感応性化学種が拓く新物質科学(山本 陽介)

研究領域名

感応性化学種が拓く新物質科学

研究期間

平成24年度~平成28年度

領域代表者

山本 陽介(広島大学・大学院理学研究科・教授)

研究領域の概要

 元素の特性に着目した物質創製化学である「元素化学」の発展はめざましく、従来は不安定で合成が困難とされてきた分子性化合物が次々と単離され、それらの構造と性質が詳しく検討されるようになった。高周期元素は広がりが大きくエネルギー準位の高い原子価軌道をもつため、炭素や窒素などの第2 周期元素と比べてHOMO/LUMO ギャップのはるかに小さな化合物を形成する。そのため、それらの化合物は外場からの物理的・化学的刺激に鋭敏に応答して物質機能の要である高エネルギー化学種に容易に変化する「感応性化学種」であり、機能の宝庫と期待される化合物群である。しかし、その高い感応性に起因して一般に極めて不安定であるため、高機能性物質として利用するためには効果的な安定化手法の開発が必須の要件であった。近年の元素化学分野における最大の進展は、立体保護基による速度論的安定化や、配位子による複数原子の空間配列制御など、機能発現に関わる構造要素を高度に保持したまま分子を安定化する精緻な分子デザイン法が大幅に発展したことにある。その成果は分子機能の開拓をめざす他分野の研究者にとっても大変魅力的なものであり、周辺分野にも影響を及ぼしはじめているが、これらの高い潜在能力が物質創製化学全般に波及し、有効に活用されているとは言い難い。これは、従来の元素化学研究が、有機元素化学など基礎有機化学の一部の分野に限定的であったためである。
 そこで本領域では、機能性物質の創製研究において共通性の高い「感応性化学種」を研究コンセプトとして、近年の元素化学の研究成果に、物理有機化学、有機金属化学、錯体化学、触媒化学、生物化学、機能物質化学、物性化学、理論化学などの先導的研究者がもつ多様な研究観点と研究知見を融合し、真に独創的な機能性物質群を創造するための新学術基盤を構築する。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 元素の特性に着目した物質創製化学である「元素化学」の発展はめざましく、従来は不安定で合成が困難とされてきた分子性化合物が次々と単離され、それらの構造と性質が詳しく検討されるようになった。周期表第3周期以降の高周期元素を中心原子とする高配位化合物や低配位化合物、多重結合化合物などがその代表例である。高周期元素は広がりが大きくエネルギー準位の高い原子価軌道をもつため、炭素や窒素などの第2周期元素に比べてはるかにHOMO/LUMOギャップの小さな化合物を形成する。そのため、それらの化合物は外場からの物理的・化学的刺激に鋭敏に応答して物質機能の要である高エネルギー化学種に容易に変化する「感応性化学種」であり、機能の宝庫と期待される化合物群である。しかしながら、これらの高い潜在能力が物質創製化学全般に波及し、有効に活用されてきたとは言い難い。これは、従来の元素化学研究が、有機元素化学など基礎有機化学の一部の分野に限定的であったためである。そこで本研究領域では、機能性物質の創製研究において共通性の高い「感応性化学種」を研究コンセプトとし、近年の元素化学の研究成果と、物理有機化学・有機金属化学・錯体化学・触媒化学・生物化学・機能物質化学・物性化学・理論化学などの先導的研究者の有機的連携がもたらす多様な研究観点を車の両輪として、科学と科学技術に革新をもたらす複合型物質創製研究を展開する。これにより、個別研究では実現不可能な、真に独創的な新反応・新物性・新機能を開拓し、文明社会の発展に貢献する。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本領域では、(1) 新反応、(2)新物性、(3)新触媒の創出をめざして新規な感応性化学種の合成と機能開発に取り組むとともに、(4)生体酵素系における感応性化学種の発見と機能解明に取り組み、これらを統合して独創的な機能性物質群を創造することを目的としている。前半のステージでは、全構成員が共同して、機能に優れた感応性化学種の発見と合理合成法の開拓に取り組んだ。その結果、幅広い研究分野を融合した、本領域独自の多彩な連携研究が展開され、多くの研究成果が創出されている。以下に、主な研究成果を例示する。
 (1)超原子価16族元素アニオンおよびラジカルを単離・構造解析することができた。
 (2)ケイ素、ゲルマニウム、スズなどの高周期典型元素をスピン中心に持つ安定ラジカルの固体状態での電気化学的な物性を解明し、二次電池の負極活物質に応用することに成功し、高い充放電特性を実現した。
 (3)ノンイノセントな PNP ピンサー型ホスファアルケン配位子(PPEP/PPEP*)を開発し、不活性結合の活性化と不活性小分子の触媒的変換に成功した。
 (4)量子化学計算による理論研究を進め、鉄と銅を活性中心に持つ2種類のメタン酸化酵素の反応機構についての新たな知見を得た。
 これらの感応性化学種に関する新たな発見は、後半ステージの目標である「前半ステージで開発された感応性化学種を機能性物質へと応用展開する」研究を推進する際の確かな根拠となるもので、本領域が掲げる最終目標の達成に向けて、研究に拍車をかけるものである。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、「感応性化学種」を研究コンセプトとして、これまで系統的に研究されていなかった第三周期元素を中心に、合成反応、機能分子、触媒等への応用、また生体反応のモデリング等への展開を目指す学術的に高い意義を持つ研究領域である。総括班のマネジメントも良く、領域内で多くの共同研究が活発に行われており、期待した成果が順調に得られつつある。若手研究者の海外派遣など、若手育成も順調であり、本領域は当初の目的に照らして、期待どおりに進展していると判断できる。今後は公募研究による他分野研究者の参画や、本領域の成果が社会に還元される発展を期待する。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 これまであまり活用されてなかった第三周期以降の第14族、15族、16族元素やホウ素を中心に特徴的な電子構造をもつ物質を創製し、物性研究、反応研究を推進するわが国独自の研究チームを結成して新しい学術領域の確立を目指している。領域内での共同研究を積極的に推進しつつ、研究活動が活発に進められている。今後は、本領域研究によって初めて誕生した新概念の提案、異分野融合による機能材料の開発の展開を期待する。

(2)研究成果

 世界に誇ることのできるユニークな研究も多く展開されており、領域内での共同研究も活発で、期待した成果はおおよそ得られつつある。新しい化学種が創られており、今後、機能性物質への応用が期待できる。論文発表も順調であり、多数の受賞も見られ、研究領域全体が順調に推進されていると判断できる。一方、研究の核となる成果は個人の研究から派生した概念と思えるものが散見される。今後は、基礎研究に留まらず、その成果が社会に還元される形にする方向の可能性を絶えず考察することを期待する。

(3)研究組織

 感応性化学種を鍵概念として、新反応、新物性、新触媒、生体酵素反応における感応性化学種の発見と機能解明をめざしており、領域全体としてバランスがとれている。また、共同研究を積極的におこなって、互いに異なる研究視点からの評価経験を経て、興味深い研究成果が得られている。若手研究者の海外派遣や若手国際シンポジウムの開催は効果的である。今後は、若手の計画研究の代表者が十分、能力を発揮できるような後押しが必要である。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)今後の研究領域の推進方策

 実力のある研究者が参画している領域であり、日本が強いこの分野を突破口として、化学の先導的ポテンシャルを確保することが期待できる。研究の一層の発展のためには、飛躍的な発想と綿密な研究計画、しっかりとした若手世代の育成が望まれる。個人の研究から派生したものでなく、本領域研究により誕生した概念の創出を期待する。

(6)各計画研究の継続に係る審査の必要性・経費の適切性

 総括班の適切なマネジメントのもと、各計画研究において順調に成果があがっており、今後の研究計画・方法も意欲的かつ妥当である。研究経費も適切に計上されており、問題はない。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --