ウイルス感染現象における宿主細胞コンピテンシーの分子基盤(永田 恭介)

研究領域名

ウイルス感染現象における宿主細胞コンピテンシーの分子基盤

研究期間

平成24年度~平成28年度

領域代表者

永田 恭介(筑波大学・本部・学長)

研究領域の概要

 ウイルスは、細胞の機能/因子群を自身の感染および複製過程に動員・奪取することで増殖することができる。従ってウイルスの増殖性は種や細胞特異的な宿主因子との適合性、多寡などに依存している。一方、宿主は感染状況の中ではウイルスに対する防御系を発動するが、その様式や起動の程度もやはり細胞特異的である。すなわちウイルス感染における宿主特異的な子孫ウイルス複製と病原性発現は、ウイルスの増殖能とこれを抑制する宿主細胞機能との攻防の末に、その均衡がウイルス複製側に偏った結果である。
 本研究領域では、このような病原性発現に帰結する宿主特異的なウイルス複製と細胞内防御メカニズムとの拮抗の分子基盤を「宿主細胞コンピテンシー」という概念で捉え、この均衡の中でウイルスが宿主を選択し、また宿主に適合した戦略的なメカニズム(感染の細胞・組織特異性、あるいは種特異性)を明らかにすることを目的とする。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 ウイルス感染における宿主特異的な子孫ウイルス複製と病原性発現は、ウイルスの増殖能とこれを抑制する宿主細胞機能との攻防の結果である。本領域の目的は、病原性発現に帰結する宿主特異的なウイルス複製と細胞内防御メカニズムとの拮抗の分子基盤を理解することである。感染現象と細胞内防御系を含む生命プロセスが折り合った状態である場合には高い病原性は示さない一方で、この均衡がウイルス側に偏ることで高い病原性が発現すると考えられる。本領域では、これらの結果に繋がる細胞の特性を「宿主細胞コンピテンシー」と言う概念で捉え、その特性の分子基盤を明らかにし、この均衡の中で、ウイルスが宿主を選択し、また宿主に適合した戦略的なメカニズム(感染の細胞・組織特異性、あるいは種特異性)を明らかにする。本領域では、ウイルス学的研究を主軸に、構造生物学、数理解析学、ならびにポストゲノム解析の専門家とウイルス研究者が協業する体制を構築し、研究を推進する。本研究により「宿主細胞コンピテンシー」によるウイルスの病原性発現の理解と宿主選択や適合の新たなパラダイムの創出、また、ウイルス研究者と構造生物学、オーム解析や数理モデル解析の専門家が協業することによって新たな解析方法や概念の創成が期待できる。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本領域では、(1)ウイルスと宿主の細胞内攻防、(2)ウイルスと宿主の個体・生体内攻防、(3)ウイルス‐宿主攻防とその帰結、の3点に焦点をあて、従来の遺伝学的/逆遺伝学的な方法、生化学的な方法を用いたウイルス学研究に加え、構造解析、網羅的解析、数理解析などを取り入れた共同研究等により、ウイルス複製過程のウイルス側因子と宿主側因子の相互作用の解析、及び宿主のウイルス増殖抑制応答の解析を行っている。(1)に関してはインフルエンザウイルス、C型肝炎ウイルス、Red clover necrotic mosaic virusなどのウイルス複製、ウイルス細胞内輸送、ウイルスタンパク翻訳等に関わる新規宿主因子の同定を行った。原子間力顕微鏡、電子顕微鏡等を用いたウイルス複製過程の可視化にも成功している。また自然免疫や内因性免疫に関してそれぞれStress granuleの構成、APOBEC3GとVifの作用機序が明らかになった。(2)については、麻疹ウイルス、ヘルペスウイルスに関してウイルス受容体の同定、侵入のメカニズム、炎症応答の制御の解明、エンテロウイルス感染モデルの作製、ヘルペスウイルスの個体での病原性に関わる因子の解析などについて進展が見られた。(3)については、網羅的解析等により宿主−感染体ネットワークの変動が明らかにされつつある。また、数理モデル解析の概念と方法を取り入れ、感染現象の実験事実を理論的に理解しうるようになった。これらの成果から「感染コンピテンシー」の概念が創成されようとしている。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、ウイルスの増殖と生体防御系とのバランスを決定する宿主の特性を宿主細胞コンピテンシーと捉え、その分子基盤を明らかにすることを目的としている。本研究領域においては、異なる領域の研究者が従来の方法に加え、構造生物学、数理生物学、オミックス解析などの手法を持ち寄り、相互に緊密な連携のもとに研究が推進されており、発表された総論文数が200を越え、十分な成果が上がっている。若手研究者の実質的な共同研究を通じたインターンシップの実施や海外の学会への派遣など、若手育成にも注力している。今後は公募研究による病理学的視点をもった研究等を充足させることにより、本研究領域の更なる進展を期待する。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 本研究領域においては、異なる領域の研究者が従来の方法に加え、構造生物学、数理生物学、オミックス解析などの手法を持ち寄り、相互に緊密な連携のもとに研究が推進されており、当初の目的を十分に達成している。
 ウイルスと宿主の細胞内攻防、ウイルスと宿主の個体・生体内攻防、ウイルス・宿主攻防とその帰結に着目し、2つの領域で研究を推進しているが、オミックス解析の領域における研究および個体レベルでの研究について、今後の研究の展開を期待する。

(2)研究成果

 本研究領域では、研究計画に沿った順調な進展が見られた。発表された総論文数が200を越え、十分の成果が上がっている。これらの成果はHPを通じて公表されているが、その内容のさらなる充実を期待する。

(3)研究組織

 異なる研究背景を持つ研究室間で、若手や大学院生を派遣しあうシステムが構築されており、若手研究者の育成が図られている。計画研究内だけではなく、公募研究の研究代表者とも共同研究を推進することにより、現在、有機的連携のもとに研究が進められている。領域内に病理学者等の参画を積極的に推進することが望まれたが、実際の公募研究には病理的視点を持った研究者が見当たらないため、今後の公募班での充足を期待する。 

(4)研究費の使用

 備品等の経費も新しい技術の創成や共同研究のために使われており、適切である。若手研究者の実質的な共同研究を通じたインターンシップの実施や海外の学会への派遣などが積極的に行われており、適切である。

(5)今後の研究領域の推進方策

 ウイルスの複製に関する構造解析や細胞内応答の解明においてインパクトのある研究成果も蓄積されつつあり、公募研究のあり方を見直しつつ、相互に連携した本領域研究の今後の大いなる進展を期待する。さらに、宿主側のコンピテンシーを決定する特性において、本研究領域の貢献による新規発見や展開を期待する。また、ウイルス由来の疾病の治療薬開発や臨床応用への展開も期待する。

(6)各計画研究の継続に係る審査の必要性・経費の適切性

 各計画研究は成果を出しつつあり概ね問題ない。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --