人工光合成による太陽光エネルギーの物質変換:実用化に向けての異分野融合(井上 晴夫)

研究領域名

人工光合成による太陽光エネルギーの物質変換:実用化に向けての異分野融合

研究期間

平成24年度~平成28年度

領域代表者

井上 晴夫(首都大学東京・都市環境科学研究科・特任教授)

研究領域の概要

 地球規模でのエネルギー危機が到来するのは確実視されており、約60年後には採掘可能な石油が枯渇するとされています。太陽光エネルギーを電気エネルギーではなく、化学エネルギー(物質)として貯蔵し、必要な時に必要なエネルギーを取り出せる新エネルギー系、人工光合成系を構築することが喫緊の課題となっています。人工光合成はかつて「人類の夢」でしたが、今や必ず実現しなくてはならない「人類の存続を賭けた課題」となったのです。しかし、その実現には多くのブレークスルー科学技術を得なければなりません。さらにはそれらのブレークスルー科学技術を統合しシステム化した科学技術を用いて新エネルギー獲得を実現しなければなりません。これまで我が国では人工光合成に関わる光生物学、錯体化学、半導体光触媒化学、物理化学、光化学、有機化学、無機個体化学、電気化学、等々の多くの領域でそれぞれ個々に先端的な研究実績を挙げてきました。本新学術領域では、これまでの各領域の先端的研究実績を基礎に、思い切った複合化異分野連携・融合(Multiple cross-fertilization)による新学術領域の創設により総合科学技術としての人工光合成の実現に挑みます。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 地球規模でのエネルギー危機が到来するのは確実視されており、新エネルギーの創出は、人類の存続を賭けた最優先課題と言っても過言ではない。地球に降り注ぐ太陽光エネルギーは、現在の人類の消費エネルギーの約1万倍におよぶことからも次世代エネルギーの本命であることには論を待たない。当面は、太陽光エネルギーを直接電気エネルギーに変換するいわゆる太陽電池の実用化が急務である。しかしながら、太陽光エネルギーは希薄であり、地域、季節、一日の時間帯によってその強度は大きく変動する。蓄電技術に一層のブレークスルーが望まれる未来予測からも、太陽光エネルギーを電気エネルギーではなく、化学エネルギー(物質)として貯蔵し、必要な時に必要なエネルギーを取り出せる新エネルギー系、人工光合成系を構築することが喫緊の課題となっている。人工光合成はかつて「人類の夢」であったが、今や必ず実現しなくてはならない「人類の存続を賭けた課題」となった。
 本新学術領域研究では日本国内のこの分野の研究者が異分野融合を通して光合成に「学び」、「模倣し」、「それを超える」ブレークスルー技術を開発することにより人工光合成を実現することを目的とする。同時に関連する全領域、全日本の研究者を含めて本新学術領域研究を核に人工光合成の一大フォーラムを確立することにより、世界各国と切磋琢磨する強力な人工光合成研究のオープン・イノベーションを実現する。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 新学術領域研究「人工光合成」では下記計画研究項目についての予測以上の研究進展と共に、公募班を含んだ異分野融合による活発な共同研究(平成24年度24件、25年度23件)が展開中である。
A01「光捕集機能」では
・海洋性褐藻類の光捕集系の詳細を明らかにしつつある。
・緑色光合成細菌の光合成アンテナ部の再構成に成功した。
・光捕集部をメソ孔内壁に埋め込んだ人工構造材料を開発した。
A02「水の酸化光触媒機能」では
・藍藻の光合成中心(酸素発生中心)の構造解析に既に成功している。
・光合成水分解反応のプロトン放出メカニズムを提唱した。
・人工ユビキタス金属錯体による水分子の1光子2電子酸化活性化を見出した。
・高い水の酸化触媒活性を示す新規Ru二核錯体を見出した。
A03「水素発生光触媒機能」では
・520nmまでの可視光を利用できるドーピング型金属酸化物光触媒を開発した。
・酸窒化物の組成制御による可視光触媒特性の制御を見出した。
・単核Pt錯体分子触媒の水素発生機能を見出した。
・シアノバクテリアの窒素固定活性を抑制し,高い水素発生活性を示す改良株を作出した。
A04「二酸化炭素還元光触媒能」では
・最高変換効率(82%)のCO2還元光触媒系を開発した。光捕集機能を有する二酸化炭素光還元触媒を開発した。
・H2Oを電子源としCO2を光還元する光触媒(Ag/Zn-doped Ga2O3)を開発した。
・CO2還元の光電極材料として窒素・遷移金属共ドープTiO2ナノチューブ光電極を開発した。
・酵素を用いた反応系への可視光照射でCO2をメタノールに分子変換できることを見出している。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、太陽光エネルギーを利用し、人工光合成によって高効率で物質変換すること目的としている。「人工光合成」というキーワードそのものは古くから存在してきたものであるが、化石燃料資源の枯渇による地球規模のエネルギー危機の到来を見据えると、必ず実現しなければならない課題となってきており、新たな学理の構築が求められる重要な研究領域である。本研究領域は、光合成の基礎的過程である「光捕集」、「水からの電子供給」、「水素発生」および「二酸化炭素の還元」を4つのモジュールとして捉え、モジュール毎に研究組織を構成し推進されている。光合成光化学系の水分解触媒サイトの構造解析などの優れた成果が得られるなど、全体としては研究領域の設定目的に照らして期待どおりの進展が認められる。一方、研究項目間で発表論文数等の成果に格差が見られるほか、現時点では異分野融合に基づく成果が期待を上回るものではないと見受けられる。今後、領域代表者のリーダーシップによって、さらなる異分野融合が促進されることを期待する。また、国内で現在行われている他の人工光合成関連の研究プロジェクトと目的の違いが明確でない面もあり、新学術領域研究として本研究領域を推進する意義のさらなる明確化も望まれる。本研究領域の内容は国民的関心の高いものであることから、学術的な論文発表にとどまらず、テレビ放映、新聞記事掲載に加え、フォーラムの開催などを通じた社会に向けた情報発信が活発に行われていることは評価できる。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 人工光合成に関する研究プロジェクトは、近年、世界各国において国家レベルで次々に発足している。当該分野において本多・藤島効果に代表される先導的な研究成果をあげてきた我が国においても、国際的趨勢の観点から、立ち遅れのない取り組みが求められる。このような背景において、本研究領域が多重・多層の異分野連携を目指す体制で発足し、順調に成果をあげていることは高く評価できる。一方、「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指す」ことが応募時の研究の対象の一つであることを鑑みると、異分野連携の内容、特に半導体系研究者と他の分野との連携の内容が現時点では十分に見えないという側面もある。

(2)研究成果

 各研究項目がそれぞれに設定された目標に見合う成果をあげている。研究項目A01ではバクテリオクロロフィルfの発見、研究項目A02では光合成光化学系の水分解触媒サイトの構造解析、研究項目A03ではZスキーム型可視光水分解光触媒系の構築、研究項目A04では高効率な二酸化炭素還元光触媒系の開発に成功するなど、それぞれの分野において大きなインパクトを与える成果が見出されている。それらの成果に基づく286報の論文発表、ならびに招待講演171件を含む1108件の学会発表がなされていることからも、本研究領域が当初の設定目的に照らして期待された成果をあげつつあり、また研究成果の積極的な公表に努めていることもうかがえる。一方、現時点では、研究項目間において論文発表数に格差が生じており、特に研究項目A04については、今後、論文発表においてさらなる努力が求められる。また、異分野融合による共同研究は平成24年度が24件、平成25年度が23件となっているが、「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指す」ことが応募時の研究の対象の一つであったことを鑑みると必ずしも多いとは言えず、今後の共同研究の加速を期待する。社会に向けた情報発信については、アウトリーチ活動に加え、テレビ放映や新聞記事掲載などのメディア報道が2年間で58件に上っており、活発に行われていることは大いに評価できる。

(3)研究組織

 領域代表者の力強いリーダーシップのもとで総括班が中心となって多様な専門分野の研究者からなる研究組織がまとめ上げられており、優れた成果に結びついている。光合成の4つの基礎的過程を4つのモジュールとして捉え、各モジュールを深化・先鋭化するという戦略も有効に機能していると認められる。一方、各モジュールに対して、異なる専門分野の研究者が個々に研究を進めていると見受けられる側面もあり、今後、モジュールとしての統一的な方向性を打ち出せるかが課題になると思われる。さらに、各モジュールの結合に向け、総括班の一層の努力を期待したい。また、応募時に選択した研究の対象の一つが共同研究の推進であることから鑑みると、論文発表に結びついた共同研究の成果は十分とは言えず、さらなる共同研究の推進を望みたい。若手研究者の育成については、若手研究者自身にシンポジウムの企画運営を任せるなど、工夫しながら進めていると判断できる。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)今後の研究領域の推進方策

 人工光合成の研究は決して短期間で完結するものではなく、本研究領域も30年計画の第一ステップとして位置けられており、長期的視野から人工光合成実現の学術的シナリオを社会に提案していく方針は適切である。一方、研究期間内に何らかの具体性を提示することも求められるため、どの分野に人的および財政的資源を集中していくかという方針を戦略的に定めることも求められる。その上で、第2期の公募研究において、理論および計測を専門とする研究者を補強する方策が有効であろう。また、本年度に国際会議を開催することで研究成果を国内外に公表するとともに、最先端の研究動向を把握し、解決すべき学術的課題を共有して今後の国際連携を図ろうとする取り組みは評価できる。さらに「フォーラム人工光合成」の開催を通じて社会の要請を直接受け取ろうとする姿勢も評価できる。しかし、それを今後の研究に反映させるための具体的方策を明確にするための検討が求められる。

(6)各計画研究の継続に係る審査の必要性・経費の適切性

 領域代表者ならびに総括班の適切なマネージメントのもと、各計画研究は順調、あるいは概ね順調に進展しており、今後の研究計画・方法も妥当であることから、全ての研究項目について、継続に係る3年目の審査は不要である。
 研究経費も適切に計上されており、妥当である。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --