フラストレーションが創る新しい物性 (川村 光)

研究領域名

フラストレーションが創る新しい物性

研究期間

平成19年度~平成23年度

領域代表者

川村 光(大阪大学・大学院理学研究科・教授)

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 「フラストレーション」とは、様々な最適化条件が互いに競合し、系がそれらを同時に満たすことが出来ないような状況を指す。フラストレート系では、自明な最適化条件が存在しないために、系は一般に不安定となりやすく、大きな揺らぎの効果や巨大応答が発現したり、時には非フラストレート系では見られない新しいタイプの熱力学的状態や相が実現される。もとより、フラストレーションは自然界では広く見られる極めて一般的な現象である。局在磁性体のスピン自由度に伴う磁気的なフラストレーションを対象とした研究が古くより行われてきたが、今世紀初頭頃より、様々な新規化合物も含めた物質開発や測定技術の進歩、また計算機シミュレーションの進展や理論的新概念の登場に伴い、フラストレート系研究の新たな機運が国際的にも急速に高まった。本特定領域は、フラストレート磁性の研究を核としつつも、金属・強相関系・誘電体・分子性結晶等を含む広汎なフラストレート系を対象に据え、フラストレート系固有の強く特異な揺らぎの効果を母体とした新規物性や、互いに競合する諸自由度の絡みから生み出される交差物性の創出・解明を、そのターゲットとした。とりわけ、多様なフラストレート系を、多様なバックグラウンドを持った異分野間の研究者の密接な相互協力を通して統合的に扱うことにより、フラストレーション概念を物性科学全般にわたって普遍化し、フラストレーションを基軸とした新物性を開拓することを目標とした。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 当領域は、研究項目A01「フラストレート系の基礎物性」と研究項目A02「フラストレーションが生む新現象とその応用」の2つの項目から成り立っている。前者は、これまでの伝統的フラストレーション研究のコアになってきたフラストレート磁性体を主たる対象に、フラストレーション誘起の新奇秩序・新奇相転移を探究することを主目的としたのに対し、後者は、磁性体に限らず金属、強相関系、マルチフェロイック物質、誘電体リラクサーといった広汎な系を対象に、フラストレーションが生む新現象とその応用を主目的とした。2つの研究項目間の活発な研究協力を通し、1)長らく理論的期待が先行しがちであった“スピン液体物質”を、3角格子、カゴメ格子、ハイパーカゴメ格子、ハニカム格子等の多様な幾何学的フラストレート格子系で新たに合成、新奇な物性を見出した、2)マルチフェロイック物質において、電場で磁化を、あるいは磁場で電気分極を制御する多彩な外場制御法を創出した、3)スピン‐カイラリティ分離のようなカイラリティ起源の新奇秩序化現象や、異常ホール効果等のカイラリティ起源の新奇伝導現象を見出し、その新奇な物性を明らかにした、4)Z2 ボルテックスやスカーミオン格子等のフラストレーション誘起の新たなタイプのトポロジカル励起・トポロジカルテクスチャを見出し、その新奇な物性を明らかにした、5)巨大な負の熱膨張効果を示す新機能の開拓につながる新物質を発見した、等の幾多の成果をあげた。

審査部会における所見

 A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)

1.総合所見

 本研究領域は、広範なフラストレート系を対象に、「フラストレーション」という概念を物性科学全般にわたって普遍化し、フラストレーションを機軸とした新物性、新機能、新概念を開拓することを目標としている。領域のコンセプトが明確であり、能力の高い研究者個々の研究の展開により、多くの優れた研究成果が得られた。「フラストレーション」という視点を持ち込むことによって問題点が明確化し、成果につながった例が多く、フラストレーションの概念を拡げることに成功した。また分野横断的な研究領域において、研究者間の理解の促進のための施策、若手育成などの活動が活発に行われた様子が伺われ、共同研究、分野融合、アウトリーチ活動など、全体として期待以上の成果が認められる等、領域形成の効果が顕著に表れていると評価される。今後は、これらを統一するフラストレーションの概念の構築及び他分野への具体的な波及が期待される。

2.評価の着目点毎の所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 「領域全体の学術的水準が高く、研究の格段の発展が期待できる研究領域」としては、磁性分野で主として研究されてきた「フラストレーション」の問題を、金属、誘電体等の広範な分野へと広げ、多彩な新しい研究の芽を育てたことは高く評価される。また個別の研究では多くの知見、重要な成果が得られており、「フラストレーション」を機軸とした新物性、新機能の開拓の面では研究が大きく進展したことが認められる。

(2)研究成果

 「領域全体の学術的水準が高く、研究の格段の発展が期待できる研究領域」としては、「フラストレーション」という共通概念の下、新物性、新機能の発見など、質が高い多くの重要な成果が得られた。こうした成果の多くは、本研究領域の活動によって可能となったあるいは進展が促されたものであり、領域活動の成果として高く評価される。また、計画研究間の共著論文が多く、領域の有機的連携が認められ、若手研究者の育成にも十分な成果が認められる。

(3)研究組織

 月例セミナーの開催など連携を強化したことで多くの共同研究が生まれ、新たな研究展開や分野間の交流が進んだ点からも、領域代表者のリーダーシップは特筆される。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 「フラストレーション」を機軸とした新物性、新機能の開拓の面では研究が大きく進展しており、材料科学分野への貢献度が高いと判断できる。

(6)若手研究者育成への貢献度

 多くの研究会やセミナーが開かれ、若手研究者の育成に効果の高い活動を行った。トピカルミーティング、セミナーは若手に限らず研究者の育成や研究の展開に大きく貢献したと思われる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成24年12月 --