植物細胞壁の情報処理システム(西谷 和彦)

研究領域名

植物細胞壁の情報処理システム

研究期間

平成24年度~平成28年度

領域代表者

西谷 和彦(東北大学・生命科学研究科・教授)

研究領域の概要

 中枢神経系による一元的な個体統御を行う後生動物とは対照的に、植物は、各細胞が高い自律応答性を維持し、それらの総体として個体全体を統御するシステムを進化させてきた。この統御系は、発生や生体防御など、植物の生命過程の基盤となる重要な過程であるが、その分子機構は未解明である。 本領域では、これらの過程が植物固有の細胞外構造である細胞壁およびその近傍、すなわちアポプラストにおける情報処理を介して進む点に着目し、この過程を「植物細胞壁の情報処理システム」として捉え、包括的に分子解剖し、植物固有の新しい情報システムの解明を目指す。これにより、解明への糸口すら得られなかった植物固有の高次機能の分子基盤の解明を目指す。
 我が国は、植物の発生や生体防御、アポプラストを介した情報伝達、更に細胞壁の生化学の分野で、それぞれ独自の実績を上げてきた。本領域では、これらの実績を持つ研究チームが結集し、連携を密にして研究を推進する体制を作ることにより、新しい視点から上記目的の達成を目指す。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 中枢神経系により一元的な個体統御を行う方向に進化した後生動物とは対照的に、植物は個体を構成する各細胞が高い自律応答性を維持し、それらの総体として個体全体を統御するシステムを進化させてきた。この統御系は、発生や生体防御など、植物の生命過程全般を通して普遍的に観られるシステムである。興味深いことに、この自律応答性システムでは、細胞の外側および細胞膜近傍で情報の処理と応答を完了する場合が多い。このように細胞外で自律的に情報統御を行うシステムをここでは「細胞外情報処理システム」と定義する。その機能は後生動物における脳・神経系や液性免疫系に似るが、機能の場が、ニューロンや体液ではなく、細胞壁という植物固有の動的超構造である点で、両者には相同性がない。したがって、これを理解するには、動物のアナロジーは有効ではなく、植物独自の新規の学問領域を開拓していく以外に方法がない。そこで、本領域では、各分野で顕著な成果を挙げながらも、互いに接点を持たず個別に研究を進めてきた異分野の研究者が結集・連携して有機的な研究ネットワークを先ず構築する。それにより、各自の研究手法を融合させた共同研究を進め、領域全体として包括的な研究を展開することにより、細胞外情報処理という、全く新しい現象の解明を目指す。これが達成されれば、植物の自律的応答性一般に関する新規な学術領域が切り開かれることになる。更に、この新領域を世界に先駆けて我が国が先導することにより、我が国の学術水準の飛躍的な向上が期待できる。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 「植物細胞壁の情報処理」という新興・融合学問領域の創成に繋がる成果が出つつある。例えば、植物ホルモンの動態が細胞壁機能により制御されている可能性が示唆された。また、ネコブセンチュウの植物への寄生過程において、植物細胞壁由来の誘因物質の感知過程が介在することを明らかにしつつある。
 領域内で先端の研究手法や情報を共有し、班員間の共同研究の推進を図るためのしくみとして、総括班に解析支援センター/支援室を設けた。また、領域代表が全班員にサイトビジットを行った。これらが功を奏し、これまでに、領域内で160件の共同研究を立ち上がり、そのうち、既に21件の研究が論文発表につながっている。特に、フラグモプラスト形成に関する研究、陸上植物での二次細胞壁形成の転写ネットワークに関する研究、ペプチドホルモンのアポプラストを介した新規機能に関する研究、アポプラストを介した鉄の取り込み関連遺伝子の発現制御などに関して成果が上がっている。
 新しい概念を核として研究領域を切り拓いたことにより、関連する他の研究領域との接点が一気に広がっている。関連する新学術領域研究と、共同研究や研究集会共催などの形で連携し、互いに影響を及ぼしつつある。更に、化学系や動物系の分野ともシンポジウムの共催をおこなうと共に、本領域のテーマである「植物細胞壁の情報処理」のコンセプトで総説集や学会誌の特集が企画・出版されるなど、本領域による新しい学術創成の効果は確実に顕れつつある。

