福島原発事故により放出された放射性核種の環境動態に関する学際的研究(恩田 裕一)

研究領域名

福島原発事故により放出された放射性核種の環境動態に関する学際的研究

研究期間

平成24年度~平成28年度

領域代表者

恩田 裕一(筑波大学・生命環境系・教授)

研究領域の概要

 2011年3月11日の大地震および津波の発生を契機として、東京電力福島第一原子力発電所の事故が併発した。原子炉施設から放射性核種が福島県周辺地域に飛散し、大気の拡散輸送過程により全球に拡散した。沈着した放射性核種は、事故発生後1年以上を経て、短期予測や除染などの対策基盤策定のための調査から、長期予測を視野に入れた学術研究の必要性が高まっている。今後は、地表面に降り積もった放射性物質の再飛散や、海洋や河川湖沼の放射性物質の吸着した土砂の移動、森林・農作物、陸・海洋生物への移行が問題となり、さまざまな循環・相互作用が介在するからである。
 この放射能汚染は、各学問分野の単独的取組では解決できない複合的で未曾有の問題であり、地球環境科学の多くの分野に、放射化学や放射線計測技術の分野などを加えた分野横断的で新しい学問領域を創設して取り組むことが必須である。こうした長期的な環境中の放射性物質の移行、環境動態予測に研究者が英知を結集させて取り組み、世界をリードする新たな研究領域の形成を目指す。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 東京電力福島第一原子力発電所の事故により放出された放射性物質は、福島県とその周辺地域をはじめ、東日本の広域に飛散・沈着した。地表に降下した放射性物質は、再飛散や、水・土砂移動にともなう河川、湖沼、海洋への移行、森林や陸域・海洋生態系での循環・濃縮が問題となっている。放射性物質の移行の長期予測についての学術研究の必要性が高まる一方で、原発事故により全球に拡散した放射性物質の総量を明らかにし、またその移行過程についての知見を国際的に発信することが我が国の責務である。
 本領域研究の目的は、オールジャパン体制で放射性物質の拡散・輸送・沈着・移行過程を同定し、その実態とメカニズムを解明すること、それに基づいて長期的な汚染状況の予測と被ばく線量の低減化のための方策を提示することである。しかし、環境中に放出された放射性物質の時空間分布は、大気・海洋・陸域での物理化学過程や生態系での移行・濃縮など、その影響や相互作用は多岐にわたる。そのため、この放射能汚染は、既存の学問分野の単独的な取り組みでは解決できない複合的で未曾有の問題であり、地球環境科学の多くの分野に放射化学や放射線計測技術の分野などを加えた、分野横断的で新しい学問領域を創設して取り組むことが必要である。さらに、化学の専門チームを備えた新領域を形成することにより、公募研究を含めた新たな分野を創生することに意義がある。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本領域研究では、領域全体を統括する総括班、大気・海洋・陸域・分析手法に係る4つの研究項目と、計8つの計画研究班、公募研究班のもと、福島原発事故により放出された放射性核種の存在形態、移行過程の調査研究を実施し、順調に結果をえてきた。大気については、国内外の複数の大気・海洋モデルのシミュレーション結果の相互比較を実施し、モデル推定精度の向上を達成した。また、一次放出の性状解明及び湿性沈着メカニズム、さらに土壌・生態系に沈着した放射性物質の再飛散プロセスに関する。海洋については、国際共同研究を推進し、海洋での放射性セシウムの拡散過程や、海洋生態系への移行と濃縮機構の調査を実施した。陸域については、沈着量が異なる地域において、森林やその他の土地利用での水・土砂移動による放射性セシウムの移行状況及びメカニズムが明らかになりつつあり、陸域から海洋への流出量の算定も可能とした。加えて、陸域生態系での放射性セシウムの循環と濃縮過程の調査を行った。また、原発事故直後の131I沈着量を復元する手法を構築するとともに、事故状況を解明する上で重要な、低濃度の放射性核種や微量元素の迅速分析法を開発した。今後、これらの研究成果をもとに、大気-土壌-河川-海洋での放射性物質の発生源や輸送経路、生態系循環への取り込みといった一連の移行過程の解明のため、各計画研究班の連携をさらに強化し分野横断的な学際的研究を遂行してゆく。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本領域は、福島原発事故により放出された放射性核種の環境動態を、大気、海洋、陸域という広い範囲にわたって調査するという、野心的であるが現在の日本に突きつけられた困難な課題に見事に取り組んでいる。物理的、化学的効果、さらには生物による沈着、輸送までをも含む放射性物質の動的な振る舞いについて調べており、総合的な研究領域の創出に向けて概ね優れた研究成果が上がっている。今後も順調に研究成果が上がることを期待する。
 我が国の重大事項として、本領域が世界に向けて先導的に成果を報告していくことを期待する。貴重なデータに基づく研究報告は、速く、正確に、科学者の立場にて中立に行っていただきたい。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 土壌・生態系に沈着した放射性物質の再飛散プロセス解明(研究項目A01-2主担当)は、他のグループと比して研究が遅れているようである。しかし、再飛散は極めて複雑なプロセスであり、研究の進展に時間がかかるのはやむを得ない。今後の進展に期待する。それ以外の全ての研究項目については概ね優れた研究成果があがっており、今後も順調に研究が進捗することを期待する。

(2)研究成果

 福島原発事故により放出された放射性核種に関する学際的研究という、切実な社会の要請に応えるプロジェクトであるが、期待される方向で努力がなされ、成果を上げつつある。放射性物質拡散の大局的な状況について、貴重なデータが揃いつつあるとともに、生物に関連した、吸収、輸送についての理解も進んできている。原発で現在も継続して流出し続けている汚染水もモニターされているなど、今後の動向に注目する。

(3)研究組織

 大気、海洋、陸域という異なる領域で、物理、化学、生物という異なる分野の技術を集積して研究を行っている。多くの異なる専門家をまとめる必要がある困難な領域と言えるが、現在のところ順調に目標に向かって進んでいる。

(4)研究費の使用

 特に問題は見られない。

(5)今後の研究領域の推進方策

 本領域は、はっきりとしたミッションのある領域であり、社会へのアウトプットが重要である。アウトリーチ活動には困難もあるかと思うが、方法を検討して是非進めて頂きたい。また、研究成果を統合した学理に基づく報告書や一般向けの図書を早い時期に出版してもらいたい。

(6)各計画研究の継続に係る審査の必要性・経費の適切性

 各研究計画は順調に進展しており、継続に係る3年目の審査の必要はない。また、研究経費も適切に計上されており、問題はない。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --