現代文明の基層としての古代西アジア文明―文明の衝突論を克服するために―(常木 晃)

研究領域名

現代文明の基層としての古代西アジア文明 ―文明の衝突論を克服するために―

研究期間

平成24年度~平成28年度

領域代表者

常木 晃(筑波大学・人文社会系・教授)

研究領域の概要

 イスラームのはるか以前から存在してきた西アジア文明は、ムギ作農耕や冶金術、都市社会、キリスト教など、日常の基幹食糧から技術革新、社会システム、精神生活に至るまで、現代社会の根幹を準備した極めて重要な文明でした。本領域では、古代西アジア地域がどのようにして人類史の中でも最重要となる一連の転換を成し得たのか、西アジア文明の際立った特徴である先進性と普遍性に着目してそれをもたらした要件を解明します。西アジア文明が達成した歴史プロセスを人文科学・自然科学からの多様な研究で解きほぐすことによって、「文明の衝突論」を乗り越え、西アジア文明を基盤とした深い相互理解に基づく新たな現代文明像を構築したいと強く願っています。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 西アジア地域は、現生人類の出アフリカや定住生活の始まり、農耕の開始、冶金術の発明、都市の形成、文字の発明、領域国家の発達、一神教の成立など、人類史の大転換の舞台であり続けました。特に紀元前1万年から紀元前1千年紀までの約1万年間は、世界のフォアランナーとして世界史を牽引し、そのような歴史プロセスが、イスラームのみならず、現代のあらゆる社会へと繋がる基層文化を作り上げたのです。本領域では、西アジア各地でのフィールドワークを通じて資料を収集、研究を積み上げていくことで、西アジア文明が達成した基層文化を一つ一つ解明し、その特筆すべき先進性と普遍性の根源を抽出し、総合します。そして、なぜ、どのように古代西アジア文明があらゆる現代文明の基層となり得たのかについて考察し、イスラーム以前の西アジア地域の先進性・普遍性を研究する学問として西アジア文明学を創造していきます。現代社会では、文明の衝突論などの思想的枠組みの中で、西アジアの諸社会を西欧への対立軸として捉え、非西欧的な象徴としてスケープゴートとしてきた傾向が排除できません。こうした中で本領域の研究成果は、現代社会における西アジア地域の理解にこれまでとは全く別の視点をもたらします。イスラーム文明と西欧文明の間のみならず、世界の中で西アジア地域を深く理解し相互の良い関係を促進するために、西アジア文明学は必要不可欠なアイテムになると確信します。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本領域研究の基礎研究部分である、現生人類の拡散、定住の始まり、農耕の開始、冶金術の開始、都市の始まり、文字の始まり、領域国家の形成、一神教の始まりなど、それぞれの歴史プロセスの解明を目指す諸研究については、本領域の各計画研究・公募研究が実際に西アジアの様々なフィールドで調査研究を精力的に行っています。これらの研究では特に、研究項目A01・A02と研究項目間A03・A04で各計画研究班の連携が効果を発揮しており、いくつもの新しい研究成果が発表されています。ただし各歴史プロセスの解明は長期にわたる実証的課題であり、フィールド調査はこれからも長く継続していく必要があります。西アジアの歴史プロセスに共通する先進性・普遍性の抽出とその背景を探るために、人文科学的および自然科学的な様々な側面(人間集団の動態や自然環境変化の追究など)から検討を進めています。三大陸の交差点に位置する西アジアの地政学的側面は、旧石器時代から現代にいたるまで人間集団の動態に大きな影響をもたらしました。そのような様々な要件が歴史プロセスの先進性・普遍性にどのような影響を与えてきたのかを明確にしていきます。平成26年度に筑波大学に学術センターとして人文社会国際比較研究機構が発足し、その中の比較文明史部門の中に西アジア文明研究センターが設けられたことで、「西アジア文明学」の創出を目指す研究プラットフォームの原型を既に完成させました。

審査部会における所見

A-(研究領域の設定目的に照らして、概ね期待どおりの進展が認められるが、一部に遅れが認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、現生人類の拡散過程から初期の都市文明の形成まで、膨大なスケールにわたる歴史的推移を西アジアに絞って総合的に捉えようとする野心的な研究である。考古系、歴史系の人文科学分野に加えて分析化学や自然科学の専門家が集結しており、個々の研究において興味深い成果が得られている。また、国際シンポジウムを盛んに開催するなど成果公表にも積極的である。
  しかし、一部の計画研究に遅れが認められる。加えて、計画研究間の相互参照や、分野横断的な連携が不十分であり、領域全体としての統一的知見の獲得に至っていない。総括班がイニシアティブを取り、計画研究の連携強化および成果の統合に向けた一層の努力が必要である。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、西アジア文明学という既存の学問分野の枠に収まらない新たな領域の創設を目指している。調査対象地域における政情不安の影響も見られるが、的確な状況判断に基づき、フィールドの変更など臨機応変に対応している。個々の計画研究は、知見の公表にも積極的であり、概ね期待どおりの成果をあげている。
  しかし、計画研究の進展に一部ばらつきが認められる点を早急に是正すべきである。成果の統合に向けて具体的なテーマを設定するとともに、計画研究を束ねる工夫を推進することが強く望まれる。

(2)研究成果

 研究成果の出版および国際シンポジウムの開催を積極的に進めている。とくに欧文の成果が豊富であり、人文系の研究としては高い国際的レベルを確保している。ただし、現段階では個別研究と見なされるものも多いため、領域全体の取りまとめが必要である。西アジア文明学の構築に向け、この文明の先進性と普遍性の解明、文明の衝突論の克服という点に関する体系的かつ具体的な研究成果の獲得を期待する。

(3)研究組織

 人文科学・自然科学の研究者からなる異分野融合的な研究組織により、農業や工芸の技術、文化遺産、政治と宗教、都市文明、国家形成、環境変動などに関する研究が進められている。こうした個々の研究蓄積を新たな学問領域の創設に昇華させるためにも、組織の改編を含め、総括班のイニシアティブによって各計画研究の連携強化を可能とする領域運営方法の検討を求める。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)今後の研究領域の推進方策

 これまでのボトムアップ的な成果の積み重ねに加えて、今後はトップダウン的手法でより包括的な理論構築の推進に向けた工夫が求められる。例えば、計画研究の連携方法や、研究成果の現代的意義の取りまとめを目的とした集会の開催も有効であろう。

(6)各計画研究の継続に係る審査の必要性・経費の適切性

 個々の計画研究は概ね順調に進展しているものの、今後、領域全体の方向性を明確にし、融合研究を一層推進する必要があることから、一部の計画研究については継続に係る3年目の審査が必要である。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --