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システム的統合理解に基づくがんの先端的診断、治療、予防法の開発 (宮野 悟)

研究領域名

システム的統合理解に基づくがんの先端的診断、治療、予防法の開発

研究期間

平成22年度~平成26年度

領域代表者

宮野 悟(東京大学・医科学研究所・教授)

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 がんは、ゲノムに生じた多数の異常が複雑に組み合わさって、その異常が関わる遺伝子ネットワークやシグナル伝達・代謝などのパスウェイが、システムとしての統合的制御から逸脱し、増殖、遊走、分化、老化、細胞死の惹起などの正常な細胞の営みの進行がシステム異常を起こした細胞集団であることが明白になってきた。この異常を起こしたシステムは本質的に極めて複雑で、この“システムを解く”ことが、がん研究を飛躍的に向上・強化させる鍵となっている。
 本領域は、これまでの分子生物学的、遺伝学的解析が中心となっていたがん研究に、数学とスーパーコンピュータを駆使した計算システム生物学を融合させ、新たながん研究のパラダイムとなる革新的ながん研究領域の創成を目的とする。がんが関わっているシステムを構成する要素とその構成・動作原理解明のためのオミクス解析(次世代シークエンサーによるゲノム解析からメタボローム解析まで)、スーパーコンピュータを利用した大規模データ解析による生体分子ネットワークの解析・ゲノム変異解析、細胞・組織レベルでの動的モデリングとシミュレーション、これらに実験的・臨床的検証を融合した新たながん研究を展開する。これにより、現在のがん研究が直面している限界を初めて超えることが可能になり、がんの分子病態のシステム的統合理解が進み、精度の高い診断法、がんの個性や個人のシステムの違いを反映した治療法・予防法の開発が推進され、がんの克服のために果たす本領域の意義は大きい。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本領域は、平成22年6月22日から開始し、A01「システム生物学的アプローチによるがん病態の解明」、A02「生命システムデータに基づく革新的がん医療の開拓とその臨床展開」という2つの研究項目に、7つの計画研究班(うち、情報系2班)と、公募研究班(平成23~24年度)として9つの研究班(うち、情報系2班)が組織され、研究を推進してきた。総括班が支援班を指揮し研究調整を行って、ヒトゲノム解析センタースーパーコンピュータ(以下、スパコン)の活用と計算システム生物学の方法論を、必要とする実験系研究班に導入し、領域内での共同研究が活発に行われている。システムがんに対する高いモチベーションを持ち、研究の進捗状況は全般的に順調であり、今後数多くのシステムがん研究を象徴する成果が見込まれているが、既に重要な成果も出た。特筆すべきは「骨髄異形成症候群(MDS)における新規パスウェイの発見」であり、スパコンをフル活用した数理解析チームによるデータ解析支援のもと、RNAスプライシング関連遺伝子群の体細胞変異が原因であることを世界で初めて示したもので、がん研究の歴史に刻まれる発見となった。更には、スパコンを数週間回して計算した遺伝子ネットワークから予測した上皮間葉転換誘導遺伝子がことごとく当たっており、新規遺伝子も発見されたことはシステムがん研究の象徴的成果といえる。また、計算システム生物学実習による若手人材の養成、並びにアウトリーチ活動も精力的に行ってきた。

審査部会における所見

 A+(研究領域の設定目的に照らして、期待以上の進展が認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、シークエンサー等の発展で急進展しつつあるがんオミクス研究を、スーパーコンピュータを駆使したシステム生物学と組み合わせることによって、がんの分子病態の全体像に迫ろうとするこれまでにない新たな学術領域の創成を目指すものである。近年の大規模なゲノム解析によるがん研究が世界的潮流をなしつつある中で、異なる学問分野の研究者の連携、共同研究によるがんのシステム的統合理解に基づく新しい展開により、欧米の大規模解析に比しても質的に劣らない非常に優れた研究が順調に進展していると評価できる。特に研究項目A02では骨髄異形成症候群(MDS)の原因遺伝子を発見し、「RNA スプライシング」の異常ががんの発症に関わることを初めて示したことは期待以上の成果と高く評価できる。さらにアウトリーチ活動も、充実したホームページ、幾つかのメディア・プレスリリースや多数の一般向け講演活動などにより十分に行われている。但し、治療、予防法に関する方法論の有効性がやや不明である。
 今後は、生命現象のシステム生物学的理解に不可欠な生物情報学分野の研究者の育成や、次世代におけるがん医療の産業化を目指した国際間の競争を見据えた取組の強化など、より広い観点から領域の研究を推進することが期待される。

2.評価の着目点毎の所見

(1)研究の進展状況

 「既存の学問分野の枠に収まらない新興・融合領域の創成を目指すもの」としては、本領域は、がんのシステム的統合理解に基づいてがんの分子病態の全体像に迫ろうとする新たな融合領域の形成を目指しており、当初の計画通りに順調に研究が進展していることが認められる。「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」及び「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指すもの」としては、ヒトゲノム解析センターのスーパーコンピュータを活用した新たな数理モデルやシステム解析技術が開発され、各種オミクス解析分野及び実験的臨床分野との間での共同研究の体制が整い、がんの病態解明などひいては臨床につながる融合研究が着実に展開されつつある。「当該領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらすもの」としては、本研究領域の進展に伴い、生物学にはシステム生物学的観点の、また医学・医療の分野にはゲノム固有の個体別の理解の重要性が認識されるなど、全体として大きな波及効果をもたらしている。「学術の国際的趨勢等の観点から見て重要であるが、我が国において立ち遅れており、当該領域の進展に格段の配慮を必要とするもの」としては、世界的に大規模なゲノム解析によるがん研究が進展しており、最近ではその先の「パーソナルゲノム時代-個別化医療」まで展望する動きが始まっているが、本研究領域はこのような世界の動向を早くから見据えて開始しており、大規模解析による研究と比較しても質的に劣らない研究が進行していると評価できる。また2008年から始まったThe International Cancer Genome Consortiumにおいては、本領域の研究者が協力担当の中心となっており、新しい潮流の主軸として当該学問領域の進展に貢献している。

(2)研究成果

 研究項目A01(がんの病態の解明)を中心とする具体的研究としては、統合的(エピ)ゲノム解析による難治性癌の病態解明、シリコンシーケンサー導入による薬剤耐性のシステム的解析、システム生物学導入のための方法論の構築、ペプチド阻害剤の解析による新規エストロゲン依存性乳癌細胞増殖機構の解明、ATF関連ネットワークの研究による癌治療抵抗性の解明、メタボロームを代謝系へ統合する数理モデルの研究、がん病態における分子ネットワーク異常のゲノムレベルでの解明、肺腺癌の解析によるドライバー変異遺伝子群の同定などがあげられる。また研究項目A02(革新的がん医療の開拓とその臨床展開)では、MDSの原因解明・肺腺癌の臨床検体における遺伝子発現データの大規模解析から、がんネットワーク機構の重要な手がかりを得ており、新たな治療法への道につなげる研究、メタボローム解析によるがんの代謝の理解、診断法の開発、日本人肝癌患者の全ゲノムシークエンス解析を通したゲノム変異の態様解明、乳癌の分子サブタイプを判別可能な遺伝子セットを特定する方法の開発などが行われており、概ね順調に成果が得られている。また、異なる計画研究間での共同研究が24項目進行しており、そのうち7項目では既に成果を共著論文の形で発表している。さらに計画研究以外のグループとの共同研究も12項目進行しており、その成果も順調に公表されている。
 得られた成果の中でも骨髄異形成症候群(MDS)の原因遺伝子を特定し、RNA スプライシングの異常ががんの発症に関わることを初めて示したことは、がん研究の歴史に刻まれる重要な成果と評価できる。これは大規模シーケンスによる遺伝情報の徹底的な解明ががんの病態解明に有効であり、そのためにスーパーコンピュータの活用が不可欠であるという本研究領域の基本的視点の正当性を実証している。さらに骨髄移植以外に根本的治療がなかったMDSに対して、異常なスプライシングの因子を阻害する薬剤の開発を始めとする新たな治療法開拓の可能性を示したことは、本研究領域の融合的性格を示す成果としても評価できる。

(3)研究組織

 総括班に置かれた研究支援部門がヒトゲノム解析センターのスーパーコンピュータを有効利用する上で効果的に機能しており、領域代表者を中心に有機的な研究体制のもと、多様な研究者の相互の協力関係が強く認められる。但し、メタボロームとプロテオームの研究の規模が他に比べて小さく、やや立ち後れているように感じるため、公募研究等による強化や、次世代の研究者育成にさらに力を入れていただくとともに海外の研究者との連携も必要である。

(4)研究費の使用

 非常に有効かつ適切に研究費が使用されている。

(5)今後の研究領域の推進方策

 新学術領域研究として非常に優れた成果を上げていることが認められ、今後これを持続する更なる努力が期待される。また、現時点での問題への対応策も十分に検討されているが、スーパーコンピュータの活用をさらに広めるためにも、次世代のシステム・情報系研究者の育成が必要であり、この点で計画をより具体化して推進することが強く望まれる。また治療、予防法についても今後十分な計画、対策を立てることが必要と思われる。海外では、がん研究の進展、特に個人治療の登場が社会に及ぼす様々な(倫理的、経済的)影響についても考慮しつつ、研究を進めることが一般的であるため、社会からの強いサポートを得るためにも、今後こうした面にも十分配慮し、研究を推進することが期待される。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成24年12月 --