核融合炉実現を目指したトリチウム研究の新展開 (田辺 哲朗)

研究領域名

核融合炉実現を目指したトリチウム研究の新展開

研究期間

平成19年度~平成23年度

領域代表者

田辺 哲朗(九州大学・大学院総合理工学研究院・特任教授)

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 核融合炉を実現する上で、安全な燃料(トリチウム)サイクルを構築することは、プラズマ閉じこめと並び立つ2本柱のひとつである。核融合炉では放射性同位元素であるトリチウム(T) を大量に取扱う必要があるにもかかわらず、放射能的にクリーンであると強調されすぎているきらいがある。核融合炉燃料として使用されるTは、平均約6 keVのβ電子を放出して3Heになる放射性同位元素であり、またDT反応で発生する中性子が材料を放射化するため、十分な放射線管理のもとで放射性安全性を確保して運転される必要がある。また燃料としての資源量は潤沢にはないので、核融合炉でのT増殖は経済的に見合うものでなければならない。すなわち、エネルギー発生装置としての実用核融合炉は、安全性の観点から社会的に受容されるべきであるだけではなく、経済的に見合うものでなければならない。
 本領域が目指したのは、Tと重水素(D)との核融合反応(DT反応)によりエネルギーを取り出す核融合炉を実現するため、T が放射性であり、かつ稀少資源である故に、その放射性安全を確保しかつ経済的な核融合炉燃料システムを構築すること、即ち(1)炉内へのDとTの導入量を、核融合反応を継続するために制御しつつ供給すること、(2)それらを排気回収し不純物を除去した上で、T を分離・再利用すること、(3)ブランケットによりT を増殖回収、利用すること、さらに(4)安全・高効率なTの燃料処理及び閉じ込めシステムの構築並びに制御を可能にするための技術開発をすること、である。併せて、T に関する正しい理解に基づいた新しい「トリチウム科学」ともいうべき学問分野を打ち立てるとともに、Tに対する正しい理解を社会に広めようとするものである。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 核融合炉システム全体におけるトリチウム(T)燃料の流れを明確にし、安全性・経済性の両観点からシステム設計に及ぼす問題点とその解決策を示した。これにより、多数の国際会議等で、29件の招待講演・基調講演に招かれ、世界的に広く認知されるようになった。人材育成に関しても、本領域から12名が、同分野の研究職として採用されており、当初の目標は完全に達成された。新しい分野として「核融合炉燃料としてのトリチウム理工学」の体系化を進め、教科書を24年度中に出版予定である。
 具体的な成果として、核融合炉容器内複雑環境でのT挙動について、混合イオン照射実験や、MDシミュレーションによりほぼ予測ができるようになった。また、これまでシミュレーションのみで行われていた炉内へのT蓄積量評価については、JT-60Uのタイル分析結果に基づき、実験に基づいた評価を与えることができた。またタングステン壁についても、ほぼ見通しはついた。以上の研究成果は、次期トカマク装置の壁材料選択やシナリオ策定に使われる見通しである。周辺プラズマ・材料相互作用統合コードの開発に成功し、精度の高い炉内トリチウム蓄積量の評価を可能にした。
 各種T増殖材(固体増殖材、Li、 Flibe等)に中性子を照射し、T回収を実証した。特に Li2TiO3にDT中性子を照射し、回収/発生比率を99.9%以上とする見通しを得た。これに基づけば、トリチウム増殖率が 1.05以上になるブランケットシステム設計が可能である。配管からのT漏洩率の定量化と、漏洩率低減のための新規酸化膜形成に成功した。また排ガスT回収のための吸着法、電気化学法を開発し、実機装置でも実証した。
 実際にTを用いた研究により、T水処理系の高性能化、金属及び高分子材料に対するTの滞留・透過・脱離挙動に関するデータベースを構築すると共に、鉄鋼材料中の水素同位体透過速度を1万分の1以下に抑制することに成功した。また、材料中のT挙動予測のためのシミュレーションコードを開発し、汚染挙動と除染特性を予測できるようになった。

審査部会における所見

 A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)

1.総合所見

 重水素とトリチウムを燃料とする核融合エネルギープラントの核融合反応炉(以下、「核融合炉」と書く。)の中には、人類がかつて経験したことのない多量の放射性同位体「トリチウム」が投入される。本研究領域は、炉内を循環する多量のトリチウム燃料サイクルに必要とされる要素技術の開発を進めながら、安全性をも含めた世界を先導する学術的知見を体系的に得ており高く評価できる。

2.評価の着目点毎の所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 「研究の発展段階からみて成長期にあり、研究の一層の発展が期待されるもの」としては、核融合炉を実現するために不可欠なトリチウム核燃料サイクルの構築に対してさまざまな要素技術の開発を行うとともに、炉内を循環する多量のトリチウムの挙動という新しい学理の構築に対してもインパクトを与える一定の成果を上げており、当初目的は達成されている。
 「学術の整合性ある発展の観点からみて重要であるが立ち遅れており、その進展に特別の配慮を必要とするもの」としては、炉内トリチウムの挙動について実験的かつ理論的に明らかにするとともに、トリチウムの安全性に関する実験成果を提供して、トリチウム科学としての研究領域を明示し、かつ、体系としてまとめており、成果があったと認められる。
 「社会的諸課題の解決に密接な関連を有しており、これらの解決を図るため、その研究成果に対する社会的要請の高いもの」としては、国際的に見ても重要なITERと呼ばれる国際熱核融合実験炉を通じて、2050年頃に核融合エネルギーの実用化を目指すというロードマップの中で、トリチウム燃料の安全性を評価することで、核融合エネルギーに対する一般の理解を得るための努力を傾注していることが認められる。

(2)研究成果

 「研究の発展段階からみて成長期にあり、研究の一層の発展が期待されるもの」としては、制御されたトリチウム燃料サイクルの構築に対して、実験とシミュレーションを組み合わせた着実な成果が得られており、世界をリードする研究へと進展している。
 また、「学術の整合性ある発展の観点からみて重要であるが立ち遅れており、その進展に特別の配慮を必要とするもの」としては、核融合炉という巨大システムにおいて、トリチウムの漏洩をどこまで制御できるのかがプラント成功に対する1つのカギとなっている中で、トリチウムの生産、分析、回収、および、漏洩に関する系統的な成果を収めている。多数の学術論文の発表に加えて、多数の招待講演と国際会議の開催は、トリチウム科学の体系化という観点からも高く評価されるものであり、今後一層の取組が求められる。
 そのほか、「社会的諸課題の解決に密接な関連を有しており、これらの解決を図るため、その研究成果に対する社会的要請の高いもの」としては、核融合研究という長期化している困難な課題に精力的に取り組むと同時に、研究の長期化を見据えた多数の若手研究者の育成も行っている。社会一般に対してもハンドブックやテキストの出版が計画されており、社会的要請に立派に応えている。また、本領域が示した炉内のトリチウム蓄積量評価などの一連の系統的成果は、国際協定で進められているITERの運転シナリオを可能にするなど、国際的研究の一翼としての貢献度からも高く評価される。

(3)研究組織

 個々の班では成果が上がっているものの、各班間での連携が見えにくい。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 巨大システムを構築しているので裾野の広さが認められ、関連分野への波及効果は大きい。核融合炉においてトリチウムサイクルの制御は重要な課題であり、その分析・制御手法として収められている成果には、ITERへの波及効果が強く期待される。東日本大震災後の「核」に対する世論の忌避反応を受けて、今後は核分裂反応との相違や、核融合反応の特徴を理解してもらうためのアウトリーチ活動の活発化を期待したい。

(6)若手研究者育成への貢献度

 次世代の研究者・技術者を育てる契機とすることを十分考慮して研究が進められた点は高く評価できる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成24年12月 --