審査部会における所見

A+(研究領域の設定目的に照らして、期待以上の進展が認められる)

1.総合所見

 本領域では、植物細胞が持つ細胞壁に着目し、細胞壁構築、機能発現、環境インターフェースとしての役割とその個体統御への関与を明らかにすることにより、「細胞壁空間は情報処理系」であるという新規な発想に基づいた新規学問領域の創成を目指している。植物細胞壁の生理機能について新しい視点を与えようとする斬新な領域目標は、既に発表されつつある多彩な研究成果から十分に成功していると判断できる。一方、植物細胞壁が示す様々な生理機能について、統一的視点が与えられるかはまだ不明である。そもそもそのようなものはないのかもしれないが、それも含めて、細胞壁空間の重要性、有用性についての領域からの今後の情報発信に期待する。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 本新学術領域研究では、植物生理学、高分子化学、情報科学などの異なる視点・手法の研究者による異分野融合型の研究が行われ、細胞壁への新しい視点を与えるとともに、極めて多彩な研究へ発展している。すでに160件の共同研究が進み、21報の共著論文を出版したことは高く評価され、異分野融合が順調に進んでいる。植物を理解するための重要な領域の立ち上げに成功したと言える。細胞壁空間に着目した視点は斬新であり、そこから新しい研究がさまざまに生まれているが、逆に、これまで重要とされてきた細胞内の様々な機構との関連が見えなくなっている。研究期間後半に向けて、細胞内機能とどのような関係性を持つのか、理解を進めて欲しい。

(2)研究成果

 細胞壁あるいはアポプラスト構築に関わる分子機構、コケ類の研究による進化的側面の理解などで新しい成果が得られている。また、バイオインフォマティクスやイメージング技術においても新しい試みがなされ、それらが既に実を結んだ研究も報告されている。成果は目標を大きく超える計265編の原著論文として出版されている。その中にはScience などのトップジャーナルも含まれており、高く評価できる。広報やアウトリーチ活動なども、情報学の専門家やサイエンスコミュニケータを採用して積極的に行っている。HPも専門家用、一般向け、外国人向けが用意されており、きめ細かく情報発信を行っている。また、他の新学術領域とも合同シンポジウムを開催するなどして、互いの波及効果の発展にも努力している。

(3)研究組織

 領域代表によるサイトビジット、女性研究者を約30%採択した公募研究、若手研究者が中心となった若手のための研究会の運営など、随所に新しい領域運営のアイデアがあり、それらが領域全体の活性化に大きく寄与している。特にサイトビジットでは、領域代表が全ての計画研究代表者の研究室を訪問し、進捗状況を聴取し、共同研究の促進と解析支援センターの利用などを積極的に助言・指導した。これが功を奏して、共同研究の発展につながったことは明らかであり、代表者の組織運営力は高く評価できる。総括班には解析支援センターなど3つの支援室が順調に立ち上がり、個別研究を支えている。この領域では大型機器を総括班の下の支援センター/支援室に設置し、全研究員が共用する体制をとっている。利用実績も堅調で、総じて無駄が無く利用されている。また、支援センター/支援室に既設機器を提供している班員が多数いることは素晴らしいことであり、評価できる。

(4)研究費の使用

 上述の通り、既存設備の活用を積極的に行っているが、それでも初年度は高額な機器設置費を使用しており、今後、これらの機器を利用した研究成果に期待する。今後の計画において、人件費・謝金の比率が高く、消耗品費が少ない計画研究が複数ある。消耗品費が不足しないよう節約に務めるとともに、バランスのよい支出の計画と実施を期待する。

(5)今後の研究領域の推進方策

 研究全体としては、これまで解明してきた素要素間の有機的関連性を追求し、細胞壁情報処理による高次機能の具現化の仕組みの解明を狙っている。これまでの成果を見れば、目標の達成は期待できる。組織運営体制も、これまでにほぼ完成しており十分である。「オンライン相談」や「トレーニングプログラム」などの新しい企画も計画しており、領域としての総合力・団結力を高め、更なる成果が期待できる。

(6)各計画研究の継続に係る審査の必要性・経費の適切性

 各計画研究は成果を出しつつあり概ね問題ない。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --