実験と観測で解き明かす中性子星の核物質(田村 裕和)

研究領域名

実験と観測で解き明かす中性子星の核物質

研究期間

平成24年度~平成28年度

領域代表者

田村 裕和(東北大学・大学院理学研究科・教授)

研究領域の概要

 中性子星は、恒星が超新星爆発を起こした後に残る極めて高密度の巨大原子核のような天体で、中心付近は電子がなく中性子等のバリオン(重粒子)のみからなる核物質でできていると考えられる。本新学術領域では、地上実験、天体観測、理論を組み合わせ、この未知の物質の解明を目指す。
 大強度陽子加速器J-PARCを用いたストレンジネス核物理の実験研究、理研RIBF(不安定核ビーム工場)での中性子過剰核の実験研究、極低温に冷却した原子ガスの実験研究、ASTRO-H 等のX線天文衛星による中性子星の観測研究を行い、これらの成果を理論研究によって結びつけて、幅広い密度と粒子種をカバーする「核物質の状態方程式」を決定し、そこから中性子星内部の核物質の正体と中性子星の構造を解明する。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 本領域の目的は、地上実験・天体観測・理論研究を結びつけて、宇宙で観測可能な最高密度物質である中性子星内部の物質を解明することである。そのため、A) 大強度陽子加速器J-PARCを用いたストレンジネス核物理の実験研究で得られる核内でのストレンジ粒子(ハイペロン・K中間子)の相互作用の情報、B) 理研RIBFを用いた中性子過剰核物理の実験研究で得られる中性子(過剰)核物質の低密度から高密度での物性、および極低温原子系の実験研究で得られるフェルミ縮退ガスの性質、そして C) X線天文衛星ASTRO-Hによる高精度X線観測で得られる中性子星の半径の情報を、D) 核物理・天体物理・物性物理をまたぐ理論研究を通して統合し、中性子星の中心から表面までの広範囲の密度と様々な粒子組成の核物質全体を支配する状態方程式(EOS)を決定する。そこから中性子星の質量と半径の関係や内部構造を明らかにし、中心部に出現するとされるハイペロンの存否や、中性子等の超流動状態の解明など、中性子星内部に現れる様々な核物質の正体を解明する。この研究は、電子系の物性物理学と異なりバリオン(またはクォーク)が主役となる“バリオン系物性物理学”という新しい物質科学を拓くことにつながる。世界最高性能の3つの新施設が稼動しあるいは稼動間近の今こそ、各分野で世界トップレベルにある日本が中性子星核物質の問題に一致集中して取り組むことで、世界に先駆けてこの新分野を開拓することができる。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 A01 [多重ストレンジネスのバリオン間相互作用] ダブルΛ核生成、H粒子探索、Ξ核分光実験の準備を進めた。エマルジョン“全面全自動スキャン法”の開発に成功、以前のエマルジョンサンプルから数個のダブルΛ核候補を検出した。A02 [中性子過剰核物質中のストレンジネス] 中性子過剰Λ核6ΛHの生成断面積の上限値を得た。Σp散乱実験の検出器開発にも成功、Kーpp核探索のデータも取得した。B01 [高密度中性子過剰核物質のEOS] 中性子過剰核ビームの原子核衝突実験により高密度でのEOS決定を目指す。実験データから輸送方程式により対称エネルギーの情報を導けることが判明、TPCや読出し回路の製作を進めた。B02 [中性子過剰中低密度核物質の物性] 中性子スキン核の応答やダイニュートロン相関、非束縛中性子多体系を調べる。25,26 Oの実験に成功、中性子過剰核31Ne,37Mgが中性子ハローをもつ変形核であることを発見。B03 [冷却原子での中性子過剰低密度核物質のEOS] s波およびp波相互作用するフェルミ多体系のEOSをレーザー冷却原子で調べる。実験準備が整いp波フェッシュバッハ共鳴のパラメータ決定に世界で初めて成功。C01 [宇宙X線?線観測による中性子星研究] 中性子星半径の信頼性の高い観測を目指し、ASTRO-Hに搭載される高分解能X線検出器の準備を行った。D01 [理論研究] 高密度下のハドロンと核子・核物質の相互作用を知るためのK中間子核やハイパー核の研究、半微視的核子間有効相互作用による魔法数の研究等を進め、また中性子星の準周期的振動から対称エネルギーパラメータLに制限を付けた。[総括班] 研究会やスクールを通じて関連する異分野間の相互理解と若手育成に努めた。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、中性子星の状態方程式を我が国の先端設備J-PARCとRIBFなどの地上実験により求めようとする野心的な計画である。我が国の大型装置による核物理学から天体物理学への顕著な貢献が期待され、日本が先導できる極めて重要な研究である。J-PARCの事故による研究の遅れがあるものの、うまく対応策を工夫して研究を進めていることは評価できる。いくつかの新しい発見に加え、成果も多く得られており、期待通りの進展が認められる。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 本研究領域では、これまでほとんど関わりのなかった原子核実験とX線天文学とが中性子星をキーワードにして連携を進め、各計画研究が一丸となって領域の設定目的に邁進していることがうかがえ、着実に研究が進展している。特に、中性子星内部における広い密度領域の構造を理解するのに必要な実験的研究を行う研究項目A、Bにおいては検出器の共同利用や共同開発を行うなど、それぞれの得意な技術による連携が進んでいる。

(2)研究成果

 研究領域の設定目的に照らして、研究目的に沿った準備を着々と進めているという点において、現時点で期待された成果をあげつつあると考える。公募研究との連携も十分に行われ、研究成果の積極的な公表と活発なアウトリーチ活動による普及も認められる。中性子星の高密度領域の研究を行う研究項目Aの実験は、J-PARCハドロン施設の放射性物質漏えい事故による運転停止のために約2年間実験が行われないことになるため、研究期間内で期待通りの成果が得られるか少し厳しい状況になっている。効率の良い実験計画を練ることで、成果を挙げて頂きたい。理論的研究としてはハイペロンを含む核子の3体力の効果とその起源が最大の課題であるが、QCD有効模型に基づきその解明を進めていただきたい。

(3)研究組織

 総括班を中心に120名規模の研究会を2回、若手スクールを3回、国際会議を1回開催するなど、領域全体の有機的な連携に努めると共に、若手研究者の育成と国際化に配慮した運営をしている。全般的に研究組織は、研究者相互に有機的連携が保たれ、研究が効率的に進められるものとなっている。研究項目A、Bと公募研究は実験の遂行にあたって綿密な協力関係を構築しており、検出器の共同開発、共同利用などは高く評価できる。今後は、領域内でより一層の連携を図るために、研究項目間を横につなぐような具体的な課題を設定するなどの努力を期待する。特に、計画項目C01のX線観測により得られるデータの種類や精度が研究項目A、Bで得られる実験データとどのように関係し、中性子星の状態方程式の理解にどう役に立つかなど、研究項目Dとのより一層の連携と戦略が必要である。

(4)研究費の使用

 特に問題はなかった。

(5)今後の研究領域の推進方策

 J-PARC事故に対応した研究計画の機敏な変更が検討、または既に一部実施しており、これまでの研究成果に照らして、今後の研究計画は適切なものとなっている。新しい連携課題の策定も予定しており、より有機的な連携を期待する。今後は、検出器の開発などについては領域内での連携に留まらず、より広い分野の研究者との連携が望まれる。

(6)各計画研究の継続に係る審査の必要性・経費の適切性

 特に問題点はなかった。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --