の研究領域の推進方策

 21世紀に残された心の病にチャレンジするため、多くの基礎研究者への導入を可能とする研究システム構築にかける領域代表者の意気込みが感じられる。一部に優れた成果が上がっているが、国際的には極めて競争が激しいため、さらに共同研究を加速させ、方法論研究と機能研究、分子レベルの病態研究との有機的統合を図ってほしい。一方で、「マイクロエンドフェノタイプ」の定義が必ずしも計画研究、公募研究の研究者間で統一されていないのではないかという印象があるので、領域代表者のリーダーシップのもとに、領域全体会議やニュースレターなどで、目指すところを明確にすることが望まれる。

(6)各計画研究の継続に係る審査の必要性・経費の適切性

 特に問題点はなかった。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --