生命素子による転写環境とエネルギー代謝のクロストーク制御(深水 昭吉)

研究領域名

生命素子による転写環境とエネルギー代謝のクロストーク制御

研究期間

平成23年度~平成27年度

領域代表者

深水 昭吉(筑波大学・生命環境系・教授)

研究領域の概要

遺伝子発現は、ゲノム・エピゲノム情報や転写制御因子等が形成する『転写環境』によって動的制御を受けている。転写環境の形成には、エネルギー代謝過程等で生成するATP、アセチルCoA、SAMやNAD+などの《生命素子》が、化学修飾基の供与体または修飾酵素の補酵素として必須である。このように、生命素子を介する【転写】と【代謝】の密接な関係は、細胞種特有のアイデンティティーの確立や、増殖・分化などの多様な細胞機能を発揮するシステムとして重要なクロストークである。本提案では、若手研究者らと協力しながら、従来「異なる学問領域」として大きく発展してきた【転写】と【代謝】の研究の融合を図り、発生・分化のみならず、恒常性維持やストレス応答に関わる新たな分子機構の解明、さらには代謝性疾患やがん等の病態の理解や創薬への貢献が期待できる、まったく新しい学術領域の確立を目指す。

領域代表者からの報告

審査部会における所見

C (研究領域の設定目的に照らして、研究成果が見込まれないため、研究費の減額又は助成の停止が適当である)

1.総合所見

 本研究領域は、転写環境の形成に直結する化学修飾がエネルギー代謝に働きかける作用と、エネルギー代謝の変化が転写環境の形成に及ぼす作用という「クロストーク」を支える分子実体(生命素子)と、その制御メカニズムを解明することを目的とするものである。転写環境を構成する4要素としてクロマチンや転写調節因子への修飾基の、1.書き込み、2.読み取り、3.取り去り、4.書き換え、を想定し、それぞれに計画研究を配置している。2年目の途中で停止した1件の計画研究を除き、転写環境とエネルギー代謝とのクロストークを少数の生命素子を基軸に理解するとの目的に沿った計画研究は概ね順調に進展している。「生命素子」と定義した分子の同定、それらの間の相互作用や制御機構の解析についての知見が集積され、基盤を構築しつつある。今後は、これら生命素子の間を定量的に繋げる数理モデルを用いたクロストークの解析、ならびに本研究領域組織内の共同研究を積極的に推進することによって、クロストーク制御という当初の目標に到達することが期待される。
 組織変更等の大幅な計画変更として、「2.読み取り」を担当する1つの計画研究の廃止と、それに替わる計画研究の「3.取り去り」担当としての追加が申請された。前者については、研究代表者の体調不良という理由であり、当該計画研究の廃止を承認する。一方、計画研究の追加に関しては、真にやむを得ない場合に限る研究代表者の変更には該当しないことから、これを認めない。
 廃止される計画研究は本研究領域創設時の目標達成の柱の一つであることから、本研究領域が当初掲げた目標の達成は困難と考えられる。また、計画研究1件を廃止するという大幅な変更を予定するにもかかわらず、それを補いうることの説明が中間評価報告書ならびにヒアリングにおいて十分になされなかった。
 以上のことに鑑み、領域全体の研究経費を減額することが適当と判断した。また、重要な計画研究の廃止、ならびに研究費の減額により、計画全体について見直しが必要と考える。従って、本研究領域全体の研究方針及び各計画研究の見直しをする目的で、総括班ならびに全ての計画研究の継続に係る審査を実施することとする。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究の進展状況

 「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」としては、エピジェネティクス制御の解明を共通の課題として、旧来の転写と代謝の研究を連携させる試みが具体的に実施されている。公募研究を含む連携研究を4ステージに分けることによって進行状況を明確に可視化している点は特に評価できる。現状ではこれらの連携研究の論文発表はまだ多くはないが、今後の成果発信が十分に期待できる。また、構造生物学や計算シミュレーションモデルを組み入れた異分野連携も順調に進展している。
 「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指すもの」の重要な成果としてSAM定量系の開発が挙げられる。後半期間では、ミニシステムズバイオロジーのように全体を定量的に繋げるモデル解析など、生物情報学的な視点の研究を強化することによる成果の統合的理解を図る方策を用意することが望まれる。
 また、「当該領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらすもの」としては、LSD1とFAD合成系によるミトコンドリア機能と脂質代謝制御を介すエネルギー代謝調節の発見、酸化ストレス応答性転写因子Nrf2の癌細胞での同化反応促進の発見に代表されるように、学術的価値の高い成果が得られており、他分野への波及効果を及ぼしつつある。また、Met-SAM-H3K4me3軸の発見は、生命素子によるエピゲノム修飾を実証する成果であり、今後の展開によっては転写や代謝分野だけでなく、老化研究も含む広範な生命科学分野へ影響を及ぼすポテンシャルを持つ。

(2)研究成果

 本研究領域が掲げる転写環境とエネルギー代謝とのクロストークを少数の生命素子を基軸に理解するとの目的に沿った計画研究は、概ね順調に進展している。異分野連携については、領域代表者が具体例として示している構造生物学的手法による連携研究が4件実施中であり、成果が得られつつある。特にPRMTの構造生物学は独創性が高く、PRMT8に加えてPRMT7の立体構造が解明できればSAMのバイオロジーを理解する上で重要な成果になると予想される。一方、廃止される研究計画に関しては、予定していた研究成果が得られていない。

(3)研究組織

 領域組織内の連携を積極的に進めており、また、若手研究者の育成・支援に尽力している。特に若手研究者による自主的な研究会の開催は評価できる。
 一方で、1つの計画研究を廃止する組織変更については、当該計画研究の廃止による領域全体への影響について、どのように対処するかを明確にする必要がある。

(4)研究費の使用

 研究費の使用については、特に問題点はなかった。

(5)今後の研究領域の推進方策

 見いだした生命素子の間を定量的に繋げる数理モデルを用いたクロストークの解析が必要と考える。さらに、本研究領域全体として実験的研究が中心であるため、今後は生物情報学的な視点の研究を強化することによる成果の統合的理解を図る方策を用意することも必要と思われる。

(6)各計画研究の継続に係る審査の必要性・経費の適切性

 廃止される計画研究は、本研究領域創設時の目標達成の柱の一つであることから、その廃止は領域全体に多大な影響を与えると思われる。また、総括班及び計画研究に係る経費の減額に伴い、各計画研究について見直しが必要と考える。従って、全ての計画研究の継続に係る審査を実施することにより、本研究領域全体の研究方針及び各計画研究の見直しを求める。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

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-- 登録:平成25年11月 --